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「そのためには、君にもーー」
私は聞いていた。
彼の話を聞いていた。
ただひたすらに聞いていた。
最初から最後まで。
嫌いな男の話を。
憎い男話を。
一言も聞き漏らさないよう、集中して聞いていた。
対する相手は淡々と語る。
自身の計画と、それに私がどう必要で、何をすべきかを。
時に食事に手を伸ばし、
時にグラスを傾けてながら。
だが、語気と眼差しには冗長な気配は一切なく。
まるで、演説のように語っていた。
「簡単なことではない。だが、君にはできる。何故ならーー」
私は聴き続けた。
ほんの少し前までは、視界に入れる程嫌っていた相手の言葉を。
言われた通り、ただ黙って聞いていた。
理由は簡単で単純。
愛しいあのお方に関するお話だから。
愛しいあのお方の心を、姉君から離すための方法だから。
「愛のため、恋のため、国のため、××のため……なら多少の犠牲はーー」
信用できなくとも、
信頼できなくとも。
聞き流すことはできなかった。
言葉の理解が追いつくことはなかったが、聞き漏らすことはなかった。
彼が合間に挟む食事のおかげで、時間差ではあるが、なんとか理解することができた。
ただ、それに対する返答を考えるところまでは辿り着けない。
「イデアは少し可哀想だが、仕方ない。最大幸福のための最小ーー」
いつもの私なら、こんなことはありえない。
あのお方以外の話なら、こんなことはありえない。
私はもっと聡明な女のはずだ。
公爵家令嬢、
第二王子の婚約者。
それらの肩書きに恥じない能力の持ち主のはずだ。
なのに、
なのに、
そうだというのにーー
「……と言うところだ。ご静聴、ありがとう」
話は終わった。
終わってしまった。
「結局、君は俺の食事に口をつけなかったね。次は何が食べたい?要望を聞いておこうか」
そう言って、その会食を締め括る。
確実にある次の存在を、ほのめかしながら。
「……そう、ですね……」
やっとのことで紡げた言葉。
ぼろぼろにほつれた、脆い糸のよう。
虚勢すら張れない。
今の私はただの大人しい女の子に過ぎないのかもしれない。
「ーーいや、いい。こちらで考えておこう」
言いつつ、アンドレアル様は立ち上がる。
そして、つかつかと私の方へと近づく。
ぼんやりしている私に。
頭の整理、心の整理をしている私に。
その耳元に。
「次は祝いの席になるかもしれないからねl」
と、囁やくように言った。
「話は終わりだ。ーーエクレア、と言ったか。聡明な従者、お疲れのお嬢様を連れて屋敷に戻るといい」
今度は声を大きく、扉の向こうへ。
閉会を告げる言葉。
それと同時に、それぞれの従者が小走りで主人の元へと舞い戻る。
「今日はいい食事だった」
アンドレアル様は、口を歪ませ、
可笑しそうに、
愉しそうに言った。
私は結局、最後まで笑えなかった。
笑顔を作る余裕も、余力も何もなかった。
私は聞いていた。
彼の話を聞いていた。
ただひたすらに聞いていた。
最初から最後まで。
嫌いな男の話を。
憎い男話を。
一言も聞き漏らさないよう、集中して聞いていた。
対する相手は淡々と語る。
自身の計画と、それに私がどう必要で、何をすべきかを。
時に食事に手を伸ばし、
時にグラスを傾けてながら。
だが、語気と眼差しには冗長な気配は一切なく。
まるで、演説のように語っていた。
「簡単なことではない。だが、君にはできる。何故ならーー」
私は聴き続けた。
ほんの少し前までは、視界に入れる程嫌っていた相手の言葉を。
言われた通り、ただ黙って聞いていた。
理由は簡単で単純。
愛しいあのお方に関するお話だから。
愛しいあのお方の心を、姉君から離すための方法だから。
「愛のため、恋のため、国のため、××のため……なら多少の犠牲はーー」
信用できなくとも、
信頼できなくとも。
聞き流すことはできなかった。
言葉の理解が追いつくことはなかったが、聞き漏らすことはなかった。
彼が合間に挟む食事のおかげで、時間差ではあるが、なんとか理解することができた。
ただ、それに対する返答を考えるところまでは辿り着けない。
「イデアは少し可哀想だが、仕方ない。最大幸福のための最小ーー」
いつもの私なら、こんなことはありえない。
あのお方以外の話なら、こんなことはありえない。
私はもっと聡明な女のはずだ。
公爵家令嬢、
第二王子の婚約者。
それらの肩書きに恥じない能力の持ち主のはずだ。
なのに、
なのに、
そうだというのにーー
「……と言うところだ。ご静聴、ありがとう」
話は終わった。
終わってしまった。
「結局、君は俺の食事に口をつけなかったね。次は何が食べたい?要望を聞いておこうか」
そう言って、その会食を締め括る。
確実にある次の存在を、ほのめかしながら。
「……そう、ですね……」
やっとのことで紡げた言葉。
ぼろぼろにほつれた、脆い糸のよう。
虚勢すら張れない。
今の私はただの大人しい女の子に過ぎないのかもしれない。
「ーーいや、いい。こちらで考えておこう」
言いつつ、アンドレアル様は立ち上がる。
そして、つかつかと私の方へと近づく。
ぼんやりしている私に。
頭の整理、心の整理をしている私に。
その耳元に。
「次は祝いの席になるかもしれないからねl」
と、囁やくように言った。
「話は終わりだ。ーーエクレア、と言ったか。聡明な従者、お疲れのお嬢様を連れて屋敷に戻るといい」
今度は声を大きく、扉の向こうへ。
閉会を告げる言葉。
それと同時に、それぞれの従者が小走りで主人の元へと舞い戻る。
「今日はいい食事だった」
アンドレアル様は、口を歪ませ、
可笑しそうに、
愉しそうに言った。
私は結局、最後まで笑えなかった。
笑顔を作る余裕も、余力も何もなかった。
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