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第九章

2005年〜2006年 ニューヨーク ブルックリン

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2005年、俺たちはすでにニューヨークで知らない者がいないくらいの有名バンドになっていた。ライブのチケットはあっという間にソールドアウトし、会場の前にはファンが押し寄せていた。

そんな年の最後のライブの後、全身アルマーニのスーツでビシッと決めた、いかにも「業界人」といった感じの40代くらいの男が話しかけてきた。
「レコードデビューする気はないか?」
そう言って差し出された名刺には、『ユニバーサルミュージック ヴィンセント・カーライル』と書いてあった。

フラットに戻った俺たちは祝杯をあげた。
「ついに…ついに俺たちメジャーデビューだな!」
「これからはレコーディングで忙しくなるぞ」
アレンが俺のグラスに酒を注ぎながら、微笑んだ。
「昔の約束、覚えてるか?」
「約束?」
「ワールドツアーでは最初に日本に行こうって言っただろ?」
「ああ…」
俺の両親の葬式でアレンが言った言葉だ。アレンの方こそ、ちゃんと覚えていたのか…。

「もうすぐ実現できそうだから、日本で行きたい場所を考えておけよ!俺、絶対東京でラーメン食べるんだ!お前のじいちゃんの故郷ってどこだっけ?」
「確か…青森だって聞いたな。でも東京からは結構遠いと思うよ。ケンタッキー州みたいな田舎かもな…」
「アオモリか…行ってみたいな…」
チャンが、まだ見ぬ日本に想いを馳せながら静かに呟いた。


「ところで、レコードジャケットはどうするんだ?ジャケットデザインって、売り上げにかなり影響するらしいぞ」
マーティンが話題を切り替えた。
「アレンの顔のアップにしたら、間違いなく売れるだろうな」
冗談半分で言うと、アレンは露骨に嫌な顔をした。でも、すぐに気を取り直して
「もう決めてるんだ。これを見ろよ」
と言って、Tシャツをめくり、背中のタトゥーを指差した。
「俺たち、『ドラゴンタトゥーズ』だろ!」

2006年5月、俺たちのレコードが発売された。その後、ニューヨークの伝説的なライブハウス、CBGBでのレコード発売記念ライブが決まったのだ。すべてはあのユニバーサルのヴィンセントのおかげだった。

CBGBは1973年にオープンした伝説的な場所。ラモーンズやパティ・スミス、トーキング・ヘッズなど、ニューヨーク・パンクの代表バンドがここで演奏してきた。
「俺たちがCBGBでライブできるなんて、夢みたいだな!」
「しかも、今年で閉店するらしいぜ。間違いなく、このライブは伝説になるぞ!」

俺たちはまるで成功への一直線を突き進んでいるようだった。順調すぎて、少し怖いくらいだった。

2006年8月10日、ついにCBGBでのライブが実現した。熱狂的な夜だった。ライブが最高潮に達したとき、アレンは観客の中へ飛び込んだ。俺たち全員で、観客と一緒に『Keep It Real』を大合唱しながら、ライブを締めくくった。
これが、ドラゴンタトゥーズにとって最高で、そして最後のライブになった。

「最高の夜だったな!」
「興奮が冷めないよ!これから皆でクラブに行って、飲み直そうぜ!」
「そうだな…」
普段はクラブが苦手なチャンも、今夜ばかりは気分が乗っていた。いつもなら「俺は遠慮しとく」と言うところだが、今夜は違った。
アレンはそれを聞いて、チャンに抱きついた。
「よっしゃ!そうこなくちゃ!」

ヴィンセントは、いつの間にか俺たちのマネージャーのような役割を果たしていた。この夜も俺たちのために、クラブのVIPルームを貸し切ってくれていた。
「レコード発売とCBGBでのライブ成功を祝して、乾杯!」
俺たちはシャンパンを開け、ワインを2本空けた。

「ちょっとトイレ行ってくる」
そう言ってアレンが立ち上がったが、ふらついて転びそうになった。
「大丈夫か?」
咄嗟に支えながら、俺はチャンに目で合図して
「俺がトイレまで付き添うよ」
と言った。
チャンは心配そうに、「アレン、もう飲みすぎるなよ」と注意を促した。

混雑したクラブの中、アレンを支えながらトイレに向かう途中、ふと見覚えのある顔が目に入った。黒い髪、目を引く美人…日本人っぽい…。誰だったっけ?

酔いのせいでぼんやりした頭では思い出せないまま、俺はアレンをトイレに連れて行った。
「アレン、俺は先に戻るけど、何かあったら電話しろよ。迎えに来るから」
「うへーい…」
個室の中からアレンの間の抜けた声が聞こえた。もしかしたら吐いてるのかもしれない。

VIPルームに戻ると、マーティンの姿はなく、チャンが1人で酒を飲んでいた。
「アレンは?大丈夫だったか?」
「ああ…吐いてたみたいだ。マーティンは?」
「女の子と遊んでくるってさ」

俺がチャンの隣に腰を下ろすと、彼は俺の空いたグラスにジャックダニエルを注いだ。

「乾杯」
軽くグラスを合わせ、ウィスキーを喉に流し込む。
「ようやく…俺たちここまで来たな」
そう言いながら、俺はチャンとアレンと出会った日のこと、タイムズスクエアでスリをして日銭を稼いでいた頃のことを思い出していた。感慨深い気持ちが胸にこみ上げてきた。
チャンもいつになく酔っているように見えた。

「ディーン…なあ…もし、俺がいなくなったら、アレンのこと頼めないか?」
「は?何言ってんだよ?」
「お前にしか頼めないんだ。アイツ、強そうに見えるけど、本当はすごく脆いんだ。簡単に壊れちまう。だから、もしもアイツが間違った方向に行かないように、お前が支えてくれないか?」
「おいおい、何を言ってるんだよ。お前が隣にいるんだから、そんな心配いらないだろ?」
「頼む…約束してくれ」
チャンの真剣な顔に俺はため息をつき、苦笑しながら「わかった、約束するよ」と言った。
それを聞いて、チャンは心から安堵したような顔をし、ウィスキーを一口飲んだ。

「にしても、アレン遅いな」
「俺、もう一度トイレ見に行ってくるよ」
「悪いな」

トイレに行ってみると、中は空っぽだった。アレンの姿はどこにもない。

VIPルームに戻り、アレンがいないことを伝えると、チャンは少し考えてから言った。
「もしかしたら、気分が悪くなって先にフラットに帰ったのかもしれないな」
そう言われて、俺たちも帰ることにした。けど、アレンが俺たちに連絡もせずに帰るなんて、どうも腑に落ちなかった。

案の定、家に戻っても誰もいなかった。何度アレンに電話しても繋がらない。
「まぁ、子どもじゃないんだし…そのうち帰ってくるだろ。マーティンだってまだ帰ってないしさ」
そう言いながら、俺たちは先に寝ることにした。

でも、何か胸騒ぎがして、俺はなかなか寝つけなかった…。
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