上 下
21 / 30

第21話 胸の痛み ※前半ライル視点

しおりを挟む
 あの男はなんなのだ! いきなり唇を奪うとは! 信じられん!
 しかもなぜあんな恨めしそうな目で私を見るのだ! 許可なく人の唇を奪っておいてあの態度! 殺されても文句は言えないくらいだ!

 しかし……なぜかあの目を見ると胸が苦しくなった。あの目に見られていたくなかった。私ともあろうものが逃げるようにあの場を出て来てしまった。


 聖女……召喚の儀式が行われたそうだが記憶にない……。聖女が召喚されて、もうかなりの月日が経つと言っていた。私の記憶がなくなったとされる日から今日までのことをルースに聞いた。

 聖女召喚で現れたのがさっき私の唇を奪ったショーゴという男。なぜ男なんだ。聖女とは女ではないのか。
 聖女として召喚されたが男であるうえにルースの判断で『聖女ではない』とされたと言っていた。しかし放置しておくわけにもいかないという理由で私が護衛になった、と。
 あの男が言っていたな「俺の護衛であることも忘れたのか」と。
 私が護衛? 団長である私自ら? 聖女でもないのなら私でなくとも良いだろうに。

 悶々と考えながら荷物を持ったまま団長室へと戻る。

「ライル!? な、なんだその荷物……い、いや、それよりもショーゴの護衛は!?」

 団長室で仕事をしていたのか、レオンが振り向き驚いた顔をしている。

「なにをそんなに驚く。聖女の護衛は他の者へ行かせる」

「えっ」

「なにか問題でもあるか?」

「も、問題って……いいのか?」

「なにがだ?」

「ショーゴのことだよ。いくら記憶を失くしたといっても、あんなに大切にしていたのに……」

「…………」

 大切……大切とはなんだ。私があの男を大切にしていたというのか。ありえない。私は誰か特別な人間を作ったりはしない。作るはずがない。

 私は独りで生きていくべきなのだから……。

「あの異世界人自身が、私がいなくても良いと言ったのだから良いだろう」

 私には大切な人間などいない。特別に想う人間などいない。
 なぜか胸がチクりと痛む。しかし、これは気のせいだ。気のせいなんだ。私には特別な人間などいてはならないのだから……。

「レオン、明日からお前があの異世界人の護衛にいけ」

「…………分かった」


 レオンはなにか言いたげだったが、そのまま部屋をあとにした。

 溜まっていた書類仕事をこなし、演習場へ団員たちの様子を見に行くと、私の姿に気付いた団員たちは整列し出迎えた。

「団長お疲れ様です、今日は演習場になにか用事でも?」

「? 用事がないと来てはいけないのか」

「えっ! いえ! そんなことは!! ショ、ショーゴ殿の姿が見えないな、と思いまして!」

 焦るように言葉を濁す団員たちは、あの異世界人の名を口にするとキョロキョロと周りを見回した。そういえば団員たちは私が一部の記憶を失っていることは伝えていないのだったな。

「ショーゴ殿のお傍におられなくても良いのですか?」

「なぜ私があの男の傍にいなくてはならないのだ……」

 どいつもこいつもなぜあの男のことを言う。イライラとする。私はあの男のことは知らない。なぜだ。なぜ、どいつもこいつも私にあの男のことを聞くのだ。
 怯えた顔の団員たちはこそこそとなにかを話し出しざわざわとしだした。

「ショ、ショーゴ殿と喧嘩でもされたのですか?」

 一人の団員がおずおずと聞いてきた。今まで団員たちとこんな会話をしてきたことがなかったのに、なぜ今日はこんなにも話しかけてくるのだ。
 しかも喧嘩……なんだ喧嘩とは。まともな大人が喧嘩などするわけがないだろうが。訳の分からないことを聞いてくる団員たちに苛立ちが込み上げてくる。

「お前たち、どうやら暇なようだな!! 今から終了時間まで戦闘訓練! 魔力切れを起こすまで休憩はなしだ!!」

「「「「「えぇぇぇえ!!!!」」」」」

 演習場には男たちの悲鳴が響き渡った。


 ふん。なんなのだ、レオンにしろ、団員たちにしろ、あの男の話ばかり。なぜ私が……苛立つ……私の知らない私……。
 あの男と私は一体なんなのだ。 私があの男を大切に? ありえない。ありえないんだ。私は誰かを大切に出来る人間ではない。

 しかしなぜだか胸が痛む。なんなのだ……あの男の顔を思い出すと、あの男の眼差しを思い出すと……酷く胸が痛む……。





 ◇◇


 ライルが部屋を出て行ってから、暇さえあれば俺はレオンとルースに手伝ってもらいながら文献を読み漁った。しかし何も出て来ない。瘴気の森を調べるようになってから何度となく文献を読み漁ってきた。だから王宮の書庫にある文献はほぼ読み尽くしたのではないかと思うほどだ。

「これだけ探してもなにも出てこないなんて……」

「うん……ダウバの街に行ってみる?」

 ルースが顎に手をやりながら思い付いたかのように言った。

「ダウバ?」

「あぁ。ダウバは伊達に長く瘴気の森を見張ってきた街じゃない。あの森があったからこそ出来た街でもある」

「そうだな。ダウバは瘴気の森を見張るために騎士団が結成され駐在となる前から街の者たちで森を見張っていたそうだ。だからこそなにか知っている者がいるかもしれない」

 レオンもルースに同意した。

 ダウバはそんな街なのか……。

「このまま城で調べていてもなにも出てこなさそうだし、ダウバに行ってみようかな……」

「じゃあ俺が同行しよう」

 レオンがダウバまで一緒に行ってくれることになった。

「私も行きたいところだが、あまり頻繁に出歩くと怒られるしね。私はもう少し城で調べてみるよ」

 そう言ってルースは笑った。



 ルースと別れ、レオンと共に部屋へと戻ろうと王宮内を歩いていると、ある人物に声を掛けられる。

「ショーゴ様」

 振り向くとそこには黒髪に青い瞳で優し気な顔。愛しい人とよく似た面差しの人がいた。

「ルフィシスさん……いえ、ギルダンドル侯爵様……」

「フフ、気軽にルフィシスとお呼びください」

 そう言って優しく微笑んだルフィシスさんは手を差し出し、握手をした。その優し気な顔は優しかったライルの姿を思い出し、涙が溢れそうになってしまう。

「ルフィシス兄さん、お久しぶりです」

「やあ、レオンも立派になったね」

 そうか、レオンやルースにとったら幼馴染の兄だもんな。同じく小さいころからの幼馴染なのだろう。二人は親し気に挨拶を交わしている。

「レオン、すまないが、少しショーゴ様と二人きりで話をしてもいいかな?」

 レオンは俺の顔を見た。そしてもう一度ルフィシスさんの顔を見ると聞いた。

「ライルのことですか?」

「ああ。話は聞いたよ。ライルはショーゴ様との記憶を失ってしまったと。そのことで少しショーゴ様と話をさせてもらいたい」

 レオンは俺に向かって「どうする?」と聞いてきた。おそらくルフィシスさんはライルのことで報告を受けて城にやって来たのだろう。
 俺のせいだということも分かっているのだろう。侯爵家の人間を危険に晒してしまったことを咎められるかもしれない。それならば誠心誠意謝りたい。だからレオンに頷いてみせた。

 レオンは話が出来る部屋を手配してくれ、扉の外で待機しているから、と背中をポンと叩き部屋へと促した。

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

信じて送り出した養い子が、魔王の首を手柄に俺へ迫ってくるんだが……

鳥羽ミワ
BL
ミルはとある貴族の家で使用人として働いていた。そこの末息子・レオンは、不吉な赤目や強い黒魔力を持つことで忌み嫌われている。それを見かねたミルは、レオンを離れへ隔離するという名目で、彼の面倒を見ていた。 そんなある日、魔王復活の知らせが届く。レオンは勇者候補として戦地へ向かうこととなった。心配でたまらないミルだが、レオンはあっさり魔王を討ち取った。 これでレオンの将来は安泰だ! と喜んだのも束の間、レオンはミルに求婚する。 「俺はずっと、ミルのことが好きだった」 そんなこと聞いてないが!? だけどうるうるの瞳(※ミル視点)で迫るレオンを、ミルは拒み切れなくて……。 お人よしでほだされやすい鈍感使用人と、彼をずっと恋い慕い続けた令息。長年の執着の粘り勝ちを見届けろ! ※エブリスタ様、カクヨム様、pixiv様にも掲載しています

ブラッドフォード卿のお気に召すままに~~腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する~~

ゆうきぼし/優輝星
BL
異世界転移BL。浄化のため召喚された異世界人は二人だった。腹黒宰相と呼ばれるブラッドフォード卿は、モブ扱いのイブキを手元に置く。それは自分の手駒の一つとして利用するためだった。だが、イブキの可愛さと優しさに触れ溺愛していく。しかもイブキには何やら不思議なチカラがあるようで……。 *マークはR回。(後半になります) ・ご都合主義のなーろっぱです。 ・攻めは頭の回転が速い魔力強の超人ですがちょっぴりダメンズなところあり。そんな彼の癒しとなるのが受けです。癖のありそうな脇役あり。どうぞよろしくお願いします。 腹黒宰相×獣医の卵(モフモフ癒やし手) ・イラストは青城硝子先生です。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜 ・不定期

【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい

おだししょうゆ
BL
超人気芸能人として活躍していた男主人公が、痴情のもつれで、女性に刺され、死んでしまう。 生前の行いから、地獄行き確定と思われたが、閻魔様の気まぐれで、異世界転生することになる。 地獄行き回避の条件は、同じ世界に転生した父親を探し出し、罪を償うことだった。 転生した主人公は、仲間の助けを得ながら、父を探して旅をし、成長していく。 ※含まれる要素 異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛 ※小説家になろうに重複投稿しています

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

逃げる銀狐に追う白竜~いいなずけ竜のアレがあんなに大きいなんて聞いてません!~

結城星乃
BL
【執着年下攻め🐲×逃げる年上受け🦊】  愚者の森に住む銀狐の一族には、ある掟がある。 ──群れの長となる者は必ず真竜を娶って子を成し、真竜の加護を得ること──  長となる証である紋様を持って生まれてきた皓(こう)は、成竜となった番(つがい)の真竜と、婚儀の相談の為に顔合わせをすることになった。  番の真竜とは、幼竜の時に幾度か会っている。丸い目が綺羅綺羅していて、とても愛らしい白竜だった。この子が将来自分のお嫁さんになるんだと、胸が高鳴ったことを思い出す。  どんな美人になっているんだろう。  だが相談の場に現れたのは、冷たい灰銀の目した、自分よりも体格の良い雄竜で……。  ──あ、これ、俺が……抱かれる方だ。  ──あんな体格いいやつのあれ、挿入したら絶対壊れる!  ──ごめんみんな、俺逃げる!  逃げる銀狐の行く末は……。  そして逃げる銀狐に竜は……。  白竜×銀狐の和風系異世界ファンタジー。

異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる

ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。 アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。 異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。 【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。 αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。 負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。 「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。 庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。 ※Rシーンには♡マークをつけます。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

処理中です...