神様と契約を

小都

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一葉と水光は街を歩き色々な店を見て回った。
水光は何故か金を持っており、一葉に色々と買いたがった。
その度に一葉は断るのだが、水光が気付いた時には既に購入している事もしばしば。
特に一葉が困ったのは髪飾りを買われそうになった事だ。
一葉は男だから装飾品は付けないと言っても、似合うと言って引かなかった。
実際に合わせる仕草をされ、微笑まれると一葉は赤面してしまう。
自分は身なりにそれほど気を使ってはいないし、
女物の髪飾りなど似合うはずがないと知っている。
それなのに水光はそんな一葉を見て可愛いと言うのだ。

自分はそんな言葉をもらうほどの容姿ではない、
それに可愛いなんて言われるのは恥ずかしい。

そんな風に思いながら一葉は水光に何とか思いとどまるように説き伏せた。

それを聞いた水光はしぶしぶと商品を棚へと戻していった。


それから一葉と水光は茶屋に寄って休憩した。
水光がそこで売っている団子が食べてみたいと言ったせいだ。
お茶を飲みながら団子を食べて、なんとも平和な時を過ごす。
一葉はこんな風に水光と歩く事が、とても不思議に感じた。

神様である水光とこうして新月の日以外に、
しかも人間のように食べたり、買い物したりする。

目の前を通り過ぎる街の人たちは、ここに神様がいるだなんて
想像もしていないだろう。
言われても信じないかもしれない。

本来なら契約した退妖師の前にしか姿を現さない神。

本当に、こんな風に自分と過ごしたかったというのだろうか。
何か他に、自分には知らない何かを水光は抱えているのではないだろうか。

そんな風に思いながら一葉はお茶を飲み終えた。


「そろそろ帰ろうか」

一葉が湯呑を茶卓に置くと、そう水光が一葉に声をかける。
それに一葉は頷いた。

不思議には思っていたが、きっともうこんな機会はないだろう。
それが分かっていただけに一葉は少し寂しく感じた。

手を水光に引かれ、家に向かい歩き始める。
あと少し、こうして2人並んで歩けるのはあと少し。
その少しの間だけでもこの幸せを噛みしめよう。

一葉は胸に疼く思いを大切にしまいながら
伝わってくる手の体温に集中していた。

そんな時ふいに水光が懐から何かを取りだした。
そして一葉の前に持ってきて、それを着物の帯に差し込んだ。

「水光様?」

「一葉には断られたが・・・内緒で買ってしまった」

そう言われて一葉が帯を見ると、
そこには黒い柄に青い珠がついたものが差し込まれていた。

「これは・・・玉簪?」

「女じゃないと分かっているが一葉に似合うと思ったものは全部買いたい。
 そして俺が買ったものを身につけてくれている一葉を見るのが嬉しい。
 ・・・帯に差し込むぐらいならいいかと思って、な」

笑う水光を見てもう一度自分の帯を一葉は見る。
真っ青な色の蜻蛉玉は着物によく映えていた。

嬉しそうな水光の顔を見て、恥ずかしくなった一葉は顔を赤らめそっぽを向いた。

水光にそんなに甘い目で見られて
一葉は平然といつもの顔を保つ事は出来なかった。

確かにこれぐらいなら女物でもいいかもしれない。
一葉は心の中でそう呟いて、水光にありがとうございますと言った。

少し気恥ずかしくなって、赤らめた顔を隠そうと一葉は俯いて歩く。
そんな一葉を水光はずっと愛おしそうに見つめていた。




日もそろそろ暮れ出すという頃、
街を抜けて2人は家に向かう途中の森の近くを歩いていた。
一葉が退妖の力を持つきっかけとなった森だった。
最近では妖が現れた時にしか入らないけれど一葉にとっては色々な思い出がある。

その思い出を、二葉とこんな遊びをした、こんな花を見つけたと水光に話していた。
しかしその時にふと一葉は違和感を覚える。


・・・森の中に、何かいる・・・


そう感じたのだ。

妖じゃない。
妖とは気配が違う。

・・・じゃあ、なに・・・?



一葉は気付くとその場に立ち止まって森の中を見つめていた。

「一葉、どうかしたのか?」

水光に声をかけられて漸く一葉は我に返った。
手を繋いだまま歩いていたから、付いてこない一葉にはすぐ気付いたようだった。

「すみません、何かの気配を感じて・・・」

「森の奥に?」

「はい」

そう一葉が言うと、水光も森の奥を見つめた。
暫く無言のまま2人で気配を感じようと気を探ったけれど
それ以上妖のような気配は感じられなかった。

「一瞬、俺には人間のような気配を感じられたが・・・」

「人間の、ですか?」

「森の奥すぎて分からなかったな」

水光にも分からないのであればどうしようもない。
一葉には水光以上の力はないのだから。

「何にせよ妖退治以外で夜に森の奥に入るのは危険だ。
 そう不穏な気配でもなかったようだし今日は帰ろう」

「はい」

そうして再び一葉と水光は歩き出した。
今日は満月の夜ではないし、妖が暴れ出す可能性も低い。
少しの不安は残るものの、そう危険なものではないだろう。

そう思って一葉は橙に染まり始めた空を見つめ家路についた。



玄関をくぐるとずっと付いてくれていた鼓羽に礼を言い、下がらせる。
そして一葉が帰ってきた事に気付いた銀香が出迎えると
驚いたようにこちらを見つめていた。

その視線を辿るとそれは水光に向いている。

「い、一葉・・・」

その掠れた声に一葉ははっとした。
自分は水光が隣にいる事がもう慣れてしまっていたが、
母や家族が水光を見るのは、これが初めての事だった。

「一葉の母か。前代の退妖師だな、水光という」

「銀香と申します」

母はその場で座り手をつき頭を下げて水光にそう言う。
まさか一葉と契約した神がここにいるなど、信じられないと言うように。

「俺の我儘でこちらに降りてきている。暫く一葉と共にいる事にした。
 よろしく頼む」

母は知っている。
新月の夜にしか神は降りない事を。
だからこそ訝しがったのだろう。

「何かございましたでしょうか・・・?」

「いや、俺が一葉といたいだけだ。銀香が考えるほどの事はない」

「そうですか・・・ならばいいのですが・・・」

少し戸惑った様子の母を見て、何事かあったせいでこちらに降りてきたのかと
心配しているのだろうというのが分かる。
母の時とは少し違い、一葉が神様に気に入られているのを知っている母は、
その水光の説明に少し迷った後に納得したようだった。

「すまないな、世話になる」

そう言って水光は一葉の手を再びとって一葉の部屋に入った。



暫く水光と共に暮らす事になったと、他の家族には夕飯の時に説明し、水光を紹介した。
初めて見る神様という存在に、父も二葉も驚いてはいたが
意外にも人間とあまり変わらない水光を見てだんだん慣れていったようだ。


一葉は一葉で、このまま暫く共にいると言われた事に驚いていた。

きっと家に着けば水光との逢瀬は終わりだろうと思っていたのだ。
少しの夢だと。

それが、続く事など考えもしていなかった。


暫く、とはいつまでなのだろう。

こんなこと、考えてはいけない、
そう思いながらも
少しでも長く続けばいいのにと思う気持ちを止められなかった。



「一葉」

夜寝ようとすると水光は手を伸ばして一葉を抱きとめる。
もしかして今日も契るのだろうかと思っていると、
水光は一葉を布団の上で優しく抱きしめたまま動こうとはしなかった。

「今日はこのまま眠ろう。一葉を抱きしめながら眠りたい」

恥ずかしく思いながらもその言葉に嬉しく思い
一葉はそのまま水光の胸に顔をうずめていた。

いつか終わりがくるならば、今の幸せを存分に噛みしめたい。
そう思って。




それから、少し変わった、水光との生活が始まった。

水光様はすぐに元のように新月の日だけ降りてくるようになるだろうと、
一葉はそう思っていたが、暫くしてもそうなる様子を見せない。

最初の日のように朝気がつくとそこにいない、という事や
昼の間いない、という事はあったが夜になると必ず一葉と共にいた。

そして必ず一葉を腕に抱いて寝るのだ。

毎日一緒にいると言っても、毎日儀式を行うわけではない。
契る時もあればそうでない時もあった。
しかし2、3日に1度は必ずそういう行為をするようになった。

基本的には水光から言いだす事ではあったが
一葉がそれを拒む事はない。
寧ろ一葉にとっては嬉しい事だった。

一葉は、それこそ最初は契約の為の儀式と思って
男である自分が抱かれる事を怖がっても我慢していたが、
この2年間でその意識はがらりと変わっていた。

水光に惹かれれば惹かれるほど、それが意味を持つものになっていく。
水光に翻弄されて熱い眼差しを送ると、それを水光も返してくれる。
そればかりか水光は言葉と行動で一葉を愛していると言った。
まるでそれは、恋人同士のように。

そして毎日のように一緒にいる今、それはもはや儀式とは言えなかった。

水光の抱き方は、儀式として新月の夜に降りてきていた時は
それはそれは長かった。
まるで足りないものを埋めるかのように。
その所為で一葉は新月の夜の次の日はいつも動くのが困難だった。

けれど今はどうだろう。
長い間を挟むわけではない今は、とても大切なものを愛しむように、
穏やかな抱き方をするように変わった。
優しく、愛するように。
足りないものを埋めるような抱き方はもうしなかった。

だけどその分遠慮がなくなった。
変わった所が多い中で変わっていない所と言えば
良い意味でも悪い意味でも執拗という所だろうか。

一葉から見れば、短くなった分、濃厚になったかのようで。
一葉は、本当に愛されているのでは、と錯覚してしまいそうだった。

そう思う度に、思いあがるな、自惚れるなと自分に言い聞かせる。
けれどやはり、思い返す度に顔が赤くなる事を止める事はできなかった。



そんな生活が幾日か過ぎたあと、一葉はふと自分の身の変化に気付く。

最近・・・体調を崩す事がない・・・

以前の一葉は精神的疲労からよく体調を崩していた。
そうでなくても力の弱い一葉だ。
疲れで動けない日も多かった。

なのに、水光が来た頃からそれがない。

・・・水光様がいらしてから一族の人と顔を合わせてないから?
だから心労が少ないのだろうか・・・

一葉はそう思うけれど、いくら考えても答えは出なかった。

その時、一葉の頭に幾日か前の事が思い出された。

あの時は確か鏡を見て、顔色の良さに驚いていた・・・

一葉はもしかしてと思い鏡を見つめる。
男だからか、そう毎日毎日注意して見つめる事はなかったので
気にもしていなかった。

そしてどうだろう。

そこに映った自分の顔は、どうにも今までにないぐらい
頬は薄赤く、肌は潤い、唇は紅を引いたように艶やかだった。

これは・・・・・?

これが本当に自分なのかと、一葉は思うしかなかった。
双子とは言え二卵性であり、そして男と女である自分と二葉。
女らしく可愛らしい容姿をしている二葉とはまるで違うと思っていたが、
そこに映った自分の顔は、まるでその二葉のような顔をしていたのだ。

それが俄かに信じられずにじっと見つめていると
すっと襖が開く音がして、一葉の部屋に水光が入ってきた。

「一葉、どうした?」

まるで人間のような生活を楽しむようになった水光は
一葉が鏡を見つめて驚いている間、風呂に入っていた。
部屋に入ってきた水光は一葉を見てその様子に声をかける。
一葉は鏡を持ったまま、どう答えて良いか分からず戸惑っていた。
常にないその一葉の行動を水光も不思議に思ったのかもしれなかった。
同じようにずいと鏡を覗き込んできた。

これが今しがた風呂から出てきた水光なら理解できる。
温まった身体を血流が巡り血色が良くなるのなら。
けれど一葉は水光よりも先に風呂など入らない。
何もしていない今、血色がいいなどないはずなのに・・・。


「どうした鏡なんか抱えて?」

そう言って一葉の顔を覗いた水光に一葉は戸惑いながら声を出した。
まだ、どう答えていいか分かってはいなかったけれど。

「あの・・・どう言ったらいいのか・・・」

「何でもいい。感じたままでいい」

その水光の言葉に、一葉は頷く。
そして思ったままの事を水光に告げた。

「頬も、肌も、唇も・・・こんなに色が付いていた事などないのです・・・」

普段あまり気にして鏡をみていない事。
それでも着物を着る時や髪を整える時に見るけれど、
いつもこんな色をしていなかった事。

なぜいきなりこんな風に変わってしまったのか。
それが分からなくて戸惑っている。

そんな風に一葉は水光に告げる。
水光は一葉が一つ一つ言葉を発する度にその一葉の顔をじっと見つめ
うん、うん、と頷いていた。

そして一葉の言葉が終ると、
何故だろうという顔をしている一葉を見て微笑んだ。

「・・・水光様・・・?」

「以前は大丈夫だとよく口にしていたが、それでも一葉の顔は大丈夫に見えなかった。
 青白い顔をしていたり、頬がこけて見えたりしていたな」

そう言われて、一葉は首を傾げた。
そうだろうかと。

自分ではそんな事分からない。
体調が悪い時はよくあったが、そんな酷い状態だとは思っていない。
だから一葉には分からなかった。

「そんな顔をしていても弱音など一つも吐かず、いつも大丈夫だと言う一葉を
 俺はずっと傍で守りたいと思ってはいたが、何をすればいいか分からなくて困った」

「水光様・・・?」

「だから少し実験的ではあるがこういう形をとったんだ」

だんだんと、水光の言っている意味が一葉には分からなくなっていた。
実験的、とは何のことだろうか・・・。

「今までに一度も行われた事がない。だから誰もそれを証明する事ができない。
 ならば、俺がそれを証明できればいいと思った」

「それは、どういう・・・?」

一葉には水光の言っている意味がまるで分からず、首を傾げるばかりだった。
すると、水光はすっと手を伸ばし一葉の頬に触れた。

「水光様?」

「顔色が、本当にいい」

そう言うと水光は一葉の頬を優しく撫でた。
暫く頬に触れていたかと思うとゆるりとそのまま一葉を抱きしめる。
それに一葉は身を任せた。
未だ答えは分からず水光の顔を見つめたままだけれど。

「髪も、艶がある。それにさらさらと掌を流れるようだ」

そう言って水光は一葉の髪を一房とって口づけた。
一葉は髪の毛まではよく見ていなかった。
確かに最近櫛を通す時絡まる事なんてなかったように思う。
次は髪の毛まで良く見てみようと思った。

どうしてだろう。
どうして、こんな風に身体の全てが変わっていったのだろう。

水光は証明と言った。
ならば何かを今、一葉で試しているという事だろうか。

「水光様・・・」

「あぁ、悪いな・・・確証がないからまだはっきりとは言えないが・・・
 この変化は良い事だらけで嬉しい事だ」

そうして水光は腕に抱いた一葉の色々な所に口づけていった。
髪や肌、瞼や頬

一葉はその口づけを受け入れ目を閉じた。

今はまだ、一葉に言うような段階ではないと・・・そう水光は言ったのだ。
だからそれ以上一葉は聞かなかった。
何かに気付いている水光。
それが何か、一葉には分からない。

けれどその証明ができるまでは、
最低でも一葉の傍にいる。

そういう事だろうと思い、一葉は水光の首に腕を回した。



それは、そうしたことのあった次の満月の夜だった。

「近くに妖がいる・・・」

一葉は妖の気配を感じ取った。
水光も行くと言ったので、式神の3人と一緒に同行する。

この間水光と共に通った家の近くの森の前で立ち止まる。
この森の中から妖の気配を感じるのが分かる。

「街に入る前に早く浄化しましょう」

そうして一葉たちは足早に森を駆け抜けた。
気配が色濃くなってきた所で一度足を止め、そこからは慎重に動いた。
どこに妖が潜んでいるか分からない。

ゆっくり周りを見渡しながらより気配を感じる場所に着くと
一葉たちはいつでも術を唱えられるように準備し構えた。

どうも様子がおかしい。

それはきっと他の4人も感じているだろう。
皆の口数が少なく緊張しているのが分かる。

なぜだろう。
いつもと妖の気配が違うように思う。

それは、数日前にも感じた事だが、
数日前に感じた妖か何か分からないものではない。
これは、明らかに妖の気配。

けれども、なにがおかしいと感じているか、
それは妖の気だった。

ひしひしと漂い感じるこの妖の気配、
いつもとは格段に違う。
濃厚で絡みつく妖の嫌な気配・・・

これは妖は妖でも、力を持った妖だ・・・雑魚ではない。

なぜ、こんな所に・・・?


しかもこれは、複数体の気配だ。

まさか、なぜ気がつかなかったというのだろう。
こんなに濃厚な気を放っていれば、嫌でも気がつく。
しかもこんな家の近くだ。

一葉だけでなく母の銀香でさえ気付くはずのものだ。

なぜ・・・なぜこんな風に大きくなるまで気がつかなかったのだろう。

少しの油断も出来ない事を悟り、一葉は身構えた。

一歩一歩近づくにつれ、自分の心臓の音が聞こえてくるような気がした。
なるべく足音を立てずにゆっくり近づく。

緊張しているせいで、顔から汗も出ている。

この気配で複数体・・・

無傷では帰れないだろう。


じりじりと進み、少し先へ行った所で浮珠がその姿を捉えた。

「一葉様、あそこに」

そう浮珠が指し示す方向を見ると、そこは木々がなく開けた場所。
そこに妖がいた。

「一体・・・」

他の妖がどこに潜んでいるか分からない。
それでも先手必勝と思い、術をかけるしかないだろう。
ぐずぐずして他の妖に襲われてしまったらこちらが不利になる。

一葉はそう思い、眉をきりと引き上げ気を引き締めた。

「いきましょう」

複数体いるため力は温存しなければならない。
できるなら浄化優先、捕縛、浄化を主に。
攻撃は避けられない場合にのみ使用で
できるだけ確実に集中して当てなければならないと、
その場で一葉は皆に伝えた。

「捕縛は俺がやろう」

その時声を発したのは水光だった。

「水光様?」

「俺には力の制限はない。だが神は全てのものに傷をつける術をもたない。
 俺に使えるのは捕縛や守り、癒しの術だけだがそれで良ければ利用してくれ」

その言葉に一葉は目を瞬いた。
それは初めて聞く水光の情報だった。
術が使えるのは知っていたけれど、その事情までは知らなかった。

「そうでしたか・・・。では水光様、お願いできますか?」

「あぁ、任せておけ」

そうして皆と目を合わせ一つ頷き呼吸を合わせてから一葉たちは飛び出した。

動きでなら人間である一葉よりも式神たちの方が早い。
彼女たちは風のような速さで妖を囲み、
三人で一斉に手をあげ唱えた。

「浄化」

相手の隙を狙った素早い動きのおかげで一体はすぐに浄化させる事が出来た。
捕縛の術を使わずに浄化できた事は大きい。

しかし、その後だった。

その妖を浄化させると、辺りの妖は異変を感じ取ったのか
唸るような音をあげている。

その異様さに身構える。
妖は本来なら仲間意識など持たない。

しかし一体がいなくなった事で確実に辺りの気配は変わった。

どういう事だ・・・

だんだんとこちらへ気配が近づく。
1、 2、3・・・4体はいるだろうか。


ゆっくりと動いていた気配が、ピクリと動いた時だった。

「くる!」

一葉が気配を感じ取ってそう叫ぶと同時に、
妖が一葉たちを襲った。

暗闇から目がけてくる妖の攻撃に、一葉たちはすれすれでそれをかわした。

速い・・・!!

妖は人よりも大きい獣人の姿を模っており、
身軽な身体を翻すように近くにいた浮珠に攻撃を仕掛けている。

その間に何とか崩れた体勢を立て直し
隙を見て浄化へ持ち込みたい。
一葉は浮珠の無事を祈りながら機会を探っていた。

術の無駄遣いは命取りになる。

動き回る妖の背後を取るように一葉も動き
少しずつ距離を縮めていた時だった。

「一葉!!」

背後から声を聞いて一葉が振り返るとそこには新たな別の妖が一葉に向かって
手を振りかざしている所だった。

慌てて守りの術を使おうとしたが妖の動きの方が早い。

間に合わない!

そう思った時腕をぐいと引かれ、淡く光る玉に身体が包まれる。
これは、守りの結界・・・

「一葉、気を抜くな」

「水光様・・・ありがとうございます」

素早い動きで水光が守ってくれたのだと一葉は知る。
そして結界を張った後すぐに水光が放った捕縛術が妖を捉えていた。

感謝してもしきれないほどだけれど、
今はそれをしている場合ではない。

とにかく妖を倒す事が先だ・・・

一葉は妖の素早い動きに応戦し続けるのは難しいと判断し、
早めに捕縛、浄化と術を発動させることを選んだ。

後ろを見ると、式神たちは何とか一体の捕縛に成功したようだった。

こちらも、
そう思って一葉は結界の中から妖に向かって術を出す。
結界は術を発動すると内側から破られたかのように消えていった。
外側からの攻撃は一切通さないが、内側からの術には弱いようだ。

でも一葉もじっとしているわけにはいかない。
守られているばかりでは退妖師ではないのだから。

「風縛!」

水光が妖の注意を引きつけてくれていたおかげで
その捕縛術は見事に妖に当たる。

しかしその時の一瞬の気の緩みを妖に見抜かれていた。

「ぐっ!」

いつの間にか後ろにいた妖に襲いかかられた。
そのまま勢いで一葉は倒れ、妖はそのうえに圧し掛かる。
うつ伏せに倒れたまま身動きとれずもがいていると
妖の唸り声と共に一葉の肩に衝撃が走った。

「ぐああ!!」

目の前が赤く染まるような、痛みだった。

「一葉!!」

一瞬の事だった。
一葉の肩に、妖が牙を立てたのだ。

「一葉様!!」

その声と同時に式神たちがその妖に向けて攻撃を繰り出す。
それが命中し、妖は再び唸り声をあげて素早く森の奥に身を隠していった。

風縛で捕らえていた妖を式神たちはすぐに浄化し、
水光と式神たちは周りに妖がいなくなった事に安堵して慌てて一葉に駆け寄った。

「一葉!」

「うぅ・・・」

「すぐに癒す」

肩の傷に脂汗を流す一葉に手を翳した水光は
その掌から光を発して一葉の傷を治す事に努める。

「水光さま・・・すみません・・・」

「一葉、今は喋るな」

一葉の肩は血で染められている。
深い傷だ。

一葉はその痛みに気を失う寸前だった。

何とか意識だけは保ちたい。
まだどこに妖がいるか分からないのだから。

どんどんと額から汗が流れてくるが気にしてなどいられない。
一葉がそう思って瞼を押し上げた時

薄らと開いた視界の先に、黒く動く影を見た。
あれは・・・妖・・・?

いや・・・女性・・・?

一葉は気を保つのに必死だった。
故に視界がぼやけてすでにそれが判別できない。

水光と式神はその存在に気が付いていないようだった。


その妖は、黒い影を身にまとって
ゆっくり、ゆっくり一葉たちから遠ざかっていった。


気がついたらそこは自分の部屋の布団の中だった。

目を開けてみると、見慣れた天井。
一葉はそれを見て、自分は結局あの後気を失ってしまったのかと悟った。

「目が覚めたか?」

横からそう声をかけられ、一葉はそちらを見ると
水光が覗き込むように一葉の顔を見ていた。

「すみません、気を失っていたんですね・・・」

そう言って一葉は起き上がろうと上半身に力を入れたが、
水光にそれを制された。

「まだ休んでいていい。まだあれから1日も経っていない」

「しかし・・・私がこんな状態では・・・」

「いや、式神たちも力を使い過ぎて今休んでいる所だ。
 昨日の事は皆が回復してからにしよう」

水光はそうして起き上がりかけた一葉の身体を
再び布団の中へ倒し、上掛けをかけた。

「すみません・・・」

「いや、謝る事はない。実際、あれほどの傷を受けたが、
 一葉の回復力が早く大事には至っていないしな」

「え?」

そう言われて一葉は自分の身体を確かめる。
肩や、背中を擦ってみるけれど確かに痛みはなかった。
包帯を巻いているような感触もない。



あれほどの、傷を受けたのに?

気を失うほどだ。
一葉からは傷口は見えなかったがとても一晩で治るような傷ではない。

これはきっと、式神でも自分でもない、
水光という神が施した術だからだと一葉は咄嗟に思った。

「水光様の術のおかげですね・・・」

一葉が水光をみてそう言うと、水光は微笑み首を横に振った。
それを不思議に思い、一葉はそのままの気持ちを表情に乗せた。
すると水光は少し嬉しそうに笑った気がした。

「水光様・・・?」

「俺の力だけではそこまで回復しなかっただろう」

「え?」

水光はそうして一葉の頬に手を伸ばした。
擦るように撫でられるとくすぐったくて一葉は頬を赤らめる。

「最近、顔色がいいと言っていたな」

「え?えぇ」

「体調も良いと」

「はい、そうですが・・・」

会話が途切れると水光は頬に触れていた手を
傷を受けたはずの一葉の肩に今度は触れていた。
そこに触れられても一葉は何の痛みも感じない。
本当に水光の言うように後に響くような事はなさそうだ。

今まではそんな事なかった。
傷を受けたら癒しの術を使うが、何かしら傷や痛みは残ったし
これほど大きな傷を受けておきながら翌日普通に起き上がれる事などない。


本当に、水光の言うように、一葉の回復力のせいなのだろうか。

水光様の、神の力のせいではないのだろうか。

とても信じられない。



神だとて万能ではないと、聞いたばかりだ。

この世に生きる全てのものを守る立場にある神々には
守りこそすれ、攻撃するような術は持たないのだと。

でも、だからこそ
癒すことには長けているのではないだろうか。

これが本当に一葉の回復力の所為だとは思いがたい。
貧弱で力も弱い一葉が、今までに強い何かを持った事などないのだから。





でも、
でももし、本当に回復力が上がったのだとしたら?


もし、もしそれが本当なら?


体調が良くなった事。
顔色が良くなった事。
いつのまにか上がった回復力。

それらが共通して、水光と繋がっている。



水光様が、こちらに降りてこられるようになってからだ・・・


水光様が傍にいて下さるようになってから・・・



一葉はそう考えていた。
もしかしたら、水光という神が傍にいる事で、
何らかの力が自分にも働いているのではないかと。

そうでなければとても現状を説明することなどできなかった。


もしそうなら、それはとても有難い事だ。

こんな風に神の恩恵を受けるだなんて、想像もしていない。
一葉は感謝してもしきれないだろう。


でも、それと同時にこの力は紙一重である事も、一葉には分かる。


今もしほんの少し力が上がったとて、
水光が何かこちらの用事を終えて
以前のように新月の日にしか降りてこないようになったら

結局は元に戻ってしまうのだから。


だから今あるこの力に驕ってはいけないのだ。
頼ってはいけない。
期待してはいけない。

これは、気がつかなかった事にしなければいけないのだ。
今回は偶々水光様の力が上手く作用した、と。

一葉はそう思っていた。





それから充分に休んだ後、式神たちの力もいくらか戻った所で
昨日の話を大まかに聞く事になった。

あの後、気を失った一葉を水光が抱え、帰路についた。
まだどれだけの妖がいるかと不安もあったが、
帰る途中でそれには出くわさなかったし、気配も感じなかったという。


一葉はその言葉に安心し、一つ溜め息を吐いた。
あの状況で、さらに酷い事になっていなくて良かったと。
一葉が倒れ、そのまま妖に襲われでもしていたら
とても被害が一葉だけだったとは思えない。

今まで一葉を守ってくれていた式神や水光に
そんな傷を負わせるわけにはいかなかった。


そう思った時、一葉はある事を思い出した。

一葉は気を失う前に、黒い影を身に纏った女性のような、妖のような姿を見ている。

ぼやける視界の中でそれははっきりとしたものではないけれど
確実に何かがいたはずだった。

しかしそれを水光や式神に伝えても、
そのようなものは見ておらず、気配も分からなかったと言った。



「本当に、何も感じませんでしたか・・・見た事は、間違いないのですが・・・」

「一葉の言う事が本当なら、気配を隠しているのかもしれないな・・・
 そうすると知能を持った妖という可能性が出てくるが・・・」

「妖が、知能を・・・?」

水光が口にした可能性は、一葉には信じられない可能性だった。

今までの妖ならば、悪い気に我をなくし、
まるで獣のように本能的に人間を襲う、それが普通だった。

稀にまるで上手く一葉の隙をみて攻撃をしかけてくる妖がいるが
攻撃に長けた、それでもそれだけの妖だと、思っていた。
それしか考えられなかった。

なのに知能を?

「昨日の妖も通常の妖とは少し違っていたな。
 妖はあのように上手い連携はとらない。仲間意識も薄い。
 まるで、誰かに何かを教えられたようだ」


その水光の言葉に一葉は目を見開いた。

まさか、そのような事があるのだろうか。
知能があると言えば人間だが、人間が近づくと妖は基本的には襲い殺す。

妖を操る事などできはしない。
妖を捕らえ、浄化できるのは退妖師だけだ。
それは皆知っている。

態々危険を冒してそのような事をする人間がいるとは思えない。

では、どうして・・・



考えても出ない答えに、一葉は煮詰まってしまいそうだ。
ここで議論していても答えはきっと見えないのだろう。

あの、一葉が見た何かの影・・・


あの影がきっと全てを握っている・・・


一葉にはそう思えて仕方なかった。


「水光様・・・」

「あぁ、一葉が見たその黒い影。それが何かを突きとめるのがいいな。
 その存在が何なのかが気になる。もしかしたらそれが元凶かもしれない」

一同その水光の言葉に頷いた。
きっと皆、その水光の言葉と思っていた事は同じだろう。


「気配を感じ取れなかったその黒い影がもし、妖でないのなら・・・」

水光の顔を見ると、今までより目を細め、何かを真剣に考えているようだった。
水光は、これは推測でしかないが、と加え一点を見つめ厳しい表情で言った。


「次の満月まで待っている余裕はないだろうな」

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「吸血鬼に血を吸われるってこんなに気持ちよくっていいのかよ?」 超絶美貌の吸血鬼に恐怖よりも魅せられてしまった山田空。 ハロウィンまでの期間限定ならとその身を差し出してしまったが・・・・ 7話完結 ハロウィン用に頑張りました🎃 ムーンライトノベルズさんでも掲載しています

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

ヴァレン兄さん、ねじが余ってます 2

四葉 翠花
BL
色気のない高級男娼であるヴァレンは、相手の体液の味で健康状態がわかるという特殊能力を持っていた。 どんどん病んでいく同期や、Sっ気が増していく見習いなどに囲まれながらも、お気楽に生きているはずが、そろそろ将来のことを考えろとせっつかれる。いまいち乗り気になれないものの、否応なしに波に飲み込まれていくことに。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

[完結]ひきこもり執事のオンオフスイッチ!あ、今それ押さないでくださいね!

小葉石
BL
   有能でも少しおバカなシェインは自分の城(ひきこもり先)をゲットするべく今日も全力で頑張ります!  応募した執事面接に即合格。  雇い主はこの国の第3王子ガラット。 人嫌いの曰く付き、長く続いた使用人もいないと言うが、今、目の前の主はニッコニコ。  あれ?聞いていたのと違わない?色々と違わない?  しかし!どんな主人であろうとも、シェインの望みを叶えるために、完璧な執事をこなして見せます!  勿論オフはキッチリいただきますね。あ、その際は絶対に呼ばないでください! *第9回BL小説大賞にエントリーしてみました。  

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

その咬傷は、掻き消えて。

北月ゆり
BL
α以上にハイスペックなβ・千谷蒼は、高校時代からΩ・佐渡朝日に思いを寄せていた。蒼はαでない自分と結ばれることはないと想いを隠していたが、ある日酷い顔をした朝日が彼に告げる。 「噛まれ……ちゃった」 「……番にされた、ってこと?」 《運命になれなくとも支えたい一途な薬学部生β ×クズ男(α)に番にされた挙句捨てられた不憫Ω、のオメガバース》 ※BSSからのハッピーエンドですがタグ注意 ※ ストーリー上、攻めも受けも別の人とも関係を持ちます

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

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