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後日談 虐げられた黒髪令嬢は国を滅ぼしましたとさ
118.後日談
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この国に来るのは久しぶりだ。
もう、二度ときたくないと思っていた。
仲間のためであろうと、
革命のためであろうと。
しかし、こうして私はやってきた。
かつて、自身が拷問されていた屋敷に来ている。
屋敷、というよりは屋敷跡だが。
「あなたはーー」
背後から声をかけられた。
振り返れば、見覚えのある顔だった。
それは、二つの意味で。
「有名人のチャンドラさんが、どうしてこんなとこに?」
チャンドラ、今となってこの世界でその名前を知らない人間はいない。
食べるだけで、病に打ち勝つ食事。
神に祈ることもなく、
悪魔に魂を売ることもなく。
ただ、食べる。
それだけ。
しかも、味も絶品ときたものだ。
数多くの有力者が彼の味を求めて、大金を払う。
力ではなく、食を通して世界を牛耳っている、別の意味での有力者。
正しくは、有力者にとっての『有力者』。
健全なお薬だ。
どれだけ食べても、体を害することはない。
ただ、単純な美味さだけで相手に中毒性を与える。
毒のような薬。
「いえ、私はただの料理人ですよ」
その有力者は、有力者のような振る舞いをしなかった。
私たちと同じか、それ以上に。
「それは昔の話でしょ」
「覚えて……いるんですか?」
「もちろん。貴方の味は、この舌にしっかり記憶している」
私はベロりと舌を出してみせた。
拷問中の唯一の楽しみが、食事の時間だけだった。
痛みに耐え、不安に押し潰されそうな中、一つの支えとなっていた。
もちろん、他にも支えはあった。
人生の目的、失った仲間との約束、夢、希望。
だけれど、それはあくまで非実在のものだ。
物理的に、感覚的に癒すことはできない。
「ありがとうございました。あなたの料理がなければ、私は死んでいました」
改めて、私は彼に頭を下げた。
感謝をこめて。
精神的にも、肉体的にも。
飢えて死ぬか、
絶望に飲まれて死ぬか。
その中で、ひっそりと、何も言わずに私を助けてくれたこの人に。
「そんな風にお礼を言われることはありません。私の取り柄は、前にも後にも料理だけですから」
彼は首を横に振った。
元よりこうゆう人なのだろう。
自分を平凡と決めつけ、出来ることをきちんとやり遂げる。
それが、今回は運良く評価されただけ、と考えているのだ。
だからこそ、こんな口調なのだ。
きっと、私を助けたとも思っていないのだろう。
私が勝手に助かっただけ。
そういう認識をしているに違いない。
でなければ、ただの聖人だ。
結果としては、多くの人を救っているので、聖人という評価もあながち間違いではないかもしれないが。
「それで、どうしてここに?」
「ここは、あの方が最後にいた場所ですから」
彼は花を持っていた。
花束だ。
「あの方?」
「フォルテシア様です」
その名前は聞き覚えがあった。
思わず、拳に力が入る。
「あの方は、私に自身の有用性を気づかせてくれた。今の私があるのは、あの方のお陰です」
フォルテシア。
黒髪の呪われた少女。
私が捕まるきっかけになった少女。
私たちが間違えて捕まえた少女。
思えば、そこで私の人生は変わってしまった。
私の世界は、変わってしまった。
あの時、間違えていなければ。
あるいは、即座にあの女を殺していれば。
状況は変わっていたのかもしれない。
ーーだけれど、その変わった世界に私が生きているかと言えば疑わしい。
ならば、私は彼女にすら、助けられたと言っても過言ではないかもしれない。
もう、二度ときたくないと思っていた。
仲間のためであろうと、
革命のためであろうと。
しかし、こうして私はやってきた。
かつて、自身が拷問されていた屋敷に来ている。
屋敷、というよりは屋敷跡だが。
「あなたはーー」
背後から声をかけられた。
振り返れば、見覚えのある顔だった。
それは、二つの意味で。
「有名人のチャンドラさんが、どうしてこんなとこに?」
チャンドラ、今となってこの世界でその名前を知らない人間はいない。
食べるだけで、病に打ち勝つ食事。
神に祈ることもなく、
悪魔に魂を売ることもなく。
ただ、食べる。
それだけ。
しかも、味も絶品ときたものだ。
数多くの有力者が彼の味を求めて、大金を払う。
力ではなく、食を通して世界を牛耳っている、別の意味での有力者。
正しくは、有力者にとっての『有力者』。
健全なお薬だ。
どれだけ食べても、体を害することはない。
ただ、単純な美味さだけで相手に中毒性を与える。
毒のような薬。
「いえ、私はただの料理人ですよ」
その有力者は、有力者のような振る舞いをしなかった。
私たちと同じか、それ以上に。
「それは昔の話でしょ」
「覚えて……いるんですか?」
「もちろん。貴方の味は、この舌にしっかり記憶している」
私はベロりと舌を出してみせた。
拷問中の唯一の楽しみが、食事の時間だけだった。
痛みに耐え、不安に押し潰されそうな中、一つの支えとなっていた。
もちろん、他にも支えはあった。
人生の目的、失った仲間との約束、夢、希望。
だけれど、それはあくまで非実在のものだ。
物理的に、感覚的に癒すことはできない。
「ありがとうございました。あなたの料理がなければ、私は死んでいました」
改めて、私は彼に頭を下げた。
感謝をこめて。
精神的にも、肉体的にも。
飢えて死ぬか、
絶望に飲まれて死ぬか。
その中で、ひっそりと、何も言わずに私を助けてくれたこの人に。
「そんな風にお礼を言われることはありません。私の取り柄は、前にも後にも料理だけですから」
彼は首を横に振った。
元よりこうゆう人なのだろう。
自分を平凡と決めつけ、出来ることをきちんとやり遂げる。
それが、今回は運良く評価されただけ、と考えているのだ。
だからこそ、こんな口調なのだ。
きっと、私を助けたとも思っていないのだろう。
私が勝手に助かっただけ。
そういう認識をしているに違いない。
でなければ、ただの聖人だ。
結果としては、多くの人を救っているので、聖人という評価もあながち間違いではないかもしれないが。
「それで、どうしてここに?」
「ここは、あの方が最後にいた場所ですから」
彼は花を持っていた。
花束だ。
「あの方?」
「フォルテシア様です」
その名前は聞き覚えがあった。
思わず、拳に力が入る。
「あの方は、私に自身の有用性を気づかせてくれた。今の私があるのは、あの方のお陰です」
フォルテシア。
黒髪の呪われた少女。
私が捕まるきっかけになった少女。
私たちが間違えて捕まえた少女。
思えば、そこで私の人生は変わってしまった。
私の世界は、変わってしまった。
あの時、間違えていなければ。
あるいは、即座にあの女を殺していれば。
状況は変わっていたのかもしれない。
ーーだけれど、その変わった世界に私が生きているかと言えば疑わしい。
ならば、私は彼女にすら、助けられたと言っても過言ではないかもしれない。
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