弱い犬ほどよく吠える、追放された冒険者は自業自得で

栗金団(くりきんとん)

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【第14話】 つかの間の休息ー狐の化かし合いー

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次に訪れたのは、Aランクギルド「サファリング」の邸宅だった。
「…俺ちょっとどっかで暇つぶしてるわ」
ロロンが踵を返して、すぐにランタンとコウガが左右から腕を掴んだ。
「どこに行くのだ」
「あなたも行くんですよ」
「いや、俺がいない方が絶対いいだろうが…」
数か月前。
ロロンがサファリングのギルドマスター・リョナークにプライドを粉々に砕かれたのは、記憶に新しい出来事だ。
おまけに彼女はロロンに「弱い」という烙印を押した。
追放前からいがみ合っていたモサンエンと違って、相手は初対面の美女。
彼女の言葉は、モサンエンと一対一のタイマン勝負で敗北した時以上にロロンの心に傷を残している。
この建物はいわばその現場であり、曰くつきのギルドだ。
「さっさと入るのだ!」
「うるせぇ!お前らだけで行け!」
腕を引っ張って門扉へ近づけようとするランタンと、自慢の脚力でその場から離れようとしないロロン。
青筋を立てて反抗するのを見て、コウガはさっさと手を離してロロンの後ろに回り込んだ。
「話をするのは僕だけです、あなたはあくまでおまけですよ」
コウガは身長から考えると長く細い脚を上げると、ロロンの背中に狙いをつける。
そして、勢いよく振り下ろす。
「うわぁ!?」
「妹を助けるんでしょう?
ほら、この程度でダンジョン初踏破なんてできませんよ」
背中を蹴飛ばされたら、ロロンは前に一歩踏み出さざるを得ない。
その勢いにランタンが手を引いていた力が加わって、ロロンはサファリングの邸内へ足を踏み入れた。


「ようこそ、サファリングの邸宅へ。上から失礼」
「突然の訪問にも関わらず、お時間をいただきありがとうございます」
「とんでもない、私とコウガ殿の仲でしょう」
かね折り階段の踊り場から現れたドレス姿のリョナークが、直々に3人を出迎える。
コウガは当然だとでもいうような態度だが、ギルドマスターはそこまで暇ではないというのはリョナーク本人が言っていたことだ。
コルセットで絞られたウェストラインとアンズの蕾のように膨らんだスカートは、ローブ・ア・ラ・フランセーズと言われる伝統的な様式のドレス。藤の花のように連なる大柄のフリルを揺らして腕を胸当てに重ねてほほ笑む様は、貴族夫人のようだ。
だが、その顔の下には小賢しくあくどい素顔が潜んでいる。だからこそ、彼女はこう言われている。
「悪蜘蛛のリョナーク」と。その吊り上がった瞳がロロンとランタンに向けられると、ロロンはどきまぎしながら返答をする。
「ランタン、会うのは久しぶりですね」
「リョナーク!元気だったのだ?」
「えぇ、変わりなく……それと、ロロンさんも」
「…どうも」
「立ち話もなんですし、こちらへどうぞ」
偶然か運命か、それともリョナークのいたずらなのか、通された客室はかつてロロンが通された部屋と同じ部屋だった。
やはりコウガとリョナークが二人で話を進めていく中、ロロンは部屋の周囲を見渡した。
天井の上に2人、窓の外と向かいの部屋に3人、扉の外に2人、そして床下に1人、リョナークの部下が潜んでいる。
ランタンがガブ飲みしている異国のハーブティーが入ったカップも、ロロンは前回同様何か入っていてもおかしくないと疑う。
ランタンは毒を無効化することができるというが、状態異常まで防げるかどうかはわからない。
カップを見つめて黙るロロンの様子がおかしいことに気づいたランタンは、菓子を手にして尋ねる。
「どうしたのだ?腹でも痛いのだ?」
「いや……俺のもやるよ」
「いいのか!?やった…!」
「そんなに警戒しなくても、何も入れていませんよ」
「…どうだかな」
間髪入れずにリョナークが口を挟むが、羽飾りのついた扇で隠された顏は感情が見えない笑みを浮かべている。
話し合いは終わったのか、コウガがそろそろ帰ろうかと腰を上げた。
やっと帰れるとロロンが光明を見出したところで、余計な一言を上げる仲間がいる。
「ワシ、リョナークの邸宅も見てみたいのだ!」
「てめぇ…!」
「構いませんよ」
「いいのかよ…!?」
事務所と宿舎の建物の間に100メートル四方で区切られた吹き抜けの空間がある。
普段は憩いの場として団員が利用する場所だが、今は人払いがされており静かだ。芝以外の雑草を食んでいた山羊が顔を上げると、道から反れて芝を踏みしめながらこちらに近寄ってくる生物がいる。
金赤の瞳を爛々と輝かせて走り寄る生物、山羊は本能的な恐怖を感じた。あれは捕食の目だ。
「待て!逃げたら捕まえられないのだ!」
「メエエェェ!」
鬼ごっこを始めだしたランタンを、歩きながら追うロロン。
コウガとリョナークは玉砂利が敷かれた道の上で、穏やかな雑談をする。サファリングは前々回ダンジョンではリョナークを除いた選抜メンバーで参加している。
遺族への莫大な死亡手当とマスコミの情報封鎖により公開されてはいないが、そのうち半分の団員が帰らぬ人となっている。今回はギルドマスターを含めた本格的な参加となっている。
前々回の挑戦権は3位、前回は不参加、そして今回の参加は挑戦権1位……だった。
コウガが話術と金銭で買収するまでは。
「今回の件、ありがとうございました」
「何の、これからもどうぞご贔屓に。いかがですか?若いメンバーを率いるのは大変でしょう」
「ははは、そうかもしれませんね」
「しかし、あなたほどの合理家がなぜ彼を雇ったのですか?」
「…あぁ、そういえばロロンは以前あなたのところに行ったそうですね」
「えぇ、随分と酒臭い服装でね。
そのころと比べると随分丸くなっているようですが」
人を見る目と洞察力で成り上がってきたリョナークから見て、ロロンは良くて三流の冒険者だった。
環境が人を作るというのが、リョナークの持論だ。
この世界では、魔法も身体能力も生まれ持った才能に大きく左右される。だがそれも、磨かなければただの石ころだ。
才能を持った上で、結果を出している人間と肩を並べられるだけの努力と研鑽を積んだものだけが本物の冒険者となれる。
自分の力に溺れた傲慢さや高いプライドがあり、気品と礼儀がないというだけでリョナークは彼を二流と見た。
そして必要な情報を得る過程で魔法の才能がないと知り、いらない人間だと切り捨てた。
一方で、コウガは本物の人間だった。学も才能も権威もあり、リョナークを頷かせるだけの交渉力を持つ。
そのコウガが、ロロンを雇ったというのを聞いてリョナークは耳を疑った。
そして、自分の目が間違っていたのではないかと疑問になる。
「不安ですか?逃した魚が大きかったら、と」
「ランタンは素晴らしい戦士です、魔法の才と高い身体能力、愛嬌もある」
「……」
「けど彼は?私は」
「ロロンが部屋に入った時、奥の席を取ったのを見ましたか?」
「えぇ、まぁ…」
リョナークは、部屋を案内したときのことを思い返す。
リョナークが扉を開けて最初に部屋に入ったコウガの後ろから回って上座の席を取ったロロンに、彼女は思わず眉を顰めそうになったのをこらえた。
コウガはそれに対して何も言わず、その後もランタンに道を譲って自ら下手の席に移動した。
「天板の上に野伏が2人、窓の外から魔法使いの弓兵が2人、アタッカーが1人、扉の外にタンクが2人、そして床下に忍者が1人…いましたよね」
「……」
「まぁ、気づいたところでどうしようもないですがね。
仮に窓の外から攻撃されたとき、恐らく僕では反応できない。
でも彼の反射神経と神速は別だ」
「それほどまでに、成長したのだと?
たった二ヶ月かそこらで」
「直にわかりますよ、彼がどれだけ強くなったのか」
「…ふふ、楽しみですね」
「ふふふ、どうぞ楽しみにしてください」
「うふふ」
「ふふふ」
山羊をひっくり返して背中を持って担ぎ上げたランタンとそれを下ろそうとするロロンは、吹き抜けの天井に響く笑い声に振り返った。
視線の先ではキツネが2匹、笑っている。
だが二人は彼らが水面下でどれだけ互いを蹴落とし憎み合いながらも認め合っているのか、そこまでは知る由もなかった。
「私の団員を一人貸し出します、サポーターでは一番経験と実績があります」
「初めまして、ディスカ・アルウ・フォルラと申します。光魔法の魔法使いです」
中庭に呼び出されて紹介を受けたディスカは、リョナークの横で深々とお辞儀をした。
ムラサキソウの根のような本紫の長髪と神経質そうなサフランイエローの瞳は、不快気にコウガの隣を見る。
一枚の布から出来た三角帽がついた墨色のローブはゆとりがあり、ベルトや手首に巻かれた革のベルトにはポーションや薬草がベルトに収納されている。
同じ布を使った地面に着きそうな長い丈のワンピースと、腕元に光るカフスの魔鉱石は彼女が伝統的な魔法使いであると表している。
「どうぞよろしくお願いいたします。
僕がギルドマスターのコウガです。
こっちがロロン、奥にいるのがランタンです」
「…どうぞよろしくお願い致します」
「ロロンだ、魔法は風…よろしく頼むのだ」
「ランタンなのだ、魔法は火なのだ」
「……あの、その山羊は一応このギルドの私物ですので」
「ほらなランタン、さっさと放してやれ」
「えぇ~…やっと捕まえたのに…」
山羊に乗ったまま挨拶をするランタンを、スーツ姿にも関わらず芝まみれのロロンが山羊から下ろそうと奮闘する。
ディスカは、この国で一番言われる教育機関のキャメル魔法学院出身だ。
学院初の飛び級により成人してすぐに卒業してからはリョナークにスカウトされて、サファリングで10年以上働いてきた。
元々は、冒険者になる気はなかった。物心ついたときから家で家庭教師に魔法を叩き込まれて、学院に入学してからはほとんどの生徒が貴族階級の人間に囲まれて過ごしてきた。
極論、冒険者は誰でもなれる。必然的に、身分の低い低学歴な人間が多い。
ディスカはどんなに金を稼げたとしても、血気盛んで粗暴な冒険者になりたくないと思っていた。
その固定概念が、リョナークによって変えられた……はずだった。
今目の前で芝を荒らして転がる子供と男は、まさしくディスカが嫌っている「冒険者」そのものだ。
笑顔を取り繕えないほどにディスカの顔が崩れていく。コウガはリョナークが親しげな笑顔の下で何かを企んでいるに気づいたが、何も言わずに邸宅を出た。
「山羊、もっと触りたかったのだ」
「あんなの、ダンジョンにはいくらでもいるだろ」
「それはモンスターなのだ、ワシはペットが欲しいのだ」
「…ディスカさん」
「はい」
ダンジョンの初踏破まで、あと3日。
コウガは、期間限定とはいえ新しく仲間となったディスカに声をかけた。
「せっかくですし、今日は一緒に夕食をいかがですか?」
「……すみません、私用がありまして」
「そうですか、それは残念です。
僕は虎穴という店にいつでもいますので、都合がいいときにでも来てください。
おごりますよ」
「「え!?」」
「あなた方ではありませんよ」
「ありがとうございます、時間があればぜひ」
「コウガのけち!けちんぼ!」
「ちっ…何だよ、期待して損したぜ」
「……」
だが、ディスカは翌日も翌々日も姿を現さなかった。
結局コウガはタダ飯をたかりにきたロロンとランタンに飯を奢り、
ディスカを含めた4人が揃ったのは、3日後の「人魚の洞窟」のダンジョン前だった。
「さて、行きますか」
「よろしくお願いします」
「なのだ」
「おう」
初踏破への挑戦が始まった。
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