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第一章
すれ違う心、交わる想い 1
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「ねえねえ、こないだ坂本先生の同居人の外国人が来たんだけど、もうびっくりするくらいイケメンで…」
「見た見た!なんかハリウッド映画から飛び出してきたみたいな…かっこいいっていうか、もう美しいっていうか…神々しかったよね!」
下北沢ミュージックサロンのロビーでは、受付の若い2人の女の子が興奮しておしゃべりをしていた。
「同居人って…どういう関係なのかな?」
「幼なじみみたいよ。ホラ坂本先生って、日系人でアメリカで生まれ育ったらしいし…」
「でもなんか、坂本先生があの人を見る目…ちょっと怪しくなかった?」
「うーん…でも坂本先生、結婚してたみたいで中学生のお子さんもいらっしゃるから、やっぱりただの友達なんじゃない?」
斉藤真理恵は、受付嬢たちのおしゃべりを聞きながら静かにため息をついた。
ディーン・坂本は、この音楽学校のギター講師だ。この学校ではギターのほか、ドラム、ピアノ、ベース、ウクレレ、トランペットなど、様々な楽器の授業が受けられる。それぞれの楽器担当の講師が所属しており、スタジオでレッスンを行っている。真理恵は事務スタッフとしてここで働いていた。
(あんな女みたいな人より、坂本先生の方がずっとかっこいいのに)
真理恵は、ディーンがこの学校に初めてやって来た日のことを思い出していた。
このビルは一年前に建てられたばかりで、ガラス張りのおしゃれな外観が特徴だ。ロビーからは、目の前の通りが一望できる。
約3ヶ月前のことだ。真理恵がふと窓の外を眺めていると、肩までの長髪をひとつにまとめ、メガネをかけた長身の男性が、建物の前で佇んでいるのに気がついた。彼は、入るべきかどうか迷っているようで、立ち尽くしていた。
その時、受付の女の子たちは昼食に出かけており、ロビーには真理恵一人だけだった。
やがて、男性は意を決したようにビルの自動ドアをくぐり、ゆっくりと中に入ってきた。
「いらっしゃいませ。ご用件は何でしょうか?」
真理恵が明るく声をかけると、男性は少し照れた様子で頭をかきながら答えた。
「えっと…外の講師募集の広告を見たんですけど、ギターの講師として働かせてもらえたらと思って…」
「そうなんですね!よろしければ、こちらでお話を伺わせてください」
真理恵はロビー奥にあるスタジオへ彼を案内した。
「お父さん、講師志望の方がいらっしゃいました」
真理恵は父の耕作を呼んだ。耕作はこの音楽学校の経営者で、若い頃はミュージシャンとして活動していた。その風貌は年齢を感じさせない、むしろ洗練された大人の魅力に溢れている。
66歳とは思えないほど背筋が伸びた姿勢に、深いネイビーのスーツを品よく着こなしている。白髪が混じる髪もきちんと整えられ、胸元にはさりげなく光るポケットチーフが差し込まれていた。時計や革靴など、彼の身につけるものはどれも質が高く、遊び心のあるデザインが特徴だ。耕作はいつも、仕事とはいえオシャレに気を使い、周囲からは「ダンディな紳士」として一目置かれていた。
「おう、講師志望の方か?」
耕作は穏やかに微笑み、ディーンに視線を向けた。その声にはどこか懐かしさと包容力があり、初対面の人でもすぐに安心感を与える。
「ギター講師を希望されてるみたいよ、お父さん。」
真理恵が紹介すると、耕作は軽くうなずきながら、ディーンに手を差し出した。
「お会いできて光栄です、斉藤耕作と申します。ギターの講師ね…まずは、あなたの演奏を聴かせてくれるかな?」
「ディーン・坂本と言います。」
ディーンは耕作と握手を交わし、スタジオに置いてあるアコースティックギターを手にして演奏を始めた。
彼が弾いたのは、ビートルズの『Here Comes the Sun』。演奏技術が優れているのはもちろんだが、真理恵は彼の音楽から心に染み渡るような温かさを感じた。まるで彼の人柄がそのまま音になって表れているかのようだった。
演奏が終わると、ディーンは少し照れたように笑みを浮かべた。
「若い頃、アメリカでバンドをやっていました。実は日系三世で、ニューヨーク生まれなんです。日本にはもう10年以上住んでいるんですけど…ギターを教えた経験はあまりないんですよ。」
彼の謙虚で落ち着いた物腰に、耕作も真理恵も好感を抱いた。ギターの腕前はもちろん申し分なかったが、それ以上に彼の人柄が魅力的だった。
「いや、君はいい講師になるよ。ぜひうちで働いてくれ。」
こうして、ディーンはこの音楽学校の人気講師となった。
そしてその瞬間から、真理恵は彼に心を惹かれるようになっていった。
「見た見た!なんかハリウッド映画から飛び出してきたみたいな…かっこいいっていうか、もう美しいっていうか…神々しかったよね!」
下北沢ミュージックサロンのロビーでは、受付の若い2人の女の子が興奮しておしゃべりをしていた。
「同居人って…どういう関係なのかな?」
「幼なじみみたいよ。ホラ坂本先生って、日系人でアメリカで生まれ育ったらしいし…」
「でもなんか、坂本先生があの人を見る目…ちょっと怪しくなかった?」
「うーん…でも坂本先生、結婚してたみたいで中学生のお子さんもいらっしゃるから、やっぱりただの友達なんじゃない?」
斉藤真理恵は、受付嬢たちのおしゃべりを聞きながら静かにため息をついた。
ディーン・坂本は、この音楽学校のギター講師だ。この学校ではギターのほか、ドラム、ピアノ、ベース、ウクレレ、トランペットなど、様々な楽器の授業が受けられる。それぞれの楽器担当の講師が所属しており、スタジオでレッスンを行っている。真理恵は事務スタッフとしてここで働いていた。
(あんな女みたいな人より、坂本先生の方がずっとかっこいいのに)
真理恵は、ディーンがこの学校に初めてやって来た日のことを思い出していた。
このビルは一年前に建てられたばかりで、ガラス張りのおしゃれな外観が特徴だ。ロビーからは、目の前の通りが一望できる。
約3ヶ月前のことだ。真理恵がふと窓の外を眺めていると、肩までの長髪をひとつにまとめ、メガネをかけた長身の男性が、建物の前で佇んでいるのに気がついた。彼は、入るべきかどうか迷っているようで、立ち尽くしていた。
その時、受付の女の子たちは昼食に出かけており、ロビーには真理恵一人だけだった。
やがて、男性は意を決したようにビルの自動ドアをくぐり、ゆっくりと中に入ってきた。
「いらっしゃいませ。ご用件は何でしょうか?」
真理恵が明るく声をかけると、男性は少し照れた様子で頭をかきながら答えた。
「えっと…外の講師募集の広告を見たんですけど、ギターの講師として働かせてもらえたらと思って…」
「そうなんですね!よろしければ、こちらでお話を伺わせてください」
真理恵はロビー奥にあるスタジオへ彼を案内した。
「お父さん、講師志望の方がいらっしゃいました」
真理恵は父の耕作を呼んだ。耕作はこの音楽学校の経営者で、若い頃はミュージシャンとして活動していた。その風貌は年齢を感じさせない、むしろ洗練された大人の魅力に溢れている。
66歳とは思えないほど背筋が伸びた姿勢に、深いネイビーのスーツを品よく着こなしている。白髪が混じる髪もきちんと整えられ、胸元にはさりげなく光るポケットチーフが差し込まれていた。時計や革靴など、彼の身につけるものはどれも質が高く、遊び心のあるデザインが特徴だ。耕作はいつも、仕事とはいえオシャレに気を使い、周囲からは「ダンディな紳士」として一目置かれていた。
「おう、講師志望の方か?」
耕作は穏やかに微笑み、ディーンに視線を向けた。その声にはどこか懐かしさと包容力があり、初対面の人でもすぐに安心感を与える。
「ギター講師を希望されてるみたいよ、お父さん。」
真理恵が紹介すると、耕作は軽くうなずきながら、ディーンに手を差し出した。
「お会いできて光栄です、斉藤耕作と申します。ギターの講師ね…まずは、あなたの演奏を聴かせてくれるかな?」
「ディーン・坂本と言います。」
ディーンは耕作と握手を交わし、スタジオに置いてあるアコースティックギターを手にして演奏を始めた。
彼が弾いたのは、ビートルズの『Here Comes the Sun』。演奏技術が優れているのはもちろんだが、真理恵は彼の音楽から心に染み渡るような温かさを感じた。まるで彼の人柄がそのまま音になって表れているかのようだった。
演奏が終わると、ディーンは少し照れたように笑みを浮かべた。
「若い頃、アメリカでバンドをやっていました。実は日系三世で、ニューヨーク生まれなんです。日本にはもう10年以上住んでいるんですけど…ギターを教えた経験はあまりないんですよ。」
彼の謙虚で落ち着いた物腰に、耕作も真理恵も好感を抱いた。ギターの腕前はもちろん申し分なかったが、それ以上に彼の人柄が魅力的だった。
「いや、君はいい講師になるよ。ぜひうちで働いてくれ。」
こうして、ディーンはこの音楽学校の人気講師となった。
そしてその瞬間から、真理恵は彼に心を惹かれるようになっていった。
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