喧嘩するほどお前がいい

白河夜船

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ブラコンの地雷はたくさん

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「あ、兄上。紹介が遅れました。この方は私の───」

「ねえ、君強そうだね?」

「…あ゛?」


 飛ばされる殺気に、初めて羽根の上からリンゼンの顔が覗く。
 

「僕より強いのかな~?」

「やんのかこら」

「えっ、ちょ、師団長?ここ一応俺の家なんだけど」


 リンゼンは立ち上がり、シヴァンを椅子に降ろして上着を被せると、虚空から刀を取り出す。
 

「何だかシヴァンとやけに親しいみたいだから~、お兄様、君のことがよく知りたいな~」

「ハッ変態ストーカーが。かかってこいよ」

 
 リンゼンが挑発すると、師団長から笑顔が消えた。
 

「今すぐ壺と花瓶を避難させろ!!割らせてたまるか!」


 将軍は聞く耳の持たないアホ共を止めるよりも先に、高かった骨董品コレクションを守ることに必死だった。

 2人が間合いに立ち、殺気が渦巻く。
 まさに一触即発のとき。


「兄上!いい加減にしてください!人様の家で迷惑をかけて!!これ以上居座るようなら、嫌いになりますからね」

「えっ……」
 

 魔法師団長ブラコンは膝から崩れ落ちた。

 
「リンゼン貴方もです。刀を収めないとまたひと月は口を聞いてあげませんから」

「くそっ……」


 それは耐えられない。
 リンゼンはしぶしぶ刀を収めた。
 

「一撃…さすがですわ」

「一撃必殺!」

「おみそれいたしました」

「女王様っ!恐れ入ります!」


 シールドを張って戦いに身を備えていた使用人達は、シヴァンの見事な手腕に拍手喝采を贈る。
 

「あっ、あっぶね~~、これ1番高いやつだから」


 一旦収まったらしく、将軍は壺を抱きしめて安堵した。

 
「それに比べ、旦那様ったら情けないですわ」

「家主としての威厳が無いですもんね」

「不甲斐ないばかりです」

「将軍、草」


「うっうっ、もう騎士団戻る」


 使用人達の避難を浴びる大きな背中はかなり情けがない。
 シヴァンは、背中を丸め泣きながら部屋を退出しようとする将軍を宥め、席へ促す。
 

「まぁまぁ将軍、我々も貴方を待っていたんですよ。せっかくですから、こちらへ」  

「だが」

「こ、ち、ら、へ」


 背中に、『もし出てったら分かってるよなぁ?』という圧を感じる。いやこれはナイフだ。見えないナイフが突きつけられている。
 

「お、おお」

 
「兄上とリンゼンも、さあ」

「うん」

「…ああ」


 こうして、全員を大人しく席へつかせることに成功した。
 

「お見事でございます」


 使用人達がシヴァンへ頭を下げる。
 

「それでは始めましょうか」


 シヴァンが合図をすると、次々にメイン料理が運ばれていく。


「何が始まるの~?…ん?何あれ~、坊っちゃまおつかれ───」

「お黙り」


 師団長は反射的に口を閉じた。横に座る将軍の背筋も伸びた気がするが……。

 この兄は、普段の言動こそおかしいが、若くしてこの国の魔法師団長を務める魔法の天才だった。普段が心底残念なのだが。
 しかし、魔法の面では尊敬している。シヴァンは、この兄がいたからこそ、文官の道へ進もうと決めていた。
 

 

 手際よくテーブルに料理が並び終わると、使用人達が壁際に並びクラッカーを構えた。


「「坊っちゃま試験お疲れ様です!そして1位おめでとうございます!!」」


───パァァァァンッ!!


 使用人達が拍手喝采を贈る。数名がリンゼンの顔が描かれた団扇やら光る棒を振っているが、同席した3人も一緒に拍手を送った。


「坊っちゃまステキ~!」

「最推し~!!」

「坊っちゃま天才!」

「指さして~!」


「あ、あぁ、ありがとう…」

「「キャアアア!!ファンサですわ~!」」
 

 使用人の歓声にリンゼンも照れながら応える。


「お前が1位なんてな。俺も鼻が高いぜ」

「わ~!何か分かんないけどおめでとう~!」

「リンゼン、勝敗が付かなかったのは悔しいですが、よく頑張りました。さすが私の男です」

「あぁ」
 

「え……私の…男……?」


 あんなに騒がしかった室内が、静寂に包まれた。


『あっ……今度こそまずい』


 将軍は咄嗟に師団長爆弾を肩に担いだ。


「私の…男……私の?…」

「ああ!急用思い出した!すまねぇ、やっぱ騎士団戻んなきゃだわ!パーティーは続けてくれ!!」


   まだ脳の処理が出来ていないうちに、少しでも遠くへ離れなければならない。


「じゃあな!!!」

「え、えぇ…」


魔法師団長ブラコンがまた暴走を始める前に、全力ダッシュで撤退する。
 

『うおおおおお!俺のコレクションは、誰にも破壊させねえ!!』


 将軍の雄叫びが屋敷に響き渡った。




 あまりの勢いにシヴァンは唖然として見送った。

 
「何だか、兄が失礼しました」

「いや…ただ」


「認められないとな」

「はい?」

「お前の兄にも、両親にも」

「何故です?アレは気にしないで下さい。別に何を言われようと関係ないですし、だいたい家は放任主義なので。…まぁ1人厄介ですが」

「結婚するだろ」


 使用人達は全身が壁になった。
 我々は背景。空気を阻害する音を少しでも出さぬよう、固唾を呑んで見守る。瞬きもせず。


「……しないのか?」


 固まってしまったシヴァンに不安が煽られる。


『坊っちゃま大丈夫ですわっ!』

『自信をもって!諦めないで~』

『フッ、まぁ坊っちゃまの勝利は確実ですが』

『フレー!フレー!坊っちゃま!』


 使用人達も心の中で声援を送る。目が乾燥で血走っているが、心はひとつだった。


「はぁ……まったく」

「っ、」


 シヴァンの声に、リンゼンは俯いてしまう。


『あぁ坊っちゃま!』

『神よ!坊っちゃまをお導き下さい!』

『外堀から埋めてしまいましょうか』

『キスしろ!キスしろ!』

 

「……そんなプロポーズだったら、許しませんからね」

「シヴァンっ!」


 再び黒い羽根がシヴァンを覆う。


「ちょっと暑いですって!」

「シヴァン愛してる、ちゅっ」

「わかってますよ、ってちょっと!」


 リンゼンに運ばれて、2人はまた上の階へ篭ってしまった。
 


 使用人達は目の痙攣に耐えながら見送ると、噛み締めるように感涙した。


「坊っちゃまぁっ!ご立派になられてぇっ!」 

「神様ああ!まじ感謝!」

「成人まであと3年…式の準備を進めないとですね」

「キッスきたあああ!見えなかったけど!」


 パーティの二次会の参加者は、興奮冷めやらぬ使用人達のみとなってしまったが、張り切って若干作りすぎてしまった料理は、使用人達で美味しく食べた。


「あら、そういえば旦那様大丈夫かしら?」

「あ~すっかり忘れてました…」

「魔法師団長となると…また着替えの用意が必要ですね」

「ケーキも差し入れで持っていきますか!」


 すっかり存在を忘れていたことは棚に上げ、爆弾処理に奮闘しているだろう旦那様のために、使用人達は支度を始めたのだった。

 
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