虐げられた黒髪令嬢は国を滅ぼすことに決めましたとさ

くわっと

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三章 領主と領民

66.綺麗な部分

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「あの方は誰だ?」
「煌びやかだが、芯の通った美しさ!」
「ペントレイア様の隣にいるぞ」
「ということは名家のご令嬢か?」
「あれが噂のオルコット様か?」
「理知的顔つきをしておられる」
「我らを導くに相応しい気品っ!」

ペントレイアさんに連れられ、街の中を散策。
領民は私の姿を捉えると、恭しく頭を下げます。
そして聞こえるか聞こえないか、際どい声量で口々に言いました。
暴言、嘲笑以外の言葉は耳に優しいですね。
見ず知らずの相手に言われても、心が浮き立つのを感じます。


思ったより、期待したよりマーテルロ家の領内は栄えていました。
新しい自室の窓から見えるのと同じように、人々は笑い合い、楽しそうに過ごしています。
現状を嘆くこともなく、
苦しみを糧にすることもなく、
虐げられることもなく、
平和な日常を過ごしているようです。

領民の方々も、動物さんとの関わりは深いようです。
芸を教えて人を楽しませるもの、
可動式の荷物置きにするもの、
愛玩用に売買するもの、
食料にするもの。
様々です。

人間である彼らの表情は明るく楽しそうです。
でも、被支配側の動物さんたちの心情は窺い知ることはできませんでした。
あの子たちは好きで現状に甘んじているのでしょうか?
人間が大好きだから、彼らに尽くすことに喜びを感じ、剰え食べられてもいいと考えているのでしょうか?
人語を介さない動物さんたちに、それを確認するのは難しいです。

「そろそろ満足できましたか?」

「はい、ありがとうございます」

「では、お屋敷に戻りましょう」

ペントレイアさんは私の手を引きます。
だけれど、私は地面に根を張ったように動きません。

「オルコット様?」

ここで帰る訳にいきません。
まだ私が見たかったもの、期待していた景色を見ていないのですから。

案内された場所は所詮は表層。
真実の一部。
見たいのはそこではありません。

もっと暗くて、
もっと醜くて、
もっと憎悪と怨嗟に満ちた生き物がいる場所。

私はくんくんと、犬さんに真似をして空気の香りを嗅ぎます。
あの子たち程嗅覚に自信はありませんが、自身に近い存在を嗅ぎ分ける能力は高いと自負しています。

敗北、
恨み、
被差別、
劣等、
諦観。
そんな、かつての私に染み付いた匂い。

「こちらに行きましょう」

私は、他より少し薄暗い路地を指差しました。
こっちです。
こっちから、その香りが漂ってくるのを感じるのです。
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