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【ROUND1】犬星憲正の失敗
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三分咲きの桜を見上げながら、石畳で舗装された歩道を歩いていた。
レンガ造りの壁の内側から聞こえてくるチャイムの音に交じって、声変わり前の生徒たちの甲高い声が聞こえる。
子供ながらに、俺は自分がもう二度とこの建物に訪れることはないのだろうとわかっていた。右ポケットの中には、受験番号が書かれた紙が小さく折りたたまれている。だがその番号は、巨大な印刷用紙のどこにも載っていなかった。
俺は今日、中学受験に失敗した。
遥か前方には、足早に歩く母の背中がある。いつもは大事にしまっている晴れ着を着て項垂れた母の心中は、小学生の俺にはまだ察することすらできなかった。母の髪が、枝垂れ桜のように揺れていたのを覚えている。
「あのさ、母さん」
「…何でよ」
「な、何が?」
「だって、正月模試ではA判定だったじゃない」
ドクン、と心臓が高く跳ねた。母が見たことのない瞳で俺を睨みつけていた。正月には模試の結果を自分のことのように祝ってくれた母が、知らない人のようになってしまった。母が変わってしまったのは、俺のせいだ。
その時になってようやく、俺は自分がどうしようもない失敗をして母を失望させたことを自覚した。
「どうして、どうして落ちちゃったのよぉ……」
「危ないよ母さん、あっ」
「あんなに金賭けたのに……落ちたら意味がないじゃないのぉ!」
「母さん……」
「あんたのせいよ!
あんたが、あんたがもっと頑張らなかったから!うっうっうー!」
母が突然歩道の真ん中でしゃがみ込んだものだから、偶々居合わせた通行人が飛び跳ねるようにして道を移動した。誰かに蹴られでもしたら大変だ。駆け寄って母の手を引くと、勢いよく振り払われてしまった。
だが振り払われたことよりもショックだったのは、顔を隠した母の頬を涙が伝っていくことだった。いっそ俺も一緒に泣けたら良かったのに、俺は母が感情的になればなるほど心も頭も冷えていった。
「…ごめんなさい」
平日の朝方であっても、同じように合否を見に来た子供と親が一本しかない道を歩いてくる。
その人たちは一人残らず、全員が通り過ぎても振り返って俺と母のことを気にしていた。彼らの目から見ても俺が悪いのは明らかだろう。
以来、寝ても覚めても俺はあの目に見つめられている。
「中間テストまで残り二週間、油断していたらあっという間だからな」
校舎脇の花壇に割いたチューリップを眺めていると、出席簿を閉じる音で注意が教壇へと戻った。そろそろ帰りの号令がかかるかと思ったが、担任の柊先生の話はまだしばらく続きそうだ。欠伸をしそうになって、慌てて右手で抑える。
「最初のテストだからって油断するんじゃないぞ。
中等部から進学してきた生徒はわかっていると思うが、獅子神高校の教師陣は甘くないからな。
大学受験まであと三年あるからって気を抜いていたら、簡単に赤点を取るぞ」
出席簿を持つ腕は立夏にもなっていないのに不自然に浅黒く日焼けしていて、女子人気の高い小さな頭と間延びした四肢は蜘蛛みたいでゾッとする。柊先生は体育の授業が終わってそのまま来たのか、それともこの後バスケ部に顔を出すのか、蛍光色のパンツで教壇上を動き回る。そのたびに服がシャカシャカと音を立てた。
「はい、解散」
「起立、気を付け、礼」
「さようなら」
帰りのHRが終わると、ほとんどの生徒はパッと顔を明るくして立ち上がる。さっきまで眠そうに机に突っ伏していた奴まで、急に元気になる始末だ。高校生活が始まって肩書が中学生から高校生になったところで、学生の生態はそう変わらないものらしい。
そのうち三分の二は部活着やラケットやスパイクを持って更衣室に向かい、残りの三分の一は掃除を始める。俺もさっさと帰ろう。
だが、スマホをポケットに突っ込んで立ち上がったところで動きを止めた。視界の端に、こちらにつま先を向けた赤い上履きが見えた。
「ちょっといいかな~?犬星憲正くん」
「何でしょうか、鳥羽委員長」
顔を上げれば、予想通りすぐそこに仁王立ちした女性が立っている。規定通りの膝上スカートには皴一つなく、セーラー服の中心に鎮座した真っ赤なリボンは線対称で左右に1ミリのずれもなく地面に水平だ。髪は左右に三つ編みをしてから後ろで一つにまとめられており、後れ毛一本も見られない。前髪の下の狐目は完全無欠を誇るように輝いている。
絵にかいたような真面目さ、鳥羽さんはこのA組の委員長を担っている方だ。それも高校入学最初の委員決めで、自ら委員長に立候補している自他ともに認める委員長だ。そんなお方が、俺にニコニコと人の良い笑顔を浮かべている。嫌な予感がする。
「あの、俺、この後火急の用があって」
「火急の用?犬星くん、部活に入ってないのに?」
「……やっぱり」
またその話ですか、という言葉は飲み込んだ。
クラスのカースト上位に君臨している彼女は、敵に回さない方が良さそうだ。ましてや、うっかり口を滑らせて怒らせたくない。
「ゴールデンウイークも終わったのに部活に入ってないのは犬星くんくらいだよ。
知っているよね?
獅子神高校は生徒全員が何らかの部活に入る義務があるってことくらい」
正直、入学したときは知らなかった。校庭から、早々に着替え終えた野球部のアップの掛け声が聞こえてくる。窓の外を見れば、渡り廊下や部室棟を歩く生徒の柔道着や剣道着、弓道衣なんかも目に入る。
俺はただ家から近くて一番偏差値の高い高校に入っただけだ。それがまさか、運動部全国大会常連高校の体育会系スポーツ学校だったなんて。友達がいない情弱の俺は、そんなことすら知る由もなかった。
「そろそろ何かしらの部活に入らないと、柊先生に怒られちゃうぞ~?」
「…委員長だって部活入ってないじゃないですか」
「知らないの?生徒会は特別なの」
ピクリと、委員長の穏やかな目尻が一度だけ痙攣した。人の良さそうな笑顔が砂上の城のようにみるみる崩れていく。先ほどまで澄ました顔をしていたのに、今は見る面影もなく眉が逆立っている。
「何なら入る?
一年生は役員候補として雑務を行うんだけど、人では多い方がいいからね。
あ、でもそうなったら…二年生になったときに選挙で私と闘うことになるね!」
「ごめんなさい、冗談です」
「そう?私は別にいいけどね、敵…じゃなかった。ライバルは多い方が面白いじゃない?」
「いや本当に、すいません、出来心でした」
うっかりかもしれないけれど、敵とまで言われたら絶対に入りたくはない。
委員長だって運動部に入っていないだけで、運動は決して苦手ではないと聞いた。年功序列の生徒会で一年生の頃から役員を狙うくらいだから、心はそこら辺の運動部より体育系だ。
順位のつく争いを好み、自分が他人より優れていると信じてやまない。
まさに、俺とは真反対の人間だ。
「で、部活は決めたの?」
「確認なんですけど、帰宅部ってないんでしたっけ?」
「ないね~」
「じゃあ、幽霊部員で構成されている部活とかってありませんか?」
「ないよ~、そもそもそんな部活があったら廃部になってるかな。
この学校、実績がないとすぐに予算減らしてくるから。
というか、それが生徒会の仕事だし」
「入るなら文化部とは、決まっているんですけどね」
「体験とかは行ったの?見学でも」
「……」
「じゃ、今月中にどこか一つ部活の見学に行っておいでよ。
そしたら、柊先生には私が言っておくから」
「……」
「返事が聞こえないな~」
「…はい」
委員長は用が済んだとばかりにさっさと俺を解放すると、頭を抱える日直のもとへ向かった。多分、日誌を書くのを手伝うのだろう。悪い人ではないのだが、いかんせん押しが強い。
彼女のような野心のある人は、あるいは部活を生きがいにする人や、もしくは他者とのコミュニケーションが得意な人は、さずかし学校が楽しいのだろうな。
だが俺は、校舎から出てやっとまともに息を吸えるような気がする。
「はぁ、やっと自由になった。でも、まだ時間はあるかな」
スマホを見れば、時刻は4時を過ぎたばかりだ。
ここから家にまっすぐ帰れば、夕飯まで3時間以上ある。
よって、俺は家とは反対方向の駅へと向かった。
都会から電車で一時間近く離れた場所でも、駅前は賑わっている。学生でも利用しやすい価格帯のファミレスやカラオケから洒落た喫茶店、大抵の日用品なら揃うような商店街まである中、俺は最もきらびやかで騒がしいゲームセンターに足を踏み入れる。
このゲームセンターは西東京では最大級の広さと施設数がある。シールプリントや音ゲーは二階フロア。一階はアーケードゲームとクレーンゲームのフロアだ。
これだけあっても、結局俺はいつも同じゲームをしている。クレーンゲームやメダルゲームの配置を一通り見てから、昔ながらのアーケードゲームの椅子に腰を下ろす。
『ROUND1』
『FIGHT』
ストリートファイターシリーズ。
恐らく格闘ゲームで最も有名なゲームであり、全盛期はこのシリーズがないゲームセンターは存在しないと言われたほどの人気ゲームだ。
難しそうなイメージに対して、操作方法はいたって簡単。手元のレバーでキャラクターを動かし、パンチボタンかキックボタン、ドライブゲージを利用した攻撃ボタンと防御ボタンのどれか、あるいはその複数を押して技を出すだけ。
グルグル回してパタパタ押す。ただそれだけのゲームに、子供から大人まで熱狂したのだ。
しかし、最近はスマホゲームの普及と、PSPなんかの家庭ゲームによって、ゲームセンターではめっきりプレイヤーを見かけなくなった。俺も家に帰れば、わざわざ毎回金を払わずとも、同じシリーズのゲームが部屋で遊べる。
同じフロアにはイベント用なのか多人数が観戦できるアーケード台とひな壇もあるが、あれが使われているのは見たことが無い。
ただ、それでもわざわざゲームセンターに足を運ぶ価値はある。
オンライン対戦を終わらせて画面から顔を上げる。すると、どこからかふらりと無精ひげのおっさんが現れた。というより、わざと俺の視界に入り込んだようだ。
白髪交じりの長髪を適当に後ろへ流していて、皴が刻まれた表情は硬く重苦しい。学校生活ではまず関わることのない相手に、俺はにやりと笑う。
「俺が腕慣らしするのを待ってたのか?
じゃ、やろうか」
「……」
おっさんは、無言で向かいの席に座る。
男二人、目と目が合えば。
ゲームセンターでは言わずもがな、対人戦だ。
レンガ造りの壁の内側から聞こえてくるチャイムの音に交じって、声変わり前の生徒たちの甲高い声が聞こえる。
子供ながらに、俺は自分がもう二度とこの建物に訪れることはないのだろうとわかっていた。右ポケットの中には、受験番号が書かれた紙が小さく折りたたまれている。だがその番号は、巨大な印刷用紙のどこにも載っていなかった。
俺は今日、中学受験に失敗した。
遥か前方には、足早に歩く母の背中がある。いつもは大事にしまっている晴れ着を着て項垂れた母の心中は、小学生の俺にはまだ察することすらできなかった。母の髪が、枝垂れ桜のように揺れていたのを覚えている。
「あのさ、母さん」
「…何でよ」
「な、何が?」
「だって、正月模試ではA判定だったじゃない」
ドクン、と心臓が高く跳ねた。母が見たことのない瞳で俺を睨みつけていた。正月には模試の結果を自分のことのように祝ってくれた母が、知らない人のようになってしまった。母が変わってしまったのは、俺のせいだ。
その時になってようやく、俺は自分がどうしようもない失敗をして母を失望させたことを自覚した。
「どうして、どうして落ちちゃったのよぉ……」
「危ないよ母さん、あっ」
「あんなに金賭けたのに……落ちたら意味がないじゃないのぉ!」
「母さん……」
「あんたのせいよ!
あんたが、あんたがもっと頑張らなかったから!うっうっうー!」
母が突然歩道の真ん中でしゃがみ込んだものだから、偶々居合わせた通行人が飛び跳ねるようにして道を移動した。誰かに蹴られでもしたら大変だ。駆け寄って母の手を引くと、勢いよく振り払われてしまった。
だが振り払われたことよりもショックだったのは、顔を隠した母の頬を涙が伝っていくことだった。いっそ俺も一緒に泣けたら良かったのに、俺は母が感情的になればなるほど心も頭も冷えていった。
「…ごめんなさい」
平日の朝方であっても、同じように合否を見に来た子供と親が一本しかない道を歩いてくる。
その人たちは一人残らず、全員が通り過ぎても振り返って俺と母のことを気にしていた。彼らの目から見ても俺が悪いのは明らかだろう。
以来、寝ても覚めても俺はあの目に見つめられている。
「中間テストまで残り二週間、油断していたらあっという間だからな」
校舎脇の花壇に割いたチューリップを眺めていると、出席簿を閉じる音で注意が教壇へと戻った。そろそろ帰りの号令がかかるかと思ったが、担任の柊先生の話はまだしばらく続きそうだ。欠伸をしそうになって、慌てて右手で抑える。
「最初のテストだからって油断するんじゃないぞ。
中等部から進学してきた生徒はわかっていると思うが、獅子神高校の教師陣は甘くないからな。
大学受験まであと三年あるからって気を抜いていたら、簡単に赤点を取るぞ」
出席簿を持つ腕は立夏にもなっていないのに不自然に浅黒く日焼けしていて、女子人気の高い小さな頭と間延びした四肢は蜘蛛みたいでゾッとする。柊先生は体育の授業が終わってそのまま来たのか、それともこの後バスケ部に顔を出すのか、蛍光色のパンツで教壇上を動き回る。そのたびに服がシャカシャカと音を立てた。
「はい、解散」
「起立、気を付け、礼」
「さようなら」
帰りのHRが終わると、ほとんどの生徒はパッと顔を明るくして立ち上がる。さっきまで眠そうに机に突っ伏していた奴まで、急に元気になる始末だ。高校生活が始まって肩書が中学生から高校生になったところで、学生の生態はそう変わらないものらしい。
そのうち三分の二は部活着やラケットやスパイクを持って更衣室に向かい、残りの三分の一は掃除を始める。俺もさっさと帰ろう。
だが、スマホをポケットに突っ込んで立ち上がったところで動きを止めた。視界の端に、こちらにつま先を向けた赤い上履きが見えた。
「ちょっといいかな~?犬星憲正くん」
「何でしょうか、鳥羽委員長」
顔を上げれば、予想通りすぐそこに仁王立ちした女性が立っている。規定通りの膝上スカートには皴一つなく、セーラー服の中心に鎮座した真っ赤なリボンは線対称で左右に1ミリのずれもなく地面に水平だ。髪は左右に三つ編みをしてから後ろで一つにまとめられており、後れ毛一本も見られない。前髪の下の狐目は完全無欠を誇るように輝いている。
絵にかいたような真面目さ、鳥羽さんはこのA組の委員長を担っている方だ。それも高校入学最初の委員決めで、自ら委員長に立候補している自他ともに認める委員長だ。そんなお方が、俺にニコニコと人の良い笑顔を浮かべている。嫌な予感がする。
「あの、俺、この後火急の用があって」
「火急の用?犬星くん、部活に入ってないのに?」
「……やっぱり」
またその話ですか、という言葉は飲み込んだ。
クラスのカースト上位に君臨している彼女は、敵に回さない方が良さそうだ。ましてや、うっかり口を滑らせて怒らせたくない。
「ゴールデンウイークも終わったのに部活に入ってないのは犬星くんくらいだよ。
知っているよね?
獅子神高校は生徒全員が何らかの部活に入る義務があるってことくらい」
正直、入学したときは知らなかった。校庭から、早々に着替え終えた野球部のアップの掛け声が聞こえてくる。窓の外を見れば、渡り廊下や部室棟を歩く生徒の柔道着や剣道着、弓道衣なんかも目に入る。
俺はただ家から近くて一番偏差値の高い高校に入っただけだ。それがまさか、運動部全国大会常連高校の体育会系スポーツ学校だったなんて。友達がいない情弱の俺は、そんなことすら知る由もなかった。
「そろそろ何かしらの部活に入らないと、柊先生に怒られちゃうぞ~?」
「…委員長だって部活入ってないじゃないですか」
「知らないの?生徒会は特別なの」
ピクリと、委員長の穏やかな目尻が一度だけ痙攣した。人の良さそうな笑顔が砂上の城のようにみるみる崩れていく。先ほどまで澄ました顔をしていたのに、今は見る面影もなく眉が逆立っている。
「何なら入る?
一年生は役員候補として雑務を行うんだけど、人では多い方がいいからね。
あ、でもそうなったら…二年生になったときに選挙で私と闘うことになるね!」
「ごめんなさい、冗談です」
「そう?私は別にいいけどね、敵…じゃなかった。ライバルは多い方が面白いじゃない?」
「いや本当に、すいません、出来心でした」
うっかりかもしれないけれど、敵とまで言われたら絶対に入りたくはない。
委員長だって運動部に入っていないだけで、運動は決して苦手ではないと聞いた。年功序列の生徒会で一年生の頃から役員を狙うくらいだから、心はそこら辺の運動部より体育系だ。
順位のつく争いを好み、自分が他人より優れていると信じてやまない。
まさに、俺とは真反対の人間だ。
「で、部活は決めたの?」
「確認なんですけど、帰宅部ってないんでしたっけ?」
「ないね~」
「じゃあ、幽霊部員で構成されている部活とかってありませんか?」
「ないよ~、そもそもそんな部活があったら廃部になってるかな。
この学校、実績がないとすぐに予算減らしてくるから。
というか、それが生徒会の仕事だし」
「入るなら文化部とは、決まっているんですけどね」
「体験とかは行ったの?見学でも」
「……」
「じゃ、今月中にどこか一つ部活の見学に行っておいでよ。
そしたら、柊先生には私が言っておくから」
「……」
「返事が聞こえないな~」
「…はい」
委員長は用が済んだとばかりにさっさと俺を解放すると、頭を抱える日直のもとへ向かった。多分、日誌を書くのを手伝うのだろう。悪い人ではないのだが、いかんせん押しが強い。
彼女のような野心のある人は、あるいは部活を生きがいにする人や、もしくは他者とのコミュニケーションが得意な人は、さずかし学校が楽しいのだろうな。
だが俺は、校舎から出てやっとまともに息を吸えるような気がする。
「はぁ、やっと自由になった。でも、まだ時間はあるかな」
スマホを見れば、時刻は4時を過ぎたばかりだ。
ここから家にまっすぐ帰れば、夕飯まで3時間以上ある。
よって、俺は家とは反対方向の駅へと向かった。
都会から電車で一時間近く離れた場所でも、駅前は賑わっている。学生でも利用しやすい価格帯のファミレスやカラオケから洒落た喫茶店、大抵の日用品なら揃うような商店街まである中、俺は最もきらびやかで騒がしいゲームセンターに足を踏み入れる。
このゲームセンターは西東京では最大級の広さと施設数がある。シールプリントや音ゲーは二階フロア。一階はアーケードゲームとクレーンゲームのフロアだ。
これだけあっても、結局俺はいつも同じゲームをしている。クレーンゲームやメダルゲームの配置を一通り見てから、昔ながらのアーケードゲームの椅子に腰を下ろす。
『ROUND1』
『FIGHT』
ストリートファイターシリーズ。
恐らく格闘ゲームで最も有名なゲームであり、全盛期はこのシリーズがないゲームセンターは存在しないと言われたほどの人気ゲームだ。
難しそうなイメージに対して、操作方法はいたって簡単。手元のレバーでキャラクターを動かし、パンチボタンかキックボタン、ドライブゲージを利用した攻撃ボタンと防御ボタンのどれか、あるいはその複数を押して技を出すだけ。
グルグル回してパタパタ押す。ただそれだけのゲームに、子供から大人まで熱狂したのだ。
しかし、最近はスマホゲームの普及と、PSPなんかの家庭ゲームによって、ゲームセンターではめっきりプレイヤーを見かけなくなった。俺も家に帰れば、わざわざ毎回金を払わずとも、同じシリーズのゲームが部屋で遊べる。
同じフロアにはイベント用なのか多人数が観戦できるアーケード台とひな壇もあるが、あれが使われているのは見たことが無い。
ただ、それでもわざわざゲームセンターに足を運ぶ価値はある。
オンライン対戦を終わらせて画面から顔を上げる。すると、どこからかふらりと無精ひげのおっさんが現れた。というより、わざと俺の視界に入り込んだようだ。
白髪交じりの長髪を適当に後ろへ流していて、皴が刻まれた表情は硬く重苦しい。学校生活ではまず関わることのない相手に、俺はにやりと笑う。
「俺が腕慣らしするのを待ってたのか?
じゃ、やろうか」
「……」
おっさんは、無言で向かいの席に座る。
男二人、目と目が合えば。
ゲームセンターでは言わずもがな、対人戦だ。
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