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1章:十八禁BLゲームの中に迷い込みました!
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しおりを挟む「っと、ごめん、仕事の邪魔しちゃったね」
「あー、ちょうど休憩しようと思っていたんで大丈夫ですよ」
手をひらひらと振る彼に、おれは「そっか」と呟いた。本当に休憩しようとしていたかはわからないけれど……。
「なら、ついでにお茶でもいかがですか? 昨日焼いたスコーンを持ってきているんです」
バスケットを掲げてリーフェがそう提案すると、少し悩むように視線を巡らせて、それから首を縦に振った。
「テーブルのセッティングをしてきます」
とその場から去っていくのを見送って、リーフェは内緒話をするようにおれに耳打ちした。
「ここだけの話、ニコロは甘いものに目がないんです」
「ええっ!?」
それはちょっと意外な情報だった。見た目からは想像できない。庭に出ないか提案してくれたのはニコロを労わるためでもあったのかな?
ここで働いている人たちって結構仲良さそうだよね……。なんてしみじみ思った。アットホームってこういうことを言うんだろうか。
ニコロがおれらを呼ぶまで、おれらは花を眺めることにした。
一昨日見たときよりも、心なしか花の種類が増えているような気がする。花を愛でているとニコロから声が掛かった。テーブルのセッティングが終わったようだ。
「好物を目の前にすると早いんですから……」
「ははっ」
リーフェが呆れたように呟くのが聞こえて、思わず笑ってしまった。おれの表情を見たリーフェは一瞬目を大きく見開いてから、慈しむように微笑む。
「行きましょう、ヒビキさま」
「うん」
そっと差し出された手を取って、一緒にニコロの元へ向かう。こういうところ、リーフェはお姉さんって感じがする。他の使用人さんたちにも知り合っていくうちに仲良くなれるんだろうか。
「それでは、こちらをどうぞ」
バスケットを開けてスコーンとジャムを取り出す。ふわりと甘い香りが漂って鼻孔をくすぐる。真っ赤なジャムは苺かな。オレンジ色のはやっぱりマーマレード?
「ジャムを持ってくるの重たかったんじゃ……?」
「いえいえ、甘いものを食べると少し元気になるのではないかと思いまして」
「……ありがとう」
スコーンを皿に置いて、紅茶を淹れてもらって、なんだか悪いなぁ。ここまで気遣ってもらうなんて……。それでも、純粋に彼女がおれを元気づけようとしてくれたのが嬉しくて、心がポカポカと温かくなった。
「それでは、どうぞ召し上がれ」
「頂きます」
「頂きまーす」
おれが両手を合わせてそう言えば、ニコロも続くように言ってそれからジャムをたんまりと乗せて口に運ぶのを見てしまった。甘いものに目がないっていうのは本当らしい。とても幸せそうに頬張っている。
どっちのジャムから食べようか悩んで、結局マーマレードジャムにした。オレンジの甘酸っぱさと皮の苦さがちょうどいい。あと、ふんわりと香るのは花なのかな?
一旦紅茶を飲んで口の中をリセットして、今度は苺のジャムに手を伸ばした。大き目の果肉が嬉しい。スコーンに乗せて食べると甘いには甘いけれど、大きい果肉の分フルーツ感もきっちりあって食べやすい甘さだ。
「お口には合いましたか?」
「うん、すっごく美味しい!」
「それは良かったです」
嬉しそうに笑うリーフェ。その笑顔を見て、本当にいい人だなぁとしみじみ思った。ニコロを見ると変わらず幸せそうに頬張っていて、それを見たリーフェはくすりと笑い声を零す。
「ここの屋敷の雰囲気って、柔らかいよね」
「……正直、ここまで柔らかくなったのはヒビキさまのおかげですよ」
「え?」
「あの隊長がここまで雰囲気柔らかくなりましたからねぇ……」
どこか遠い目で昔を思い出しているかのように肩をすくめるニコロ。
「ルードの雰囲気が?」
「そうですよ。俺は騎士団に居たから知ってます。あの氷のような眼を……!」
ぶるりと体を震わせたニコロに、リーフェは眉を下げた。リーフェにも心当たりがあるのかもしれない。
「そんなに?」
「ヒビキさまは今の隊長しか知らないから、そう言えるんだと思います」
「私も聖騎士団でのルードさまのことを噂話で聞いていますので……」
ニコロから教えてもらった話かな。っていうか噂になるくらいなのか……。いやまぁ、さすが攻略キャラ。ハイスペックなんだな。だからそういう噂も飛び交う……とか?
「実力もあって貴族で、さらに本命に一途とかどこの物語のヒーローなんだか」
「本命?」
「ヒビキさまのことですよ」
顔が赤くなっていくのがわかる。他の人から見ても、やっぱりルードはおれに甘いんだ。あれだけのイケメン、引く手数多だろうに……。
おれは紅茶を飲んで心を落ち着かせる。赤くなった顔も少しは元に戻って欲しいと願いながら。
微笑ましそうにおれを見るのはやめてもらえませんか、そこのふたり!
なんて叫びたくなったけれど、ニコロもリーフェも心底そう思っているからか眼差しが優しい……。
「あの隊長に春が来たってことを知ったら、騎士団長泣いて喜びそうだな……」
ぽつりと零すニコロの呟きを思わず拾ってしまった。
「騎士団長さんってどんな人なの?」
「……そうですね、一言で言うなら……怪物? がぴったり合う気がします」
かつての部下に怪物と呼ばれる騎士団長さんにちょっと同情した。おれの視線を感じ取ったのかニコロはぐっと拳を握って語りだした。
「いや、本当にそうなんですよ! あの団長強さも聖騎士団の中で一番だし、魔物を赤子の手を捻るようにぶっ飛ばすし、めっちゃ厳しいし、とにかく怪物としか言えないんです! しかもあれでまだ三十代とかほんっとにあり得ねー!」
話しているうちにヒートアップしたようで、最後はほぼほぼ叫んでいた。っていうか騎士団長さん三十代!? 若くないか!?
「あの、ちなみにニコロは何歳……?」
「三十五ですが?」
「騎士団長さんは……?」
「三十一でしたね」
……複雑だったろうなぁ、いろいろと。そう思いながらスコーンを食べる。
「……よくもまぁ、自分の恋人のことをそこまで言えますね」
「げほっ!?」
「ヒビキさま!? 大丈夫ですか!?」
リーフェがそんなことを言うもんだから、おれはスコーンを喉に詰まらせてしまった。慌てたようにリーフェが紅茶を手渡して、それから背中を擦る。なんとか飲み込んで、目尻に浮かんだ涙を指で拭う。
「恋人!? 騎士団長さんと!?」
「違います!」
ニコロはきっぱりと断言した。どういうことなんだ……!?
「リーフェ、ヒビキさまにあることないこと吹き込むのはやめろっ!」
「あら、あちらはまだ恋人のつもりのようですよ?」
「なんでお前がそんなことを知っているんだよ……」
ニコロの頬に朱が混じる。あ、これ絶対身に覚えがあるやつだ。えーっと、この屋敷には恋人とか既婚者が多いのかな? っていうか同性同士組がここにも……。本当になんでもありな世界……。
「買い出しの時に騎士団長とお会いしまして、ええ、それはもう偶然、ばったりと」
「どうせお前がわざとらしく城の近くまで寄ったんだろ……」
額に手を置いてはぁ、とため息を吐くニコロ。にんまりと悪戯が成功したような顔をしているリーフェ。このふたりの関係性はあれか、悪友という感じに見える……。
それにしてもニコロの口調が崩れている。普段はこんな喋り方なのかもしれない。
「ニコロも買い出し手伝ってくださいね。いくら騎士団長に会いたくないからと言って、屋敷に閉じこもってばかりではいけません」
「お節介って言葉知ってるか、リーフェ?」
「ええ、存じておりますとも。でも、話を進めるにはこういう役回りの者が必要なのも知っていますの、私」
頬に手を添えてにっこりと微笑むリーフェ。
おれは騎士団長さんがどんな人なのか知らないから、なんとも言えない。でもちょっと興味が出てきた。街に行く時、ルードに頼んで騎士団のところ見せてもらえないかな……。ああ、でも会えるかどうかはわからないのか。
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