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第20話 ライルとショーゴ

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 お前は誰だ?

 は? え? な、なに? 今、ライルが言ったのか? え?

「え、ちょっとライル、なに言ってんの?」

 ルースが慌ててライルの肩を掴んだ。

「なんだ、ルースか。で、この男は誰だ。なぜこんなところにいるんだ」

「ラ、ライル、ショーゴじゃないか!! なにを言っているんだ!?」

「ショーゴ?」


 ライルとルースのやり取りを茫然と見詰める。目の前が滲んできて顔がよく見えない。二人がなにを話しているのかも遠くに聞こえてくる。

 ルースのことは分かるんだな……俺のことだけ? 俺だけ分からないのか? なんで? なんで俺のことが分からないんだ……


「なんでだよ!! なんで俺のことが分からないんだよ!! ライル!! ライル!!」

 泣き叫びライルにしがみ付いた。情けない。泣き叫ぶしか出来ないなんて。

「ショ、ショーゴ……落ち着け」

 ルースに肩を抑えられる。ライルはこれだけ泣き叫んでも、俺を睨むだけ……。愛情もなにもない冷たい瞳……。

「君は私のことを知っているようだが、私は君のことを知らない。責められても困る」

 まるで他人のように冷たい態度……

「俺の護衛だったことも忘れちゃったのか?」

「護衛?」

 怪訝そうな顔をこちらに向け、さも不快のように溜め息を吐く。

「はぁあ……知らん」

 ボロボロと涙が溢れて止まらない。

「ショーゴ……とりあえず城に戻ろう。あの黒い霧を受けて記憶が混濁しているのかもしれない。落ち着いたらきっと思い出す」

「……うん」

 思い出す……本当に思い出してくれるだろうか……チリッと心の奥で不安が募る。



「なぜ私がその男を乗せるのだ」

「え……」

 城に戻るために先程見た剣らしきものに結界を施し、そしてさあ馬に乗ろう、としたときライルが言った。

「ライルが乗せて来たんだよ!! お前がショーゴを他の奴には一切託さなかったんだろうが!!」

「知らん」

 ルースがいくら言っても全く聞く耳を持たない。本当に俺のことは忘れてしまったんだな……。今のライルは俺のことなんか好きでもない、それどころか嫌いなのかもしれない。
 初めて会ったときにすっかり戻ってしまったのか……。

「ルース、いいよ……ルースが乗せてくれないか?」

 今のライルにはなにを言っても無駄だろう。俺のことが嫌いなのだから。

 胃がぎゅうっと締め付けられる気がした。辛い……苦しい……。泣いてしまいそうだ……。
 そんな顔を見せるわけにはいかない。必死に堪える。なんとか笑顔を作り、ルースに付いていく。

 ルースは困った顔をしながら、俺を馬に乗せてくれた。ライルはルースの馬に乗る俺には見向きもしない。全くの無関心なんだな……。城までの道中が苦痛で仕方がなかった。



 城に戻ってからも一向に記憶が戻る気配はなかった。他の人間のことは覚えている。俺だけだ。俺のことだけを忘れていた。俺と出逢ったことを全て忘れていた。

「どうやら聖女召喚の儀式寸前までの記憶のようだね。それ以降の記憶がないようだ」

 ルースは色々とライルに聞き取りし確認をした。

 聖女召喚の儀式以降の記憶がない……それは俺のことだけを忘れてしまったということだ。

「例の黒い霧、あれがなにか聖女と関わりがあるのかもしれない。だからライルのなかにある聖女の記憶だけがなくなったのかも」

 ルースは必死に考えを巡らせてくれている。しかし俺はもうなにも考えられなかった。ただひたすら悲しかった。あんなに想いを通わせたライルが俺のことを忘れてしまった。ライルの意思ではないのは分かっているが、忘れられたことがショックでライルを恨んでしまいそうで怖かった。
 だから今はライルと離れたかった……。



 俺の部屋に住んでいたことを知るとライルは酷く不快な顔をした。

「なぜ私がこんなところに住む必要があるのだ」

「そ、それはライルが……」

 お前が勝手に住み始めたんだろうが! って言いたい。でも今言ったところでライルはなにも覚えていない。拳を握り締める。

「私は官舎に戻る」

「!!」

「護衛は命令だから続けるが……」

 嫌そうな顔だな……初めて俺の護衛に挨拶に来たときもそんな顔だった。「なぜ自分が」という思いなんだろうな……。

「もう……いいよ……」

「?」

「護衛してもらわなくてもなんとかなるし……騎士団長がする仕事じゃないだろうし……ライル……団長は騎士団の仕事に戻ってください……」

「…………分かった。他の誰かを派遣する」

「…………」

 我慢出来なかった……ライルの胸倉を掴み力任せに引き寄せ唇を重ねた。

「なにをする!!」

 ライルは俺を突き飛ばし手の甲で口を拭った。

 泣くな……泣くな!! 今は泣くな!! きっとライルの意思じゃないはずだから……きっと……きっと!!
 必死で零れそうな涙を堪える。

 ライルは俺の顔を睨むようにじっと見たが、なにも言わなかった……。そして荷物を持って部屋をあとにしたのだった。



「ハハ……この部屋、こんなに広かったんだな……」

 ライルのいなくなった部屋を眺め、ベッドに寝転がり、つい昨日まで傍にいたライルの存在に思いを馳せる。
 こんなにも部屋が広く感じるなんて……一人でいたときのことをもう思い出せなかった。辛い、苦しい、悲しい……ライル!!

 あぁぁぁぁあああ!!!!

 俺をこんなに本気にさせておいて!! こんなに好きにさせておいて!! 今さらお前は俺を忘れるのか!! 俺をあんな目で見るのか!! ライル!! ライル!! あぁぁああ…………


 泣いて……泣いて……泣いて…………あぁ…………

 俺は一体どうしたら…………


 一晩中泣いて翌朝になり泣き腫らした目を冷やしながらぼんやりと考える。

 ライルにとったらこのほうが良いんだろうか……。元々俺のことを好きだったわけではないしな……。最初は嫌われていたんだろうし……今のまま忘れていてもライルにしてみたら支障はないんだしな……。

 そう納得してみようとしても心は付いていかなかった。悲しい。苦しい。辛い。

 そんなことを繰り返し考えていると扉が叩かれ、外からはレオンの声がした。

「ショーゴ……大丈夫か?」

「レオン……ハハ……うん、なんとか、ね」

 虚勢を張っているということは分かっているだろうが、今はそっとしておいて欲しい。

「今日から俺が護衛を担当することになった……」

「…………そっか、よろしく」

 ライルは本当に俺から離れるんだな。また涙が零れてしまった。

「うぅ……情けない……ご、ごめ……」

「ショーゴ……」

 レオンはどうしたらいいのか分からないといった顔で俺を見た。おろおろとしてどうにかして慰めようとしてくれる。それが少しおかしくてクスッと笑った。
 そのことにレオンは少し安心したようで安堵の表情となった。

「とにかくライルの記憶を取り戻す方法を探すぞ!」

「……ライルは思い出したくないかもしれない……」

「そんなわけないだろ!!」

 レオンが大声で怒鳴った。驚いてレオンの顔を見ると、泣きそうな顔で怒っていた。

「レオンの言う通りだよ」

 扉をノックすると共にルースが入ってきた。

「ライルは思い出したいに決まってる」

「そ、そんなこと分からないじゃないか……」

「「分かるよ」」

 二人は声を揃えて言った。

「ライルはショーゴを本当に心から愛していたと思うよ? でなければ、あのとき身を挺して庇うはずがない」

 ルースが珍しく穏やかな顔で言葉にする。

「それに俺たちはあんなに感情豊かになったライルを見たことがない」

 レオンがさらに優しい顔で言った。

「?」

「ライルはずっとあの仏頂面だったからね。アハハ。あの顔以外見たことがないよ」

「ああ、でもショーゴといるときは怒ったり笑ったり泣いたり……あんなライル見たことがない」

「「いや……」」

 ルースとレオンはなにかを思い出したかのようにお互い顔を合わせた。

「ずっと昔……」

「そうだな……めちゃくちゃ子供の頃……四歳だったか五歳だったか……昔はライルももっと感情豊かだったな……」

「そ、そうなの?」

 あのライルが? ずっと仏頂面の印象しかないけど、それは性格のものじゃなかったのか。

「ああ、昔は感情豊かだったのにいつからかライルは笑わなくなった……理由はいくら聞いても答えてくれなかったな。それからはずっとあの仏頂面……感情も乏しくなった。でもショーゴと出逢ってからあいつは変わった……」

「うん、あんなに感情を出すライルは子供のころにも見たことがないよ。ショーゴの前でだけライルは子供みたいに我儘だったろ?」

 そう言って笑うルースとレオン。


「「ライルは絶対ショーゴのことを思い出したいはずだ」」


 二人は力強く言い切った。

「ありがとう……二人とも」

「俺たちも協力するから、絶対記憶を取り戻すぞ」

「きっと調べたらなにか出てくるはずだよ」

「うん」


 二人に励まされ、涙が滲む。ライルには良い友達がいるんだな。それは俺にとっても頼りになる良い友だった。
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