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第一章
2023年 東京
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暗闇の中、会場は期待と興奮で満ち溢れていた。龍二のバンドがステージに立つと、観客の歓声が一斉に沸き起こった。彼の姿は、まさに伝説のロックスターそのものだった。
「お前ら最高!」
龍二が叫ぶと、会場の熱気は一気に高まった。バンドがパンクロックのビートを刻み始めると、観客は狂喜乱舞し、音楽の波に身を委ねた。ギターの激しいリフ、ドラムの力強いビート、そして龍二の魂のこもったボーカルが会場を震わせた。
ステージの片隅で、橘 葵は初めてのライブ体験に心を奪われていた。彼は目の前の光景に圧倒され、ただただ感動して震えていた。
こんな感覚は初めてだった。
今、確かに生きている、という実感とでもいうのか。
魂に訴えかけてくる歌だった。
美しい歌声とかでは全然ないのに。
龍二のエネルギーとカリスマ性は、葵の心を強く揺さぶった。
曲がクライマックスに達したとき、龍二は観客の波の中にダイブした。会場全体が一つになり、観客は彼を手で支えながら歓声を上げ続けた。葵はその瞬間、音楽が持つ力と、龍二の魅力に完全に心を奪われた。
葵の心に一つの決意が芽生えた。その決意は、彼自身が龍二のように歌で人々を感動させる存在になることだった。
「とにかく、ライブがすごかったんだって!」
橘 葵は、目を輝かせ、頬を紅潮させながら身を乗り出した。その瞬間、夕日が窓から差し込み、彼の金色の髪をやわらかく照らし出した。
「でも、お前のバイト先のライブハウスの店長って40歳くらいのオッサンだろ?パンクとかも今じゃ流行んねーし。」
田中 空は興味なさそうに飲みかけのコーラをストローで一口吸いながら言った。夕方のファーストフード店には、油の匂いと混ざり合った炭酸飲料の甘い香りが漂っていた。放課後の時間帯で、制服姿の中高生たちがカラフルなトレイを手にしながらざわめき、窓際の席には夕日が淡く差し込んでいた。
隣の席の女子高生がチラチラ見てくる。
「ねぇ…絶対芸能人だよね…?」
「あの整った顔は間違いない!ああ、目の保養~っ。」
そんな会話が耳に入ってきた。空は、わずかに眉をひそめ、ため息をついた。葵と二人でいるときはいつもこうだ。
葵はハーフということもあり、彫りが深く恐ろしく整った容貌で、生まれつきの金髪で、肌は陶器のようにきめ細かく、目が青い。当然モテまくってきた。小学校の頃は男女共学だったから、葵の下駄箱には女の子からのラブレターがドッサリ、バレンタインにはチョコレートが溢れかえった。そのせいでバレンタインにチョコレートを持ってくることが学校で禁止になったくらいだ。
「そうそう、普段は冴えない40代のオッサンなんだけどさ、ステージに立ったらもう別人なわけよ!とにかくめちゃくちゃカッコよくて。」
葵は夢見るように遠くを見つめ、一息ついてから言った。
「好きになっちゃったみたい。」
ブーッと派手な音を立てて、空はさっき口に入れたコーラを葵の顔に盛大に吐き出した。隣の女子高生がクスクス笑っている。
「なんだよ、きったねーな!」
葵は顔をしかめ、かかったコーラを紙ナプキンで拭き取った。
「お前、好きになったって…そういう…?」
空は胸が一瞬で締め付けられるような感覚に襲われた。
「うん。俺、別に男の人が好きってわけじゃなかったんだけど、店長が好きなんだ。それってゲイ?になるのかな…。」
「マジか…。」
「…引いた?」
「…引かねーよ!」
葵の瞳がキラキラと輝いているのを見て、空は言葉を失った。葵の口から出てくる言葉は、空にとっては刃のように鋭く感じられた。
(引かねーけど、胸が痛い。俺の方がずっとずっと前から、お前のこと好きなのに。)
葵は一瞬、空を見つめ、その後突然思い出したかのように言った。
「だから俺らも、バンドやろーぜ!」
空は驚きで目を丸くし、思わず返した。
「…はぁ?」
「だーかーら、バンドやろ!」
「全然文脈繋がってねーじゃん!」
葵は昔からこうだ。
思いついたら即実行!そして超ワガママ。周りは自分に従って当たり前と思っている節がある。
が、空はそんな葵に振り回されることにすら喜びを感じ始めているから重症だ。
葵と空は、小学校から高校まで続くエスカレーター式の男子校に通っていて、もうかれこれ10年の付き合いになる。葵の父親はアメリカ人だが、葵が生まれる前に亡くなったらしく、父親の顔も知らないらしい。葵の母親、橘 葉子は、美貌のジャズシンガーで、シングルマザーとして葵を育ててきた肝っ玉母さんだ。その美しい歌声は葵の成長に大きな影響を与えていた。
小学校に入学したばかりの空は、内気な性格で太り気味の体型もあって、とても緊張していた。すると、すごく綺麗な顔の青い目の天使が空の隣の席に座って話しかけてきた。
「なぁ、名前なんて言うの?」
「えっ?!そ…そら…」
うつむいたまま消え入りそうな声で空が答えると、その天使は満面の笑顔でパァッと笑って、
「ボク、葵!僕たち葵と空だから、青い空だ!ねぇ…友達になろ!」
まさに天使が舞い降りた。その時から空は葵に恋をしていた。
そして葵は顔に似合わずめっぽう強かった。その外見から女の子と間違えられることもしょっちゅうだったが、母親の葉子がいじめられないように3歳から柔道を習わせているため、いつも喧嘩で連勝だった。空がからかわれたり、いじめられたりしているといつも葵がやってきて助けてくれた。
「空は俺が守ってやるからな!」
それからずっと、空にとって葵は憧れの存在だった。
明るくて、眩しくて、太陽のような存在。
振り向いてもらえなくてもいい。
親友として隣にいてくれるだけで幸せだから。
気持ちを伝えることで側にいられなくなってしまうなら、気持ちを伝えない方がいい。
空はずっとそう思っていたが、初めて葵の口から好きな人ができたと告げられて、激しく動揺していた。
(絶対にそのオッサンに会って確かめなければ!葵にふさわしい男かどうか…。もし葵に釣り合わない男なら、俺は全力で妨害するぜ!)
「俺も、その店長のライブ観に行きたいんだけど…」
「ホント? 俺もぜひ空に観てほしいと思ってたんだ! 本当にすごいカッコいいから! 来週の土曜日にまたライブやるみたいだから、店長に話しとくな!」
「来週の土曜な、空けとくわ。」
「あっ、あと海も連れてきてくれよ!ドラムお願いしたいと思ってるから空から聞いてみてくれよ。ドラムのタツヤさんって人も、超絶テクでとにかくすごいんだよ!」
海というのは、空の弟でまだ中学三年生なのだが、小学生の頃からドラムを習っていてなかなかの腕前なのである。
「俺…お前となら絶対全てうまくいく気がする」
葵は空の目をまっすぐ見つめながらそう宣言した。
「いつも俺についてきてくれてサンキューな」
パッと花が咲くような眩しい笑顔に、空は葵の顔を直視できず真っ赤になって目を逸らした。
(葵は、本当にズルい…)
「お前ら最高!」
龍二が叫ぶと、会場の熱気は一気に高まった。バンドがパンクロックのビートを刻み始めると、観客は狂喜乱舞し、音楽の波に身を委ねた。ギターの激しいリフ、ドラムの力強いビート、そして龍二の魂のこもったボーカルが会場を震わせた。
ステージの片隅で、橘 葵は初めてのライブ体験に心を奪われていた。彼は目の前の光景に圧倒され、ただただ感動して震えていた。
こんな感覚は初めてだった。
今、確かに生きている、という実感とでもいうのか。
魂に訴えかけてくる歌だった。
美しい歌声とかでは全然ないのに。
龍二のエネルギーとカリスマ性は、葵の心を強く揺さぶった。
曲がクライマックスに達したとき、龍二は観客の波の中にダイブした。会場全体が一つになり、観客は彼を手で支えながら歓声を上げ続けた。葵はその瞬間、音楽が持つ力と、龍二の魅力に完全に心を奪われた。
葵の心に一つの決意が芽生えた。その決意は、彼自身が龍二のように歌で人々を感動させる存在になることだった。
「とにかく、ライブがすごかったんだって!」
橘 葵は、目を輝かせ、頬を紅潮させながら身を乗り出した。その瞬間、夕日が窓から差し込み、彼の金色の髪をやわらかく照らし出した。
「でも、お前のバイト先のライブハウスの店長って40歳くらいのオッサンだろ?パンクとかも今じゃ流行んねーし。」
田中 空は興味なさそうに飲みかけのコーラをストローで一口吸いながら言った。夕方のファーストフード店には、油の匂いと混ざり合った炭酸飲料の甘い香りが漂っていた。放課後の時間帯で、制服姿の中高生たちがカラフルなトレイを手にしながらざわめき、窓際の席には夕日が淡く差し込んでいた。
隣の席の女子高生がチラチラ見てくる。
「ねぇ…絶対芸能人だよね…?」
「あの整った顔は間違いない!ああ、目の保養~っ。」
そんな会話が耳に入ってきた。空は、わずかに眉をひそめ、ため息をついた。葵と二人でいるときはいつもこうだ。
葵はハーフということもあり、彫りが深く恐ろしく整った容貌で、生まれつきの金髪で、肌は陶器のようにきめ細かく、目が青い。当然モテまくってきた。小学校の頃は男女共学だったから、葵の下駄箱には女の子からのラブレターがドッサリ、バレンタインにはチョコレートが溢れかえった。そのせいでバレンタインにチョコレートを持ってくることが学校で禁止になったくらいだ。
「そうそう、普段は冴えない40代のオッサンなんだけどさ、ステージに立ったらもう別人なわけよ!とにかくめちゃくちゃカッコよくて。」
葵は夢見るように遠くを見つめ、一息ついてから言った。
「好きになっちゃったみたい。」
ブーッと派手な音を立てて、空はさっき口に入れたコーラを葵の顔に盛大に吐き出した。隣の女子高生がクスクス笑っている。
「なんだよ、きったねーな!」
葵は顔をしかめ、かかったコーラを紙ナプキンで拭き取った。
「お前、好きになったって…そういう…?」
空は胸が一瞬で締め付けられるような感覚に襲われた。
「うん。俺、別に男の人が好きってわけじゃなかったんだけど、店長が好きなんだ。それってゲイ?になるのかな…。」
「マジか…。」
「…引いた?」
「…引かねーよ!」
葵の瞳がキラキラと輝いているのを見て、空は言葉を失った。葵の口から出てくる言葉は、空にとっては刃のように鋭く感じられた。
(引かねーけど、胸が痛い。俺の方がずっとずっと前から、お前のこと好きなのに。)
葵は一瞬、空を見つめ、その後突然思い出したかのように言った。
「だから俺らも、バンドやろーぜ!」
空は驚きで目を丸くし、思わず返した。
「…はぁ?」
「だーかーら、バンドやろ!」
「全然文脈繋がってねーじゃん!」
葵は昔からこうだ。
思いついたら即実行!そして超ワガママ。周りは自分に従って当たり前と思っている節がある。
が、空はそんな葵に振り回されることにすら喜びを感じ始めているから重症だ。
葵と空は、小学校から高校まで続くエスカレーター式の男子校に通っていて、もうかれこれ10年の付き合いになる。葵の父親はアメリカ人だが、葵が生まれる前に亡くなったらしく、父親の顔も知らないらしい。葵の母親、橘 葉子は、美貌のジャズシンガーで、シングルマザーとして葵を育ててきた肝っ玉母さんだ。その美しい歌声は葵の成長に大きな影響を与えていた。
小学校に入学したばかりの空は、内気な性格で太り気味の体型もあって、とても緊張していた。すると、すごく綺麗な顔の青い目の天使が空の隣の席に座って話しかけてきた。
「なぁ、名前なんて言うの?」
「えっ?!そ…そら…」
うつむいたまま消え入りそうな声で空が答えると、その天使は満面の笑顔でパァッと笑って、
「ボク、葵!僕たち葵と空だから、青い空だ!ねぇ…友達になろ!」
まさに天使が舞い降りた。その時から空は葵に恋をしていた。
そして葵は顔に似合わずめっぽう強かった。その外見から女の子と間違えられることもしょっちゅうだったが、母親の葉子がいじめられないように3歳から柔道を習わせているため、いつも喧嘩で連勝だった。空がからかわれたり、いじめられたりしているといつも葵がやってきて助けてくれた。
「空は俺が守ってやるからな!」
それからずっと、空にとって葵は憧れの存在だった。
明るくて、眩しくて、太陽のような存在。
振り向いてもらえなくてもいい。
親友として隣にいてくれるだけで幸せだから。
気持ちを伝えることで側にいられなくなってしまうなら、気持ちを伝えない方がいい。
空はずっとそう思っていたが、初めて葵の口から好きな人ができたと告げられて、激しく動揺していた。
(絶対にそのオッサンに会って確かめなければ!葵にふさわしい男かどうか…。もし葵に釣り合わない男なら、俺は全力で妨害するぜ!)
「俺も、その店長のライブ観に行きたいんだけど…」
「ホント? 俺もぜひ空に観てほしいと思ってたんだ! 本当にすごいカッコいいから! 来週の土曜日にまたライブやるみたいだから、店長に話しとくな!」
「来週の土曜な、空けとくわ。」
「あっ、あと海も連れてきてくれよ!ドラムお願いしたいと思ってるから空から聞いてみてくれよ。ドラムのタツヤさんって人も、超絶テクでとにかくすごいんだよ!」
海というのは、空の弟でまだ中学三年生なのだが、小学生の頃からドラムを習っていてなかなかの腕前なのである。
「俺…お前となら絶対全てうまくいく気がする」
葵は空の目をまっすぐ見つめながらそう宣言した。
「いつも俺についてきてくれてサンキューな」
パッと花が咲くような眩しい笑顔に、空は葵の顔を直視できず真っ赤になって目を逸らした。
(葵は、本当にズルい…)
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