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ニコラシカ
しおりを挟む「男なんてみんなクズだ」
「それ、俺の前で言っちゃう?」
「そういえばカズさんも男だったわねー」
肘をテーブルに乗せて、彼女はブスッと膨れた顔で俺を睨む。いや俺を睨まれても困るのだけれど。
「それで、今回はどうして振られたわけ?」
もはや恒例行事となっているけれど、毎回必ず理由を聞いてあげる。俺って律儀で良いやつだなあ。
「二番目なら良いよって言われたから、ビンタして帰ってきた」
「それは正解。本気のクズじゃん」
「そもそも彼女いるならなんでフリーの空気出して誘ってくるの?なんで勘違いさせるようなことを言うの?」
「あわよくばの展開を狙っているからだろうねえ」
「やっぱり男はクズだ~~」
「俺に言わせれば、毎回だめな男に惚れちゃう清香に問題があると思う」
グビグビと音を立てて男らしくビールを飲み干した彼女は、「私だって誠実な男の子人と恋がしたいわよ」とまた俺を睨む。
本当に彼女は男を見る目がない。
いつもいつも、女遊びの激しい男に恋をしては一喜一憂し、最終的に傷ついて泣くのに、そんな彼女を毎回慰めて一途に思い続けている男には目もくれない。腹立たしいことこの上ないけれど、ふとした瞬間に「やっぱりカズさんと一緒にいる時がいちばん落ち着く」などとこぼされて、今までの全てを許してしまう俺は相当甘い。
「この機会に一旦恋愛ごとはおやすみして、少し自分を見つめ直したらどうよ?」
「そう言われても、恋に落ちる時は一瞬ですし止めようもありませんし」
「好き!と思った瞬間走り出す前に立ち止まって考えろって言ってるの」
恋をするのに足る相手かどうかの見極めが甘いから毎回同じ轍を踏むと言うのに、なぜこうも懲りないのか。
「いっそのこと俺と付き合ってみる?落ち着いた恋愛教えてやるよ?」
「カズさんと?うーん、ないな。」
ないですかそうですか、ハッキリ明るく断られすぎて内心傷つくぞ。
でも俺自身、今のように軽口をたたくことはできるのに、本気の告白ができない根性なしなので、これ以上問うこともできないのだ。
「涼子にも、カズさんと付き合えばいいのにとは常々言われてるんだけどね」
おお、そうなのか。涼子さんもっとプッシュしてあげてくださいお願いします。
「でもカズさんも私もそういうんじゃないじゃん?お互いもう曝け出しすぎっていうか、完全友達だし」
それはお前だけだと言いたいのに、こういう時本当に情けないくらい「おー…」としか言葉が出ない自分が恨めしい。
ホテルに行っても何も起きないくらいお互いのこと異性として見てないじゃない、と彼女は笑うけれど、それは大抵こうやって愚痴大会を繰り広げたのちふらふらになるまで酔っ払った挙句、終電を無くした彼女を放っておけないから仕方なくホテルまで連れていくのであって、そうこうしているうちに俺の終電も無くなるから彼女を介抱しつつ一緒に泊まっているだけで、そして何も起きないのは俺の鋼の理性のおかげなんだと言うことなど、彼女は知りもしない。
二十代も後半になってその警戒心のなさは正直どうかと思うし絶対に俺以外の男の前でそんなことをしないでほしいと切に願っている。
「何よ?」
俺の視線に気づいた彼女が訝しそうにこちらを見てくる。そんな顔さえ可愛く見える俺は大分末期だと思う。
「清香の警戒心のなさはどこから来るの?そんなこと言ってるとそのうち痛い目見るよ?」
「カズさん以外の男の人は流石に警戒するし、私だって毎回毎回酔い潰れてるわけじゃないですー」
「俺と一緒の時ももう少ししっかりしてくれないか」
「仕方ないじゃん安心するんだもん」
安心するのか、じゃあ仕方ないか。いや仕方なくない、無防備ダメ絶対。
「カズさんはさ、なんで彼女作らないの?」
彼女に聞かれて、俺は一瞬固まる。いつも自分の恋愛話ばかり聞かせるくせに、珍しいこともあるものだ。
俺は食べていただし巻き卵をゴクンと音を立てて飲み込みながら、どう答えたらいいものか逡巡して、最終的に鼻で笑いながら答えた。
「今は清香のお世話で忙しいもので」
「ちょっと、人のせいにしないでよ」
「俺に彼女ができたら清香とこうやってだらだら飲むのもできなくなるわけだけれど」
「それは寂しすぎる」
「デショ。だから俺の話は良いの」
彼女が欲しくないわけではないけれど、その相手にまずは恋愛対象としてみてもらうことから始めなければならない。ところが友達歴が長くなりすぎて、どう踏み出したらいいかわからないのが現状だ。
「いっそのこと、本当にカズさんと付き合ってみるか」
「はい?」
清香さん、今なんて言いました?
「正直カズさんと付き合っても今と何が違うのか想像もつかないんだけど、カズさんは絶対に浮気しないし仕事はしっかりしてるしちょっと頼りないけど時々男らしいし、彼氏としては最良なのでは?と」
「頼りないとはなんだ、ってそうじゃなくて」
「なによ、落ち着いた恋愛おしえてくれるんでしょ」
じゃあ決まりね、よろしくかんぱーい!と言って彼女はビールジョッキを俺のジョッキに当ててきた。俺はと言えば、理解が追い付かずに呆けているだけで、箸に載せていたつくねが転げ落ちていくのをうっかり見送ってしまった。
彼女が突拍子もないのはいつものことだけれど、本当に突然どうした、さっき一刀両断にしたばかりだろう。
けれどその後俺が何か聞く間もなく、彼女に話題を変えられてしまった。
「カズさん、二件目行こう、二件目」
「いいけど、今日は潰れるなよ」
「大丈夫よ~」
あれからこちらは酒の味もわからなくなったというのに、彼女は暢気に二件目によく行くバーに向かおうという。結局のところ、俺たちは付き合ったのか、どうなのか。本当にいつもと変わらない雰囲気に、先ほどの出来事は俺の妄想が作り出した幻覚、だったのではないかと疑ってしまう。
それにしても。
「清香、随分機嫌がいいな」
「ふふん、バーについたら飲みたいお酒ができたからね、楽しみなの」
「ヒューガルデンじゃないの、いつもあそこで飲んでるじゃん」
「今日は違うの。ニコラシカが飲みたいの」
「何それ」
「見てのお楽しみ」
そう言って、彼女はバーにつくなりそのニコラシカとやらを「お砂糖少なめで」と言って注文した。目の前で作られるそれを見て、俺は「おいおい」と思わず彼女に詰め寄る。
「飲むの?これ?だめじゃない?やめとかない?」
けれど彼女は大丈夫大丈夫、これ一杯だけだからと言ってニコニコしている。
提供されたニコラシカは、ブランデーの入ったグラスの上にレモンスライス、その上に砂糖が盛られた珍妙な出で立ちで、彼女は砂糖が盛られたレモンスライスを半分に折ると器用に口に運び、次いで一気にブランデーをあおった。
そして酸味と甘みとアルコールの熱いのど越しにしばらく悶えた後、小さく一言「シンドイ」と漏らす。なぜ飲んだ。
「清香~、まっすぐ歩いて。あと目開けて」
ニコラシカの後は慣れ親しんだヒューガルデンを飲んでいた彼女だけれど、やはりいつもより早く潰れてしまい、俺たちはバーを出てらふらふらと歩きだした。終電まではあと少し、けれど、この様子ではとても彼女は家までたどり着けそうにない。俺は大きくため息をついて、結局駅ではなくホテルに足を向けた。
「ふふ、なぜか結局いつも通り」
「笑ってんじゃないよ。清香お前本当にいい加減にしなさいよ」
「でもそう言いつつカズさんは付き合ってくれるんでしょう~」
彼女の身体を支えて歩きながら悪態をつく俺とは対照的に、彼女はとても楽しそうで、ろれつの回らない口で嬉しそうに呟く。
付き合う、ねえ。
「付き合ってるって言うなら、キスぐらいしてやろうか」
「いいんじゃない?してみる?」
「…今はしない」
「…いつするのよ」
「明日の朝、清香が素面になったら」
トロンとした酔った目が、少し驚いたようにこちらを見つめてくる。
「なんだよ、文句ある?」
「ない…です」
せっかくもらったチャンスは活かしてやろうじゃないか。それでどうせなら、彼女が酒のノリと勢いだった昨日のことは忘れようなんて言い出さないように、明日の朝まで待ってやる。
何よりここまで来てキスなどしようものなら、俺の理性崩壊は待ったなしだ。酔った勢いで、なんて事はしたくない。
「…せっかくこっちは覚悟きめたっていうのに」
彼女が小声でつぶやく。なるほど酔った頭でも多少の緊張はあるらしい。
「その覚悟、明日まで取っておいてね」
「……はあーい」
心なしか彼女が不満気ではあるものの、これも俺のやさしさだと思って、どうか今夜は大人しく寝てほしい。
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