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【第3話】テストマッチ開始
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「じゃあ竜ちゃん、あとはよろしく」
「はい、ではポジションを発表します」
赤チーム
プロップ 象蔵
プロップ 狒々島
フッカー 鹿威
スクラムハーフ 一鷹
スタンドオフ 猿曳(2年)
センター 瓜坊
ウィング 北虎
1年生は全部で六人。僕らのチームには、一人だけ2年生が入る。
その人は、猿のように長い手足を伸ばして柔軟しながら輪に入った。
「猿曳です、よろしくね」
「よろしくお願いします!」
「よ、よろしくお願いします…」
「瓜坊に、狒々島だね。
ほらほら、君たちもあいさつ挨拶」
「おねしゃっす」
「…っす」
「鹿威と、象蔵も。よろしくよろしく~」
目が合うとニカッと笑った顔から、人の良さが伝わる。これから同学年と試合をするとは思えない柔和さだ。いや、同学年を相手にするからこそ緊張がないのかも。
けれど、体格はラガーマンそのものだった。小さな顔に対して体格は筋肉で達磨のように膨らみ、どこかアンバランスさを感じる。髪は短く流行のヘアセットで整えられていて、大人びた印象があった。
そして、2年ぶりの先輩だ。思わずテンションが上がっていた。
「先輩だ!よろしくお願いします…!」
「うきゃきゃ!
先輩だなんて、てれるねぇ。
そんで小鳥ちゃんは久しぶり、元気してた?」
「…一鷹です、猿曳先輩」
一鷹の表情は気まずさと恥ずかしさが同居していて、何とも言えない。
小声で「知りあい?」と聞くと低く「中学のときのラグビー部の先輩」と返ってきた。
中学校にラグビー部があるだけで羨しいものだけれど、一鷹は知人に再開したことを喜んでいないようだ。
猿曳先輩は、一瞬で赤チームの主導権を握った。ただ一人を除いて。
「みんな、もうポジションとか戦法は話し合った?」
「あ、いえまだ…」
「おい、俺に回せ。全部得点してやる」
「お前が北虎か、噂通り問題児のようだ。ラグビー経験はどのくらい?」
唯一、北虎だけが先輩の流れに飲まれなかった。彼は初対面だからと言って、自分の言いたいことを我慢する性格ではないらしい。
猿曳先輩に対しても僕たちに対しても、怯まず意見をする。
確かに、北虎の希望しているウィングはその足でボールをゴールラインまで持っていくポジションだ。
けれど他の選手にも得点のチャンスはあるし、協力は不可欠だ。それを否定して、北虎は自分にボールを集める要求した。
僕は北虎がどうしてそこまで個人行動にこだわるのか疑問に思い、幼馴染のはずの一鷹は頭を抱えていた。
「3か月だ。
だが、俺が一番足が速い。だから俺に渡せ」
「足が速い…ね。それだけで勝てるほど、ラグビーは甘くないと思うけど?」
「はっ!どうだかな」
ラグビーを軽視しているとも取れる発言に、猿曳先輩の目尻がピクリと動く。まとう雰囲気がどこか変わった。
そして、チームの雰囲気もギスギスし始める。
「…まぁ、やってみればすぐにわかるさ。子猫ちゃん?」
鬼山監督が、先にアップが終わって練習をしていた先輩たちの中から僕らの対戦相手を呼び出してラインに並ばせていく。
青チーム
プロップ 一角
プロップ 鰐口
フッカー 斎条
スクラムハーフ 大狼
スタンドオフ 沙流
センター 猪爪
ウィング 豹堂
僕の対面には、トイメンで同じセンターの猪爪先輩が立っている。
向かい合って並ぶとよくわかる。一つしか年が違わないのに、身長も体格も大人と子供のようだ。
足首の柔軟をしながらチームメイトと話す猪爪先輩の表情はにこやかで、技術的に拙い1年生を相手にする余裕が見られた。
「それでは、試合を始めます」
青チームのキックで、ボールが僕らの元へ振ってくる。7対7、テストマッチが始まった。
鹿威が胸でボールを確実にキャッチをすると、隣の猿曳先輩にパスをする。
ラグビーは前にパスができないので、僕はボールを持つ猿曳先輩のやや後方をついていく。
当然、前進するだけ正面の敵との距離は短くなる。
「……?」
だが、予想以上に相手のスピードが速い。1年生とはいえ相手の実力もわからないのに、どんどん距離を縮めていく。
何だろう、この感覚は。先輩は、相手のタックルを食らう前に僕にパスをする。
「!?」
その瞬間、スクラムハーフの猪爪先輩が凄まじい勢いで突進してきた。まるで、そこで僕にパスをされるのがわかっていたかのように。
タックルだ、気づいたときには喰らっていた。
「しぃっ!」
「ぐあっ!?」
車に撥ねられたような衝撃、次の瞬間には空を見上げて半回転している。パスをする余裕もなかった。
体育の授業では味わったことがない、本気のタックルだ。目がチカチカする。
「綺麗に入ったねぇ」
「猪爪のやつ、いきなり1年生に…」
ベンチでは、鬼山と球磨がテストマッチの様子を見ながら1年生の実力を測っていた。竜崎は審判としてグラウンドに出ており、笛を首から下げている。瓜坊の遅刻で揉めはしたが、ひとたびグラウンドに出れば公平なジャッジを行うとわかっていての抜擢だ。
先ほどの緩急をつけてのタックルは、ボールを持った相手への正当なタックルだ。違反ではないが、球磨も違和感を覚えた。
あまりにも、タイミングが良すぎる。恐らく、猿曳と猪爪辺りで打ち合わせをしていたはずだ。だが、
「あぁ、あれは私が指示したんだよ」
「…鬼山監督自らか?てっきり、監督はあの子を気に入っていたものだとばかり」
「まじめな性格は気に入っているけど、あのままだと竜ちゃんもチームメイトも納得しないからね。ちょっと痛い目見てもらおうと思って。
それに、すぐ泣くくらい気が弱い人間に、ラグビーは向いてない」
「…それは、一理あるかもしれないが」
「さて、出鼻をくじかれた赤チームはどうするかな?お、狒々島が行ったか」
ラグビーは紳士のスポーツ。故に、正々堂々立ってプレーをする原則がある。
倒れた猪爪と瓜坊はプレーができないため、立っている選手がボールを拾いに行く必要がある。
ボールを取って去ろうとする猿曳、それに鰐口がタックルをする。
「させっかよ!」
「うぐっ!」
当然、ボールを持っている選手はタックルをされる。
そこへ、狒々島が猿曳の背中から援護するようにタックルをして支える。
「んふふ、赤チームも負けてないじゃないか。狒々島も良い仕事をする」
瓜坊の上でタックルの応戦が始まった。ラックの形成である。押され始めたところで、猿曳が腕だけでボールを投げた。
ジャッカルに成功した赤チームは、ギリギリのところで優勢に戻る。
投げられたボールは、ウィングの方へ。北虎がつたなくも受け取る。
「さぁて、元サッカー部の実力は…と」
虎が駆け出した。
「……速っ」
「あぁ、速いな」
直前のスクラムもあり、北虎の前にいた豹堂も中央へ寄っていた。
慌てて北虎にタックルを仕掛けようとするが、北虎はその隙すら与えなかった。一歩で、その手が届かない場所まで進む。
球磨は、試合前に1年生に記入をさせたシートを見る。
「50mで6.1秒か。これを逃したサッカー部の監督は泣いて悔しがるだろうな」
「あの中では霞むけど、身長も176センチある。
ただ、サッカー部がまた彼を欲しがるかどうかはわからないかな」
「どういう意味だ?」
矢のように真っすぐ、ただ真っすぐ進んでいく。縦100m、横70mのグラウンドを我が物顔で縦断していく。
そして、ゴールラインに辿り着くと、彼は焦らず悠々とボールを地面につけた。虎の咆哮がベンチまで聞こえてくる。
「っしゃぁ!」
トライにより、赤チームに5点が入る。さらに、ラグビーではトライ後にはコンバージョンキックによる追加チャンスが与えられる。
北虎は、手に持ったボールを一人の男に差し出した。
「一鷹、お前がやれ」
「おっけー、任せておけ」
キックは誰がしてもいいが、最初のトライを決めたMVPに誰も口答えはしない。
赤チーム最初のコンバージョンキックは、一鷹がすることになった。
北虎がトライをした場所から直線上の場所、ややウィング寄りのゴールポスト斜め前に一鷹が立つ。
7人制ラグビーでは、コンバージョンキックで出来るキックは一つ。
ドロップキックだけだ。
「良い位置だな、これで外したら元サッカー部の名前が泣くぜ」
一鷹は両手に持ったボールを足元へ落とす。ボールは垂直に落ちていき、長い辺に足を当てて蹴り上げられる。
鈍い音と共に、2本の脚で自立するゴールポストの間にボールが吸い込まれていく。追加で2得点、赤チームが一気に7点を先取した。
「ふーん、北虎もモノを頼めるんだね」
「一鷹と北虎は小学校で同じサッカーチームにいたとあったな。
なるほど、キックの精度は確かなようだ」
「一鷹の方がラグビー経験が長いから、確実な方に任せたのかな?」
通常の15人制ラグビーでは、トライが入るとトライを入れられたチームから試合が再開する。
しかし、7人制ラグビーでは逆にトライをしたチームから始まる。鬼山は、テストの狙いを球磨に再共有する。
「7人制ラグビーの魅力は、試合展開の速さ。
15人制と同じグラウンドを七人で守るんだから、一人辺りの攻撃量・守備量も多くなる。
相手を抜いたらすぐトライできる代わりに、抜かれたらすぐに得点されてしまう。
のんびりしてたら、あっという間に試合が終わっちゃうよ」
再び、赤チームから試合が再開した。猿曳がボールを手から落として蹴り出す。
蹴られたボールは、先ほどとは逆側の象蔵と一角の間へと落ちていく。二人は同時にボールに向かう。
一角は、象蔵の背丈とガタイを一目見たときから危険視していた。
(あいつを止めるのは苦労しそうだ。それに、赤チームを乗せるわけには行かねぇ)
「悪いが、1年生といえど手加減はしねぇからな!」
「……」
ボールの着地地点に先に辿り着いた一角は、象蔵よりも早く飛ぶ。
障害物を乗り越えようと舞う馬のように高く跳ね、長い手足でボールを受け止めた。
「へへっ…おう!?」
直後、その巨体が吹っ飛ぶ。確かめる必要もなく、タックルしたのは象蔵だ。象蔵が狙っていたのはボールではなく、一角だった。
「くっそ、そっちが狙いかよ!?」
「…すんません」
空中で逃げ場もなくまともにタックルを食らった一角は、受け身を取って地面に倒れる。しかし、象蔵の方は涼しい顔で着地する。
そして倒れた一角から奪ったボールを拾う。倒れていなければ、タックルをした人間がそのままゴールラインへ向かうことができる。
球磨は、2年生からまんまとボールを奪った象蔵を睨むように見つめていた。
「良いタックルだな、天性のフィジカルもある」
「……」
「監督?」
鬼山の眉間にしわが寄った。沈黙が重苦しい。
「ま、まぁ、まだ試合は始まったばかりだからな」
(監督、まさか1年生相手に押し負けていることに怒っているのか?)
そこへ、斎条と一角が駆け付けた。
象蔵は左右から、下半身を狼に、上半身をサイに襲われる。
体重差では互角でも、タックルの技術は彼らの方が上だ。油断していた象蔵は、そのままの意味で足元をすくわれる。
だが、倒れる前に背後へボールを回した。鬼山が口笛をふく。
「綺麗なパスだね、さすが経験者」
「あぁ、だが受け取る方も受け取る方だ」
回転のかかったボールはスピードが出る分、暴れて受け取りにくい。
下手に指を添えると弾いて前に落としかねないボールを、鹿威は難なく受け取った。
そして、倒れている四人を横目に走る。左へ左へと、象蔵が敵を引き寄せて空けた花道を進む。
ピッチはそれほど速くないが、何せストライドが大きい。
「鹿威か、身長は…188センチ!?
凄いな、俺たちの中でも群を抜いている」
「鹿威188センチ、象蔵180センチ、狒々島も179センチだ。三人とも十分なポテンシャルがある。
ただ、それを活かせるかは別だけどね。
それに、うちの武器は攻撃力だから。ほら」
鰐が鹿の脇腹に襲い掛かる。横からとびかかるようなタックルに、鹿威は横方向へと引っ張られて倒れる。
パスの余裕さえ与えない。
思わず、鹿威の手からボールが零れ落ちる。鬼山が嬉しそうな声を上げた。
「ふふん、ほらね!さぁて、こぼれ球を誰が拾うかな?」
拾ったのは赤チーム唯一の2年生、猿曳だった。
「…さすが猿曳、だけどこれは一鷹くんが減点かな。
何故だかわかる?キャプテン」
青チームは既に三人を攻撃に割いており、二人タックルされたとはいえ赤チームの方が数的有利があった。
しかし、その場所は赤チームの一鷹の領域だ。
ボールが落ちた時、一鷹は遥か後方にいた。
「チャンスを逃し体力温存をしていたからだろう?
仕方ないとは思うぞ。ただでさえ、試合の展開が速いんだ。受験のブランクもある」
「それもそうだけど、彼はまだこの試合で一度も自分の力でボールに触れていない。
体力がある前半にチャンスを失ったのは大きいよ」
猿曳の反対側では、瓜坊が上がってきていた。猿曳から見てパスしやすい位置取りだ。本人がそれを把握していないはずがない。
ボールが猿曳の手を離れた。
だが、ボールは猿曳の前を通りすぎてさらにその奥へと行く。
受け取ったのは、北虎だ。
「さっそく、北虎のスピードを利用しに来たね。
一鷹とは逆に、彼は良い位置にいても選ばれない。
さぁ、泣き虫くんはどうするかな?」
北虎は、回転がかかった鋭いボールを胸で受け止めた。再び走り出そうと顔を上げて、はっとする。
正面に、猪爪がいた。
「くっそ…!」
牙が、己を貫こうとすぐそこまで迫っている。北虎は受け取って数秒もせずに、猪の突進をまともに食らった。
倒れる直前、瓜坊と猪爪から声がかかる。
「北虎!」
「豹堂!」
北虎が苦々しい顔で瓜坊にボールを投げる。しかし、体制が悪かったのか飛距離が出ない。
いや、体制が良くてもそのスピードでは届かなかっただろう。
青チーム最速の豹堂は、その隙を見逃さなかった。
「はい、ではポジションを発表します」
赤チーム
プロップ 象蔵
プロップ 狒々島
フッカー 鹿威
スクラムハーフ 一鷹
スタンドオフ 猿曳(2年)
センター 瓜坊
ウィング 北虎
1年生は全部で六人。僕らのチームには、一人だけ2年生が入る。
その人は、猿のように長い手足を伸ばして柔軟しながら輪に入った。
「猿曳です、よろしくね」
「よろしくお願いします!」
「よ、よろしくお願いします…」
「瓜坊に、狒々島だね。
ほらほら、君たちもあいさつ挨拶」
「おねしゃっす」
「…っす」
「鹿威と、象蔵も。よろしくよろしく~」
目が合うとニカッと笑った顔から、人の良さが伝わる。これから同学年と試合をするとは思えない柔和さだ。いや、同学年を相手にするからこそ緊張がないのかも。
けれど、体格はラガーマンそのものだった。小さな顔に対して体格は筋肉で達磨のように膨らみ、どこかアンバランスさを感じる。髪は短く流行のヘアセットで整えられていて、大人びた印象があった。
そして、2年ぶりの先輩だ。思わずテンションが上がっていた。
「先輩だ!よろしくお願いします…!」
「うきゃきゃ!
先輩だなんて、てれるねぇ。
そんで小鳥ちゃんは久しぶり、元気してた?」
「…一鷹です、猿曳先輩」
一鷹の表情は気まずさと恥ずかしさが同居していて、何とも言えない。
小声で「知りあい?」と聞くと低く「中学のときのラグビー部の先輩」と返ってきた。
中学校にラグビー部があるだけで羨しいものだけれど、一鷹は知人に再開したことを喜んでいないようだ。
猿曳先輩は、一瞬で赤チームの主導権を握った。ただ一人を除いて。
「みんな、もうポジションとか戦法は話し合った?」
「あ、いえまだ…」
「おい、俺に回せ。全部得点してやる」
「お前が北虎か、噂通り問題児のようだ。ラグビー経験はどのくらい?」
唯一、北虎だけが先輩の流れに飲まれなかった。彼は初対面だからと言って、自分の言いたいことを我慢する性格ではないらしい。
猿曳先輩に対しても僕たちに対しても、怯まず意見をする。
確かに、北虎の希望しているウィングはその足でボールをゴールラインまで持っていくポジションだ。
けれど他の選手にも得点のチャンスはあるし、協力は不可欠だ。それを否定して、北虎は自分にボールを集める要求した。
僕は北虎がどうしてそこまで個人行動にこだわるのか疑問に思い、幼馴染のはずの一鷹は頭を抱えていた。
「3か月だ。
だが、俺が一番足が速い。だから俺に渡せ」
「足が速い…ね。それだけで勝てるほど、ラグビーは甘くないと思うけど?」
「はっ!どうだかな」
ラグビーを軽視しているとも取れる発言に、猿曳先輩の目尻がピクリと動く。まとう雰囲気がどこか変わった。
そして、チームの雰囲気もギスギスし始める。
「…まぁ、やってみればすぐにわかるさ。子猫ちゃん?」
鬼山監督が、先にアップが終わって練習をしていた先輩たちの中から僕らの対戦相手を呼び出してラインに並ばせていく。
青チーム
プロップ 一角
プロップ 鰐口
フッカー 斎条
スクラムハーフ 大狼
スタンドオフ 沙流
センター 猪爪
ウィング 豹堂
僕の対面には、トイメンで同じセンターの猪爪先輩が立っている。
向かい合って並ぶとよくわかる。一つしか年が違わないのに、身長も体格も大人と子供のようだ。
足首の柔軟をしながらチームメイトと話す猪爪先輩の表情はにこやかで、技術的に拙い1年生を相手にする余裕が見られた。
「それでは、試合を始めます」
青チームのキックで、ボールが僕らの元へ振ってくる。7対7、テストマッチが始まった。
鹿威が胸でボールを確実にキャッチをすると、隣の猿曳先輩にパスをする。
ラグビーは前にパスができないので、僕はボールを持つ猿曳先輩のやや後方をついていく。
当然、前進するだけ正面の敵との距離は短くなる。
「……?」
だが、予想以上に相手のスピードが速い。1年生とはいえ相手の実力もわからないのに、どんどん距離を縮めていく。
何だろう、この感覚は。先輩は、相手のタックルを食らう前に僕にパスをする。
「!?」
その瞬間、スクラムハーフの猪爪先輩が凄まじい勢いで突進してきた。まるで、そこで僕にパスをされるのがわかっていたかのように。
タックルだ、気づいたときには喰らっていた。
「しぃっ!」
「ぐあっ!?」
車に撥ねられたような衝撃、次の瞬間には空を見上げて半回転している。パスをする余裕もなかった。
体育の授業では味わったことがない、本気のタックルだ。目がチカチカする。
「綺麗に入ったねぇ」
「猪爪のやつ、いきなり1年生に…」
ベンチでは、鬼山と球磨がテストマッチの様子を見ながら1年生の実力を測っていた。竜崎は審判としてグラウンドに出ており、笛を首から下げている。瓜坊の遅刻で揉めはしたが、ひとたびグラウンドに出れば公平なジャッジを行うとわかっていての抜擢だ。
先ほどの緩急をつけてのタックルは、ボールを持った相手への正当なタックルだ。違反ではないが、球磨も違和感を覚えた。
あまりにも、タイミングが良すぎる。恐らく、猿曳と猪爪辺りで打ち合わせをしていたはずだ。だが、
「あぁ、あれは私が指示したんだよ」
「…鬼山監督自らか?てっきり、監督はあの子を気に入っていたものだとばかり」
「まじめな性格は気に入っているけど、あのままだと竜ちゃんもチームメイトも納得しないからね。ちょっと痛い目見てもらおうと思って。
それに、すぐ泣くくらい気が弱い人間に、ラグビーは向いてない」
「…それは、一理あるかもしれないが」
「さて、出鼻をくじかれた赤チームはどうするかな?お、狒々島が行ったか」
ラグビーは紳士のスポーツ。故に、正々堂々立ってプレーをする原則がある。
倒れた猪爪と瓜坊はプレーができないため、立っている選手がボールを拾いに行く必要がある。
ボールを取って去ろうとする猿曳、それに鰐口がタックルをする。
「させっかよ!」
「うぐっ!」
当然、ボールを持っている選手はタックルをされる。
そこへ、狒々島が猿曳の背中から援護するようにタックルをして支える。
「んふふ、赤チームも負けてないじゃないか。狒々島も良い仕事をする」
瓜坊の上でタックルの応戦が始まった。ラックの形成である。押され始めたところで、猿曳が腕だけでボールを投げた。
ジャッカルに成功した赤チームは、ギリギリのところで優勢に戻る。
投げられたボールは、ウィングの方へ。北虎がつたなくも受け取る。
「さぁて、元サッカー部の実力は…と」
虎が駆け出した。
「……速っ」
「あぁ、速いな」
直前のスクラムもあり、北虎の前にいた豹堂も中央へ寄っていた。
慌てて北虎にタックルを仕掛けようとするが、北虎はその隙すら与えなかった。一歩で、その手が届かない場所まで進む。
球磨は、試合前に1年生に記入をさせたシートを見る。
「50mで6.1秒か。これを逃したサッカー部の監督は泣いて悔しがるだろうな」
「あの中では霞むけど、身長も176センチある。
ただ、サッカー部がまた彼を欲しがるかどうかはわからないかな」
「どういう意味だ?」
矢のように真っすぐ、ただ真っすぐ進んでいく。縦100m、横70mのグラウンドを我が物顔で縦断していく。
そして、ゴールラインに辿り着くと、彼は焦らず悠々とボールを地面につけた。虎の咆哮がベンチまで聞こえてくる。
「っしゃぁ!」
トライにより、赤チームに5点が入る。さらに、ラグビーではトライ後にはコンバージョンキックによる追加チャンスが与えられる。
北虎は、手に持ったボールを一人の男に差し出した。
「一鷹、お前がやれ」
「おっけー、任せておけ」
キックは誰がしてもいいが、最初のトライを決めたMVPに誰も口答えはしない。
赤チーム最初のコンバージョンキックは、一鷹がすることになった。
北虎がトライをした場所から直線上の場所、ややウィング寄りのゴールポスト斜め前に一鷹が立つ。
7人制ラグビーでは、コンバージョンキックで出来るキックは一つ。
ドロップキックだけだ。
「良い位置だな、これで外したら元サッカー部の名前が泣くぜ」
一鷹は両手に持ったボールを足元へ落とす。ボールは垂直に落ちていき、長い辺に足を当てて蹴り上げられる。
鈍い音と共に、2本の脚で自立するゴールポストの間にボールが吸い込まれていく。追加で2得点、赤チームが一気に7点を先取した。
「ふーん、北虎もモノを頼めるんだね」
「一鷹と北虎は小学校で同じサッカーチームにいたとあったな。
なるほど、キックの精度は確かなようだ」
「一鷹の方がラグビー経験が長いから、確実な方に任せたのかな?」
通常の15人制ラグビーでは、トライが入るとトライを入れられたチームから試合が再開する。
しかし、7人制ラグビーでは逆にトライをしたチームから始まる。鬼山は、テストの狙いを球磨に再共有する。
「7人制ラグビーの魅力は、試合展開の速さ。
15人制と同じグラウンドを七人で守るんだから、一人辺りの攻撃量・守備量も多くなる。
相手を抜いたらすぐトライできる代わりに、抜かれたらすぐに得点されてしまう。
のんびりしてたら、あっという間に試合が終わっちゃうよ」
再び、赤チームから試合が再開した。猿曳がボールを手から落として蹴り出す。
蹴られたボールは、先ほどとは逆側の象蔵と一角の間へと落ちていく。二人は同時にボールに向かう。
一角は、象蔵の背丈とガタイを一目見たときから危険視していた。
(あいつを止めるのは苦労しそうだ。それに、赤チームを乗せるわけには行かねぇ)
「悪いが、1年生といえど手加減はしねぇからな!」
「……」
ボールの着地地点に先に辿り着いた一角は、象蔵よりも早く飛ぶ。
障害物を乗り越えようと舞う馬のように高く跳ね、長い手足でボールを受け止めた。
「へへっ…おう!?」
直後、その巨体が吹っ飛ぶ。確かめる必要もなく、タックルしたのは象蔵だ。象蔵が狙っていたのはボールではなく、一角だった。
「くっそ、そっちが狙いかよ!?」
「…すんません」
空中で逃げ場もなくまともにタックルを食らった一角は、受け身を取って地面に倒れる。しかし、象蔵の方は涼しい顔で着地する。
そして倒れた一角から奪ったボールを拾う。倒れていなければ、タックルをした人間がそのままゴールラインへ向かうことができる。
球磨は、2年生からまんまとボールを奪った象蔵を睨むように見つめていた。
「良いタックルだな、天性のフィジカルもある」
「……」
「監督?」
鬼山の眉間にしわが寄った。沈黙が重苦しい。
「ま、まぁ、まだ試合は始まったばかりだからな」
(監督、まさか1年生相手に押し負けていることに怒っているのか?)
そこへ、斎条と一角が駆け付けた。
象蔵は左右から、下半身を狼に、上半身をサイに襲われる。
体重差では互角でも、タックルの技術は彼らの方が上だ。油断していた象蔵は、そのままの意味で足元をすくわれる。
だが、倒れる前に背後へボールを回した。鬼山が口笛をふく。
「綺麗なパスだね、さすが経験者」
「あぁ、だが受け取る方も受け取る方だ」
回転のかかったボールはスピードが出る分、暴れて受け取りにくい。
下手に指を添えると弾いて前に落としかねないボールを、鹿威は難なく受け取った。
そして、倒れている四人を横目に走る。左へ左へと、象蔵が敵を引き寄せて空けた花道を進む。
ピッチはそれほど速くないが、何せストライドが大きい。
「鹿威か、身長は…188センチ!?
凄いな、俺たちの中でも群を抜いている」
「鹿威188センチ、象蔵180センチ、狒々島も179センチだ。三人とも十分なポテンシャルがある。
ただ、それを活かせるかは別だけどね。
それに、うちの武器は攻撃力だから。ほら」
鰐が鹿の脇腹に襲い掛かる。横からとびかかるようなタックルに、鹿威は横方向へと引っ張られて倒れる。
パスの余裕さえ与えない。
思わず、鹿威の手からボールが零れ落ちる。鬼山が嬉しそうな声を上げた。
「ふふん、ほらね!さぁて、こぼれ球を誰が拾うかな?」
拾ったのは赤チーム唯一の2年生、猿曳だった。
「…さすが猿曳、だけどこれは一鷹くんが減点かな。
何故だかわかる?キャプテン」
青チームは既に三人を攻撃に割いており、二人タックルされたとはいえ赤チームの方が数的有利があった。
しかし、その場所は赤チームの一鷹の領域だ。
ボールが落ちた時、一鷹は遥か後方にいた。
「チャンスを逃し体力温存をしていたからだろう?
仕方ないとは思うぞ。ただでさえ、試合の展開が速いんだ。受験のブランクもある」
「それもそうだけど、彼はまだこの試合で一度も自分の力でボールに触れていない。
体力がある前半にチャンスを失ったのは大きいよ」
猿曳の反対側では、瓜坊が上がってきていた。猿曳から見てパスしやすい位置取りだ。本人がそれを把握していないはずがない。
ボールが猿曳の手を離れた。
だが、ボールは猿曳の前を通りすぎてさらにその奥へと行く。
受け取ったのは、北虎だ。
「さっそく、北虎のスピードを利用しに来たね。
一鷹とは逆に、彼は良い位置にいても選ばれない。
さぁ、泣き虫くんはどうするかな?」
北虎は、回転がかかった鋭いボールを胸で受け止めた。再び走り出そうと顔を上げて、はっとする。
正面に、猪爪がいた。
「くっそ…!」
牙が、己を貫こうとすぐそこまで迫っている。北虎は受け取って数秒もせずに、猪の突進をまともに食らった。
倒れる直前、瓜坊と猪爪から声がかかる。
「北虎!」
「豹堂!」
北虎が苦々しい顔で瓜坊にボールを投げる。しかし、体制が悪かったのか飛距離が出ない。
いや、体制が良くてもそのスピードでは届かなかっただろう。
青チーム最速の豹堂は、その隙を見逃さなかった。
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名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
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※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
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