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【第4話】最悪の再開―取引―
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一日中歩き回って疲弊したロロンに、店員はサービスといって「キャメルの森のイノシシ料理」を置いていった。
突然の出来事にロロンも戸惑うが、香ばしい肉の香りが鼻腔を刺激する。
皿の上には、分厚いイノシシの肉が二枚並んでいた。肉の上には、彩りとして真っ赤なクランベリーと山草が乗っている。
「虎穴」では、定番メニューの一つだ。
イノシシ肉を贅沢に切り取って、ソースやビールと共に焼き上げた逸品。
腹の音が鳴って、気づけばフォークを持って肉につきさしていた。
そのまま、口を大きくあけてかぶりつく。
「~~んめぇっ!」
すっきりとした甘みが口の中に広がる。
イノシシの独特な臭みはなく、腕のいいハンターがしっかりと血抜きを行っていることがわかる。
全体的にあっさりとした食感ではあるが、脂身は濃厚で食べ応えがあるのも良い。さらに肉にしみこんだソースが脂のしつこさを中和して、手が止まらない。
そして、程よいタイミングで弾けるクランベリーの酸味が味に変化をもたらす。
ほとんど1日ぶりの食事が、ロロンの胃に染み渡った。
肉をまるまる一枚食べたところで、本命のビールに口をつける。
「あーっ!たまんねぇ!」
ある地方では、この料理は長老たちの集会料理として出されるらしい。
その理由は定かではないが、一番有力な説は「ビールと相性がいいから」だ。
最高のつまみを手に、ビールと交互に食していく。なんと贅沢な食事だろうか。
ロロンが最後の肉を名残惜しそうにかみしめて食べていると、隣に人が座る気配がした。
ふと目をやると、新しい酒とつまみを手にした店員がいた。
カウンター席で横に並んで座るのを横目に、ロロンはつい先月自分が彼にした行いを思い返して苦い顔をした。
「お待たせしてすみません、では少しお話ししましょうか」
「……俺に何の用だ」
酒はありがたく受け取りつつ、ロロンが警戒を緩めることはなかった。
つい先日、彼は確かにロロンに殴り飛ばされたばかりだ。
いくら礼金を置いていったとはいえ、到底許せるものではない。
しかし、店員の挙動には一切の恐怖の感情が感じられなかった。
さらにロロンの言葉を聞いて、一瞬呆気にとられた顔をする。
そして、すぐに何かに気づくと慌てて頭につけた三角巾とエプロンを外し始めた。
直後、ロロンの目が一点に吸い寄せられる。
「お前、それ……」
「申し遅れました。
僕はコウジ、Bランクギルド『イラクサ』のギルドマスター兼タンクです」
「は、はぁっ??」
「今日は、あなたをスカウトしに来ました」
「はぁっ!?」
にっこりとほほ笑むコウジに、ロロンは疑いの目を向ける。
見覚えのある輝きを放つバッチが胸に光っているとはいえ、Bランクギルド『イラクサ』は今日巡ったギルドの中に含まれてはいない。
それに、ギルドマスターが居酒屋で働いているなど聞いたこともない。
しかし、スカウトされるなら思ってもみない好機だ。
喜びと疑いで揺れるロロンを見て、コウジは肩を揺らして楽しそうに笑った。
「いいですね、それでこそスカウトしがいがあります」
「……質問をしてもいいか」
「どうぞ」
「まずなぜ俺がBランクギルドを回っていたことを知っている」
「こう見えて、顔が広いんです。
特に、あなたの前ギルドマスターであるモサンエンとは」
「あいつの友人なら、なおさら俺のことを仲間にする気なんて起きないはずだ」
「そうですか?
人にはそれぞれ相性があると思います。
現に、あなたはモサンエン以外のメンバーとは上手くやっていたはずだ」
事実である。
モサンエンとロロンは、ギルドでも有名な犬猿の仲だった。
昔は師弟のような関係性を築いていたこともあったが、あることをきっかけに修復できないほど深い溝ができた。
「否定はしない。
だがそれなら俺はAランクギルドに行くと思うはず……
いや、本人がここで酒を飲んでいるのを見れば、どこでも相手にされなかったとわかるか」
「えぇ。
それに、居酒屋は冒険者が多く訪れます。
彼らは何もしなくても、自分から酔っぱらって色々喋ってくれる」
「なるほど。だが、俺は期待するほど強くないぞ」
『でも見てすぐわかったよ。君、弱いじゃん』
つい数時間前、リョナークに言われた言葉だ。
冒険者の強さを図るのは難しい。
しかし、ロロンはアタッカーで特攻として動くことしか戦い方を知らない。
変わらずスピードには自信を持っていたが、何十人に断られる過程でロロンは自分が使いにくい人材であることも自覚しはじめていた。
何より、性格はそう簡単に変えられない。
「ついでに、キレやすいですもんね」
「そうだな」
茶かすような言葉も、今夜だけは真摯に受け止られた。
しかし今まさに職を失い路頭に迷っているのだから、態度を改めるのは遅すぎたかもしれない。
コウジは自分の酒に口をつけると、何かを確認し終えたとばかりに一息ついてロロンに向き直した。
「でも、僕たちにはあなたの力が必要です。
ヒノキ・バルテノ・ロロアーネさん、『イラクサ』の仲間になってください」
「……思い出した、あんた冒険者組合でサポーターを募集していたな?」
ロロンは、今朝冒険者組合に行った時のことを思い起こす。
ギルドメンバーを募集する掲示板で、一際異彩を放っていた募集状だ。
本来なら既にメンバーが固まっているはずのBランクギルドが、メンバーを募集することなど滅多にない。
あるとすれば、メンバーが復帰不可能になったときか、特殊な依頼で頭数が欲しいときだ。
または例外的に、ダンジョンやミッション先でよっぽど優秀な冒険者に会った時くらいだろう。
例えばリョナーク率いる『サファリング』は、団長が実力者に直接スカウトを繰り返すことによりわずか創設一年でAランクギルドになった。
「えぇ、でも『誰でもいいんだろ』なんて思わないでくださいね」
「実際そうだろ」
不貞腐れたようにビールを煽るロロン。しかし、コウジの次の一言で一気に酔いがさめた。
「いいえ、その証拠に僕はサポーターの応募者324人全員を不採用にしました」
「300人!?しかも全員!?」
「ロロンさんにはそれだけ価値があると思っています」
「……あんたの狙いがわからねぇ。そして俺はアタッカーだ」
「はははっ、もちろんわかっていますよ」
「冷やかすな、こっちは真面目に話してんだ」
「おや、怒らせてしまいましたか。
これでも真面目に誘ってるんですけどね」
「嘘つけよ、飄々としやがって。
腹を割って話し合おうぜ」
「もちろんですよ」
あっさり承諾され。ロロンは思わずずっこけそうになる。
その言葉すらも嘘くささはあったが、それがコウジの素の話し方なのかもしれないと思いなおす。
「ていうか、本名は?
まさかコウガでフルネームじゃないだろうな」
「わけあって、コウガで通しています。
冒険者組合もこの名前で登録しています」
「まずます信用ならねぇな。
じゃあもう一度聞くぜ、何で俺が欲しいんだ。狙いは何だ?」
「結論から言ってしまえば、僕はダンジョンを初踏破したいんです」
「そりゃ、冒険者は誰だってそうだろ」
「それ、本気で思っていますか?」
『冒険者なんて楽しくほどほどでいいんだよ』
唐突に、つい数時間前に殴り飛ばしたもう一人の男の顔が浮かぶ。
思わず酒瓶を握る手に力が入った。
自分と同じ立場で、自分の考えを否定する輩をロロンはどうしても許せなかった。
そしてその結果、一番身近で最悪の手段に頼ってしまった。
黙りこくるロロンに代わって、コウジが喋り出した。
「誰もが危険よりも夢を優先するわけではない。
そのせいか、ここ数年AランクギルドにランクアップしたBランクギルドは一つもありません」
「……あぁ、確かにお前の言う通りだ」
不採用になった324人は、ダンジョン初踏破に挑戦するのが嫌だとでも言ったのだろう。
何もSランクにこだわらずとも、他にダンジョンはいくらでもある。
「1か月前、あなたはダンジョン初踏破に挑戦したと聞きました。
ゴールド・ハンマーは初踏破に重きを置いているギルドですから、他にも初踏破の経験は豊富なはずだ」
「確かにそうかもな」
ダンジョンの初踏破は、いつでも誰でもできるわけではない。
かつては自由に行えた時代もあったが、初踏破に成功した冒険者が出口で襲撃されたり、入り口でギルド同士が順番を巡って争ったりすることが多かったと聞く。
そのため、現在は冒険者組合が総力を結集して初回未踏破ダンジョンの管理をしている。さらには事前に挑戦権と順番を決め、表向きは冒険者の保護をしていることになっている。
おかげで報酬の一部を王国や冒険者組合に分配しなければならなくなったが、代わりにBランクギルドやソロ冒険者にも挑戦権が回ってくるようになった。
「だが、ゴールド・ハンマーは前回の初踏破を失敗している」
そして、新しいダンジョンの1回目の初踏破は全ての挑戦者が全滅もしくは断念した。
公平を期すため一か月の期間を得て、まもなく2回目の挑戦が行われる。
「……初踏破に挑戦するBギルドの成功率を知っていますか?」
「は?何だ急に」
「僕は真面目にダンジョン攻略をしたいと思っています。
それで僕達Bランクの中でダンジョンの初踏破に成功したことのあるギルドが、どれだけいると思いますか?」
熱を増して話すコウジに圧倒されて、ロロンは頭をひねる。
通常のAランクギルドですら、初踏破の成功率は25%といわれている。
一度初踏破に失敗すると、二回目の挑戦では順番が後になることが多い。
そのため、二度目のチャンスを得られないまま他のギルドが成功して終わるギルドも少なくない。Bランクとなれば、さらに挑戦する可能性は低くなるだろう。
となれば、
「そうだな、50回挑戦して1回成功したらいい方なんじゃねぇの?
えっと……10ぱーせんと?」
「……ロロンさん、ひょっとして算数は不得手ですか?」
「う、うるせぇっ!」
「正解は、ゼロです。
今まで、Bランクギルドで初踏破に成功したギルドは一つもありません。
これは、世界のどこを探してもそうです」
「へぇ……ん?ってことは、」
初めて、ロロンが酒瓶から手を離した。
視線の先には、両手を膝の上に乗せて真剣な表情で身を乗り出すコウジがいる。
その新緑の瞳には、強い決意の炎が揺れている。
「僕は、Bランクギルドで初めてダンジョンの初踏破をしたギルドになりたいんです」
「……それなら、Aランクギルドになってからの方が確実じゃねぇのか?
既に誰かが初踏破したダンジョンの探索でも、Aランクには上がれるんだからよ」
「でしょうね。でも、僕はわけあってそれじゃ駄目なんです」
「理由は?」
「まだ、いえません。達成したらお教えします」
「信用できねぇな。お前の気持ちは本物だ、でもお前からは嘘つきの匂いがする」
「信じられなくても結構です、もともとそのつもりでしたから。
仲間でなくても、ビジネスパートナーになってくれればいいんです」
「お互いに利益がある関係ってことか」
「えぇ、僕はダンジョンの初踏破が出来ればいい。
つまり、報酬には興味がありません。もう一人のメンバーは武器があれば欲しいといっていますが、彼女は魔法使いだ」
「対して、俺は軽量なアタッカーだ。もめることはねぇな」
気づくと、店は閉店時間にさしかかっていた。
店主がでてきて、残った客に声をかけていく。
何人かは酔っ払いらしく絡もうと顔をあげるが、店主の鍛え上げられた身体を見て一様に黙った。
熊のように大きく丸みのあるフォルム、腕には異様に発達した僧帽筋と三角筋が小高い丘のようにのっている。さらに彫の深い顔とスキンヘッドが、ただものではない威圧感を放っていた。
慌てて最後の客が出ていき、最後に睨み合うようにして向かい合うロロンとコウジが残る。
険悪な態度には目もくれず、店主は身体に見合わず小さな声をかけた。
「…お皿、もういい?」
「あぁ、ごちそうさま。美味かった」
「ごちそうさまです。これが終わったら手伝います」
「うん、どうぞごゆっくり」
店主は強面を赤くして微笑み、空になった皿を重ねていく。
最後に一番下の皿の端を両手で持って、再び厨房に引っ込んだ。静まり返った店内。
やがて口を開いたのは、コウジだ。
「これは取引です。ダンジョン初踏破と引き換えに、あなたはレアアイテムを得る。
僕の話はこれで終わりです」
「正直、お前のことはまだ信用できない。
でも、ダンジョン初踏破は願ってもない誘いだ。
それにこんだけでかい口叩くんだ、お前のギルドはさぞかし強いんだろうな?」
「えぇ、人数は少ないですが……間違いなくダンジョン初踏破できる仲間ですよ」
「わかった。
いいぜ、ビジネスパートナーでもなんでもなってやる」
初めて、コウジが本心からほっとしたように見えた。
しかしそれもすぐに、胡散臭い笑顔に塗り替えられる。ロロンは残った酒を飲むべく酒瓶を握りなおすと、思いついたようにそれをコウジに向けた。
その顔はいたずらをする子供のように、無邪気な邪悪さを帯びている。
コウジもすぐに察したのか、同じように酒瓶を持って掲げる。
そして、どちらからともなく瓶をぶつけ合った。その後は、思い思いに酒を飲む。
「それにしても、よく自分を殴った奴をギルドに入れたな」
「あぁ、それはいつか必ずやり返します」
「え?」
突然の出来事にロロンも戸惑うが、香ばしい肉の香りが鼻腔を刺激する。
皿の上には、分厚いイノシシの肉が二枚並んでいた。肉の上には、彩りとして真っ赤なクランベリーと山草が乗っている。
「虎穴」では、定番メニューの一つだ。
イノシシ肉を贅沢に切り取って、ソースやビールと共に焼き上げた逸品。
腹の音が鳴って、気づけばフォークを持って肉につきさしていた。
そのまま、口を大きくあけてかぶりつく。
「~~んめぇっ!」
すっきりとした甘みが口の中に広がる。
イノシシの独特な臭みはなく、腕のいいハンターがしっかりと血抜きを行っていることがわかる。
全体的にあっさりとした食感ではあるが、脂身は濃厚で食べ応えがあるのも良い。さらに肉にしみこんだソースが脂のしつこさを中和して、手が止まらない。
そして、程よいタイミングで弾けるクランベリーの酸味が味に変化をもたらす。
ほとんど1日ぶりの食事が、ロロンの胃に染み渡った。
肉をまるまる一枚食べたところで、本命のビールに口をつける。
「あーっ!たまんねぇ!」
ある地方では、この料理は長老たちの集会料理として出されるらしい。
その理由は定かではないが、一番有力な説は「ビールと相性がいいから」だ。
最高のつまみを手に、ビールと交互に食していく。なんと贅沢な食事だろうか。
ロロンが最後の肉を名残惜しそうにかみしめて食べていると、隣に人が座る気配がした。
ふと目をやると、新しい酒とつまみを手にした店員がいた。
カウンター席で横に並んで座るのを横目に、ロロンはつい先月自分が彼にした行いを思い返して苦い顔をした。
「お待たせしてすみません、では少しお話ししましょうか」
「……俺に何の用だ」
酒はありがたく受け取りつつ、ロロンが警戒を緩めることはなかった。
つい先日、彼は確かにロロンに殴り飛ばされたばかりだ。
いくら礼金を置いていったとはいえ、到底許せるものではない。
しかし、店員の挙動には一切の恐怖の感情が感じられなかった。
さらにロロンの言葉を聞いて、一瞬呆気にとられた顔をする。
そして、すぐに何かに気づくと慌てて頭につけた三角巾とエプロンを外し始めた。
直後、ロロンの目が一点に吸い寄せられる。
「お前、それ……」
「申し遅れました。
僕はコウジ、Bランクギルド『イラクサ』のギルドマスター兼タンクです」
「は、はぁっ??」
「今日は、あなたをスカウトしに来ました」
「はぁっ!?」
にっこりとほほ笑むコウジに、ロロンは疑いの目を向ける。
見覚えのある輝きを放つバッチが胸に光っているとはいえ、Bランクギルド『イラクサ』は今日巡ったギルドの中に含まれてはいない。
それに、ギルドマスターが居酒屋で働いているなど聞いたこともない。
しかし、スカウトされるなら思ってもみない好機だ。
喜びと疑いで揺れるロロンを見て、コウジは肩を揺らして楽しそうに笑った。
「いいですね、それでこそスカウトしがいがあります」
「……質問をしてもいいか」
「どうぞ」
「まずなぜ俺がBランクギルドを回っていたことを知っている」
「こう見えて、顔が広いんです。
特に、あなたの前ギルドマスターであるモサンエンとは」
「あいつの友人なら、なおさら俺のことを仲間にする気なんて起きないはずだ」
「そうですか?
人にはそれぞれ相性があると思います。
現に、あなたはモサンエン以外のメンバーとは上手くやっていたはずだ」
事実である。
モサンエンとロロンは、ギルドでも有名な犬猿の仲だった。
昔は師弟のような関係性を築いていたこともあったが、あることをきっかけに修復できないほど深い溝ができた。
「否定はしない。
だがそれなら俺はAランクギルドに行くと思うはず……
いや、本人がここで酒を飲んでいるのを見れば、どこでも相手にされなかったとわかるか」
「えぇ。
それに、居酒屋は冒険者が多く訪れます。
彼らは何もしなくても、自分から酔っぱらって色々喋ってくれる」
「なるほど。だが、俺は期待するほど強くないぞ」
『でも見てすぐわかったよ。君、弱いじゃん』
つい数時間前、リョナークに言われた言葉だ。
冒険者の強さを図るのは難しい。
しかし、ロロンはアタッカーで特攻として動くことしか戦い方を知らない。
変わらずスピードには自信を持っていたが、何十人に断られる過程でロロンは自分が使いにくい人材であることも自覚しはじめていた。
何より、性格はそう簡単に変えられない。
「ついでに、キレやすいですもんね」
「そうだな」
茶かすような言葉も、今夜だけは真摯に受け止られた。
しかし今まさに職を失い路頭に迷っているのだから、態度を改めるのは遅すぎたかもしれない。
コウジは自分の酒に口をつけると、何かを確認し終えたとばかりに一息ついてロロンに向き直した。
「でも、僕たちにはあなたの力が必要です。
ヒノキ・バルテノ・ロロアーネさん、『イラクサ』の仲間になってください」
「……思い出した、あんた冒険者組合でサポーターを募集していたな?」
ロロンは、今朝冒険者組合に行った時のことを思い起こす。
ギルドメンバーを募集する掲示板で、一際異彩を放っていた募集状だ。
本来なら既にメンバーが固まっているはずのBランクギルドが、メンバーを募集することなど滅多にない。
あるとすれば、メンバーが復帰不可能になったときか、特殊な依頼で頭数が欲しいときだ。
または例外的に、ダンジョンやミッション先でよっぽど優秀な冒険者に会った時くらいだろう。
例えばリョナーク率いる『サファリング』は、団長が実力者に直接スカウトを繰り返すことによりわずか創設一年でAランクギルドになった。
「えぇ、でも『誰でもいいんだろ』なんて思わないでくださいね」
「実際そうだろ」
不貞腐れたようにビールを煽るロロン。しかし、コウジの次の一言で一気に酔いがさめた。
「いいえ、その証拠に僕はサポーターの応募者324人全員を不採用にしました」
「300人!?しかも全員!?」
「ロロンさんにはそれだけ価値があると思っています」
「……あんたの狙いがわからねぇ。そして俺はアタッカーだ」
「はははっ、もちろんわかっていますよ」
「冷やかすな、こっちは真面目に話してんだ」
「おや、怒らせてしまいましたか。
これでも真面目に誘ってるんですけどね」
「嘘つけよ、飄々としやがって。
腹を割って話し合おうぜ」
「もちろんですよ」
あっさり承諾され。ロロンは思わずずっこけそうになる。
その言葉すらも嘘くささはあったが、それがコウジの素の話し方なのかもしれないと思いなおす。
「ていうか、本名は?
まさかコウガでフルネームじゃないだろうな」
「わけあって、コウガで通しています。
冒険者組合もこの名前で登録しています」
「まずます信用ならねぇな。
じゃあもう一度聞くぜ、何で俺が欲しいんだ。狙いは何だ?」
「結論から言ってしまえば、僕はダンジョンを初踏破したいんです」
「そりゃ、冒険者は誰だってそうだろ」
「それ、本気で思っていますか?」
『冒険者なんて楽しくほどほどでいいんだよ』
唐突に、つい数時間前に殴り飛ばしたもう一人の男の顔が浮かぶ。
思わず酒瓶を握る手に力が入った。
自分と同じ立場で、自分の考えを否定する輩をロロンはどうしても許せなかった。
そしてその結果、一番身近で最悪の手段に頼ってしまった。
黙りこくるロロンに代わって、コウジが喋り出した。
「誰もが危険よりも夢を優先するわけではない。
そのせいか、ここ数年AランクギルドにランクアップしたBランクギルドは一つもありません」
「……あぁ、確かにお前の言う通りだ」
不採用になった324人は、ダンジョン初踏破に挑戦するのが嫌だとでも言ったのだろう。
何もSランクにこだわらずとも、他にダンジョンはいくらでもある。
「1か月前、あなたはダンジョン初踏破に挑戦したと聞きました。
ゴールド・ハンマーは初踏破に重きを置いているギルドですから、他にも初踏破の経験は豊富なはずだ」
「確かにそうかもな」
ダンジョンの初踏破は、いつでも誰でもできるわけではない。
かつては自由に行えた時代もあったが、初踏破に成功した冒険者が出口で襲撃されたり、入り口でギルド同士が順番を巡って争ったりすることが多かったと聞く。
そのため、現在は冒険者組合が総力を結集して初回未踏破ダンジョンの管理をしている。さらには事前に挑戦権と順番を決め、表向きは冒険者の保護をしていることになっている。
おかげで報酬の一部を王国や冒険者組合に分配しなければならなくなったが、代わりにBランクギルドやソロ冒険者にも挑戦権が回ってくるようになった。
「だが、ゴールド・ハンマーは前回の初踏破を失敗している」
そして、新しいダンジョンの1回目の初踏破は全ての挑戦者が全滅もしくは断念した。
公平を期すため一か月の期間を得て、まもなく2回目の挑戦が行われる。
「……初踏破に挑戦するBギルドの成功率を知っていますか?」
「は?何だ急に」
「僕は真面目にダンジョン攻略をしたいと思っています。
それで僕達Bランクの中でダンジョンの初踏破に成功したことのあるギルドが、どれだけいると思いますか?」
熱を増して話すコウジに圧倒されて、ロロンは頭をひねる。
通常のAランクギルドですら、初踏破の成功率は25%といわれている。
一度初踏破に失敗すると、二回目の挑戦では順番が後になることが多い。
そのため、二度目のチャンスを得られないまま他のギルドが成功して終わるギルドも少なくない。Bランクとなれば、さらに挑戦する可能性は低くなるだろう。
となれば、
「そうだな、50回挑戦して1回成功したらいい方なんじゃねぇの?
えっと……10ぱーせんと?」
「……ロロンさん、ひょっとして算数は不得手ですか?」
「う、うるせぇっ!」
「正解は、ゼロです。
今まで、Bランクギルドで初踏破に成功したギルドは一つもありません。
これは、世界のどこを探してもそうです」
「へぇ……ん?ってことは、」
初めて、ロロンが酒瓶から手を離した。
視線の先には、両手を膝の上に乗せて真剣な表情で身を乗り出すコウジがいる。
その新緑の瞳には、強い決意の炎が揺れている。
「僕は、Bランクギルドで初めてダンジョンの初踏破をしたギルドになりたいんです」
「……それなら、Aランクギルドになってからの方が確実じゃねぇのか?
既に誰かが初踏破したダンジョンの探索でも、Aランクには上がれるんだからよ」
「でしょうね。でも、僕はわけあってそれじゃ駄目なんです」
「理由は?」
「まだ、いえません。達成したらお教えします」
「信用できねぇな。お前の気持ちは本物だ、でもお前からは嘘つきの匂いがする」
「信じられなくても結構です、もともとそのつもりでしたから。
仲間でなくても、ビジネスパートナーになってくれればいいんです」
「お互いに利益がある関係ってことか」
「えぇ、僕はダンジョンの初踏破が出来ればいい。
つまり、報酬には興味がありません。もう一人のメンバーは武器があれば欲しいといっていますが、彼女は魔法使いだ」
「対して、俺は軽量なアタッカーだ。もめることはねぇな」
気づくと、店は閉店時間にさしかかっていた。
店主がでてきて、残った客に声をかけていく。
何人かは酔っ払いらしく絡もうと顔をあげるが、店主の鍛え上げられた身体を見て一様に黙った。
熊のように大きく丸みのあるフォルム、腕には異様に発達した僧帽筋と三角筋が小高い丘のようにのっている。さらに彫の深い顔とスキンヘッドが、ただものではない威圧感を放っていた。
慌てて最後の客が出ていき、最後に睨み合うようにして向かい合うロロンとコウジが残る。
険悪な態度には目もくれず、店主は身体に見合わず小さな声をかけた。
「…お皿、もういい?」
「あぁ、ごちそうさま。美味かった」
「ごちそうさまです。これが終わったら手伝います」
「うん、どうぞごゆっくり」
店主は強面を赤くして微笑み、空になった皿を重ねていく。
最後に一番下の皿の端を両手で持って、再び厨房に引っ込んだ。静まり返った店内。
やがて口を開いたのは、コウジだ。
「これは取引です。ダンジョン初踏破と引き換えに、あなたはレアアイテムを得る。
僕の話はこれで終わりです」
「正直、お前のことはまだ信用できない。
でも、ダンジョン初踏破は願ってもない誘いだ。
それにこんだけでかい口叩くんだ、お前のギルドはさぞかし強いんだろうな?」
「えぇ、人数は少ないですが……間違いなくダンジョン初踏破できる仲間ですよ」
「わかった。
いいぜ、ビジネスパートナーでもなんでもなってやる」
初めて、コウジが本心からほっとしたように見えた。
しかしそれもすぐに、胡散臭い笑顔に塗り替えられる。ロロンは残った酒を飲むべく酒瓶を握りなおすと、思いついたようにそれをコウジに向けた。
その顔はいたずらをする子供のように、無邪気な邪悪さを帯びている。
コウジもすぐに察したのか、同じように酒瓶を持って掲げる。
そして、どちらからともなく瓶をぶつけ合った。その後は、思い思いに酒を飲む。
「それにしても、よく自分を殴った奴をギルドに入れたな」
「あぁ、それはいつか必ずやり返します」
「え?」
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だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
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カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
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