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【ROUND4】師匠と弟子

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 CPUと何戦か闘ってから、敵のコンボや立ち回りを思いつくだけ掻き出していく。
「さて、一体どうやって倒そうか」
 奴の名前を仮に「ベガ」とする。ベガの強さの理由は、既にわかっている。
 格闘ゲームにおける重要なゲームシステムに、ドライブゲージ・SAゲージが存在する。戦闘中はこのゲージを使用してそれぞれドライブ行動と超必殺技を発動することができる。
 目をつむれば、ベガがドライブラッシュを発動したときの光景が浮かんでくる。突如として奴のリュウの背中に筆で書きなぐったような爆炎が立ち上り、俺は棒立ちで殴られていた。
 これを防ぐには同じくドライブ攻撃で反撃するか、タイミング良くガードをするしかない。だが、俺はどちらもできなかった。
 ドライブゲージとSAゲージは、いわば技の能力を底上げする秘薬だ。使い果たすとデメリットがあるのは体力ゲージと同じだが、これらが体力ゲージと大きく異なるのは、開幕から使って言って損はないこと。そして、特定の行動で増減する点にある。
 そして、俺がドライブ行動を苦手としている理由もそこにある。
 ドライブゲージは最高6段階あり、相手の技を防御すると減っていく。一方で、リスクを厭わずに攻撃に徹したときには増えていくのだ。相手の攻撃を見極めてから折よく反撃する戦法を取っている俺にとって、このシステムは大敵ともいえる。
 「……それでも四年間、ずっとこのやり方でのし上がってきたのにな」
 ベガの攻撃を捌けるようになるには、途方もない時間が必要だ。
 だが、俺とて今のスタイルを確立させ、一地域のゲームセンターで五本の指に入る強さになるには一朝一夕では成し得なかった。
 だからこそ悔しい。それをたった数分でケリを付けられ、そのくせ一ダメージも入れられなかったことが。俺よりも上手くリュウを扱えるということは、俺よりも長い時間と頭を使ってリュウと共にいたということだ。
 「ふふふ……ははは……くっそ、やってやる。
 やってやろうじゃねぇの!」
 格闘家として強い相手と強さを追い求め続けていたリュウの気持ちが、少しだけ理解できた気がする。
 ベガを恨む気持ちは全くない。寧ろ尊敬の念すら抱いている。
 不思議なことに、俺は俺より強い奴がいることが、何より辛くて嬉しかった。
 その夜から、俺の特訓が始まった。
 格闘ゲームは簡単には上達しない。
 狙った技を出すためにはひたすらボタンを押す順番を反復演習するしかないし、せっかく覚えた技を出す前に相手に倒されることもよくある。
 相手の戦略を研究しながら相手が想像するのとは別の角度やスピードで相対するしかない。
 その方法の一つには、別のキャラクターを当てる選択肢もある。だが俺は目には目を、歯には歯を。リュウ使いのベガには、リュウを当てて勝ちたかった。
 正直、同じキャラクターを使うメリットは全くない。
 俺もベガもリュウがどんな技を使えてどんな技に弱いか、身体に沁みつくほどわかっている。きっとベガなら俺の戦略から狙い、何をされたら嬉しくて、何をされたら困るのかもわかるだろう。
 それでもミラーマッチを望むのは、俺のプライドだ。
 一度負けたリュウで、ベガを超えたい。そうでなければ、本当の意味で奴に勝ったといえない。
 そのためならテスト期間中もゲーセンに寄って、家に帰ってからもコソコソゲームをするのも厭わない。
 だが皮肉なことにベガはあの日以来、一度も店に訪れなかった。
 背格好からして同年代だろうと思ったのだが、放課後にめぼしいゲームセンターを全て回っても消息は掴めなかった。

 「……というわけで、人探しをしているんです」
 「なるほど、経緯はよくわかったよ。
 でも、僕はそのベガとかいう子は見てないと思うよ」
 もしかしたら、俺が学校に通っている間に訪れているのかもしれないとも思ったのだけれど。常連の一人を捕まえて尋ねるも、結果は芳しくなかった。
 皴一つないブラックスーツと同じ髪はオールバックのサラリーマン、師匠は付けたばかりのタバコの火を消して肩をすくめてみせる。
 喫煙室に行ったタイミングで声をかけたのだが、悪いことをしてしまった。
 「やっぱそうですか、師匠なら知っているかと思ったんですが」
 「いいなぁ、そんなプレイヤーがいたなんて。僕はその日関西に出張だったんだよ」 
 「でも、師匠が見てないってことはこの辺りの人間じゃないのかもしれないです」
 「……君ねぇ、まるで僕が毎日仕事をサボってゲームセンターで遊んでいるような言い方はやめてくれよ。
 これでも次期部長の筆頭候補なんだぞ」
 「師匠が?
 いつ行ってもいるから、てっきり話題の窓際族なのかと」
 師匠というのは、俺が勝手に呼んでいる呼び名だ。
 初めてこのゲームセンターに足を踏み入れたとき、彼は中学生の俺にリュウの使い方から波動拳の出し方まで教えてくれた。彼の本名もどんな仕事をしているのかも知らないが、俺より確実に長くこのゲームセンターにいる歴戦の格闘プレイヤーなのは確実だ。
 このゲームセンターに新入りがいたら、師匠が気付かないはずがない。
 「ひどいなぁ、君こそちゃんと勉強してるのかい?
 ここのところ学生が少ないから、てっきり僕はテストが近いものかと思ったけど」
 「うっ、それは……」
 「相手が君と同じ学生なら、テストの間はここに来ないでしょ」
 「でも、だったら何であの日は……」
 いや、逆かもしれない。
 あの日はテスト期間初日だった。だから、多くの学生は部活動が無くなっていつもより早く家に帰ったはずだ。
 その時間を利用して、ベガはこのゲームセンターに来たんだ。
 そして、これまでゲームセンターに来なかったのは。
 「……今年、この近くの学校に入学してきたから?」
 それならつじつまが合う。
 つまり、ベガは俺と同い年だ。師匠が高笑いする。
 「ははぁ、これは負けられない戦いってやつだね。 
 それに、君をそこまで夢中にさせる相手だ。
 いやはや、僕も一度手合わせ願いたいな」
 「言っておきますけど、師匠が相手でも結果は変わらなかったと思いますよ」
 「そんなに強いの?」
 「はい、ランクで言ったら間違いなくダイヤ以上です」
 「上位十五%か、それだけ強いならもう相手はプロか何かじゃないの?
 プロ選手登録してないか見てみなよ」
 「そういえば、奴の顔は見てないですね」
 頭からフードを被っていて、全身黒づくめだったことは覚えている。
 ただ、その姿にはどこか見覚えがあるような気もした。だが、戦ったのは間違いなくあのときが初めてだ。
 師匠は、それを聞いて身体を震わせて笑い出した。
 「ぶっ、あはは!
 君、顔もわからない相手のことを探してたの?」
 「いやいや!でも、プレイを見たらわかりますから!」
 「いいねぇ、これぞモラトリアムの正しい使い方だ。
 昔を思い出すよ、僕の時代にはまだネットも携帯もなかったからなぁ。
 友達ですら、相手が今日来るか何時に来るかどうかもわからなかったもんだ」
 「俺は別にあいつの友達では…」
 俺とベガの関係性はライバルというより、宿敵だ。
 それこそ、ネットや携帯がなかった時代であってもきっとそうなっていたに違いない。
 連絡先なんか知りたくもない。
 「って、ネット?」
 「うん?」
 「そうか、現実世界にいないなら、ネットの世界で探せばいいのか。
 ありがとうございます師匠!俺、今日は帰ります!」
 「おや、今日の対戦はいいの?」
 「はい!ありがとうございました!」
 「そっか、ならいいけど。
 会えるといいね、そのベガって子」
 「大丈夫です!絶対に探し出してみせますから!」
 さすが師匠だ。
 俺は喫煙室を飛び出ると、何年ぶりかに走って家に帰った。あれだけの上位プレイヤーなら、きっとプロ登録をされているか、アマチュアでも対戦動画が残っているはず。
 そうでなくても、上手いプレイヤーの動画を見て学ぶのは上達の常套手段だ。
 スキップしながら走る俺の後姿を、師匠は目尻に皴を作って眺めていた。
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