Garments for the night

衣夜砥

文字の大きさ
上 下
2 / 12
文化祭

p2

しおりを挟む
 シャワールームに着くと、生徒が押しあいへしあいして、やたら込みあっている。
「まずいな、これ一時間目に間にあうか?」
 中村が心配して青ざめる。
「早くしろ、二人一組で入れよー」
 誰かが後方で叫んだ。
 確かにシャワー十個に対して、いま、何十人いるんだろう。ゆうに五十人以上?
 工夫して使わなくてはとうてい授業に間にあわない。しかもこもった熱気で室温が上昇していて、待っている間にもますます汗だくになってくる。
「富谷、一緒に入ろう」
 豊島が爪先立ちして、睦に耳打ちした。深く腕を絡められて睦がうろたえている。
「え。いや、俺は…一人がいい」
 絡められた腕をさりげなく離している。それからまた、表情を探るようにチラっと俺に視線を走らせてくる。
 分かってるんだな、と確信した。
 睦は豊島に好かれていることを自覚している。
 でなければ、この状況でこんなふうに拒否したりしないし、俺の様子を探ってこないはずだ。
 豊島が自分を好きだと知っているのに、なぜ睦は豊島にギターを教える約束なんかしたのだろう。
「なんで? 男同士だろ? 別にいいじゃない?」
 豊島がきょとんとした顔で訊く。俺は斜め後ろから、無邪気に睦を見上げている豊島の蠱惑的な横顔をこっそりと盗み見た。
 去年、同時期にダンス部に入部したときも、やっぱり俺の目はこうやって豊島に釘付けになった。
 その時も、こんなに魅力的な男は見たことがないなと思った。
 正直に言うと俺はそのとき、豊島の魅力に惹かれるというよりはむしろ、不安に近い気持ちで豊島を眺めていた。こんな男が睦を好きになったら、どうしよう…と。
 真美も、藤原莉紗も、そして豊島も。どうしたって睦に惹きつけられずにはいられない。
 そう考えるとき、俺はとてつもない不安に襲われる。
 俺はいつまで「愛してる」って睦に囁いてもらえるんだろう。いつか睦が他の人を好きになったら、俺たちは別れる。そう考え始めると、不安で不安で、胸が張り裂けそうになる。
「でも、ほら。マジで二人ずつ使ってるぜ」
 豊島の言葉につられて見ると、確かにどの個室にも二人一組で入っていく。みんな真面目で律儀だな。軍隊みたいな規律だ。
「な? ぼくら、一緒に入らなきゃだろ?」
 豊島が嬉しそうな顔を素直に見せる。
 再び睦の困った視線が俺に注がれた。俺は、かちあった目をそっと側める。
 俺は関係ないぞ。
 お前が悪いんだ。はっきりと豊島を断らないから。
 突然、睦が俺の腕を取る。
「いや。お前らが一緒に入れ」
「――え?」
「お前ら部活一緒だし、仲良さそうだから。ご一緒にどうぞ」
 俺の背中をむりやり押して、自分は後ろに並ぶ。なんとなく不機嫌な顔だった。
 豊島がにっこり笑った。
「いいよ、ぼく。桜井とでも。お前はいい?」
 呆気にとられたまま頷いた。
 やがて空いた個室に豊島と入った。備え付けのシャンプーで髪を洗う。
 ほっそりした体の豊島は、顔から足の先まで健康的な小麦色だ。
 いくら焼いても桃色でとどまって、すぐにまた白んでしまう俺の病的な肌とは違うのだろう。
 豊島が口を開く。
「桜井。お前、庄田と付きあっているの?」
 手を髪の中に置いたまま、じっと豊島を見つめた。寝耳に水とはこのことだ。
「まさか。それ、だれ情報?」
「うーん? …ていうか、ダンス部の一年はほとんど知っているよ、庄田がお前を好きなこと。それでダンス部に入ったことも。なんか、男子校って感じだよねぇ」
 クスクス笑う。
「そう。でも、付きあってない」
 当たり前だ。
「そっか。じゃ、あいつの片想いってことか。でもさ、庄田がゲイってちょっとびっくりだね。もしかしたら、お前のことが好きなだけであって、もとはそうじゃないのかも、そんな気がする。最近、すごくダンスがんばっているよなあ、あいつ。スクールにも通い始めたらしいよ。体がデカくて見栄えがいいし、上手くなったら楽しみだよなあ」
 庄田がダンスに本気になってきたのだとしたら、それは嬉しい。正直に、嬉しい。
「ゲイって言えばさ、富谷がそうだって知ってた?」
 今度はシャワーをとり落しそうになる。
 ここがガヤガヤと騒がしい場所でよかった。こんな話題、誰にも聞かせられねえや。
 俺は平然を装って髪をすすいだ。
「さあ?」
 とぼけて見せたものの、心臓は早鍾を打つ。豊島は饒舌に続ける。
「ぼく、てっきり富谷は藤原莉紗と付きあっているのかなと思っていたんだけどさ、藤原ってふられたらしいね。ぼくの知りあいに彼女と同じ高校の奴がいるんだけど、藤原が言いふらしているらしいよ、富谷睦はホモだって。ホモにひっかかんなくてよかったわーって、あちこちで言い回っているんだってさ。ずいぶんエゲツないことするよねぇ」
 しみじみと言う。
 そうなのか。いくらなんでもそれはひどい。
 なんだかショックだった。こんな話が広まっていることを知ったら、睦は傷つくんじゃないだろうか。
 豊島が声のトーンを落とす。
「ぼくはでも、富谷に興味があるな。紳士的だし、なんか色っぽいし。ルックスも、校内でピカイチじゃん? もしあいつが誰とも付きあってないなら、チャレンジしちゃおうかな、ぼく。いまのうちに」
 口にこぶしを添えて、可愛く喉を鳴らす。ファルセットがかった高い声。
 俺からシャワーを受け取ると、気持ちよさげな顔をしてシャンプーを洗い流す。ちょっとの間、そんな豊島を眺めていた。
「それって、お前もゲイってことか?」
 お湯に濡れるやんちゃ顔を斜めに傾いで、俺を見る。長い髪が頬に纏わりついて本当に女の子みたいだ。
「そうだよ。知らなかった? お前もそうなんだろう?」
 図星を刺されて、息を呑んでまぶたをしばたいた。豊島が楽しげに鼻で笑う。
「せっかくの男子校なんだし、別にいいじゃん? 珍しいことじゃないだろ」
 達観しているのか、なんとも軽快に言う。
 意識したことはなかったけれど、男の睦を好きな俺だって、間違いなくゲイだ。
 それがどうというわけではないけれど、好きになった相手がたまたま男だったという理由で、そんなふうに型に区分されてしまうのも何か釈然としない。
 結局、授業には五分遅れて、教師にこっぴどく叱られた。
 けれど、もっと遅れてきた生徒もいて、先生も最後には「文化祭前だからしかたないか」と席に着くことを許してくれた。
「濡れた拓くん、セクスィ~~」
 誰かが冷やかす。
 人の気も知らないで、いい気なものだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

結婚相手の幼馴染に散々馬鹿にされたので離婚してもいいですか?

ヘロディア
恋愛
とある王国の王子様と結婚した主人公。 そこには、王子様の幼馴染を名乗る女性がいた。 彼女に追い詰められていく主人公。 果たしてその生活に耐えられるのだろうか。

(完結)私の夫は死にました(全3話)

青空一夏
恋愛
夫が新しく始める事業の資金を借りに出かけた直後に行方不明となり、市井の治安が悪い裏通りで夫が乗っていた馬車が発見される。おびただしい血痕があり、盗賊に襲われたのだろうと判断された。1年後に失踪宣告がなされ死んだものと見なされたが、多数の債権者が押し寄せる。 私は莫大な借金を背負い、給料が高いガラス工房の仕事についた。それでも返し切れず夜中は定食屋で調理補助の仕事まで始める。半年後過労で倒れた私に従兄弟が手を差し伸べてくれた。 ところがある日、夫とそっくりな男を見かけてしまい・・・・・・ R15ざまぁ。因果応報。ゆるふわ設定ご都合主義です。全3話。お話しの長さに偏りがあるかもしれません。

かつて私のお母様に婚約破棄を突き付けた国王陛下が倅と婚約して後ろ盾になれと脅してきました

お好み焼き
恋愛
私のお母様は学生時代に婚約破棄されました。当時王太子だった現国王陛下にです。その国王陛下が「リザベリーナ嬢。余の倅と婚約して後ろ盾になれ。これは王命である」と私に圧をかけてきました。

訳ありヒロインは、前世が悪役令嬢だった。王妃教育を終了していた私は皆に認められる存在に。でも復讐はするわよ?

naturalsoft
恋愛
私の前世は公爵令嬢であり、王太子殿下の婚約者だった。しかし、光魔法の使える男爵令嬢に汚名を着せられて、婚約破棄された挙げ句、処刑された。 私は最後の瞬間に一族の秘術を使い過去に戻る事に成功した。 しかし、イレギュラーが起きた。 何故か宿敵である男爵令嬢として過去に戻ってしまっていたのだ。

夫が正室の子である妹と浮気していただけで、なんで私が悪者みたいに言われないといけないんですか?

ヘロディア
恋愛
側室の子である主人公は、正室の子である妹に比べ、あまり愛情を受けられなかったまま、高い身分の貴族の男性に嫁がされた。 妹はプライドが高く、自分を見下してばかりだった。 そこで夫を愛することに決めた矢先、夫の浮気現場に立ち会ってしまう。そしてその相手は他ならぬ妹であった…

実家に帰ったら平民の子供に家を乗っ取られていた!両親も言いなりで欲しい物を何でも買い与える。

window
恋愛
リディア・ウィナードは上品で気高い公爵令嬢。現在16歳で学園で寮生活している。 そんな中、学園が夏休みに入り、久しぶりに生まれ育った故郷に帰ることに。リディアは尊敬する大好きな両親に会うのを楽しみにしていた。 しかし実家に帰ると家の様子がおかしい……?いつものように使用人達の出迎えがない。家に入ると正面に飾ってあったはずの大切な家族の肖像画がなくなっている。 不安な顔でリビングに入って行くと、知らない少女が高級なお菓子を行儀悪くガツガツ食べていた。 「私が好んで食べているスイーツをあんなに下品に……」 リディアの大好物でよく召し上がっているケーキにシュークリームにチョコレート。 幼く見えるので、おそらく年齢はリディアよりも少し年下だろう。驚いて思わず目を丸くしているとメイドに名前を呼ばれる。 平民に好き放題に家を引っかき回されて、遂にはリディアが変わり果てた姿で花と散る。

浮気性の旦那から離婚届が届きました。お礼に感謝状を送りつけます。

京月
恋愛
旦那は騎士団長という素晴らしい役職についているが人としては最悪の男だった。妻のローゼは日々の旦那への不満が爆発し旦那を家から追い出したところ数日後に離婚届が届いた。 「今の住所が書いてある…フフフ、感謝状を書くべきね」

これでお仕舞い~婚約者に捨てられたので、最後のお片付けは自分でしていきます~

ゆきみ山椒
恋愛
婚約者である王子からなされた、一方的な婚約破棄宣言。 それを聞いた侯爵令嬢は、すべてを受け入れる。 戸惑う王子を置いて部屋を辞した彼女は、その足で、王宮に与えられた自室へ向かう。 たくさんの思い出が詰まったものたちを自分の手で「仕舞う」ために――。 ※この作品は、「小説家になろう」にも掲載しています。

処理中です...