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1章:十八禁BLゲームの中に迷い込みました!
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しおりを挟む切りのいいところまで練習して、目が疲れたから休憩と手を上げるとちょうど昼時だったようでぐぅ、と腹の虫が鳴いた。それを聞いてリーフェがくすりと笑うのがわかった。おれは腹を撫でてちらりと彼女を見る。
「すぐにご用意致します。リクエストはございますか?」
「えーっと……あっ! おれが作っちゃダメ!?」
「……ヒビキさまが、ですか? うーん……、ダメです」
あれ、ちょっと迷った?
「故郷の味が食べたいなぁって……」
甘えるようにそう言えば、ぐっとリーフェは言葉を詰まらせて、それでも首を横に振った。そして、心底申し訳なさそうに頭を下げる。
「ヒビキさまの故郷の味にはとても興味があるのですが、本当に申し訳ございません。ルードさまに聞いて、許しがもらえたら作ってください」
あ、そうか……。おれにはなにもさせないようにって言われているんだっけ。料理もダメか。いや確かにおれの料理の腕は普通レベルだけど……。料理人と比べちゃいかん。うん。
「じゃあ、えーっと、サンドウィッチで……」
「かしこまりました。少々お待ちください」
眉を下げてそう言えば、リーフェは小さく肩をすくめてから微笑む。部屋から出ていく彼女を見送り、それからおれはずるずるとソファに横になる。行儀が悪いかもしれないけれど、広いソファはおれひとり寝転んだところでびくともしないだろう。
天井を見上げてぼんやりとする。知らず知らずに肩に力が入っていたのかもしれない。
目を閉じてゆっくりと息を吐く。ずっと布と糸に向き合っていたからちょっと目の奥が痛い気がする。ホットタオルで目を温めたい……。
……少しの間そうしていると、扉の開く音がして起き上がる。リーフェがサンドウィッチとサラダ、スープを持ってきてくれた。
「お疲れですか?」
「慣れない作業だからね」
「わかります、その気持ち……。ですが、リアが褒めていましたよ。ヒビキさまの刺繍の腕はとても良いと」
「……だと良いんだけどね」
正直言ってそんなにすごいことはしていないと思う。リアの教えをそのままやっているようなもんだし。
ともあれ今は腹ごしらえ! 手を合わせて「いただきます」を言ってからサンドウィッチに手を伸ばす。相変わらずおいしい。リゾットができるってことは米はあるんだし、炊いたらおにぎり出来ないかな……。それともリゾット用の米は日本の米とは違うのかな? 姉ならわかるんだろうけど、おれにはさっぱりだ。
姉は料理が趣味だったから、多分いろんな料理の仕方を覚えていると思う。結婚したら手作りの料理をたんまり食べさせるのが夢なの、なんて言っていた姉の姿を思い出して、急に懐かしさを感じた。
「どうかなさいましたか?」
「ううん、なんでもない。ちょっと、思い出しただけで……」
食べることを止めたおれに、リーフェが心配そうに眉を下げて声を掛けてきた。ゆるりと首を左右に振ってそう言うと、彼女はそっとおれの頭を撫でた。優しい手だ。きっと慰めてくれているんだろうなぁ。
「ヒビキさま……」
「ごめん、本当に大丈夫。ありがとう、リーフェ」
優しい彼女を安心させるように微笑む。リーフェは一瞬不安げに瞳を揺らしてからゆっくりとおれの頭から手を離す。
「無理はなさらないでくださいね?」
「うん、ありがとう。大丈夫」
同じ言葉を繰り返す。リーフェは少し迷ったかのように手を動かして、もう一度おれの頭を撫でてそれからにこりと微笑んでくれた。
心配は掛けたくないから、平気なフリが出来るようにならなくては。
「食べたら少し休憩して、庭に出ませんか? 今日も天気が良いのでとても花がきれいに見えますよ」
「……うん、じゃあそうしようかな」
「ええ、是非」
そう言って笑うリーフェの表情は、なぜか姉の表情と似ている気がして……。
ホームシックってこんな感じなのかな、なんて変なことを考えた。
食べ終わって、リーフェが淹れたお茶を飲む。肩の力を抜いて緩やかに息を吐くとリーフェが食器を下げるために出て行って、それからすぐに戻ってきておれを庭へと案内してくれた。なぜかバスケットを持っていた。
庭に出るのはこれで二回目だ。あの時もとてもきれいだったけれど、改めて庭を見渡すと隅々まで行き届いた手入れに驚く。
「あれ、ニコロ?」
「ああ、今日は彼の当番だったようですね」
ニコロが庭の手入れをしているのを見つけて、リーフェを見ると彼女はぽんと手を叩いた。そういえばこの庭は使用人全員で手入れをしていると言っていた。なるほど、こうやって当番制で手入れしているのか。
「……あれ、ひとりだけ?」
「ええ、庭の手入れはひとりずつの当番です」
「大変じゃない?」
「そうですね……、でも、庭の手入れの日は手入れ以外の仕事は除外されるので、自分のペースで出来るので結構気楽ですよ」
「へえ……」
そもそも屋敷の仕事ってどんなものがあるんだろう。この庭の手入れと、食事、掃除、洗濯……あとは買い出し? くらいなのかなぁ?
多分聞いてもはぐらかされるだろうし、これは聞かないでおこう。
「ニコロー!」
「ッ!?」
リーフェが大声で呼んだから、ニコロがびくっと肩を震わせたが見えた。恐る恐るというように振り向いて、おれたちに気付くと諦めたように目を閉じて息を吐いた。
「……どうしたんですか、ヒビキさま、リーフェ」
「どうもしません、ただの休憩です。ヒビキさまに刺繍を教えていたんですよ」
「えっ」
ニコロが驚いたように目を丸くした。その驚きはなにに対する驚きなんだろうかとおれが問う前に、ニコロが口を開いた。
「リーフェが刺繍……!? あれだけ逃げていた刺繍!?」
「リアに直接頼まれたら断れません……」
ふっと遠い目をしてどこかを見つめるリーフェに、おれとニコロは顔を見合わせて肩をすくめた。
「そういえば、ここの人たちは呼び捨てにするのが普通なの?」
年の差がありそうな人たちも呼び捨てで呼び合っているような気がして尋ねてみると、今度はニコロとリーフェが顔を見合わせた。それから肯定のうなずきを同時にしたので、ちょっと面白かった。
「ルードさま、家令とメイド長は敬称付きですが、他の使用人は呼び捨てですね。同じ屋敷に住んでいるのですから、家族のようなものだと屋敷の主であるルードさまが仰ったのでそのままですねぇ……」
「言われてみれば確かに……俺なんて貴族でもないのに貴族を呼び捨てしてるって本来ならヤバいんでしょうが……。身分も聖騎士じゃないし」
「聖騎士ならいいの?」
そもそも聖騎士って貴族なのか? んん? 貴族ってどのくらいの階級があるんだろう。おれの考えを読んだかのように、ニコロが教えてくれた。
「位を持たないんですよ騎士は。その他に、準男爵、男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵、大公があります。他の国には城伯、辺境伯、選帝侯があるようですよ」
「……ごめん、覚えきる自信がない……」
「覚えなくてもいいと思います。この屋敷から出ないのであれば必要ないことですしね」
……つまり、逆に言えばこの屋敷から出るときには覚えないといけないことということか。
「ニコロは聖騎士だったよね、聖騎士も位がないの?」
「ええ。とはいえ俺は一般からの聖騎士団入団だったんで……。ちなみにリーフェは男爵家、リアは子爵家の出身ですよ」
「え!? あ、でも納得! 学校に通っていたんだもんな……」
貴族にしか通えないってじいやさんが言っていたから、そういうことなんだろうとは思っていたけど……。
「俺は聖騎士団に居た頃、団長に教わりましたよ。文字読めると世界が広がりますね」
「それはおれも思った! とはいえ、おれが読めるのは初歩中の初歩なんだけど」
「一週間くらいでそこまで読めるようになったのなら、文字とヒビキさまの相性が良かったんでしょうね」
……文字と相性が良いってどういうことなんだか。それでも読めるようになるのは本当に世界が広がる――……。
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