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46-2 偽物

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「い、嫌だ……触るな……」
「アキラ? なぜ俺を拒絶する?」

 じりっとにじり寄るジウシードの目付きは鋭い。獲物を狙う眼。しかし、いつも俺を抱くジウシードの雄の眼とは違う。なにか得体の知れないもののような気がして怖い。

「嫌だ……嫌だ!!」

 そう叫び、俺は立ち上がったと同時に走り出す。周りには相変わらず霧が立ち込めたままだ。なにも見えない。それが不安になる。

 皆はどこへ!? 全く姿が見えない上に声も聞こえない。

「アキラ!!」

 ジウシードの俺を呼ぶ声が背後から聞こえるが、俺は止まることが出来なかった。怖い……怖い……あれは誰だ……ジウシード……本物のジウシードはどこ!? それとも本物のジウシードがなにかおかしくなっちゃったのか!? ど、どうしたらいいんだ!? なにが本当なんだ!?

 闇雲に走る。ひたすら走った。周りは真っ白のままなにも見えない。それがこんなにも不安になる。誰もいない。怖い。誰か……誰か……!!

「ジウシードォォ!!」

 ジウシードに追われているのにジウシードの名を呼ぶほど間抜けなものはないが、それでもあのジウシードは俺が心を許したジウシードじゃない。それだけは分かる。

 どこを走っているのか全く分からないまま、ひたすら走り続けた。

 延々と続く真っ白な空間のなか、もうこのまま俺はここで誰にも再会出来ずに死ぬんだろうか、と思った瞬間、ぶわっと霧を抜けた。

「えっ」

 霧が身体を撫でるように離れ、そして背後に振り向くと、もやもやと漂っていた霧はすぅっと消えて行った。

「アキラ!!」
「兄貴!!」

 ジウシードとリョウの声!! そう思い、再び走り抜けた先へと目を向けると、そこにはジウシードとリョウ、そして皆の姿があった。

「み、みんな……良かったぁ……」

 涙が溢れ、力が抜けてしまい、その場に座り込んでしまった。

「アキラ、大丈夫か!?」

 ジウシードが駆け寄り、俺の手を取った。その手は温かく、眼差しは優しい。

「ジウシード……本物だよな……?」
「あぁ、もう大丈夫だ」

 そう言ってジウシードは俺をグッと抱き締めた。そして落ち着かせるように背中をポンポンと優しく叩く。あぁ、温かい。ジウシードの優しい手に安心する。ん? 本物か確認したことになんの躊躇もなく返事をする、ということは……

「もしかしてジウシードも俺の偽物に会ってた?」

 ぎゅうっとジウシードにしがみ付いていたが、身体を離し、ジウシードの顔を見て聞く。さっきまで一緒にいたジウシードとやはり違う。なにが違うのかと問われれば、はっきりと言葉には出来ないのだが、なにかが違うんだよ。あのジウシードは……怖かった……。

「あぁ、俺もアキラの偽物が目の前にいた。皆もそうらしい」

 ジウシードは俺の頭を撫で、そして背後にチラリと視線を向けた。そこにはリョウを始め、皆が揃っていたが、俺たちの会話に頷いた。

「俺もジェイクの偽物が出たな。異様にかっこよくなっていたから明らかにおかしいとすぐに分かったけど。アハハ」
「おい、どういう意味だ!!」

 リョウが笑いながら言うとジェイクがキレた。

「俺たちもだな。フェシスがその……いや……うん、普段と違い過ぎて……」

 ウェジエがチラリとフェシスを見て顔をやたらと赤くさせていた。それを見たフェシスは珍しく狼狽えた顔となり、ビシッとウェジエの額を叩いていた。

「ま、まあ、私も同様ですね……ウェジエが別人のようでした……」
「お、俺もだな……リョウは……」

 フェシスもなにやら顔を逸らし、ジェイクはリョウをチラリと見たかと思うと、顔を真っ赤にさせた……お、おぉ……なんか皆ダメージを食らっているな……。苦笑してしまった。リョウだけ平然としてやがる……な、なんか悔しい……。

「兄貴は泣くほどだったのか?」

 そう言いながら苦笑するリョウ。し、しまった……安心して泣きまくってしまった……恥ずかしいぃ……。

「まあ、とりあえず抜け出ることが出来て良かったが、あれってもしあの偽物に絆されたりしていたらどうなっていたんだろうなぁ」

 自分が余裕だったからかリョウは笑いながら言ったが、俺にしてみれば笑いごとじゃねー! もし万が一あのままあのジウシードに色々されていたら、もしかして永遠にあの霧から出られなかったんじゃ……。そう思うとゾッとした。

 身震いしたことにジウシードは気付いたのか、俺を再び抱き締め頭を撫でてくれる。ジウシードにしがみ付き、首筋に顔を埋め、ジウシードの匂いを鼻孔いっぱいに吸い込んだ。そして大きく溜め息を吐き、ようやく落ち着いたのだった。


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