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1章:十八禁BLゲームの中に迷い込みました!

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 おれが項垂れていると、じいやさんは「ふむ」と顎に手を掛けながら呟いて、ちらりと視線を向けると小さくうなずいた。なんのうなずきなのかはわからない。

「ヒビキさま。少し時間をください」
「それはいいけれど……、あ、仕事の邪魔だったよね!?」
「いいえ、ヒビキさまのお世話は最優先事項ですから。書庫に行って魔術書を取ってきますね。初心者用の」
「あの書庫そんなものまであったの!?」
「はい、集めましたから」

 にこやかに言われて、目を数回瞬かせる。書庫の本はじいやさんの趣味って聞いていたけど、本を集めるのが趣味なのか?
 ……もしかして、かなり貴重な本もあったりするんじゃ……?

「その魔術書を読めばどうなるの?」
「ただ魔法の仕組みを知るだけですよ。イメージしやすくなるかもしれません」
「へぇ……、じゃあ、ここで大人しく待ってる」
「はい。では、少しお待ちくださいね」

 じいやさんが扉から出ていくのを見送って、おれはテーブルの隣に置いてある椅子に座る。背もたれに背を預けてはぁ、とため息を吐いた。……それにしても、魔法なのか魔術なのか。どちらも同じようなもんなのか? この世界では。
 じいやさんを待つ間、目を閉じてゆっくりと深呼吸を繰り返した。そして、ルードのことを思う。丸一日で隣街に着くって言ったし、もう着いた頃だろうか。怪我していないといいんだけど……。

「……無事でありますように」

 ぽつりと溢れた言葉は誰にも拾われなかった。たった二日でこんなにも心細くなるとは……。無意識に唇に触れる。やっぱりカサカサしている気がして、手入れしたほうがいいのかなって考えているとじいやさんが戻ってきた。

「お待たせしました、ヒビキさま。これをどうぞ」
「あ、はい」

 本を受け取って表紙に視線を落とす。『初心者用魔術 基本編』とシンプルに書かれていた。……あれ、こんな文字習ったっけ? 習っていたような、いないような。いや、読めるのだから習ったんだろう、きっと。

「これを読めばいいの?」
「はい」
「じゃあ、早速……」

 ぱらりと表紙をめくって読んでみる。初心者用と謳うだけあってイラスト付きで解説されていた。この世界での生活魔法はすべて精霊が叶えているようだ。目には見えないけれど確かに存在する精霊に願いましょうって書いてある。
 ……この世界に来て初めて読んだ絵本にも、精霊のことが書いてあったなぁ。

「……試してみていいですか?」
「もちろんです」

 椅子から立ち上がって魔術書をじいやさんに預けてから、テーブルの上に置いてあるコップに手を翳す。目を閉じて呼吸を整え、ゆっくりと目を開けて願う。
 ――精霊さん、コップの水をお湯にしてください――……。
 すると、今度はすんなりと湯気が出てきた。驚いて手を引っ込めると、じいやさんがパチパチパチと拍手をする。

「お見事でございます、ヒビキさま」
「……おれでも使えた……」

 あまりにもあっさりと使えるようになって拍子抜けだ。っていうか、いいのかおれが使えて!? やっぱりこの世界用になっているような気がするぞ、おれの躰。

「ヒビキさまの場合は、理解してからのほうが宜しいようですね」
「……そうみたい。精霊さんにお願いしたら出来たよ」
「では、今度はバケツの水をお湯にしてみましょうか」
「いきなり水の量増えてない!?」

 まぁまぁ、とじいやさんに促されて用意されたバケツの上に手を翳し、さっきと同じように精霊さんに願う。――少し、時間が掛かったけれど湯気がちゃんと目視出来た。どうやら願うことが大事みたいだ。

「ありがとう、精霊さん」

 湯気が立つバケツの中に言葉を落とすと、どういたしましてと言うようにパチャリとお湯が少しだけ跳ねた。

「ヒビキさまは精霊に好かれているようですね」
「そうなの?」
「ええ、これなら他の生活魔法もあっという間でしょうし、もしかしたら普通の魔法も使えるかもしれません」
「普通の魔法?」
「こういうのです」

 じいやさんは人差し指を立ててボッと炎を出した。

「あ、熱くないの……?」
「術者は平気です。周りは熱いですがね。ちなみに生活魔法ではこうなります」

 炎を消すと今度はオレンジ色の炎を出した。

「色が違うのはわかるけど……」
「生活魔法の炎は熱くないのです、誰が触れても。不思議でしょう?」
「熱くない炎!? ……それは、本当に不思議ですね……」

 そっと手をじいやさんの出している炎に近付けてみる。確かに熱は伝わらない。熱くない炎を見るのはなんだか新鮮だ。そして、本当にここがゲームの中――異世界なのだと思った。

「さて、生活魔法の練習はどうしますか、濡れたタオルでも乾かす練習をしてみますか?」
「是非!」

 炎を消してじいやさんはいたずらっぽく笑う。おれは力強くそう言って、じいやさんはおれに濡れたタオルを手渡した。おれはさっきのように精霊さんに願った、タオルが乾きますようにって。すると、乾くのを通り越してパキパキになってしまった。

「わっ!?」
「どのようなくらい乾かしたいのかをイメージするといいかもしれません」
「やってみます!」

 もう一枚タオルを受け取ってタオルが乾くイメージを精霊さんに伝える。ふわふわのタオルになりますようにって。割と曖昧なイメージなんだけど、これで大丈夫なんだろうか……。
 結果は成功。曖昧なイメージでもきちんと伝わった。

「おお、ふわふわ……」
「完璧な仕上がりです」

 おれが乾かしたタオルを取って手触りを確かめる。それから目元を細めて笑うじいやさんに、安堵の息を吐いた。

「あ、このタオルは……」

 パキパキになったタオルに視線を向ける。じいやさんは緩やかに首を振り「お気になさらず」と微笑む。おれはじいやさんからそのタオルを借りてバケツの上に手を翳して今度は逆のことを願う。少し冷ましてくださいって。それから温くなったバケツのお湯に浸し、ぎゅっと絞った。
 もう一度、今度はちゃんとふんわりとしたタオルをイメージして生活魔法を使う。

「……これでどうかな?」
「……これは、驚きました。見事に修繕なさっています」
「良かった」

 ほっとして胸を撫で下ろす。せっかくのタオルを無駄にするところだった。だってこの屋敷のタオルすっごくふわふわして気持ちいいんだ。
 それをおれの不手際で台無しにするところだった……。たかがタオル、されどタオル。ふわふわなタオルは使っていて気持ちいいから、直って良かった。
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