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「本当にいいの、あんなにかわいい子…。追いかけるなら、今のうちだよ?」
 邪魔に入ってきたわりには真っ当な助言をするじゃねえか。
「どこが? どブスだろ」
「そうかなぁ?」
 廊下を振り向きざま無邪気な声を響かせる。しかしそれ以上かまう気はないようで、部屋に入ってきたでかい図体はいつものごとく、のしのしとベッドによじのぼってくる。なにが起きたのかはもう察しがついていた。やれやれと思いながら俺は横になって背を向けた。
「聡くぅん」
 甘ったれた声で呼ばれ、背中に抱きつかれて、舌打ちが出た。
 袖まくりしたゴツい腕を腰に回される。脚に脚を絡められて、ほとんど羽交い絞めにあった。すっぽんぽんで毛布をセイナに持っていかれたぶん、暖房の中でも寒かったからあたたかくなるのはまあ有り難い。が、なんにせよ智明の絡み方はかなりウザいのだ。
「酒くっせ」
「ごめん」
 野太い声で「よよよ」と泣く。
「その擬音語、声にすんな。てか。またフラれたのかよ」
 おとなしくこくりと頷く。
「もう俺、どうしたらいいのか。なんで、こんなにフラれてばっかり……? 聡、慰めて」
 しくしくしく。と声に出す。これでアラサーか、めんどい。
「聡、あの子、ふったの? また女の子をふったの? なんで?」
 非難がましく質問を畳みかけてくる。自分がふられたからって俺に絡むなや。
「飽きたから」
 冷ややかに答えると、ぐず、と智明が洟を啜る。
「あのね、聡くん。恋人はオモチャじゃないんだよ。飽きたからって捨てていいもんじゃ、ないんだよ。フラれたほうは、すっごく傷つくじゃない?」
 やたら実感がこもっているな。されたばかりだからか。
「セックスなんて運動だから。誰とやったっておんなじ」
「ああ~いけないんだぁ~」
 クソガキが先公に告げ口するみたいな声を出す。
「お兄ちゃん、そういう考え方には反対だよ? そういうインスタントな関係は、本当によくないと思うんだよ」
 マジでうぜぇな。
 気まぐれに振り向いて顔を覗き込むと、濡れて赤らんだ円らな瞳がまっすぐに見つめている。眼が血走っているのはフラれて泣いたためというよりは、九割がた飲酒のせいだろう。きっと行きつけの店でしこたま飲んできたに違いない。
 けれど、その顔はこんな道化を演じていてもかなりな男前で、俺は高く通った鼻ヅラを前にしみじみと呟いた。
「お前をふるのはもったいねえと思うけどな」
 すると、はたとした顔になる。
「だろ? な? お前もそう思うだろ?」
 いきなり勢い付く。
「バカ、褒めたわけじゃねえよ。決定的に悪いところがあんだろ、お前にはよ」
 するとさらに目を見開き、はくはくと空気にさらされた金魚みたいに口だけを動かして、呼吸困難に陥る。まずい。ちょっと言いすぎたか。
「いや、違うかもしれないけど」
 焦ってフォローを入れると、はあああ~っと腹の底から出すみたいな長い溜め息を吐いて、さらにぎゅうっと抱き付いてきた。…胸糞悪ぃヤツ。
「ところでこれ、本当に慰めになんの?」
「うん。聡くんは俺の生命維持装置だから」
 うっとうしい酔っぱらいだなぁ。
 そのうち階下のほうから玄関ドアの閉まる音がした。セイナが帰ったのだ。
「洗面所から毛布持ってきて。寒いから」
「うん。ついでにこの使い終わったコンドームも捨ててきてあげるね」
 サイドテーブルに放ってあったものを摘みながら、いらんことを申し出つつ消え、しばらくして、またいそいそと入ってくる。手にはセイナが持っていった毛布があった。
 楽な格好になりたかったのか、ついでに部屋着のスウェットに着替えている。丁寧な手つきで俺の全身に毛布を掛け、自分も入り、また背後からタコみたいに四肢を巻き付けてきた。
「いいなぁ、聡は。女の子の前であんなに元気な精液が出て」
 ため息交じりのセリフにぎょっとした。
「おま…! あれ、ちゃんと捨てたんだろうな。なんかの検査みてえなこと、してないだろうな!」
「うん。ちょっと匂いを嗅いだだけ」
 俺は声を落としてヒイた。
「嗅ぐなよ、気持ち悪ぃ」
「羨ましいんだもん」
 だからって人のザーメンの匂い嗅ぐなっての。
「まだ治んない?」
「うん。セックス駄目。なんでかな?」
「緊張してんじゃね?」
 智明に限って、あまり考えられないことだが。
「かもね」
 しくしく。と、また擬音語にする。
 初めて聞いたときは愕然とした。しばらく口がきけなかったくらいだ。ワイルドで男臭くてセクシー、が代名詞の智明が、インポだなどとだれが想像できるだろう。
 ことごとく女にふられるのはそのせいだろうとは思うけど、口にしないでおいた。このぶんじゃ首を吊りかねない。
「不能だぁ!」
 感極まって叫びながらもっさい髪と濡れた顔をぐしゅぐしゅと俺の背中に擦り付けてくる。
「あーもう! キモ! うぜ! 泣き上戸なんだから酒飲むな!」
顔に肘鉄をくらわせてもめげずに、智明はグズグズと甘えてくる。
「あー、聡、いい匂い。元気な男の子の匂いがする。特に、この首筋…」
「気色悪ぃ!」
 だいたい、なんで俺がヤローから抱き付かれてなきゃならんのだ。いつだったかベッドから叩き落としたら、床の上で「おおおおお…!」と泣き崩れてキモさ倍増だったから、こうやって我慢してやっているけど。
「なんか。…あ?」
「え? あ? や…やだあ! また…! なんで、こんなときにっ、この役立たずっ。もぅっ!」
 ギャル声で股間へと一人で叫んでいる。マジ、充分に不審者だ。
 時々、こいつはこうやって酔っぱらって泣きついては、俺相手に勃起する。女の前で勃たないモノをいきなり勢い付かせ、一人で焦っている。キモいが不憫ではある。したいときに役立たず、奇妙な時に元気になってしまうのはそこそこつらいに違いない。
 もっとも、男の勃起などというものは多分に心理状態に左右されるから、こう見えてけっこうデリケートな性分の智明は女の前では緊張してしまうのかもしれない。
「聡ぁー」
 またスライムみたいに抱きついてくる。
「一度、泌尿器科で診てもらえ!」
「そうしようかな…」
 力なくぼそりと呟く。
 でも実のところ俺は、この声が嫌いじゃない。
 むしろ嫌いどころか、大好きだ。もう、聞けば骨髄まで響いてきて、胃のあたりがむしょうに疼いてきて、切なくなってくる。
 この声に、焦がれている。
 好きで好きでならなくて。この声が欲しかった。
 できるものなら自分の喉から出したかった。
 俺にはけして出せないカリスマの声。
 パワーがあって、伸びがあって、そして色気がある。「三十年に一人の逸材」と称されているロックシンガーの声。
 智明が属するバンド『エターナル・フェイト』はロック低迷期にあってもメガヒットを連発し、新曲を出せばネット配信とオリコンランキングで一位を獲得する。アニメ映画のイメージソングにも使われ、果てはヨーロッパやアメリカでも往年のロックファンによる手堅い支持を得て、大規模なドームツアーさえこなしている、今や日本のロック界を牽引する存在だった。
 智明の書くソウルフルでときに切なく、ときにパワフルで希望にあふれる歌詞と、それに似合う至高のメロディは、あまりに秀逸で、王道ロックを好むファンのハートを捕らえて離さない。
 ずばぬけた歌唱力と安定のバックコーラス、巧みな楽器の組み合わせも唯一無二と評され、五人の仲間同士はお互いに「神」と呼んで憚らない。リスペクトしあうそんな彼らの姿ははたから見ても気持ちが良く、聴衆を引き付けて離さない。メンバー全員が百八十を超す長身ぞろいなのも、かなりな魅力とかっこよさがあった。
 俺にないものばかり。
 追いついてみせると意気込んで二年。追いかけることにくたびれ、綻びだけがどんどん広がっている。おかげさまで「トモの弟」「トモの七光り」なんて雑音にも慣れる一方で、気分はすさむばかりだ。
 ああ、そうだ。
 智明の弟でなければデビューなんか無理だった。俺は実力のないカメレオンのようなもの。
 こっちのそんな苦悩をよそに、背後からはすうすうと寝息が聞こえてくる。
 背中から伝わる智明の体温にふとあの夜のぬくもりを思い出すのも、いつものことだ。智明とこの世でたった二人きりの肉親となってしまった夜。
 あの、どうしようもなく悲しくて、けれどこの腕の中でようやく安心した小さな頃の記憶。
 いやに力強い智明の胸の鼓動を耳の近くで感じながら、俺はあのときのぬくもりを思い出していた。

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