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第2章 目立ちすぎる王都潜入

【第25話】 作戦変更

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 「何だあいつは…!」
 「お、落ち着いてくださいハルマン様!」
 「僕は落ち着いている!
 なのにアイツ!!僕の!この僕の誘いを断りやがった…!」
 ダンスホールの音楽も聞こえない一室。
 ハルマンは執事の制止を振り切って椅子を蹴飛ばすと、下ろしたばかりの革製の靴で何度も蹴りつけた。
 彼の怒りは、生まれて初めて誘いを断られたことと、自分の誕生日に関わらず自分よりも目立つ存在が突然現れたことによるものだった。
 幼い頃から望むもの全てを手に入れ、親族はもちろんメイドや執事からチヤホヤされ続けてきた彼にとって、それは人生最大の挫折でもあった。
 さすがの箱入り息子でも、彼女の拒絶は自分がサンとかいう男に負けたことを意味するとわかった。
 「一体どこの貴族の人間だ!
 あんな奴、デビュタントボールでも見たことないぞ!」
 「そ、それがただいま調査中でして…
 今受付を担当していたメイドに話を聞いて…」
 「さっさと調べろ無能どもめ!」
 「きゃあっ!」
 蹴った衝撃で椅子の足が浮いて、メイドたちが並ぶ窓際の壁にぶつかる。
 あわやぶつかりそうになったメイドたちは悲鳴を上げた。
 しゃがみ込んだり頭を庇ったりするメイドたちの怯えようを、ハルマンはケラケラと笑う。
 彼女たちの長い袖の先からは、火傷跡や鞭を打たれた跡が見えていた。
 反対方向の壁に背を預けながら、エンブリオはそれを見て目を逸らした。
 窓の外では、鉄門の横で似合わない執事服を着たオルガとヤブガラシが侵入者の警戒している。
 他にも邸宅には冒険者らしきガタイの警備が何人も敷地外をうろついており、この部屋には彼らのリーダー格に集合がかかっていた。
 白煙のリーダーとして呼ばれたエンブリオは、他のリーダーたちを見る。
 顔に火傷跡のある黒髪の男、小柄な銀髪の女性などは同じ冒険者のようだが、一人だけ空気が違う者がいた。
 頭からカッシウスというトサカのついた甲冑を被り、半裸に首からペンダントをぶら下げて赤いマントを羽織ったその男。
 一見すれば変態にしか見えないが、アーサー王国でその男の名を知らないものはいない。

 (闘技場の十年連続優勝者のスパルタクスじゃなかったか…?
 たしか名前は)

 「トリトマ!!貴様らも何故気づかなかった…!?
 せめて紋章を確認すれば、貴族かどうかぐらいはわかっただろう!」
 「そうは言っても、あれだけの客がいたんじゃ無理ですよ。
 それにもし万が一お偉いさん方と揉めたら、ハルマン様の責任になるんすよ?」
 「そうならないようにするのが貴様らの仕事だろうが!!」
 「勘違いしないでくださいよ、俺たちはあんたが守れればそれでいいんだから。
 マジで今回は運が悪かったんすよ」
 「貴様!父上から雇われているからと言って調子に乗りおって…!」
 「おっと、言葉遣いがなっていませんでしたかね?
 すいません、俺は平民出身なものですから」
 「……」

 (闘技場の有力選手を雇って護衛にしているのか。
 戦闘民族スパルタ、今度手合わせ願いたいものだな)

 ハルマン相手にため口を使うトリトマは、鍛え上げられた腹筋を見せるように腰に手を当てる。
 腰の剣は彼の祖国の剣で先端が舌のように窄まったグラディウスだろう。
 四肢五体を見ても闘技場の戦いを見ても、人間相手の格闘なら彼がこの場の誰よりも優れているだろうとわかる。
 だが、戦闘以外の礼儀や目上の人間への態度はからっきしのようだ。
 火に油を注ぐだけ注いで、本人は平然としている。
 冷たい外気から解放されたと思いきや雇い主の八つ当たりに巻き込まれたエンブリオは、頭をかいて現状を整理する。

 (しかし言い方はともかくトリトマの言うように重要人物の護衛は俺達や付き人がしているのだから、
 不審者の一人や二人くらい見逃しても問題はないだろうに)

 「貴様、僕のことを馬鹿にしているのか…!?」
 「え?違うっすよ」
 雇い主が探している男の名前は、当然ながら招待リストにも載っていなかった。
 一度招き入れてしまった以上、もし相手が実は不審者だったとわかれば、それこそハーバー家の警備こそが無能だったと世間に示すことになる。
 何事も無ければ黙って見逃がしていただろう。
 しかしここまで面子を潰されては、そうもいかない。
 また全ての客をハルマンが招いたならともかく、彼の父が招待状を出している以上は、不審者が不在のアルマンが招いた客である可能性も捨てきれなかった。
 「だからその態度が……まぁ、いい。
 とにかく、夜の警備はちゃんとやれよ。
 次はないからな」
 「あ、ならハルマン様の部屋の前にもう一組護衛を置いてもいいっすか?」
 「は?それは貴様の担当だろう」
 「いや、さすがに俺も仮眠したいんで。
 ほら、冒険者のみなさん、誰か来てくれません?」
 「また貴様は勝手に…!」
 「いやその方がいいっすよ!マジで!絶対!」
 「……それなら、我々のところが行きましょうか?」
 ハルマンの話を聞かずに好き勝手提案をするトリトマに、手を挙げたのは顔の右半分に火傷跡が残る陰鬱な印象の男だった。
 こちらは、冒険者組合で見たことのある顔だ。
 生気のない瞳と不健康な白い肌、垂れた黒髪は、冒険者というより賞金稼ぎのように見える。
 しかし、最近勢いのあるギルドのリーダーを務めているとエンブリオは風の噂で聞いていた。
 何を考えてトリトマの誘いに乗ったのかはわからないが、トリトマは快く了承する。
 「ほら!
 ほらね、いいっすよね?ハルマン様」
 「…好きにしろ」
 「……っ!」
 付き人の執事たちはトリトマと不審者に振り回されるハルマンを不憫に思いつつ、彼の怒りが収まるのを待ち続ける。
 エンブリオも彼らと同じように息をひそめているつもりだったが、ハルマンはメイドたちの位置を確かめてから椅子に近寄った。
 今度こそメイドに椅子を当てるつもりだと誰が見てもわかる状況でも、誰も止めに入ろうとしない。
 エンブリオは、たまらず声をかけた。
 「…とにかく、ここは我々にお任せください。
 そろそろ食事も提供されますし、一度行かれてはいかがですか?」
 「はぁ!?そんなことをしてみろ!
 たちまち、アイツらは誰だと問い詰められるに決まっているだろう!?」
 話しかけておいて、エンブリオはしまったという顔をする。
 こう見えて、ハルマンは頭の回転が速い方だ。
 今も物に当たっているのは部外者がいないのをわかっていての行動であり、この部屋に避難したのも他の貴族に話を聞かれるのを恐れてだった。
 詮索好きの貴族にかかれば当面の間社交界の話題は不審者の美男美女一色になり、参加者の名前も知らないハーバー家の子息と馬鹿にされる。
 貴族として生きていく以上、ハルマンは高いプライドと一族の面子の保ち方を良く知っていた。
 貴族とは縁遠い冒険者の失態を挽回するように、ベテランの執事が助言をする。
 「これは私の個人的な推測ですが、恐らく彼らはどこかの貴族の愛人かと思われます」
 「…愛人?
 あぁ、確かに貴族なら名前が上がっていないはずがないか…」
 「そうなると、我々とて特定は困難です。
 愛人がハーバー家に失礼を働いたとなれば、主人も言い出しにくいでしょう。
 彼らを見つけて、直接話を聞き出すのが良いでしょうな」
 「もちろん後は追わせている。
 だが、もし見つからなかったらどうする?」
 「その時は、ハーバー家の新しい使用人や劇団員とでも言っておけばいいでしょう」
 「そんなことをしても、本当の主人や本人が弁解すればすぐに嘘がバレるぞ」
 「姿を隠すのは後ろめたいからか、注目を浴びるのが目的だからでしょう。
 これは例えば、主人に黙って興味本位で社交界に来たなどが考えられます。
 前者なら何を言っても問題はありませんし、後者なら後でお父様にお伝えすればよいかと」
 「…こんなことで父上のお力を借りるのは癪だが、確かに貴様の言う通りだ。
 父上の、いやハーバー家にかかれば、どんな貴族も首を縦に振るだろう」

 (そうだ、顔やダンスが何だっていうんだ。
 この世に僕以上の家柄を持つ存在など、王を除いて誰一人としていないのだから!)
 ようやく椅子を蹴るのを止めたハルマンは、自分の家が持つ権力に酔いしれた。
 これまでも、学校や私生活で起こした不祥事は全て父がもみ消してくれた。
 中には法に触れるものもあったが、彼から見た父は完璧超人、出来ないことなどなかった。
 「いや、一つだけあるか……。
 理事長め、素直に金を受け取っていれば良いものを」
 ハルマンの通う魔法学院の理事長マクシミリアン・ユーリ・ワッフルだけが、金やハーバー家の持つ名誉を拒み要求を退けた。
 彼は国の重要な役職にいながら学閥や財閥に所属しておらず、ハーバー家とは関わりが薄い稀有な独立した存在である。
 そのくせ他国の進軍を防いだり魔法の分野で先進的な発見をしたりと、社会的に多大な貢献をしている。
 貴族からどれだけ嫌われていても、庶民と彼らを重んじる王からの評判は良かった。
 当然父から語られるその理事長の話が良いはずもなく、まさに目の上のたん瘤のような存在だ。
 ハルマンは自分の罪を棚に上げて、理事長を深く恨んでいた。
 だが執事たちもエンブリオも、雇用主が何を言っていてもそれを否定することは出来なかった。
 ただ火傷の男だけは、冷ややかな眼差しでハルマンを見つめる。
 「見ていろよ…いずれ僕が王宮に就いた日には理事長の座から追い出し、ハーバー家にたてついたことを後悔させてやる!」


 「ハーバー家は権力に任せてこの国を牛耳っています。
 メイドが脱走したら報復で家族が酷い目に合うんです。
 だから私は逃げません」
 オルガと名乗ったメイドは、サカナの脱走計画を聞いてもなお首を縦に振らなかった。
 元々配膳係として厨房とホールを行き来していたのをキングが見つけたところから、終始この調子らしい。
 キングは既に諦めたような顔をして、窓枠に腰かけて外を見ている。
 フォマもすっかり興味を失っているらしく、元の姿に戻って欠伸をしている。
 フォマに至っては、本人が何を言おうが無理矢理連れ戻すつもりなのだろう。
 だが、サカナはそうではない。

 (またこの家に戻られては、隠ぺい工作の意味がないでござる。
 それに、こちらの顔を覚えられて指名手配をされることだけは避けたいでござる)

 「じゃあ、代わりの死体を用意してでござるな…」
 「たとえ自死でも、私が何かしたら同部屋のメイドも罰を食らいます。
 どうせ、ついでに金でも奪うつもりだったのでしょう?
 そんなことをしたら一体どうなるか…私にはとてもできません。」
 「あ、う、あ…そうでござる」
 「でしょうね。
 私の家族に人を雇うような金はないですから」
 オルガはサカナたちよりも、よっぽど冷静だった。
 サカナのシナリオでは、メイドが手引きして強盗が宰相の金を盗み、揉めた末にメイドだけが殺されたように見せかけるつもりだった。
 完全犯罪としてしばらく市井を賑わすだろうが、その間にサカナたちはギルドの依頼を受けて大人しく過ごし、それが落ち着けばその金を使って好き放題する。
 そのためにポーションで顔まで変えて楽しく潜入をしていたというのに、オルガはそれでは納得しなかった。
 「ともかく、お帰り下さい」
 「妹は良いのでござるか?
 彼女は村でずっと姉からの手紙を待っているでござるよ」
 「…妹はまだ幼いから、わからないんです。もう村には戻ることもないでしょう。
 私は死んだと、そうお伝えください」
 「それでいいのでござるか?」
 「私は…私には、他の子たちを置いて自分だけ幸せになんかなれません」
 「おい、勝手なことを言うんじゃねぇ。
 まさか俺達に全員を救出しろっていうのか?
 そんな面倒なこと誰がするかよ」
 「え…?全員を救出していただけるのですか…?
 まさかまさか、皆さまにそんな大それたことが出来るとは思っていないです」
 「あぁ!?」
 「それに先ほど姿を変えたと仰っていましたが…多分それもすぐにばれると思います」
 「え?何故でござる」
 「何故って…彼女を見てもわかるように、これだけ綺麗な人…この国にはそうそういませんから」
 「…あぁ、それは薄々感づいていたでござる」
 フォマの変身術が解かれるのを見て、オルガは断言する。
 サカナもこの国を回って、自分たちの異様さは理解していた。
 冒険者組合でもこのパーティーでも、異世界から来たサカナたちは常に周囲から浮いていた。
 その美貌は一度見たら忘れられないものらしく、多少髪や瞳の色、衣裳の形が変わっても根本的なものは何一つ変わっていないとオルガはいう。
 サカナはしゃがみ込んだまま両手を尖塔のように突き合わせて、思案する。
 「…計画を変更する必要があるでござるな。
 どうやら、拙者たちはこの国では目立ちすぎるようでござる」
 「ちっ、面倒くせぇな」
 「え…もしかして、本気で気づいていなかったのですか…?」
 「お嬢さん、少し黙っていて貰えるでござるか?
 他のメイドたちに危害を加えられたくなかったらでござるが」
 「…わかりました」
 声色を変えて低く脅すと、オルガはすぐに黙った。
 挑発的な物言いに対して、彼女は家族思いで仲間思いのようだった。
 サカナは、最悪脱出計画が頓挫することは恐れていない。
 フォマの気まぐれから始まった暇つぶしのようなミッションである上に、ギルドに入りゲーム内の金貨の価値もわかった以上、金策は他にいくらでもやりようはある。
 だが、自分たちの見た目に関しては考えざるを得なかった。
 恐らく、ハルトが山に籠っていたのも同じような理由なのだろう。
 「ふぅむ」

 (どちらにせよ、我々が問題を起こせばすぐに見つかるわけでござるな。
 拙者はともかく、こやつらは問題児でござるから、いずれ衝突や犯罪は避けられないでござる。
 あぁいや、既に問題は起こしているでござるか)

 フォマが冒険者組合で起こした事件。
 サカナが目を放した隙に起こした事故のようなものも、この国の人間たちから見たら立派な殺人事件である。
 キングの場合はたまたま犯罪者である強盗を倒したため正当防衛が成り立ったが、今後はそううまくいかないだろう。
 何よりサカナはそうした現状を、
 「息苦しいでござるな」
 「え…?」
 そう感じた。
 思わず声を上げてサカナを見たオルガは、横のキングに睨まれてすぐに顔を下げる。
 大人しく生活していれば何も問題ない話だというのに、目の前の男はそれで満足できないようだった。
 オルガは見た目で暴力性がわかるキングやフォマたちよりも、温厚そうな見た目で中身が伺い知れないサカナに不気味さを感じて扉をちらりと見た。
 すぐにフォマが扉の前に移動して進路を塞ぐ。
 「…よし、決めたでござるよ」
 サカナは両手を合わせてパンっと音を立てると、立ち上がった。
 「このハーバー家を乗っ取るでござる」
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