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2章 第2の婚約者

33.可愛いさの暴力、バルバトロス=ステノン

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「余がバルバトロス=ステノンだよー」

小柄な子供のような矮躯。
声変わりをしていないような、少し高めの声。
案内人と同じく、カンドゥーラのような白い衣装を纏っている。
だが、サイズが合っていないのかだぼだぼで、それが彼の可愛さ・あどけなさを引き立てている。

ーー
招かねれた部屋は無駄に縦にも横にも広い部屋で、その中央に彼は鎮座している。
周囲には顔をレースのような薄布で隠した美形の付き人が何人も控えていた。

サラサラの金髪が、お付きの女性の扇に仰がれてそよぐ。
愛くるしい瞳、
子役モデルような、あざとい表情。
可愛い、
よしよししたくなる、
抱きしめたくなる、
可愛いは、正義、
つまり彼はーー圧倒的正義。

いかん、のまれるな。
落ち着け、冷静になれ。
私は何をしに来たかを思い出せ。
誰に会いに来たかを思い出せ。

私はくしゃくしゃに潰した写真を確認する。
一度見、
二度見、
三度見ーー

「どうしたの、アリシアさん?余の顔に何かついてる?」

あっけらかんと、
にぱにぱーと笑うバルバトロスくん。
可愛い、可愛いよーっ!
駄目だ、
引き込まれる、
惹き込まれるっ

「あ、あの、その、頂いていたお写真と全然、違うのですが、本当にあなたがバルバトロス=ステノン様、なのですか?」

しどろもどろ、
言葉に詰まりつつ尋ねる私。
バルバトロスくんは、てくてくとその矮躯を動かし、私の手から写真を奪い取る。
その小さく、もっちりとした手が、醜悪なバルバトロス(仮)の写真を掴んだ。

「ああ、これは対外用の写真だね。ほら、領主の三男がこんな矮躯だと舐められちやうでしょう?それに、誘拐とか、怖い人に襲われたりもするかもしれないから。余の正体ーーあくまで姿形は一般公開してないんだよ♪」

確かに、その可愛さでは一度領外を歩けば変なおじさんやおばさんに捕まること間違い無いし。
併せて、悪質な悪戯を受けること不可避だ。
彼の可愛さの前に、大抵の法律や倫理観などは吹き飛んでしまうだろう。

……この婚約は、ありなのかもしれない。
胸の高鳴り、
肌の紅潮、
迅る呼吸。
彼との日常を想像する、
彼が私に向ける笑顔を空想する、
彼と抱き合う姿をイメージする、
彼の裸体をーーおっとR15!

アルベルトの造形美、
メノウとの百合百合、
リヒーの包容力。

それらとは違った、しかし圧倒的絶対値をもった魅力。
可愛いという名の暴力。
いっそこの可愛さを前面に、全面に押し出すことによって統治する『ぷりてぃ統治』で世界平和が実現するのではないかと思う。
いや、それは無理か。
人間は欲深い。
きっと誰かが彼の笑顔を独り占めにしようと考える。
その平和は長くは続かない。
むしろ、争いの火種に成りかねない。

「僭越ながら、アリシア様がお疲れのようなので、臣がお話を進めさせていただこうと思うのですが、よろしいでしょうか?」

丁寧な口調で、右隣に控えてリヒーが口を開いた。
左隣のメノウも、突然の開口に驚いている様子だ。
ちなみに、彼女も頬が少し紅く、目に母性の火が灯っているのがみて取れた。
バルバトロスくんのキューティーの影響を受けているらしい。
……なるほど、リヒーは男だからというだけでなく、単純に彼の可愛さを『視覚』で捉えていないから、冷静さを保っているのか。
見えないからこそ、自分が保てる。

着いてきてもらって正解だった。
人生、第2の生も含めて何が上手くいくのかわからないものだ。

「いいよ、余は寛大だからね。領主だろうが、農奴だろうが、婚約者だろうが、使用人だろうが、関係ない。余の下に全ての人間は平等だからね♪」

両手をぱたぱたとはためかせながら、バルバトロスくんは言う。
それに対し、リヒーは一礼して敬意を示すと「僭越ながら」と続きを話す。

「今回のアリシア様とのご婚約。率直にその目的を尋ねたいのですが、宜しいでしょうか?」

いきなり核心をつく質問。
枝葉を省き、最短距離で物語の展開を進めようとしている。

「それはね、アリシアさんにやってもらいことがあるんだよ♪」

にへらーと無垢な笑顔を私に向ける。
また、このパターンか。
次は何退治だろうか。
私は身構える、頬を緩ませながら。
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