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53-1 父親の日記
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「どうした?」
その問いには答えずリョウは身を乗り出したまま、なにやら机の奥に顔を近付けた。そしておもむろに手を伸ばすと、置物の隙間に手を突っ込む。
「なにやってんだよ?」
「いや、ここになんかありそうに見えて」
置物の合間から覗き見えたもの。リョウは手を伸ばしその「なにか」を触っている。
「なんだ? なんか取っ手みたいな?」
手を引っこ抜いたリョウは立ち上がり、置物を持ち上げた。机の上に並んでいた置物を取り除き、机の上にはなにもなくなった。そして改めて先程リョウが触っていた箇所を見ると、そこにはなにやら摘まみのようなでっぱりがある。
「なんだそれ」
「机に切れ目があるから、おそらく小物入れか?」
リョウがそう言いながら、その摘まみを掴んで持ち上げると、それは扉のように開いた。中はリョウが言った通り、小物入れのようなスペースとなってあり、なにやら数冊のノートが入っていた。
「お、なんか日記みたいなのが出て来たぞ」
「なんだそれ、初めて見る」
父親の日記なんて今まで見たことがなかった。なんだかいけないものを見るような気分にもなるが、見てみたいという欲望も湧いてくる訳で……。
「見てみるか?」
リョウがニヤリとしながら俺に聞く。
「俺に責任押し付けたな?」
「ハハ、だって一応長男だしな。この家のものは兄貴が相続したんだし」
「一応ってなんだよ、ちぇっ」
少し拗ねてみたが、リョウには笑い飛ばされただけだった……うん、分かってた……。
リョウはノートを取り出し、俺たちは書斎の中央に座り込み、それを見ることにした。なにやら父親の心のうちを覗き見るようで、ドキドキするやらソワソワするやら、後ろめたいやら……。
リョウがパラパラっとノートを開き、ふたりで眺めていく。そこには父親がこの家を相続したときから書かれてあった。
俺たちの祖父母、親父の両親も比較的に若い頃亡くなっていて、俺もリョウも会ったことがない。祖母は親父が幼い頃に病で亡くなり、その後は祖父が男手一つで育ててくれていたらしいのだが、その祖父も親父が成人した頃、事故で亡くなったらしい。親父には兄弟がいないため、その後この家を相続し、ひとりで暮らしていた。俺と同じだな。
そんな親父の両親に対する想いや、ひとりになった寂しさや苦労などが色々書き残されてあった。それを見て、リョウとふたりで無言となる。親父の苦労を初めて知った。いつものんびりとした雰囲気の親父がこんな苦労をしていたなんて……。
そんなしんみりとした空気のなか読み進めていくと、あるときから書かれてある内容が大きく変わって来る。
『ある日突然、見知らぬ女の人が現れた』
「「ん??」」
リョウと顔を見合わせ、再びノートに視線を戻す。
『その女の人はとても美しく、僕は一目惚れをしてしまった。彼女と付き合いたい』
「これっておふくろのことか?」
「おそらくそうだろうな」
『彼女は突然目の前に現れ、自分の国に来て欲しいと言った。しかも身も心も結ばれて。い、良いのだろうか……僕は嬉しいが、彼女は僕のことが好きなんだろうか……』
「な、なあ、リョウ……こ、これって……」
なんだか覚えのあるようなやり取りが書かれてあり、そわそわと落ち着かなくなってくる。チラリとリョウの顔を見ると、先程までのしんみりとした空気はなく、怪訝な顔をしていた。そしてさらに先の文章には……
『彼女の国はアルヴェスタといって、この世界とは違う場所にあるらしい。突拍子もないことでにわかには信じ難かったのだが、彼女が嘘をついているとは到底思えなかった。彼女は美人であるだけでなく勇ましくかっこいい。嘘偽りのない誠実な目をしていると思えた。僕は彼女のことが好きだ……』
「「アルヴェスタ!?」」
ふたりで声を上げ固まった。
「ど、どういうことだ!? アルヴェスタってジウシードたちの国の名だよな!? ま、まさかおふくろはアルヴェスタの人間……?」
リョウはなにも言葉にしない。必死に考えを巡らせているのか、父親の日記を睨む。
『彼女に愛していると伝えた。彼女も好きだと言ってくれた。しかし、きっとまだ彼女は僕のことを愛してくれている訳ではないのだろう。でもそれでもいい。これから僕のことを知ってもらって、いつか必ず愛していると言わせてみせるから』
おぉ、俺なんかより余程潔くてかっこいいな。出来れば俺も親父みたいに強い人間でありたかったよ……ハハ。父親の意外な一面が知れて、なんだか嬉しいやら後ろめたさを感じるやら、自分にはない強さで悔しいやら……なんだか複雑な気分になってしまった。
『海斗にこの家のことを頼んだ。海斗にはなぜ家を捨てていなくなるのかと問い詰められたが、彼女の話は出来なかった。すまない、海斗』
海斗というのは原田さんのことだ。原田さんにこの家のことを頼んだ……今の俺と全く同じだな。原田さんには迷惑をかけてばかりだ……もしかして、だから原田さんは俺たちが親父に似ているって言ったのかな。そう苦笑した。
その言葉が最後だった。それ以降のことは全く書かれていなかった……。
その問いには答えずリョウは身を乗り出したまま、なにやら机の奥に顔を近付けた。そしておもむろに手を伸ばすと、置物の隙間に手を突っ込む。
「なにやってんだよ?」
「いや、ここになんかありそうに見えて」
置物の合間から覗き見えたもの。リョウは手を伸ばしその「なにか」を触っている。
「なんだ? なんか取っ手みたいな?」
手を引っこ抜いたリョウは立ち上がり、置物を持ち上げた。机の上に並んでいた置物を取り除き、机の上にはなにもなくなった。そして改めて先程リョウが触っていた箇所を見ると、そこにはなにやら摘まみのようなでっぱりがある。
「なんだそれ」
「机に切れ目があるから、おそらく小物入れか?」
リョウがそう言いながら、その摘まみを掴んで持ち上げると、それは扉のように開いた。中はリョウが言った通り、小物入れのようなスペースとなってあり、なにやら数冊のノートが入っていた。
「お、なんか日記みたいなのが出て来たぞ」
「なんだそれ、初めて見る」
父親の日記なんて今まで見たことがなかった。なんだかいけないものを見るような気分にもなるが、見てみたいという欲望も湧いてくる訳で……。
「見てみるか?」
リョウがニヤリとしながら俺に聞く。
「俺に責任押し付けたな?」
「ハハ、だって一応長男だしな。この家のものは兄貴が相続したんだし」
「一応ってなんだよ、ちぇっ」
少し拗ねてみたが、リョウには笑い飛ばされただけだった……うん、分かってた……。
リョウはノートを取り出し、俺たちは書斎の中央に座り込み、それを見ることにした。なにやら父親の心のうちを覗き見るようで、ドキドキするやらソワソワするやら、後ろめたいやら……。
リョウがパラパラっとノートを開き、ふたりで眺めていく。そこには父親がこの家を相続したときから書かれてあった。
俺たちの祖父母、親父の両親も比較的に若い頃亡くなっていて、俺もリョウも会ったことがない。祖母は親父が幼い頃に病で亡くなり、その後は祖父が男手一つで育ててくれていたらしいのだが、その祖父も親父が成人した頃、事故で亡くなったらしい。親父には兄弟がいないため、その後この家を相続し、ひとりで暮らしていた。俺と同じだな。
そんな親父の両親に対する想いや、ひとりになった寂しさや苦労などが色々書き残されてあった。それを見て、リョウとふたりで無言となる。親父の苦労を初めて知った。いつものんびりとした雰囲気の親父がこんな苦労をしていたなんて……。
そんなしんみりとした空気のなか読み進めていくと、あるときから書かれてある内容が大きく変わって来る。
『ある日突然、見知らぬ女の人が現れた』
「「ん??」」
リョウと顔を見合わせ、再びノートに視線を戻す。
『その女の人はとても美しく、僕は一目惚れをしてしまった。彼女と付き合いたい』
「これっておふくろのことか?」
「おそらくそうだろうな」
『彼女は突然目の前に現れ、自分の国に来て欲しいと言った。しかも身も心も結ばれて。い、良いのだろうか……僕は嬉しいが、彼女は僕のことが好きなんだろうか……』
「な、なあ、リョウ……こ、これって……」
なんだか覚えのあるようなやり取りが書かれてあり、そわそわと落ち着かなくなってくる。チラリとリョウの顔を見ると、先程までのしんみりとした空気はなく、怪訝な顔をしていた。そしてさらに先の文章には……
『彼女の国はアルヴェスタといって、この世界とは違う場所にあるらしい。突拍子もないことでにわかには信じ難かったのだが、彼女が嘘をついているとは到底思えなかった。彼女は美人であるだけでなく勇ましくかっこいい。嘘偽りのない誠実な目をしていると思えた。僕は彼女のことが好きだ……』
「「アルヴェスタ!?」」
ふたりで声を上げ固まった。
「ど、どういうことだ!? アルヴェスタってジウシードたちの国の名だよな!? ま、まさかおふくろはアルヴェスタの人間……?」
リョウはなにも言葉にしない。必死に考えを巡らせているのか、父親の日記を睨む。
『彼女に愛していると伝えた。彼女も好きだと言ってくれた。しかし、きっとまだ彼女は僕のことを愛してくれている訳ではないのだろう。でもそれでもいい。これから僕のことを知ってもらって、いつか必ず愛していると言わせてみせるから』
おぉ、俺なんかより余程潔くてかっこいいな。出来れば俺も親父みたいに強い人間でありたかったよ……ハハ。父親の意外な一面が知れて、なんだか嬉しいやら後ろめたさを感じるやら、自分にはない強さで悔しいやら……なんだか複雑な気分になってしまった。
『海斗にこの家のことを頼んだ。海斗にはなぜ家を捨てていなくなるのかと問い詰められたが、彼女の話は出来なかった。すまない、海斗』
海斗というのは原田さんのことだ。原田さんにこの家のことを頼んだ……今の俺と全く同じだな。原田さんには迷惑をかけてばかりだ……もしかして、だから原田さんは俺たちが親父に似ているって言ったのかな。そう苦笑した。
その言葉が最後だった。それ以降のことは全く書かれていなかった……。
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