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2章:1週間、ルードと一緒です!
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しおりを挟む「隊長、いますかー?」
玄関の扉をノックする音が聞こえた。声はニコロのもので、おれとルードははっと顔を上げて互いに眉を下げて微笑んだ。すっかり読書に夢中になっていたようだ。
ルードは読みかけの本に栞を挟んで閉じ、椅子から立ち上がると玄関まで向かう。
「すぐに用意する。少し待っていてくれ」
おれも本を閉じて、紙袋に戻す。ルードは寝室に向かって剣を持つと、おれに向かって小さくうなずきを見せた。だから、おれもルードにうなずきを返して立ち上がり、玄関に向かう。そこにはニコロが立っていて、大事そうにバスケットを持っていた。多分、あれが今日の昼食だ。
「……あれ、ニコロひとり?」
――そう、ニコロひとりだったのだ。てっきりサディアスさんも一緒なのかと思っていたから、ちょっと拍子抜けしてしまった。
「団長なら先に向かってますよ」
「あ、やっぱり来たんだ」
だよね、ニコロが来るのにサディアスさんが来ないとか、絶対ない。そう思ってニコロを見ると、彼は小さく肩をすくめて見せた。
「……えーと、誘わないほうが良かったですかね?」
「ニコロが誘ったの!?」
「結界抜けるんでしょう? あそこら辺、魔物出てくるって聞いたんで。隊長が居ればまぁ大丈夫だとは思ったんですけど、念には念を。俺だと足引っ張るだけですから」
つまり、サディアスさんに護衛を頼んだってことなのかな。昨日の今日で良くサディアスさんの休みが取れたもんだ。感心したように「へぇ~」と口にすると、ニコロは小さく息を吐いた。
そんな話をしていると、ルードが玄関まで来た。軽装とは言え、しっかりと鎧を着こんでいるのを見て、結界の外は本当に危険なんだなと躰を震わせる。
「大丈夫、ヒビキのことはしっかりと守るから」
安心させるように微笑むルード。
「自分のこともちゃんと守ってくださいね」
「……そうだな」
その間が気になるけれど、おれらのやり取りを見ていたニコロが一言「バカップル……」と呟くのが聞こえた。結構ニコロってズバズバ言うタイプだよな!
「とりあえず、向かおうか」
ルードの言葉におれらはこくりとうなずいて、家の外に出た。しっかりと施錠してから歩き出す。目的地まではルード、おれ、ニコロの順番で歩いた。森の中は緑が満ちていて、そう言えばこんなに明るいうちに森を歩いたことはないなって気が付いた。
小一時間も歩いただろうか。ルードがくるりとおれらに向かい、「ここから結界外だよ」と教えてくれた。
ごくりと唾を飲み込んで、一歩踏み出した。――とはいえ、結界の外と言ってもさっきまで歩いていた場所と変わりなく、思わず辺りを見渡す。
「どうかしました?」
そんなおれの様子をニコロが不思議そうに首を傾げて問う。
「結界の外ってこんなに簡単に抜けられるんだ、って思って。てっきりビリビリしたりするのかと」
「ああ、魔物は入れないだけなんで……」
「そうなんだ……」
そこでルードが立ち止まる。そして、おれの前に手を出してこれ以上前に出ないように、と目で制する。おれはなにがあったんだろう、と足を止めてルードを見上げた。彼の目はすぐ近くを見据えている。
「ルード?」
「魔物の気配がします。近くに居ますね。――ん、数十、くらいでしょうか」
「衰えていないようで良かった。ヒビキ、ニコロの傍から離れないように」
「え? は、はい!」
ニコロはバスケットを置いて、懐に手を入れてナイフを取り出す。ピンとした緊張感が走った。ルードが大きく一歩を踏み出すのを合図に、良くわからない動物――いや、軟体生物? あー、なんか、ほら。ネバネバドロドロ……スライムか! スライムっぽいなにかがルードに襲い掛かって来た!
「ルード!」
彼は剣に手を掛けて、襲い掛かってくるスライム全てを見切って剣を振るう。べしゃべしゃと音を立てて地面に落ちていく。……待って、今なにが起きた?
「相変わらず隊長も容赦ねーな……」
と、言いながらその場でナイフを投げて援護するニコロもニコロだと思う。時折スキルを使いながらナイフを器用に操り、的確にスライムを倒していく。聖騎士団の人たち相手に模擬試合をしたのは見たことあるけど、その時とはルードの表情が全然違う。
――あんなに冷たい瞳を、見たことがない。そして、その冷たさの中に隠れる哀情を感じ取って、なんだか胸が締め付けられるように苦しい。
どうしてあんなに苦しそうなのだろう――……?
襲い掛かって来たスライムを倒し終え、ルードはスライムに向かい手を翳す。すると、ルードの手から淡い光が放たれて、スライムを包み、じわりじわりとスライムが溶けていく。溶けて光になり、天に昇っていくスライム。
「――……次は、長生きするのだぞ」
ルードの言葉が耳に残った。
「ニコロ……」
「隊長に聞いてください」
説明を求めたけどばっさりと切られた。ニコロは投げたナイフを取りに行こうとしたけど、既にルードが全部拾っていたようでニコロに渡していた。……それにしてもさっきのすごかったな。だってルードは一度もニコロのことを見ていなかった。見ていなかったのに、スライムがルードの背後から襲い掛かった時、丁度ニコロの投げたナイフがスライムを地面に落としていた。まるで、それが当たり前のように。
――これが、聖騎士団――……。
「あれ、全部倒しちゃった?」
茂みからひょっこりと現れたのはサディアスさんだった。ニコロがどこか安堵したように表情を綻ばせたのが見えた。ナイフを布で拭ってから懐に戻し、ぽんとおれの肩を叩く。そして、バスケットを手にするとルードへと視線を移した。
「団長、いつからそこに?」
「ついさっき。魔物の気配がしたから来たんだけど……」
遅かったみたいだね、と肩をすくめるサディアスさんに、「全くですよ」と眉間に皺を刻むニコロ。ルードは剣を鞘に納めておれの近くに来た。サディアスさんはニコロの傍に向かって、心配そうに彼を見つめる。
「大丈夫だった? ニコロ」
「俺じゃなくてヒビキさまを気遣ってください。魔物と遭遇するの初めてでしょうから」
「……ニコロの心配をしちゃダメなの?」
「捨てられた子犬のような目で俺を見るなっての!」
このふたりの関係性が本当、今でもよくわからない……。それでも、サディアスさんが本気でニコロのことを心配しているのはわかった。
「大丈夫かい、ヒビキ」
「あ、はい……。正直、あっという間過ぎてなにがなんだか……」
「とりあえず、ここから離れようか」
す、と手を差し出されたのでその手を取る。ルードはサディアスさんとニコロに視線を向けて、その視線を受けた彼らが小さくうなずいた。どうやら視線だけで会話が出来るらしい。
「あの絵の場所に向かうんだっけ?」
「ええ。あの場所なら魔法もスキルも使いやすいですし」
そう言えばそういう目的で向かっているんだった。スライムとの遭遇で頭から抜けていた。そこからまた少しだけ歩いて、目的地に着いた。すると、サディアスさんが鈴みたいなものを取り出して親指と人差し指を使いパリンと割って周りに撒いた。
「それは?」
「即席結界の魔道具。数時間は持つと思うよ」
にこにこと笑いながら説明してくれた。そんな便利な魔道具があるのかと感心していたら、ニコロが物凄い形相でサディアスさんを見ていた。
「ちょ、それめっちゃ高いヤツじゃ……!」
「えッ!?」
「団長、持ち出してきたんですか?」
「念には念をね。それで、ヒビキさん。わたしたちに言うことがあるんじゃないかな?」
促されてはっとした。ルードに視線を向けると、彼は優しく微笑む。ぐっと胸元の服を掴んでおれは口を開いた――……。
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