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【第13話】 つかの間の休息ーかつての古巣ー
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「眩しいな……」
二か月ぶりに街に戻り日を浴びたロロンは、何度か瞬きをして徐々に日光の明るさに慣れていく。
修行中は暗さに目を慣らすためにダンジョン外でも日出前のまだ暗いうちに行動していたため、人々の喧噪もランプの灯すらもロロンには新鮮な刺激だった。
ロロン・コウガ・ランタンが修行を終えて集合したのは、やはりというべきか居酒屋「虎穴」だった。
一番乗りで到着したロロンは、店の端の席でメニューを開いた。
どこか居心地が悪さそうに身体を揺すったり体勢を変えていると、ふと背後に気配を感じて振り向いた。
長身瘦躯に濡れた烏のような黒髪と笑みを携えた男が、少し驚いた様子で挨拶をする。
「おや、おはようございます。早いですね」
「おぅ…」
「ロロン、少し感覚が鋭くなったのではないですか?」
「かもな、どうもここが騒がしく感じる」
「修行の成果ですね」
休日にも関わらずツーピースのジャケットにネクタイを首元まで締めたフォーマルなスーツ姿で現れたコウガは、ロロンが足音もなく接近した自身に気づいたことに成長を実感する。
「珍しいな、お前が褒めるのは」
「別に褒めてはいませんよ、それくらい成長してくれないと困ります」
「……やっぱお前は変わらねぇな。それで、ランタンは?」
「彼女も修行が長かったので、先に大浴場に行きました」
「はぁ?それくらい、待ち合わせ前に済ませとくもんだろうが」
「それと、今回は特別な依頼をしていますので」
「特別な依頼…?」
「ロロン、コウガ!待たせたのだ!」
「おぅランターーー、…ん?」
ランタンの気配と声がして振り向いたロロンは、間延びしたような声を出して首を傾げた。
そこにはランタンと同じ背丈と気配の別人がいた。
高貴さを感じる胸元に孔雀の羽のような繊細なフリルを拵えたハリのある薄茶のシャツ、生地が厚く一面に青竹色で染まった羽織は腕に金字の紋章が編み込まれており、動きやすさを重視したタック入りのパンツと光沢のある革靴は、宮廷詩人や著名な吟遊詩人のようだ。
そして細く弧を描いた眉と燃えたぎる火のような大きな緋色の瞳、整った鼻梁と紅を引いた薄い唇は、良家の娘であれば即座に求婚が殺到する美しさだ。
事実、店内の視線は彼女に集まっている。ロロンは己の感覚と視覚情報が合わさずに混乱する。
「遅れて申し訳ないのだ、髪を編むのは久方ぶりだったのだ」
「ら、ランタン…なのか?」
「うむ、何だロロン。少し大人しくなったのだ?」
「そうなんです、つまらないですよね」
「うむコウガ、お主は変わっていないのだ。
店主―!オレンジジュース!」
実った稲穂のように編み込んで一つにした髪を肩にかけて、ランタンが席につく。
首元から漂うラベンダーの匂いにロロンは顔を逸らしたが、ふと小柄な身体が以前会った時よりも引き締まっていることに気づく。
杖を振り回していた腕の筋肉に至っては明らかに衰えていたが、代わりに身体の内側から溢れるような力を感じる。
「…コウガ、説明しろよ」
「ダンジョン初踏破まであと三日、まさかのんびり休養していられるとでも思っていたのですか?」
「どういうことだ」
「我々は、これから営業に行きます」
「えい…ぎょう?」
「さ、あなたも早く着替えてください。大丈夫、服は用意してあります」
「え?」
「店の雑用部屋を貸してもらえるそうなのだ」
「あ、ちなみにこれはギルドマスターの命令ですので。あなたに拒否権はありません」
押し付けられるようにして渡された麻袋と真新しい靴を抱いたロロンの背中を、コウガがグイグイと押して店の奥の部屋に追いやる。
勢いに負けてしぶしぶ着替えに行くロロンに、ランタンはオレンジジュースを一口飲んで豪快に叫ぶ。
「…んー!うまいのだ!」
何人かの見物客が、豆鉄砲を食らったような顔をした。
ロロンが着替え終えるまで、随分と時間がかかった。その間にもランタンはオレンジジュースを4杯飲み干して「海烏のベーコンエッグ」を注文する。
目を惹くのは、海烏のホライズンブルーの卵だ。
寒冷地の孤島で暮らす海烏は、天敵から逃れるために切り立った崖の上に卵を産む。時には風に吹かれて卵が転がり落ちる環境で生き残るため、彼らの卵は通常の卵のようなオーバルの形状ではなくさらに先端を尖らせた特殊な形をしている。
幾層も薄い層が重なることで高い保温性とクッション効果を持つ殻を割ると、中から純白のゆで卵が顔を覗かせる。それを割って卵を包み込む枝葉のように置かれたポテトとベーコンに黄身を絡めて食せば、見た目の異形さに対して素朴で濃厚な味が広がる。
「はふっはっ、ん~~これもうまいのだ~」
「そのポテトと豚肉は、最近郊外にできた畑と養豚場ものを使っているんですよ」
近年、王国は富国強兵に力を入れている。
その過程で大量収穫を考えて作られた伯爵イモは、育てやすく収穫が早いだけではなく、加熱すると熱で柔らかくなる性質を持っている。
揚げ物との相性が良いので実験的にこの店で提供をしているとコウガが説明するが、ランタンは話を聞く暇もなく次から次へと口に芋と卵と肉を放り込む。
なおベーコンの肉は、新たにできた養豚場で飼われている六白豚の背肉から出来ている。
カリカリとした食感を楽しみながら「美味しい」「美味しい」と飲み食いをするランタンを見て、黙々と仕事をする店主も「うんうん」と頷いた。
どうやら、新しいメニューの成功を実感しているようだ。
ランタンが完食をしてしばらくして、ロロンが姿を現した。
それを見て、腹を満たして落ち着いたランタンは馬鹿笑いをして足をばたつかせた。
「こういう恰好は慣れてねぇ…」
「ははは!!ロロン!?まるで成金みたいなのだ!」
「馬子にも衣裳といいますが…ここまで似合わないのは逆に才能ですね」
「うっせぇ…!」
コウガとは色や形が違うものの同じベストとジャケットを重ねたスーツにも関わらず、ロロンの身なりはまるで違法な取引を行う犯罪組織のバイヤーだった。
持ち前の目つきの悪さと柄の悪さが災いしたのか、まだ冒険者の恰好の方が数段合っている。コウガと並ぶと、さらにランタンが噴出して笑う。密輸組織の幹部とその部下といった構図が見える。
しかし修行の汗と泥と返り血で汚れきった冒険者の服よりは、ずっと一般的だ。
ひとしきり笑い終えて疲れたのか、魚のように痙攣しながら机に顔をつけるランタンを放置して、コウガが説明をする。
「あひゃひゃ…あひゃ…」
「今からギルドをいくつか回って、挨拶をしに行きます」
「挨拶?」
「ダンジョンの順番でかなり優遇していただきましたから」
「あぁ、そういやそうだったな」
未踏破のダンジョンは冒険者組合が管理を行い、ギルドごとに挑戦をする順番を決めている。
順番が決まる方法は公にはされていないが、ギルド同士の抗争や政治・いざこざが関係しているのは言うまでもない。それでも大抵は実力と実績のあるAランクギルドから入っていき、Bランクギルドは最後の方となる。
当然、先に入ったギルドがボスを討伐しては意味がない。コウガが準備をするといっていたのは、早めに挑戦権利を得るために奔走していたということなのだろう。
「それから、今回のダンジョンは4人までの人数制限があります。
そこで、新たにサポーターを入れることにしました」
「サポーター…?」
「その方を迎えに行きます」
「強いんだろうな、そいつは」
「もちろんです、とはいってもサポーターとしてはですが」
サポーターの役割は幅広いが、一つ共通しているのが魔法を行使する点だ。
敵への遠距離攻撃に仲間の能力向上魔法、いざというときの回復魔法など、高難易度ダンジョンには欠かせない存在だ。ロロンは、以前のギルドでその役割を担っていた妹を思う。
コウガのおごりで会計を終えて店を出ると、三人は連れ立って歩き出す。頭をワックスで固められて、よりチンピラみを増したロロンにランタンは時折吹き出してはロロンと喧嘩をする。
二カ月ぶりの再会によそよそしさはなく、ついにロロンがランタンの髪を掴みにかかろうとしたころ。
コウガが足を止めた。最初に挨拶に訪れるというギルドの邸宅を見て、ロロンは唖然とする。
「ここです」
そこは、ゴールド・ハンマーの本拠地だった。
ロロンが踵を返して、すぐにランタンとコウガが左右から腕を掴んだ。
「すぅ…俺ちょっとどっかで暇つぶしてるわ」
「あなたも行くんですよ」
「いや、俺がいない方が絶対いいだろうが…」
数か月前、ロロンがギルドマスターのモサンエンと揉めて追い出されたことは記憶に新しい出来事だ。
二度と帰ることはないと思っていた土地に、新しいギルドメンバーと足を踏み入れる。ロロンが渋るのも無理はない。
修行前なら、神速で即座に逃走していただろう。しかし、あの傍若無人なコウガが服を用意するほど手をかけていることが、ロロンの中で全力で逃亡する選択肢を無くした。
「いやいや、あなたがいないと意味がないでしょう」
「…謝罪しろってか」
「あなたとモサンエンの決闘は、もう終わったことです。
ただ単純にギルドメンバー全員で行くことに意味があるのです」
「ワシとコウガはモサンエンとは古い仲なのだ、ロロンは大人しくしておればいいのだ」
「それとも、妹さんより自分のプライドの方が大切なんですか?」
「はぁ…?」
Aランクギルドともなれば、依頼人から直接依頼されることも多い。
三階建て洋風建築の一階にある応接間、そこに三人は並んで座っていた。
ゴールド・ハンマー邸宅は、敷地内に広いグラウンドと道場を兼ね備えている。
ダンジョンに潜る前の今の時期はゴールド・ハンマーも休息日としているようだったが、窓の外ではメンバーが素振りをしている。
まだ身体が出来上がっていないことから、ダンジョンの選抜メンバーではないだろう。頬杖をついて脚を組みながらそれを眺めていたロロンの耳が、重く力強い足音を聞きつけた。
「…来たぞ」
「そう緊張しないでください、軽くお話をして終わりですよ」
扉が開くと、コウガとランタンが立ち上がった。
ロロンは頑なに椅子に座り続けようとするので、隣のランタンが無理矢理手を引いて立ち上がらせる。
声を潜めて叱責するが、やはり負けた相手との再会に本人は乗り気になれない。
「ちゃんと自分の足で立つのだ…!」
「ちっ…大体挨拶って何なんだよ…」
「お久しぶりです、モサンエンさん」
「…どうも、コウガ殿」
冒険者の強さは身体を見ればわかるというが、その意味でもモサンエンは一流の冒険者だった。
服の上からでもわかる広い肩幅と重厚な胸板は言わずとも彼がタンクであることを示しており、細身なコウガと並ぶと体形の違いが際立つ。
彼がメンバーに入った依頼は高い生還率を誇るという意味でも、仲間を打ち抜くコウガとは正反対の存在だ。
モサンエンの服装は、スミレ色の上等なシャツと石炭色のパンツ、革のブーツは貴族の礼服に近い。
麻で出来たシャツや皮に金属鋲を打ち込んだ小手をつけたラフな姿もあるだろうに、なぜここまで緊張感と威厳を持って接しているのかとロロンは疑問に思う。
モサンエンはロロンを一瞥して、どこか不服そうな顔でコウガに視線を戻した。
「何度見ても、良い邸宅ですね。あなたのギルドが優秀な証だ」
「…光栄です、どうぞかけてください」
「今日は改めてお礼を伝えに参りました」
コウガを「殿」と敬称をつけて呼ぶモサンエンと、フレンドリーに「さん」付けするコウガ。
ロロンは二人の関係に疑問を覚えた。昔の知人というには、あまりに他人行儀だ。
ランタンを見ると、出された紅茶をジュースのように飲み干している。既に茶菓子も食し終えており、コウガの茶菓子を奪おうとして手をはたかれた。
奪われる前にとロロンが茶菓子を食す間、コウガとモサンエンは形式的に会話を進めていく。
だが、ロロンはモサンエンが時折視線を外して何かをチラチラと見ていることに気づく。
そして、まれに自分を睨みつけてくることにも。
「いたぁい」
「お前なぁ…」
「じっとするのは疲れるのだ…」
「そうだ、せっかくだから邸宅を見せていただけませんか?」
「…構いませんよ、私が案内しましょう」
「え」
ロロンが知らない間に話が進み、コウガとモサンエンが頷き合っている。
立ち上がって部屋を出ていくモサンエンとコウガの有無を言わさない態度に、最後に部屋を出たロロンが扉を閉める。
ランタンが兎のように飛び跳ねながらコウガの前に飛び出して、モサンエンを見上げて声を上げた。
「モサンエン!
ワシ、道場が見てみたいのだ!」
ロロンがさっと青ざめる。
コウガはともかく、モサンエンは規律に厳しい男だ。
どんなに優秀な冒険者でも遅刻をすれば、容赦なく次の任務から外す。規律を破った暁には、ただでさえ恐ろしい顔に鬼のような怒気を纏わせて鉄拳制裁を食らわせる。
その常習犯だったロロンは、慌てて止める。
「おい!お前また勝手なことを…!」
「いいですよ」
「え?」
「今日は皆休みを取っているので人は少ないですが…」
「わぁーい!」
道場は東洋建築を参考にして大ケヤキを使用して出来た木材建築で、床下の鉄鋼材と合わせると柔らかく跳ねるためケガをしにくい構造となっている。
高い天井とトランポリンのような床を遊具と勘違いしているのが、ランタンは靴を脱いで靴下で道場を走り回った。
解説をしながらその後ろ姿を目で追うモサンエンは、まるで幼い子供を持つ父親のようだ。
ギルドメンバーには年齢も性別も関係なく厳しい彼を知っているロロンは、もはやわけがわからない。
ついに入り口でニコニコと愛想笑いをし続けていたコウガが、面白おかしそうに話しかけてくる。
「不思議そうですね」
「いや…だってよ…あれは…」
「僕も最初は驚きましたが、最近はあちらが彼の素に近いのではないかと思っています」
「そうなのか…?」
遠くで10キロのメディシンボールを持って手毬のように投げて遊ぶランタンと、それを見守るモサンエンを遠目にコウガは言う。
ロロンは初めこそ受け入れがたいと思ったものの、時間をかけて納得していく。
冒険者にはプライベートがない。寝ても覚めてもダンジョンというのも珍しくないし、いつぞやの低級冒険者のように宵越しの金を持たないという者も多い。
所帯を持つ冒険者も決していないわけではないが、明日死んでもおかしくない冒険者と家庭を持つ者は少なく、家族を残して死ぬくらいなら所帯を持たないという者は多い。
現にモサンエンを始めとして、ここにいる者はみな一人身だ。
恐らくモサンエンは、幼い風貌のランタンを子供として扱っているだけなのだろう。
そしてロロンは、今日彼の冒険者以外の顔を初めて見ただけなのだと。
「……ランタンさん、今日は化粧をしているのですね」
「ん?
あぁ、これはコウガに言われたのだ。
正装というやつなのだ」
「…わかっていないですね」
メディシンボールを腹に抱えて顔を向けたランタンの顔に、モサンエンが手を伸ばした。
無骨でゴツゴツした手の平は、ランタンの顔を包み込んでしまうのではないかと思えるほど大きい。
そのまま指を伸ばして柔らかな頬の端についた茶菓子の欠片を拭い取ったモサンエンは、さらにランタンの薄い唇に触れると紅を拭い去ってボソリと呟く。
「あなたはそのままで十分綺麗なのに」
「んみゅ…あ、お菓子」
モサンエンの指についた紅と菓子の欠片を見て声を出したランタンの前で、モサンエンはぺろりと自分の指を舐めとった。食い意地の張ったランタンはポカンとしてから、
「モサンエンもお菓子が好きなのだ?」
と首を傾けた。
モサンエンが辛党なのも、メンバーには指一つ触れないのも、女遊びを一切しないことも知っているロロンは、驚きのあまり呼吸が乱れ始める。
答えを求めてコウガを見れば、苦笑いのような笑みであっさりと返ってくる。
「まぁ、恋愛対象としてですけれど」
「ランタンが…いや、あのモサンエンが!?」
その後も道場からグラウンドを通って本館の食堂や広間、宿舎まで案内をするが、モサンエンはランタンの傍から離れない。
そのための洒落た服装なのかとロロンが尋ねると、コウガはどこからか懐中時計を取り出すと時刻を確認しているところだった。
既に日は高く上がっており、他ギルドを訪れるならあまり時間がないようにも思う。
「これは別のギルドマスターに向けてです、彼女は礼儀にうるさいので」
「しかし意外だな、あのモサンエンが幼女趣味とは…」
「幼女…というわけではないかと思いますけどね」
やんわりと否定したコウガだったが、いざ帰ろうと玄関に向かった時だった。
お手洗いに行く言い出したランタンが洗面所の扉を閉めた瞬間、モサンエンはロロンを廊下に引っ張り出した。
凄まじい力に抵抗する暇もなく壁に寄せられたロロンに、モサンエンが勢いよく壁に手をつく。爆音と衝撃に建物全体が振動して窓がガタガタと揺れる。
「うぐっ!?」
「……お前、ランタンさんと随分親し気だったな?」
「な、何のことだ…」
「部屋に入った時、手を繋いでいたな」
「はぁ!?誤解だ!」
記憶を巡り返したロロンは、モサンエンが入室した時にランタンがロロンを立たせようと手を取ったのを思い出す。
あの時に睨みつけてきたのは、追放したロロンに対する不信感や嫌悪感によるものではなく、ただの嫉妬だったのだ。
いくらロロンがアタッカーのロロンといえど、距離を詰められては簡単に逃げることができない。
それをわかってか、モサンエンはロロンの退路を自らの身体で塞いで問い詰める。
もちろん、コウガはただただ傍観している。
「まさかとは思うが…」
「俺はあいつに興味なんかねぇよ…!ただの仲間だ!」
「その言葉、本当だろな」
「当り前だ…!ていうか近ぇよ!」
「今戻ったのだー!
……何をしているのだ二人とも」
トイレから出てきたことを申告しながら、ランタンが廊下の隅で見つめ合うロロンとモサンエンに声をかける。
それを横目で確認してようやく身体を起すモサンエンと、精神的に激しく消耗して床に手をつくロロン。
だが、攻撃はまだ終わらない。
「……今の言葉、もし破ったらただじゃおかないかなら」
「怖ぇよお前…!!」
「そうか、二人は仲がいいのだ!」
「違ぇよ!!」
ようやくゴールド・ハンマーの邸宅を出たロロンがほっとできたのも束の間で、コウガの巡行はまだ続く。
次に訪れた場所は、質素で修行に適したゴールドハンマーとは対照的な邸宅だった。
重厚感と機能美を持つゴールド・ハンマーの邸宅に対して、細部まで美を凝らした高級商店のような様式の邸宅。
一階部分は特にそれが顕著で、外観は本石をレンガのように積み上げて重々しくどっしりとした印象を受けるが、広々とした内装は天然の石材を利用した大理石の床とガラスモザイクの壁が日の光を反射して隅々まで明るく、天井には華やかなシャンデリアが吊るされている。
冒険者の邸宅にここまで金を尽くしている点からも、ギルドマスターの異質さが伝わってくる。
次に訪れたのは、Aランクギルド「サファリング」の邸宅だった。
二か月ぶりに街に戻り日を浴びたロロンは、何度か瞬きをして徐々に日光の明るさに慣れていく。
修行中は暗さに目を慣らすためにダンジョン外でも日出前のまだ暗いうちに行動していたため、人々の喧噪もランプの灯すらもロロンには新鮮な刺激だった。
ロロン・コウガ・ランタンが修行を終えて集合したのは、やはりというべきか居酒屋「虎穴」だった。
一番乗りで到着したロロンは、店の端の席でメニューを開いた。
どこか居心地が悪さそうに身体を揺すったり体勢を変えていると、ふと背後に気配を感じて振り向いた。
長身瘦躯に濡れた烏のような黒髪と笑みを携えた男が、少し驚いた様子で挨拶をする。
「おや、おはようございます。早いですね」
「おぅ…」
「ロロン、少し感覚が鋭くなったのではないですか?」
「かもな、どうもここが騒がしく感じる」
「修行の成果ですね」
休日にも関わらずツーピースのジャケットにネクタイを首元まで締めたフォーマルなスーツ姿で現れたコウガは、ロロンが足音もなく接近した自身に気づいたことに成長を実感する。
「珍しいな、お前が褒めるのは」
「別に褒めてはいませんよ、それくらい成長してくれないと困ります」
「……やっぱお前は変わらねぇな。それで、ランタンは?」
「彼女も修行が長かったので、先に大浴場に行きました」
「はぁ?それくらい、待ち合わせ前に済ませとくもんだろうが」
「それと、今回は特別な依頼をしていますので」
「特別な依頼…?」
「ロロン、コウガ!待たせたのだ!」
「おぅランターーー、…ん?」
ランタンの気配と声がして振り向いたロロンは、間延びしたような声を出して首を傾げた。
そこにはランタンと同じ背丈と気配の別人がいた。
高貴さを感じる胸元に孔雀の羽のような繊細なフリルを拵えたハリのある薄茶のシャツ、生地が厚く一面に青竹色で染まった羽織は腕に金字の紋章が編み込まれており、動きやすさを重視したタック入りのパンツと光沢のある革靴は、宮廷詩人や著名な吟遊詩人のようだ。
そして細く弧を描いた眉と燃えたぎる火のような大きな緋色の瞳、整った鼻梁と紅を引いた薄い唇は、良家の娘であれば即座に求婚が殺到する美しさだ。
事実、店内の視線は彼女に集まっている。ロロンは己の感覚と視覚情報が合わさずに混乱する。
「遅れて申し訳ないのだ、髪を編むのは久方ぶりだったのだ」
「ら、ランタン…なのか?」
「うむ、何だロロン。少し大人しくなったのだ?」
「そうなんです、つまらないですよね」
「うむコウガ、お主は変わっていないのだ。
店主―!オレンジジュース!」
実った稲穂のように編み込んで一つにした髪を肩にかけて、ランタンが席につく。
首元から漂うラベンダーの匂いにロロンは顔を逸らしたが、ふと小柄な身体が以前会った時よりも引き締まっていることに気づく。
杖を振り回していた腕の筋肉に至っては明らかに衰えていたが、代わりに身体の内側から溢れるような力を感じる。
「…コウガ、説明しろよ」
「ダンジョン初踏破まであと三日、まさかのんびり休養していられるとでも思っていたのですか?」
「どういうことだ」
「我々は、これから営業に行きます」
「えい…ぎょう?」
「さ、あなたも早く着替えてください。大丈夫、服は用意してあります」
「え?」
「店の雑用部屋を貸してもらえるそうなのだ」
「あ、ちなみにこれはギルドマスターの命令ですので。あなたに拒否権はありません」
押し付けられるようにして渡された麻袋と真新しい靴を抱いたロロンの背中を、コウガがグイグイと押して店の奥の部屋に追いやる。
勢いに負けてしぶしぶ着替えに行くロロンに、ランタンはオレンジジュースを一口飲んで豪快に叫ぶ。
「…んー!うまいのだ!」
何人かの見物客が、豆鉄砲を食らったような顔をした。
ロロンが着替え終えるまで、随分と時間がかかった。その間にもランタンはオレンジジュースを4杯飲み干して「海烏のベーコンエッグ」を注文する。
目を惹くのは、海烏のホライズンブルーの卵だ。
寒冷地の孤島で暮らす海烏は、天敵から逃れるために切り立った崖の上に卵を産む。時には風に吹かれて卵が転がり落ちる環境で生き残るため、彼らの卵は通常の卵のようなオーバルの形状ではなくさらに先端を尖らせた特殊な形をしている。
幾層も薄い層が重なることで高い保温性とクッション効果を持つ殻を割ると、中から純白のゆで卵が顔を覗かせる。それを割って卵を包み込む枝葉のように置かれたポテトとベーコンに黄身を絡めて食せば、見た目の異形さに対して素朴で濃厚な味が広がる。
「はふっはっ、ん~~これもうまいのだ~」
「そのポテトと豚肉は、最近郊外にできた畑と養豚場ものを使っているんですよ」
近年、王国は富国強兵に力を入れている。
その過程で大量収穫を考えて作られた伯爵イモは、育てやすく収穫が早いだけではなく、加熱すると熱で柔らかくなる性質を持っている。
揚げ物との相性が良いので実験的にこの店で提供をしているとコウガが説明するが、ランタンは話を聞く暇もなく次から次へと口に芋と卵と肉を放り込む。
なおベーコンの肉は、新たにできた養豚場で飼われている六白豚の背肉から出来ている。
カリカリとした食感を楽しみながら「美味しい」「美味しい」と飲み食いをするランタンを見て、黙々と仕事をする店主も「うんうん」と頷いた。
どうやら、新しいメニューの成功を実感しているようだ。
ランタンが完食をしてしばらくして、ロロンが姿を現した。
それを見て、腹を満たして落ち着いたランタンは馬鹿笑いをして足をばたつかせた。
「こういう恰好は慣れてねぇ…」
「ははは!!ロロン!?まるで成金みたいなのだ!」
「馬子にも衣裳といいますが…ここまで似合わないのは逆に才能ですね」
「うっせぇ…!」
コウガとは色や形が違うものの同じベストとジャケットを重ねたスーツにも関わらず、ロロンの身なりはまるで違法な取引を行う犯罪組織のバイヤーだった。
持ち前の目つきの悪さと柄の悪さが災いしたのか、まだ冒険者の恰好の方が数段合っている。コウガと並ぶと、さらにランタンが噴出して笑う。密輸組織の幹部とその部下といった構図が見える。
しかし修行の汗と泥と返り血で汚れきった冒険者の服よりは、ずっと一般的だ。
ひとしきり笑い終えて疲れたのか、魚のように痙攣しながら机に顔をつけるランタンを放置して、コウガが説明をする。
「あひゃひゃ…あひゃ…」
「今からギルドをいくつか回って、挨拶をしに行きます」
「挨拶?」
「ダンジョンの順番でかなり優遇していただきましたから」
「あぁ、そういやそうだったな」
未踏破のダンジョンは冒険者組合が管理を行い、ギルドごとに挑戦をする順番を決めている。
順番が決まる方法は公にはされていないが、ギルド同士の抗争や政治・いざこざが関係しているのは言うまでもない。それでも大抵は実力と実績のあるAランクギルドから入っていき、Bランクギルドは最後の方となる。
当然、先に入ったギルドがボスを討伐しては意味がない。コウガが準備をするといっていたのは、早めに挑戦権利を得るために奔走していたということなのだろう。
「それから、今回のダンジョンは4人までの人数制限があります。
そこで、新たにサポーターを入れることにしました」
「サポーター…?」
「その方を迎えに行きます」
「強いんだろうな、そいつは」
「もちろんです、とはいってもサポーターとしてはですが」
サポーターの役割は幅広いが、一つ共通しているのが魔法を行使する点だ。
敵への遠距離攻撃に仲間の能力向上魔法、いざというときの回復魔法など、高難易度ダンジョンには欠かせない存在だ。ロロンは、以前のギルドでその役割を担っていた妹を思う。
コウガのおごりで会計を終えて店を出ると、三人は連れ立って歩き出す。頭をワックスで固められて、よりチンピラみを増したロロンにランタンは時折吹き出してはロロンと喧嘩をする。
二カ月ぶりの再会によそよそしさはなく、ついにロロンがランタンの髪を掴みにかかろうとしたころ。
コウガが足を止めた。最初に挨拶に訪れるというギルドの邸宅を見て、ロロンは唖然とする。
「ここです」
そこは、ゴールド・ハンマーの本拠地だった。
ロロンが踵を返して、すぐにランタンとコウガが左右から腕を掴んだ。
「すぅ…俺ちょっとどっかで暇つぶしてるわ」
「あなたも行くんですよ」
「いや、俺がいない方が絶対いいだろうが…」
数か月前、ロロンがギルドマスターのモサンエンと揉めて追い出されたことは記憶に新しい出来事だ。
二度と帰ることはないと思っていた土地に、新しいギルドメンバーと足を踏み入れる。ロロンが渋るのも無理はない。
修行前なら、神速で即座に逃走していただろう。しかし、あの傍若無人なコウガが服を用意するほど手をかけていることが、ロロンの中で全力で逃亡する選択肢を無くした。
「いやいや、あなたがいないと意味がないでしょう」
「…謝罪しろってか」
「あなたとモサンエンの決闘は、もう終わったことです。
ただ単純にギルドメンバー全員で行くことに意味があるのです」
「ワシとコウガはモサンエンとは古い仲なのだ、ロロンは大人しくしておればいいのだ」
「それとも、妹さんより自分のプライドの方が大切なんですか?」
「はぁ…?」
Aランクギルドともなれば、依頼人から直接依頼されることも多い。
三階建て洋風建築の一階にある応接間、そこに三人は並んで座っていた。
ゴールド・ハンマー邸宅は、敷地内に広いグラウンドと道場を兼ね備えている。
ダンジョンに潜る前の今の時期はゴールド・ハンマーも休息日としているようだったが、窓の外ではメンバーが素振りをしている。
まだ身体が出来上がっていないことから、ダンジョンの選抜メンバーではないだろう。頬杖をついて脚を組みながらそれを眺めていたロロンの耳が、重く力強い足音を聞きつけた。
「…来たぞ」
「そう緊張しないでください、軽くお話をして終わりですよ」
扉が開くと、コウガとランタンが立ち上がった。
ロロンは頑なに椅子に座り続けようとするので、隣のランタンが無理矢理手を引いて立ち上がらせる。
声を潜めて叱責するが、やはり負けた相手との再会に本人は乗り気になれない。
「ちゃんと自分の足で立つのだ…!」
「ちっ…大体挨拶って何なんだよ…」
「お久しぶりです、モサンエンさん」
「…どうも、コウガ殿」
冒険者の強さは身体を見ればわかるというが、その意味でもモサンエンは一流の冒険者だった。
服の上からでもわかる広い肩幅と重厚な胸板は言わずとも彼がタンクであることを示しており、細身なコウガと並ぶと体形の違いが際立つ。
彼がメンバーに入った依頼は高い生還率を誇るという意味でも、仲間を打ち抜くコウガとは正反対の存在だ。
モサンエンの服装は、スミレ色の上等なシャツと石炭色のパンツ、革のブーツは貴族の礼服に近い。
麻で出来たシャツや皮に金属鋲を打ち込んだ小手をつけたラフな姿もあるだろうに、なぜここまで緊張感と威厳を持って接しているのかとロロンは疑問に思う。
モサンエンはロロンを一瞥して、どこか不服そうな顔でコウガに視線を戻した。
「何度見ても、良い邸宅ですね。あなたのギルドが優秀な証だ」
「…光栄です、どうぞかけてください」
「今日は改めてお礼を伝えに参りました」
コウガを「殿」と敬称をつけて呼ぶモサンエンと、フレンドリーに「さん」付けするコウガ。
ロロンは二人の関係に疑問を覚えた。昔の知人というには、あまりに他人行儀だ。
ランタンを見ると、出された紅茶をジュースのように飲み干している。既に茶菓子も食し終えており、コウガの茶菓子を奪おうとして手をはたかれた。
奪われる前にとロロンが茶菓子を食す間、コウガとモサンエンは形式的に会話を進めていく。
だが、ロロンはモサンエンが時折視線を外して何かをチラチラと見ていることに気づく。
そして、まれに自分を睨みつけてくることにも。
「いたぁい」
「お前なぁ…」
「じっとするのは疲れるのだ…」
「そうだ、せっかくだから邸宅を見せていただけませんか?」
「…構いませんよ、私が案内しましょう」
「え」
ロロンが知らない間に話が進み、コウガとモサンエンが頷き合っている。
立ち上がって部屋を出ていくモサンエンとコウガの有無を言わさない態度に、最後に部屋を出たロロンが扉を閉める。
ランタンが兎のように飛び跳ねながらコウガの前に飛び出して、モサンエンを見上げて声を上げた。
「モサンエン!
ワシ、道場が見てみたいのだ!」
ロロンがさっと青ざめる。
コウガはともかく、モサンエンは規律に厳しい男だ。
どんなに優秀な冒険者でも遅刻をすれば、容赦なく次の任務から外す。規律を破った暁には、ただでさえ恐ろしい顔に鬼のような怒気を纏わせて鉄拳制裁を食らわせる。
その常習犯だったロロンは、慌てて止める。
「おい!お前また勝手なことを…!」
「いいですよ」
「え?」
「今日は皆休みを取っているので人は少ないですが…」
「わぁーい!」
道場は東洋建築を参考にして大ケヤキを使用して出来た木材建築で、床下の鉄鋼材と合わせると柔らかく跳ねるためケガをしにくい構造となっている。
高い天井とトランポリンのような床を遊具と勘違いしているのが、ランタンは靴を脱いで靴下で道場を走り回った。
解説をしながらその後ろ姿を目で追うモサンエンは、まるで幼い子供を持つ父親のようだ。
ギルドメンバーには年齢も性別も関係なく厳しい彼を知っているロロンは、もはやわけがわからない。
ついに入り口でニコニコと愛想笑いをし続けていたコウガが、面白おかしそうに話しかけてくる。
「不思議そうですね」
「いや…だってよ…あれは…」
「僕も最初は驚きましたが、最近はあちらが彼の素に近いのではないかと思っています」
「そうなのか…?」
遠くで10キロのメディシンボールを持って手毬のように投げて遊ぶランタンと、それを見守るモサンエンを遠目にコウガは言う。
ロロンは初めこそ受け入れがたいと思ったものの、時間をかけて納得していく。
冒険者にはプライベートがない。寝ても覚めてもダンジョンというのも珍しくないし、いつぞやの低級冒険者のように宵越しの金を持たないという者も多い。
所帯を持つ冒険者も決していないわけではないが、明日死んでもおかしくない冒険者と家庭を持つ者は少なく、家族を残して死ぬくらいなら所帯を持たないという者は多い。
現にモサンエンを始めとして、ここにいる者はみな一人身だ。
恐らくモサンエンは、幼い風貌のランタンを子供として扱っているだけなのだろう。
そしてロロンは、今日彼の冒険者以外の顔を初めて見ただけなのだと。
「……ランタンさん、今日は化粧をしているのですね」
「ん?
あぁ、これはコウガに言われたのだ。
正装というやつなのだ」
「…わかっていないですね」
メディシンボールを腹に抱えて顔を向けたランタンの顔に、モサンエンが手を伸ばした。
無骨でゴツゴツした手の平は、ランタンの顔を包み込んでしまうのではないかと思えるほど大きい。
そのまま指を伸ばして柔らかな頬の端についた茶菓子の欠片を拭い取ったモサンエンは、さらにランタンの薄い唇に触れると紅を拭い去ってボソリと呟く。
「あなたはそのままで十分綺麗なのに」
「んみゅ…あ、お菓子」
モサンエンの指についた紅と菓子の欠片を見て声を出したランタンの前で、モサンエンはぺろりと自分の指を舐めとった。食い意地の張ったランタンはポカンとしてから、
「モサンエンもお菓子が好きなのだ?」
と首を傾けた。
モサンエンが辛党なのも、メンバーには指一つ触れないのも、女遊びを一切しないことも知っているロロンは、驚きのあまり呼吸が乱れ始める。
答えを求めてコウガを見れば、苦笑いのような笑みであっさりと返ってくる。
「まぁ、恋愛対象としてですけれど」
「ランタンが…いや、あのモサンエンが!?」
その後も道場からグラウンドを通って本館の食堂や広間、宿舎まで案内をするが、モサンエンはランタンの傍から離れない。
そのための洒落た服装なのかとロロンが尋ねると、コウガはどこからか懐中時計を取り出すと時刻を確認しているところだった。
既に日は高く上がっており、他ギルドを訪れるならあまり時間がないようにも思う。
「これは別のギルドマスターに向けてです、彼女は礼儀にうるさいので」
「しかし意外だな、あのモサンエンが幼女趣味とは…」
「幼女…というわけではないかと思いますけどね」
やんわりと否定したコウガだったが、いざ帰ろうと玄関に向かった時だった。
お手洗いに行く言い出したランタンが洗面所の扉を閉めた瞬間、モサンエンはロロンを廊下に引っ張り出した。
凄まじい力に抵抗する暇もなく壁に寄せられたロロンに、モサンエンが勢いよく壁に手をつく。爆音と衝撃に建物全体が振動して窓がガタガタと揺れる。
「うぐっ!?」
「……お前、ランタンさんと随分親し気だったな?」
「な、何のことだ…」
「部屋に入った時、手を繋いでいたな」
「はぁ!?誤解だ!」
記憶を巡り返したロロンは、モサンエンが入室した時にランタンがロロンを立たせようと手を取ったのを思い出す。
あの時に睨みつけてきたのは、追放したロロンに対する不信感や嫌悪感によるものではなく、ただの嫉妬だったのだ。
いくらロロンがアタッカーのロロンといえど、距離を詰められては簡単に逃げることができない。
それをわかってか、モサンエンはロロンの退路を自らの身体で塞いで問い詰める。
もちろん、コウガはただただ傍観している。
「まさかとは思うが…」
「俺はあいつに興味なんかねぇよ…!ただの仲間だ!」
「その言葉、本当だろな」
「当り前だ…!ていうか近ぇよ!」
「今戻ったのだー!
……何をしているのだ二人とも」
トイレから出てきたことを申告しながら、ランタンが廊下の隅で見つめ合うロロンとモサンエンに声をかける。
それを横目で確認してようやく身体を起すモサンエンと、精神的に激しく消耗して床に手をつくロロン。
だが、攻撃はまだ終わらない。
「……今の言葉、もし破ったらただじゃおかないかなら」
「怖ぇよお前…!!」
「そうか、二人は仲がいいのだ!」
「違ぇよ!!」
ようやくゴールド・ハンマーの邸宅を出たロロンがほっとできたのも束の間で、コウガの巡行はまだ続く。
次に訪れた場所は、質素で修行に適したゴールドハンマーとは対照的な邸宅だった。
重厚感と機能美を持つゴールド・ハンマーの邸宅に対して、細部まで美を凝らした高級商店のような様式の邸宅。
一階部分は特にそれが顕著で、外観は本石をレンガのように積み上げて重々しくどっしりとした印象を受けるが、広々とした内装は天然の石材を利用した大理石の床とガラスモザイクの壁が日の光を反射して隅々まで明るく、天井には華やかなシャンデリアが吊るされている。
冒険者の邸宅にここまで金を尽くしている点からも、ギルドマスターの異質さが伝わってくる。
次に訪れたのは、Aランクギルド「サファリング」の邸宅だった。
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