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第十二章
2023年 東京
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長い話を終えると、ディーンは壁の時計に目をやった。面会時間終了まで、残り5分だった。
「それなら…ディーンさんの殺人容疑は晴れるんですね」
葵がほっとしたように言った。
「まあ…証拠は無いし、小百合が正当防衛だったとしても、龍二を殺してしまったのは事実だ。アキラにとっては、つらい話になるだろうな」
「……」
「それに、俺は死体遺棄、ドラッグの密輸と使用で罪を背負っている。刑務所行きは避けられないさ。アレンも同じだ」
葵はうつむき、唇を噛んだ。ディーンもアレンも、17年前に葉子がチャンを殺害したことを警察に黙っていた。両親とも刑務所に入ることは、葵にとって耐え難い現実だっただろう。
「…空くんは…まだ目を覚まさないのか?」
「…はい…」
あの事件から1週間が経っていた。ディーンとアレンは警察に連行され、留置所に入れられた。葵は面会を申し込み、ディーンからこれまでの話を詳細に聞き出すことができた。
「青森にある小百合の診療所の跡地が売りに出されて、買い手がついたことはネットの不動産情報で知ったんだ。それを確認していた頃に、アレンからチャンを殺した犯人がわかったと連絡があった。それは日本人で、アレンが日本に来るって言うから、俺は彼を止めなきゃならなかった。まだ警察に捕まるわけにいかなかったんだ。突然、君が下北沢のライブハウスに来たときには驚いたよ…本当に偶然だった。でも、一目見てアレンの子供だと直感したんだ。そして…君の母親、ジャズシンガーの葉子のことも調べて、ドラゴンタトゥーズのライブをいつも見に来ていたファンだったことを思い出したんだ」
「じゃあ…ディーンさんは最初から全て知っていたんですね…」
「君を騙して悪かったな…。それから…俺がどれくらい刑務所にいることになるかは分からないが、出所したらアキラに一緒に暮らしてくれないかと伝えてほしいんだ」
「わかりました。アキラ君は今、光輝さんの家に預かってもらってます。うちは今、母さんが何も手につかなくなっちゃって…空の家も…大変なので…」
「そうだな…。ありがとう…」
面会時間の終了を告げられ、ディーンは軽く手を振って部屋を出て行った。
たった1週間でディーンはずいぶんやつれたように見えた。
葵は留置所を後にすると、今度は空が入院している病院へ向かった。
(秋もだいぶ深まってきたなあ…)
長かった猛暑もようやく収まり、Tシャツ一枚では少し肌寒さを感じる。駅前の花屋にはコスモスが並び、葵はそれを見て、空の病室に飾ってあげようと思った。
あれから1週間が過ぎたが、空はまだ眠り続けている。
夕方の病室には夕陽が差し込み、空の顔をオレンジ色に染めていた。目は固く閉ざされたまま、一体どんな夢を見ているのだろうか?
「空…今日はディーンさんと話してきたよ。やっぱり、ディーンさんは龍二さんを殺した犯人じゃなかったんだ」
葵は眠り続ける空の隣に腰掛け、静かに語りかけた。病室の窓からは、公園で小学生くらいの男の子が二人、サッカーの練習をしている姿が見えた。
「サッカーかぁ…懐かしいなぁ…」
小学一年生の頃、空と出会い、同じサッカークラブに入ったことを思い出す。中学三年生の夏の大会で、キャプテンだった葵はシュートを決めた。が、その瞬間膝に違和感を覚えた。
チームはそのゴールで地区大会を優勝したが、後日、病院で『生活には支障はないが、サッカーは続けられない』と診断された。悔しくてたまらなかった。葵は空以外にはそのことを誰にも話さなかった。
高校でもサッカーを続けるだろうと信じていたチームメイトは、突然辞めた葵を責めた。だが、空だけは迷いなく葵と共にサッカーを辞めた。
「お前まで辞めなくていいのに」
「葵はがいないサッカーなんて、面白くないだろ?」
そう言って、空は笑った。いつも隣で笑っていてくれた空。
「空…俺は…お前がいない世界でどうやって生きていけばいいかわからないよ」
葵は空の体に突っ伏し、声をあげて泣いた。
「それなら…ディーンさんの殺人容疑は晴れるんですね」
葵がほっとしたように言った。
「まあ…証拠は無いし、小百合が正当防衛だったとしても、龍二を殺してしまったのは事実だ。アキラにとっては、つらい話になるだろうな」
「……」
「それに、俺は死体遺棄、ドラッグの密輸と使用で罪を背負っている。刑務所行きは避けられないさ。アレンも同じだ」
葵はうつむき、唇を噛んだ。ディーンもアレンも、17年前に葉子がチャンを殺害したことを警察に黙っていた。両親とも刑務所に入ることは、葵にとって耐え難い現実だっただろう。
「…空くんは…まだ目を覚まさないのか?」
「…はい…」
あの事件から1週間が経っていた。ディーンとアレンは警察に連行され、留置所に入れられた。葵は面会を申し込み、ディーンからこれまでの話を詳細に聞き出すことができた。
「青森にある小百合の診療所の跡地が売りに出されて、買い手がついたことはネットの不動産情報で知ったんだ。それを確認していた頃に、アレンからチャンを殺した犯人がわかったと連絡があった。それは日本人で、アレンが日本に来るって言うから、俺は彼を止めなきゃならなかった。まだ警察に捕まるわけにいかなかったんだ。突然、君が下北沢のライブハウスに来たときには驚いたよ…本当に偶然だった。でも、一目見てアレンの子供だと直感したんだ。そして…君の母親、ジャズシンガーの葉子のことも調べて、ドラゴンタトゥーズのライブをいつも見に来ていたファンだったことを思い出したんだ」
「じゃあ…ディーンさんは最初から全て知っていたんですね…」
「君を騙して悪かったな…。それから…俺がどれくらい刑務所にいることになるかは分からないが、出所したらアキラに一緒に暮らしてくれないかと伝えてほしいんだ」
「わかりました。アキラ君は今、光輝さんの家に預かってもらってます。うちは今、母さんが何も手につかなくなっちゃって…空の家も…大変なので…」
「そうだな…。ありがとう…」
面会時間の終了を告げられ、ディーンは軽く手を振って部屋を出て行った。
たった1週間でディーンはずいぶんやつれたように見えた。
葵は留置所を後にすると、今度は空が入院している病院へ向かった。
(秋もだいぶ深まってきたなあ…)
長かった猛暑もようやく収まり、Tシャツ一枚では少し肌寒さを感じる。駅前の花屋にはコスモスが並び、葵はそれを見て、空の病室に飾ってあげようと思った。
あれから1週間が過ぎたが、空はまだ眠り続けている。
夕方の病室には夕陽が差し込み、空の顔をオレンジ色に染めていた。目は固く閉ざされたまま、一体どんな夢を見ているのだろうか?
「空…今日はディーンさんと話してきたよ。やっぱり、ディーンさんは龍二さんを殺した犯人じゃなかったんだ」
葵は眠り続ける空の隣に腰掛け、静かに語りかけた。病室の窓からは、公園で小学生くらいの男の子が二人、サッカーの練習をしている姿が見えた。
「サッカーかぁ…懐かしいなぁ…」
小学一年生の頃、空と出会い、同じサッカークラブに入ったことを思い出す。中学三年生の夏の大会で、キャプテンだった葵はシュートを決めた。が、その瞬間膝に違和感を覚えた。
チームはそのゴールで地区大会を優勝したが、後日、病院で『生活には支障はないが、サッカーは続けられない』と診断された。悔しくてたまらなかった。葵は空以外にはそのことを誰にも話さなかった。
高校でもサッカーを続けるだろうと信じていたチームメイトは、突然辞めた葵を責めた。だが、空だけは迷いなく葵と共にサッカーを辞めた。
「お前まで辞めなくていいのに」
「葵はがいないサッカーなんて、面白くないだろ?」
そう言って、空は笑った。いつも隣で笑っていてくれた空。
「空…俺は…お前がいない世界でどうやって生きていけばいいかわからないよ」
葵は空の体に突っ伏し、声をあげて泣いた。
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