高校生eスポーツプレイヤーと、愉快でも友達でもない仲間たち

栗金団(くりきんとん)

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【ROUND2】ライバルの出現

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 「キャラクターはどうする?」
 「……」
 「じゃあ、俺はいつも通りリュウを選ぶから。好きなキャラで来なよ」
 (おっさんのキャラクターは……足技メインの女捜査官か)
 俺は昔から使っている男キャクターを選択する。
 お互いに、初期から存在しているキャラクターだ。画面に筋骨隆々の武闘家の男リュウと、中華服のスリットから逞しい太腿が除く可憐な少女ハルが登場する。
 (やっぱ女性キャラクターは華があるなぁ。
 俺も女性キャラクターを使ってみたいけど、なんか恥ずかしいというか、気まずいような)
 待機時間中、二人が規則的にステップを踏む。
 ハルが上下する度に、頭についた二つのお団子と豊かな胸部が動きに合わせて揺れる。薄そうな服が舞って、黒タイツがちらちらと覗いては隠れた。
 一方、筋肉達磨のようなリュウはありとあらゆるものが微動だにしない。せいぜい額に撒いた赤いはちまきが風に揺れたり、使い古された柔道着の端がはためくくらいだ。
 (ここの動き、絶対気合込めて作られているだろ。
 開発側でもキャラクター差別とかあるんだろうか……)
 『ROUND1』
 『FIGHT』
 「あ、やべっ」
 ファイトの文字が画面を覆う。
 ハルの身体が流体のようにぬるりと動き出す。
 そのまま可憐な声に似合わぬ鋭い動きで、リュウのふくらはぎを高所から蹴りつけた。
 どれだけ清廉な表情を浮かべていようが顔が整っていようが、彼女も格闘家。躊躇も無駄も無い。
 『はいやぁっ!はいっ!』
 『うぐっ!』
 リュウが痛みと驚きで後方に下がると、そのまま連続で二度足に攻撃を受ける。
 流れに乗ったハルの足が宙に浮かぶ。これ以上コンボを重ねられる前に、俺はボタンを軽快に叩いてガードに回る。
 「危ない危ない、見とれてる場合じゃない」『はぁっ!』
 『きゃっ!?』
 直角九十度に伸びたハルの内転筋を眺めながら、顔面に食らうはずだった回し蹴りを交差した腕で受け止める。リュウに食らわせるはずだった衝撃はハルに返っていき、身体が弾かれる。右足左足と後退した足の甲に、今度は同じ足技で返す。野太い声と倍近い体重を乗せて。
 「くっ!」
 ハルは攻撃を避けるために、俺は体勢を整えるために距離を取って離れる。
 攻撃の流れが途切れた。
 初めの立ち位置と同じ距離で、相手の出方を伺う。降り出しに戻ったように見えて、画面の上にあるゲージは最初より短くなっている。
 格闘ゲームの勝利条件は単純明快、相手の体力ゲージを先に削りきった方が勝ちだ。
 つまり、最後まで立っていた人間が相手より強く優れていた格闘家となる。
 しかし、今はリュウのゲージの方が僅かに短い。ゲージは、一度二度の打撃を受けた程度ではそう倒れない。さっきの足技を二連撃食らったのが効いたのだろう。
 (回し蹴りまで喰らわなくて良かった、ん?)
 ジリジリとハルが距離を詰め出した。足技を食らわせるには、もっと近づく必要があるはずだ。何をそんなに警戒しているのか、否、ブラフだ。
 『……すぅ、』
 ハルが深く息を吸い込んで腕を回転させる。丹田の位置に青白い発行体が集まり出した。光はやがて球体となって物理的なエネルギーを伴って実体化していく。その光が細白い指に押し出されるようにして、リュウのもとへ発射される……
 『気功拳!』
 『せいっ!』
 前に、リュウが中段突きで応戦する。
 空中に霧散した光の効果音、飛び攻撃と侮っていたらすぐに足技ラッシュ以上のダメージを受けていた。今のは、完全にハルの手から離れる前だから出来た芸当だ。攻撃は最大の防御と言うが、この距離ではガードするより攻撃した方が速い。
 それに、攻撃をキャンセルされた相手の動揺も誘える。慌てたおっさんのボタンを連打音が聞こえた。ハルの片足が浮く。
 「その技はさっき見た!」『ふんぬっ』
 『はいやぁ!ひゃんっ』
 おっさんの悲鳴まで聞こえるようだ。腰を下ろして重心を落としたリュウの丸太のような脛が、ハルの足技を無効化する。完璧なタイミングのカウンター攻撃だ。
 焦りのあまり、距離を取るのも予想通り。
 ハルとリュウが同時に飛び上がる。バックステップより飛び上がった方が速く遠くへ移動できる。
 『え……ぐっは!』
 『はぁっ!』
 空中で無防備なハルの腹にリュウの拳が直撃する。撃ち落されたボールのようにハルが地面に叩きつけられた。起き上がろうとする腕を取って、もう片方の手で胸倉をつかむ。
 身体の芯を捕らえた。華奢な腰が半円を描き、重力と腕力でもって乱暴に落とされる。
 美しいまでの背負い投げ。柔道なら、今頃一本と声がかかっていただろう。
 『きゃぁ!』
 「おっさん、リュウ相手に投げ対策をしてないのか?
 まだまだ課題だらけだね」
 ハルのすぐ後ろには壁がある。これ以上は逃げることができない。トドメを決めに行く。
 拳を勢いよく前に突き出した。王道だが、この距離なら外さない。
 『正拳突き!』
 『はぁっ!発勁!』
 ハルはそれを、両腕を盾としてガードした。
 「あぁ!?こんにゃろう!
 意外と冷静じゃん!」
 「……ふんっ」
 衝撃でリュウの腕が上がり、空いた脇腹に衝撃が走る。
 中国武術の真骨頂、発勁が鳩尾を直撃した。
 それは痛い、ダメージゲージが大きく削られる。主導権が移る。呻いている間にハルが自ら地面に両手をつけて脚を振り上げる。
 『台風脚!』
 「くっそ、避けられない!」『がぁっ!』
 中華服が垂れ落ちてむき出しになった美脚が台風のように回り出す。つま先を連続で顔面に受け、リュウの身体が吹っ飛ぶ。
 今度は俺が壁際まで追いつめられる番だった。ハルが引き寄せられるようにやってくる。が、リュウもまた踏み出す。
 「こんのくそガキッ!」『きゃっ!?』
 「まだまだ!」『波掌拳!』
 立ち上がるのではなく、倒れた状態から身体を滑り込ませる。得意の足技ですくわれたハルが、ひっくり返る。
 リュウの胸元に発光した気が集約していく。高エネルギー物質が浮き上がったハルの脇元に食らいつく。
 ハルがやろうとして失敗した気功だ。
 だが、それでも油断はできない。相手はこの程度で揺さぶれる相手ではないと思い知った直後だ。またガードされたくない、故に相手の弱点を突く。
 『「ぎゃっ!」』
 「確か、投げ技は弱かったもんね!」『ふんぬっ!』
 ハルの腕と胸元を掴む。前転と同じ要領で転がり込んで前に投げ飛ばす。再び倒れ込んだハルのゲージを見る。あと少し、あと一撃で倒せる。
 無論、相手もただでは起き上がらない。すぐに攻撃を仕掛け返そうとする。だから俺も油断はしない。
 『昇竜拳!』
 「…っ!」
 『KO!』
 立ち上がったハルの顎をリュウの拳が捉えた。
 少女の身体が打ち上げられる。モーションを見るまでもない。
 このおっさんなら、そう来ると踏んでいた。ハルのゲージが割れて消える。
 「おっさん、まだやるよね?」
 「……」
 画面上でおっさんが再戦を挑んだことが表示される。バーを握り直した。
 さぁ、もう一ラウンドだ。

 「ふぅ…外はまだ寒いなぁ」
 すっかり日が沈んで暗くなった駅前を歩いていると、スーツ姿のサラリーマンから女子高校生、買い物帰りのフリーターまで一様に駅へと向かっていく。
 リュックを背負った小学生が目に入った。
 子供が遊ぶには遅すぎるが、リュックの背面には大手塾のロゴが入っている。あの中には、小学校の義務教育より遥かに進んだテキストとノートに親の期待とプレッシャーが詰め込まれている。多分、あの子はこれから家に帰っても塾の授業の復習をするのだ。
 何故そんなことがわかるのかと言えば、俺もかつてはあれを背負っていたからだ。
 二重ロックの扉を引いて開けると、スパイスと肉汁の濃厚な香りが鼻腔を刺激した。
 「ただいまー」
 「おかえり、夕飯できてるわよ」
 手を洗ってリビングに行くと、既に長テーブルには大皿と小鉢に茶碗が二つが並んでいた。
 やったぜ、今夜はハンバーグだ。
 母さんはいつも通り、父さんが帰ってから二人で夕飯を食したいらしい。テレビの前のソファから動こうとしない。
 「いただきます」
 「憲正、今日も遅かったわね」
 「うん、図書館で勉強していたから」
 「偉いわね。そういえば、もう少しで中間考査じゃない?」
 「あぁ、うん」
 「わかっていると思うけど、テストの点数が悪かったらお小遣い減らすからね」
 「はいはい、承知していますよ」
 「高校生になったからって、遊んでいる暇はないわよ。
 もう中学受験みたいに失敗できないんだから」
 「……わかってるよ、母さん」
 そういえば、担任の先生もそんなことを言っていたような気がする。
 が、おっさんとの格闘ですっかり忘れていた。昨日も一昨日も似たり寄ったりで、気づけばテスト本番まで二週間を切っている。
 さすがに一年生の一学期から赤点を取ることはないと思うが、腐っても進学高校。どのくらいのレベルかわからない 以上、油断はできない。
 点数が悪ければ、我が家では次の期末考査まで小遣い減額だ。それは困る。お金が無ければ格ゲーはプレイできない。
 「じゃ、やりますか」
 二階の自室に戻ると、コントローラーを引き出しの奥に押しやって視界に入らないように準備する。リュックから教科書を出し机に座って開く。ふと、木製の勉強机の端に貼ったゲームキャラクラターのシールが目に入った。
 しばらく、家でゲームはできなさそうだ。シャーペンの尻を叩いてシャー芯を出しながら、この時の俺は呑気にそんなことを考えていた。

 「…あれ?」
 (珍しい、ひな壇で格ゲーしてる奴がいる)
 異変が起きたのは、さらに一週間後。中間考査まで一週間を切ったころだった。委員長から猶予を貰ってからは誰にも呼び止められることなく快適に帰路を歩んでいた俺は、ついついいつもの癖でゲームセンターを訪れていた。せっかくなのでそのまま一周して帰ろうと思っていたら、見慣れない光景に足が止まった。
 俺がひな壇と呼んでいる格闘ゲームの台が使われている。
 座っているのは、台に身体が隠れるような小柄な少年だ。
 その周辺に人だかりができていた。向かい合った台の上部には、ゲーム画面を写したモニターが設置されていて皆それを見上げて目を輝かせている。
 ゲームセンターで人だかりができるのは、2パターンだ。
 一つは、団体で遊んでいる学生がいるとき。
 別にゲームセンターで誰がどう遊ぼうと自由だが、大抵の場合彼らはマナーが悪い。しかし、こいつらは遠くからでもわかるくらい声がでかくて喧しいのですぐにわかる。
 そしてもう一つは、圧倒的に上手いプレイヤーがいるときだ。
 既に何人倒されたのかわからないが、一人二人ではこうはならない。見ず知らずの他人が思わず見惚れてしまうほどの技量を持ったプレイヤーは、フードを深く被って顔を隠しているようだった。
 道場破りのつもりか、あるいは顔を見られたら何か不都合でもあるのか。
 「おぉっ!」
 この間戦ったばかりのおっさんが、少年のような顔で歓声を上げた。つられて顔を上げて、目を見張る。
 技術の高さからではない。そのプレイヤーが使っていたのは、
 「…リュウだ」 
 格闘ゲームのキックボタンとパンチボタンには、それぞれ弱・中・強の3つのボタンがある。
 名前はそのまま相手に与えるダメージを表しているが、同時に弱ボタンは強ボタンよりもリーチが短い分早く攻撃ができるというメリットもある。そして、複数のボタンを押したりレバー倒したりすることで必殺技や複雑な攻撃を発動することもできる。
 リュウでいえば、「昇龍拳」「波掌撃」「竜巻旋風脚」とその強化版がそれにあたる。
 それがまるで通常攻撃のように、連続で発動していく。
 見ず知らずの相手だろうと、そのゲームをプレイしたことのある人間ならば、ましてやそのキャラクターを操作したことがあればなおさらわかってしまう。
 このプレイヤーの強さ、そしてその裏にある膨大な鍛錬の時間が。
 「しかも、つえぇ……」
 俺は、いつもの癖でゲームセンターに寄っただけだ。
 ゲームをする気もないし、遊んでいく暇もない。
 偶然とはいえ、自分より強いかもしれない人間のプレイを見ることができてラッキーだった。
 今日からテスト期間だ。踵を返して家に帰ったら暗記科目の追い込みをしなければ。
 なのに、俺は咄嗟に思ってしまった。
 「この強敵と、闘ってみたい」と。
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