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第一章
恋歌が響く夜 3
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「え?もう仕事が決まったの?」
仕事を終えて帰宅したディーンに、アレンは新しい仕事の話を切り出した。もちろん、光輝のことは伏せている。
「あ…まだ完全に決まったわけじゃなくて、今日はお試しなんだ。できそうなら週3日くらいでやることになるよ」
「でも、夜から朝まで働くの?体に負担がかからないか心配だよ…」
ディーンはそう言いながらエプロンを着け、夕食の準備を始める。今日のメニューはオムライスだ。
「だから、まずは試してみるんだよ」
「でもさ、新宿のバーなんてどうやって見つけたの?日本語が分からないのに…」
「あ、ああ…英語が使える店を探したんだよ。外国人向けのところを聞いてさ」
「ふーん…」
ディーンはアレンの目をじっと覗き込んだ。アレンは冷や汗をかきながら笑顔を作ったが、その笑顔を見たディーンは顔を赤らめて、目を逸らしてしまった。
「ただいまー!」
元気な声とともに、アキラが帰宅した。アレンはほっと一息つく。
「おかえり、アキラ」
アキラは中学一年生で、部活のサッカーを終えるといつも帰りは20時ごろになる。
「お腹すいたー!あれ、アレン、どこか行くの?」
出かける準備をしているアレンを見て、アキラは英語で声をかけた。
「ああ…今日は初仕事なんだ。朝5時くらいには戻るよ」
「オムライス食べていかないのか?」
「時間ないから、帰ってから食べるよ。じゃ、行ってきまーす」
アレンが出ていくと、ディーンはがっくりと肩を落とし、暗い顔をした。アキラはその様子を見て思った。
(ホント、パパってわかりやすいなー。アレンはパパの気持ちに気づいてないのかな…)
アレンはGoogleマップを頼りに光輝の店を探していた。日本語が読めないアレンにとって、街を歩いて店を見つけるのは一苦労だ。似たような飲み屋やバーが軒を連ねており、どれも同じに見える。やっとの思いで、ピンクのネオンサインに「BAR光る君」と書かれた目立つ看板を見つけ、アレンは深く息をつきながら階段を下りた。
「いらっしゃーい」
艶っぽい低い声が耳に届く。光輝の声だ。
「光輝、アレンだけど…」
そう言いかけたアレンの声は途切れた。目の前に現れたのは、長い髪をアップにし、ピンヒールを履いた、ピンクのセクシーなワンピース姿の、身長190センチを超えるど迫力の美人だった。
「ハーイ、アレン。アタシはこのオカマバーの店長、ヒカルでーす!」
30分後、アレンは光輝に髪をセットされ、派手なメイクを施されて、黒のワンピース姿でカウンターに立っていた。アレンの変貌を見たスタッフのカオルとアケミは、思わずため息を漏らす。
「あらぁ…ここオカマバーなのに、普通の女の子よりずっと可愛いわよ」
「ほんと、ハリウッド女優かと思ったわ!」
アレンには何を言われているのか全くわからないが、光輝がディーンに秘密にしろと言った理由が、今になってやっと理解できた。
「光輝…俺、ここで働く自信ないよ…」
アレンは泣きそうな顔で訴えたが、光輝はニヤリと笑って「大丈夫、大丈夫。アンタはただ黙ってニコニコしてるだけで客が来るから。名前はレンカ(恋歌)だよ。恋の歌って意味。アンタにピッタリだろ?さ、そろそろお客さんが来る時間だよ」と軽く言った。
『光る君』の店内は、テーブル席が3席、カウンターが10席ほどのこぢんまりとした空間だ。どぎついピンクの照明に、黒い家具が統一され、怪しげな雰囲気が漂っている。壁には60年代のフランス映画のポスターがいくつも貼られていた。
「あら、後藤さん、いらっしゃーい。江口さんも、ありがとうね」
「ヒカルママに会いに来たんだよー」
22時を過ぎ、常連客がどやどやと集まり始めた。カウンターの奥に座った50代ほどの常連客は、アレンを見て思わず息を飲んだ。
「この子、恋歌(レンカ)ちゃん。うちの新入りよ!よろしくね~」
後藤は口笛を吹いた。
「ブリジット・バルドーがいるのかと思ったよ、本当に美人だねぇ」
「スミマセン、ニホンゴ、ワカリマセン…」
「フランス人?イギリス人?」
「…あー…アメリカン」
「ああ!アメリカ人か!ママの友達?ママは顔が広いからねー」
アレンは接客業には向いていないと思っていたが、言葉がわからなくても、こうしていろんな人の話を聞くのは意外にも楽しいと感じていた。さまざまな人生がこの店で交差する、そんな空間が不思議と心地よく感じられた。ここでは、誰も自分の過去を気にしない。
仕事を終えて帰宅したディーンに、アレンは新しい仕事の話を切り出した。もちろん、光輝のことは伏せている。
「あ…まだ完全に決まったわけじゃなくて、今日はお試しなんだ。できそうなら週3日くらいでやることになるよ」
「でも、夜から朝まで働くの?体に負担がかからないか心配だよ…」
ディーンはそう言いながらエプロンを着け、夕食の準備を始める。今日のメニューはオムライスだ。
「だから、まずは試してみるんだよ」
「でもさ、新宿のバーなんてどうやって見つけたの?日本語が分からないのに…」
「あ、ああ…英語が使える店を探したんだよ。外国人向けのところを聞いてさ」
「ふーん…」
ディーンはアレンの目をじっと覗き込んだ。アレンは冷や汗をかきながら笑顔を作ったが、その笑顔を見たディーンは顔を赤らめて、目を逸らしてしまった。
「ただいまー!」
元気な声とともに、アキラが帰宅した。アレンはほっと一息つく。
「おかえり、アキラ」
アキラは中学一年生で、部活のサッカーを終えるといつも帰りは20時ごろになる。
「お腹すいたー!あれ、アレン、どこか行くの?」
出かける準備をしているアレンを見て、アキラは英語で声をかけた。
「ああ…今日は初仕事なんだ。朝5時くらいには戻るよ」
「オムライス食べていかないのか?」
「時間ないから、帰ってから食べるよ。じゃ、行ってきまーす」
アレンが出ていくと、ディーンはがっくりと肩を落とし、暗い顔をした。アキラはその様子を見て思った。
(ホント、パパってわかりやすいなー。アレンはパパの気持ちに気づいてないのかな…)
アレンはGoogleマップを頼りに光輝の店を探していた。日本語が読めないアレンにとって、街を歩いて店を見つけるのは一苦労だ。似たような飲み屋やバーが軒を連ねており、どれも同じに見える。やっとの思いで、ピンクのネオンサインに「BAR光る君」と書かれた目立つ看板を見つけ、アレンは深く息をつきながら階段を下りた。
「いらっしゃーい」
艶っぽい低い声が耳に届く。光輝の声だ。
「光輝、アレンだけど…」
そう言いかけたアレンの声は途切れた。目の前に現れたのは、長い髪をアップにし、ピンヒールを履いた、ピンクのセクシーなワンピース姿の、身長190センチを超えるど迫力の美人だった。
「ハーイ、アレン。アタシはこのオカマバーの店長、ヒカルでーす!」
30分後、アレンは光輝に髪をセットされ、派手なメイクを施されて、黒のワンピース姿でカウンターに立っていた。アレンの変貌を見たスタッフのカオルとアケミは、思わずため息を漏らす。
「あらぁ…ここオカマバーなのに、普通の女の子よりずっと可愛いわよ」
「ほんと、ハリウッド女優かと思ったわ!」
アレンには何を言われているのか全くわからないが、光輝がディーンに秘密にしろと言った理由が、今になってやっと理解できた。
「光輝…俺、ここで働く自信ないよ…」
アレンは泣きそうな顔で訴えたが、光輝はニヤリと笑って「大丈夫、大丈夫。アンタはただ黙ってニコニコしてるだけで客が来るから。名前はレンカ(恋歌)だよ。恋の歌って意味。アンタにピッタリだろ?さ、そろそろお客さんが来る時間だよ」と軽く言った。
『光る君』の店内は、テーブル席が3席、カウンターが10席ほどのこぢんまりとした空間だ。どぎついピンクの照明に、黒い家具が統一され、怪しげな雰囲気が漂っている。壁には60年代のフランス映画のポスターがいくつも貼られていた。
「あら、後藤さん、いらっしゃーい。江口さんも、ありがとうね」
「ヒカルママに会いに来たんだよー」
22時を過ぎ、常連客がどやどやと集まり始めた。カウンターの奥に座った50代ほどの常連客は、アレンを見て思わず息を飲んだ。
「この子、恋歌(レンカ)ちゃん。うちの新入りよ!よろしくね~」
後藤は口笛を吹いた。
「ブリジット・バルドーがいるのかと思ったよ、本当に美人だねぇ」
「スミマセン、ニホンゴ、ワカリマセン…」
「フランス人?イギリス人?」
「…あー…アメリカン」
「ああ!アメリカ人か!ママの友達?ママは顔が広いからねー」
アレンは接客業には向いていないと思っていたが、言葉がわからなくても、こうしていろんな人の話を聞くのは意外にも楽しいと感じていた。さまざまな人生がこの店で交差する、そんな空間が不思議と心地よく感じられた。ここでは、誰も自分の過去を気にしない。
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