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2.失恋と憂さ晴らし
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レイピア=アントワーズは恵まれていた。
自他共に認める、幸せ者であった。
それは美貌であり、
才能であり、
身分であり、
幸運であり。
兎にも角にも、彼女は神に愛されていたと言っても過言でない程に恵まれていた。
恵まれ、過ぎていた。
勿論、当の本人にも言い分はあるだろう。
環境という外部要因ではなく、自身の努力や研鑽の末に幸せがあったと。
だけれど、彼女は認めなくてはいけない。
その努力や研鑽ができる程度には、少なくとも恵まれていたことを。
そして、理解しなくてはいけない。
その無自覚と不理解を理由に、憎しみをぶつける人間がいることを。
「ねぇ、ミゾノグチ」
レイピア=アントワーズは、物憂げな口調で執事であるミゾノグチに言う。
「この気持ち、この失恋の傷はどう癒せばいいのでしょうか?」
「忘れることです」
「忘れる、ですか」
「辛いとは思います。難しいとは思います。ですが、不可能なことではありません。人間は忘却する生き物、時間が経てば、他の何かに打ち込めば、自然とかの者の記憶は薄れていくでしょう」
執事は言う。
主人たるレイピアの顔は見ることはできないが、自身の意見は伝えた。
「そう、他の何か。時間と、ともに、か」
レイピアは呟くように言うと、てとてと歩みを進め、クルクルと回る。
おかしくなったように、
狂ってしまったように。
「忘れる、忘れる、忘れーー」
「お嬢様?」
レイピアはピタと回転を止めた。
不安げに見つめるミゾノグチを、少し虚ろな目で捉える。
「じゃあ、戦でもしましょうか」
「戦?それはどなたと?」
レイピアはクスリと笑う。
「どなた?どなた、ですか。対人相手でこの憂さが晴れるものですか」
レイピアは壁面に飾られていた、剣に手を伸ばす。
女性の細腕で扱うには困難であろう、長物。
だけれど、彼女はただの女性ではない。
恵まれていた、
神に愛されていた女なのだ。
それは筋力とその使い方についても適用される。
ひゅんひゅんと風を切り、素振りをして感覚を馴染ませる。
「手近な国に戦を仕掛けます。命のやり取り、国の命運をかけた戦い。それ程のことをすれば、この気持ちも消えることでしょう」
「お嬢様、そんな理由では隣国を責める理由になりません」
「では、どういう理由があれば攻めて良いのですか?」
「それはーー」
言葉に詰まるミゾノグチに、レイピアは詰め寄る。
「理由なんてどうでも良いのです。それに、なければ作れば良いのです」
レイピアは笑う。
その笑みは恐ろしく、悪魔か魔女のようだと彼は感じた。
そして、後悔した。
自分の軽率な発言が、隣国との戦争の引き金になってしまっていることに。
どうしようもなく、彼は後悔した。
自他共に認める、幸せ者であった。
それは美貌であり、
才能であり、
身分であり、
幸運であり。
兎にも角にも、彼女は神に愛されていたと言っても過言でない程に恵まれていた。
恵まれ、過ぎていた。
勿論、当の本人にも言い分はあるだろう。
環境という外部要因ではなく、自身の努力や研鑽の末に幸せがあったと。
だけれど、彼女は認めなくてはいけない。
その努力や研鑽ができる程度には、少なくとも恵まれていたことを。
そして、理解しなくてはいけない。
その無自覚と不理解を理由に、憎しみをぶつける人間がいることを。
「ねぇ、ミゾノグチ」
レイピア=アントワーズは、物憂げな口調で執事であるミゾノグチに言う。
「この気持ち、この失恋の傷はどう癒せばいいのでしょうか?」
「忘れることです」
「忘れる、ですか」
「辛いとは思います。難しいとは思います。ですが、不可能なことではありません。人間は忘却する生き物、時間が経てば、他の何かに打ち込めば、自然とかの者の記憶は薄れていくでしょう」
執事は言う。
主人たるレイピアの顔は見ることはできないが、自身の意見は伝えた。
「そう、他の何か。時間と、ともに、か」
レイピアは呟くように言うと、てとてと歩みを進め、クルクルと回る。
おかしくなったように、
狂ってしまったように。
「忘れる、忘れる、忘れーー」
「お嬢様?」
レイピアはピタと回転を止めた。
不安げに見つめるミゾノグチを、少し虚ろな目で捉える。
「じゃあ、戦でもしましょうか」
「戦?それはどなたと?」
レイピアはクスリと笑う。
「どなた?どなた、ですか。対人相手でこの憂さが晴れるものですか」
レイピアは壁面に飾られていた、剣に手を伸ばす。
女性の細腕で扱うには困難であろう、長物。
だけれど、彼女はただの女性ではない。
恵まれていた、
神に愛されていた女なのだ。
それは筋力とその使い方についても適用される。
ひゅんひゅんと風を切り、素振りをして感覚を馴染ませる。
「手近な国に戦を仕掛けます。命のやり取り、国の命運をかけた戦い。それ程のことをすれば、この気持ちも消えることでしょう」
「お嬢様、そんな理由では隣国を責める理由になりません」
「では、どういう理由があれば攻めて良いのですか?」
「それはーー」
言葉に詰まるミゾノグチに、レイピアは詰め寄る。
「理由なんてどうでも良いのです。それに、なければ作れば良いのです」
レイピアは笑う。
その笑みは恐ろしく、悪魔か魔女のようだと彼は感じた。
そして、後悔した。
自分の軽率な発言が、隣国との戦争の引き金になってしまっていることに。
どうしようもなく、彼は後悔した。
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