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第四章
2005年 ニューヨーク ブルックリン
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俺たちはついに「プロジェクト」を出て、ウィリアムズバーグの洒落たフラットに引っ越した。俺には少しばかりの遺産があり、これまで皆でコツコツと貯めてきた金もあった。しかし、ボブは一緒に来なかった。彼は幼い妹と弟を「プロジェクト」に残しては行けないし、ホテルのコックの仕事を始めることになり、バンドを続けるのは難しいと言った。
「お前たちは絶対に有名になると信じてる。ずっと応援してるからな」
ボブが辞める前、俺たちはブルックリンのライブハウスで最後のライブを行った。ライブが終わった後、一人の観客が声をかけてきた。俺たちと同じくらいの年齢で、インテリ風のメガネをかけた細身の白人の男だった。
「素晴らしい演奏だったよ」
彼は感想を述べた。
「ドラムの彼、今日が最後なんだって?次のメンバーはもう決まってるの?」
「いや…まだ誰も見つかってない。しばらく活動はできないかもな」
アレンが答えた。
「僕の友達でドラムをやっている奴がいるんだ。今、ちょうど新しいバンドを探してるから、もしよかったら紹介するよ」
こうして俺たちは、ケヴィンと名乗るその男と連絡先を交換した。
俺たちは18歳になっていた。音楽だけで生活することはまだできず、高い家賃を払うために、それぞれ音楽以外の仕事をこなしていた。アレンはその美貌を活かし、雑誌のファッションモデルやアパレルブランドの店員などをしていた。俺は工場やスーパーでアルバイトをしていた。チャンは正式な音楽教育を受けたことがないにもかかわらず、その天才的なピアノの腕を認められ、マンハッタンのバーでピアノを弾いたり、スタジオミュージシャンのような仕事もしていた。
ある日、俺が仕事から帰ると、リビングにチャンが座っていて、その膝の上にアレンが頭を乗せて、まるで子猫のように気持ち良さそうに眠っていた。二人のあまりに親密で、他の誰も入れないような雰囲気に俺は戸惑ったが、急に部屋を出るのも気まずかったので、チャンの隣に腰を下ろした。
チャンは少し困ったように俺に目くばせをすると、下を向いてアレンの金色の髪を愛おしそうに撫でていた。以前から感じていたことだが、やはりチャンとアレンはただの親友ではなく、恋人同士なのだろう。チャンは寡黙な男だが、周囲の人間を穏やかにし、安心させる不思議な魅力を持っている。家族の愛に恵まれなかったアレンにとって、チャンの存在は不可欠なものだった。傷ついた雛鳥には、羽を休める場所が必要なのだ。そして、その場所はチャンでなければならなかった。
二人の世界には、俺が入り込む余地はない。アレンへの想いが日に日に強くなる中、そんな状況が胸を締めつけ、3人での同居が辛くなっていた。
そんな時、ケヴィンから連絡があり、新しいドラマーを紹介したいという話が来た。彼は俺たちのフラットに来ることになった。
次の日曜日の午後、マーティンという逞しい若い男がやってきた。ハイスクールを卒業したばかりで、プロのミュージシャンを目指していると言った。アレンが彼に俺たちの音楽を聴かせ、バンドに入るかどうか決めてもらおうということになった。俺たちは『プロジェクト』の子供たちのために作った曲、『keep it real』を演奏した。
マーティンは、俺が7歳の時にアレンの歌を初めて聴いた時のように、涙を流していた。そして、その場でバンドに入ることを決めた。
マーティンもフラットに一緒に住むことになり、アレンとチャンとの関係に苦しんでいた俺にとって、彼の存在は救いだった。
「それじゃ、マーティンの加入と新しいバンドのスタートを祝って…カンパーイ!」
俺たちはフラットの屋上でマンハッタンの夜景を眺めながら乾杯した。
「新しいバンドの名前を考えなきゃな」
俺が言うと、アレンがニヤリと笑って言った。
「実は、もう決めてあるんだ」
そう言って、急にTシャツを脱ぎ始めた。
「なっ…どうした?アレン?!」
アレンは俺たちに背中を見せた。アレンの白い背中には、向かい合う二匹のドラゴンが炎を吹いているタトゥーが刻まれていた。
「『ドラゴンタトゥーズ』ってのはどうだ? 昨日、このタトゥーを入れてきたんだ。それで、みんなお揃いのタトゥーを入れたらどうかなって思ってさ」
「マジかよ…」
「龍は最強の幸運をもたらす神様だ。中国でも日本でも縁起がいいんだよ。なんせ、俺たちのバンドは中国、日本、アメリカにルーツがあるだろ?」
アレンは笑顔で、しかし有無を言わさない口調で言った。
「それじゃ、みんな明日タトゥーを入れてこいよ!」
「お前たちは絶対に有名になると信じてる。ずっと応援してるからな」
ボブが辞める前、俺たちはブルックリンのライブハウスで最後のライブを行った。ライブが終わった後、一人の観客が声をかけてきた。俺たちと同じくらいの年齢で、インテリ風のメガネをかけた細身の白人の男だった。
「素晴らしい演奏だったよ」
彼は感想を述べた。
「ドラムの彼、今日が最後なんだって?次のメンバーはもう決まってるの?」
「いや…まだ誰も見つかってない。しばらく活動はできないかもな」
アレンが答えた。
「僕の友達でドラムをやっている奴がいるんだ。今、ちょうど新しいバンドを探してるから、もしよかったら紹介するよ」
こうして俺たちは、ケヴィンと名乗るその男と連絡先を交換した。
俺たちは18歳になっていた。音楽だけで生活することはまだできず、高い家賃を払うために、それぞれ音楽以外の仕事をこなしていた。アレンはその美貌を活かし、雑誌のファッションモデルやアパレルブランドの店員などをしていた。俺は工場やスーパーでアルバイトをしていた。チャンは正式な音楽教育を受けたことがないにもかかわらず、その天才的なピアノの腕を認められ、マンハッタンのバーでピアノを弾いたり、スタジオミュージシャンのような仕事もしていた。
ある日、俺が仕事から帰ると、リビングにチャンが座っていて、その膝の上にアレンが頭を乗せて、まるで子猫のように気持ち良さそうに眠っていた。二人のあまりに親密で、他の誰も入れないような雰囲気に俺は戸惑ったが、急に部屋を出るのも気まずかったので、チャンの隣に腰を下ろした。
チャンは少し困ったように俺に目くばせをすると、下を向いてアレンの金色の髪を愛おしそうに撫でていた。以前から感じていたことだが、やはりチャンとアレンはただの親友ではなく、恋人同士なのだろう。チャンは寡黙な男だが、周囲の人間を穏やかにし、安心させる不思議な魅力を持っている。家族の愛に恵まれなかったアレンにとって、チャンの存在は不可欠なものだった。傷ついた雛鳥には、羽を休める場所が必要なのだ。そして、その場所はチャンでなければならなかった。
二人の世界には、俺が入り込む余地はない。アレンへの想いが日に日に強くなる中、そんな状況が胸を締めつけ、3人での同居が辛くなっていた。
そんな時、ケヴィンから連絡があり、新しいドラマーを紹介したいという話が来た。彼は俺たちのフラットに来ることになった。
次の日曜日の午後、マーティンという逞しい若い男がやってきた。ハイスクールを卒業したばかりで、プロのミュージシャンを目指していると言った。アレンが彼に俺たちの音楽を聴かせ、バンドに入るかどうか決めてもらおうということになった。俺たちは『プロジェクト』の子供たちのために作った曲、『keep it real』を演奏した。
マーティンは、俺が7歳の時にアレンの歌を初めて聴いた時のように、涙を流していた。そして、その場でバンドに入ることを決めた。
マーティンもフラットに一緒に住むことになり、アレンとチャンとの関係に苦しんでいた俺にとって、彼の存在は救いだった。
「それじゃ、マーティンの加入と新しいバンドのスタートを祝って…カンパーイ!」
俺たちはフラットの屋上でマンハッタンの夜景を眺めながら乾杯した。
「新しいバンドの名前を考えなきゃな」
俺が言うと、アレンがニヤリと笑って言った。
「実は、もう決めてあるんだ」
そう言って、急にTシャツを脱ぎ始めた。
「なっ…どうした?アレン?!」
アレンは俺たちに背中を見せた。アレンの白い背中には、向かい合う二匹のドラゴンが炎を吹いているタトゥーが刻まれていた。
「『ドラゴンタトゥーズ』ってのはどうだ? 昨日、このタトゥーを入れてきたんだ。それで、みんなお揃いのタトゥーを入れたらどうかなって思ってさ」
「マジかよ…」
「龍は最強の幸運をもたらす神様だ。中国でも日本でも縁起がいいんだよ。なんせ、俺たちのバンドは中国、日本、アメリカにルーツがあるだろ?」
アレンは笑顔で、しかし有無を言わさない口調で言った。
「それじゃ、みんな明日タトゥーを入れてこいよ!」
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