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三章

31.戦いの果てに

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夜が明ける。
薄い光が世界に差し込む。
照らされた場所には、男と女が一人ずつ。
他は意識を失っているか、命を失っているか。
あるいは物理的に拘束され、動けなくなっているか。

「なんとかーー生き残れました」

目を開かないアンドレアを撫でながら、パトリシアは言う。
本来なら膝枕をしても良いような、そんな状況かもしれない。
だが、それは物理的に不可能だ。
彼女の膝が壊れてしまうからだ。

故に、彼の体は母なる大地に預けて、ただ上から撫でる。
かつてはその外見を毛嫌いしていた時代もあったが、もう慣れている。
専属料理人の如きの時間に、彼への嫌悪感は無くなっている。
嘘も繰り返せば本当になるーーということはなかったが、馴染んでは来るのかもしれない。
多少は、
幾らかは、
ある程度は。

「でも、疲れました」

ばたりと、背中から彼女も地面に倒れる。
いや、倒れたつもりだったが、アンドレアの足に当たる。
弾力のある足はそのまま枕になった。
起き上がろうとも思ったが、その体力すらなかった。

空を眺める。
心静かに、安らかに。
小さな戦争だった、と彼女は思った。
たぶん、誰も殺してはいない。
殺せていない。
少なくとも、自分の手では。
アンドレアもきっと同じだろう。
打ち所が悪くなければ、そのうち彼らは目を覚ます。
人は簡単に死なない。
死ぬことができない。
そういう風にできている。

だが、今生きていても、近い将来すらない。
どうせその後は殺される。
首を撥ねる。
頭を潰す。
心臓を貫く。
血を大量に抜く。
簡単には死なないが、きちんとやれば死んでしまう。

あの少女のように拷問されて、
ある程度の、
十分に苦痛を与えたら殺される。
そして埋められる。
仕方がない。
だってこちらを殺そうと、奪おうとしたのだ。
ならば、その報いを受けるのは当然だ。

私は殺していない。
だが、私がいなければ彼らは殺されることはなかった。
ならば、その罪は私にもあるのだろう。
むしろ、その罪は私にこそあるのだろう。

我が身かわいさのため。
自分が生き残るため。
愛とか恋とかそんなふわふわしたものためではなく。
名誉や法といったがちがちなもののためではなく。
獣のような理由で、私は人を殺した。

これからも、こんなことが続くのだろうか。
私はこれからも、戦い続けなくてはいけないのだろうか。
誰かを殺そうとして、
誰かに殺されそうになって。
そんな風に生きていかないといけないのだろうか。
それならばいっそーー

「なんて、ただの一時の感情、ですね」

首元に当てた手を、ゆっくりとおろす。
その通りだった。
諦観しても、覚悟を決めても。
いよいよとなれば、自分をみっともなく生きようとする。
死を意識した時、醜く生きようとする。
でも、それでいいとも思った。
今の私には何もない。
少なくとも、大事と思えるものは何もない。
死んだらそれでお終い。
それでいい。
それがいい。

彼女は笑った。
空を見上げながら。
自分の考えを、戯言だと笑いながら。
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