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第6話 瘴気の森

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「一人で歩けるから!!」

 見張り棟から戻る道のり、再びライルにガシッと手を掴まれ歩く。
 離せ! といくら訴えても全く離してはくれず、なんとか逃げようと必死に腕を動かし手を広げ、としている間にいつの間にやら指が絡み…………いわゆる『恋人繋ぎ』状態に…………ちーん。
 指を絡められがっしりと握られた日にゃ、もう身動き取れません……またしても周りの痛い視線に耐えながら歩くはめに……ライルは男と手なんか繋いで平気なのかよ。
 チラリとライルの顔を見るが、後ろからだと表情がよく分からない。まあでもさっきも平気な感じだったから、今も平然と仏頂面なんだろうな。

 広い背中だな。手を引かれながらライルの背中をボーッと眺める。俺よりも背が高く、細身だが肩幅も広くがっしりとした騎士らしい背中。男らしくて羨ましい限りだ。
 無意識に手を伸ばし、ライルの背中をさわさわと撫でていた。

 ライルはビクッと硬直し、その弾みか、握っている俺の手をグッと握り締めたかと思うと勢いよく振り向いた。その顔は目を見開き驚きの顔……ハハ、珍しい表情だ。

「な、なにを!! …………」

 叫んだかと思うと、言葉尻は消え、再びバッと勢いよく前に向き戻った。

 あ、ハハ。

 ライルの耳が真っ赤に染まっているのが見えた。



 宿の近くまで戻って来ると、ライルは迷うことなく一つの店へと入って行った。
 中へと入るといわゆる大衆食堂のような店だった。広いスペースにテーブルが何台も並び、すでに多くの人で賑わっている。ライルは店のなかを見回すと一つのテーブルに着いた。それに続くように俺も座る。

 そしてライルはメニューを広げると俺に聞くでもなく、店員に食事を注文した。ライルいわく「メニューを見ても分からないだろう」と。

 なんだよ、と思いライルからメニューを奪い取り中身を覗くと……うん、分からない。いや、メニュー自体は読めるのだが、内容が全く分からん。料理名も分からなければ、その料理がどんなものなのかも、使われている素材名を知らないため全く分からなかった。

 大人しくメニューを戻すとライルは「フッ」と鼻で笑った。ドヤ顔が腹立つ。


 仕方がないので話題を変えよう。

「ライルはこんな庶民の店に入ることってないんじゃないの?」

「ん?」

 俺がそう聞くと、ライルは少し驚いたような顔をし、いつもよりは少し表情が柔らかくなった。

「いや、そんなことはない。遠征したときなどはそこの街で平民が使う宿や店に入るからな」

「へー、なるほど」

 そこから食事をしながら色々な話をした。よく考えたらライルとまともにお互いの話をしたことなどない。
 ずっと立場的には保護する異世界人と護衛騎士だったもんな。食事を共にすることもない。会話も必要最低限。そりゃお互いのこと何も知らないままになるわな。


 ライルの家、ギルダンドル侯爵家はこの国でも有力な貴族で、ライルのような魔法に長けた家系らしい。歴代皆、なにかしらの魔法に関わる仕事に就いているそうだ。
 歳は二十三歳。年下かい!! イケメンって老けてんのか。年上かと思ってたわ! 家は長男が継いでいるらしく、次男であるライルは気ままな身の上らしい。

「兄は素晴らしい人だ……」

 兄を尊敬しているのだろうと思える言葉だが、そう言ったライルの表情は酷く冷たかった。いつもの仏頂面でもなく感情がないような……しかし、なぜか寂しそうにも見える……なぜそう見えたんだ……。

「今回俺の護衛が決まったとき、めちゃくちゃ嫌そうな顔しただろ!」

 先程までのライルの表情が引っ掛かり、なにか余計なことを聞いてしまいそうで無理矢理話題を変えた。聞ける気もしなかったし、聞かれたくない話だったとしたらライルに嫌な思いをさせてしまうし……。

「あ、あぁ、すまない……」

 ライルはばつが悪そうにボソッと呟いた。先程の冷たい表情が消えたことにホッとしてしまった。

 今回俺の護衛を任されたとき、最初はやはり不満に思ったんだな。

「ハハ、まあそれが普通の反応だよな。俺は気にしていないよ」

「だが、お前と過ごしているうちに考えも変わった」

「?」

「お前は本来なら何もせず城で生活出来ていたはずなのに、自ら聖女について、瘴気について調べ始めた。それを見ていたらお前への認識は変わったし、私自身の認識も変わった。我々はあまりに無知だ……聖女についても、瘴気についても……私もお前と共に知っていきたい」


 ライルの言葉になんだかこそばゆい気分になり、しかしふわふわと良い気分でもあった。ライルとこれほど話したことはなかった。今回一緒に来ることが出来て良かった。そう思えたことがなにより嬉しかった。

 食事をしながら軽く酒を飲み、ライルは全く変わっていなかったが、俺はライルとこうやって仲良くなれたことにご機嫌だった。

「さてと、明日瘴気の森に行かないとだし、そろそろ宿に戻るか」

 お開きにしようと告げると、ライルは急に神妙な面持ちになった。

「お前にずっと聞きたかったのだが……」

「ん?」

「なぜそこまで頑張るのだ? お前には関係ないだろう?」

 俺が色々調べまわり、瘴気の森までやって来たことが、ライルには不可解で仕方がないらしい。

「なぜ自ら危険な場所へと向かうのだ?」

「んー、だってこの国の人たち大変なんだろ? 間違えて呼ばれたにしても、瘴気自体はなんとかしないとダメなんだろ? なら、万が一でも俺でなんとかなるなら、って思うじゃん。無理なら仕方ないけど、何もしないで見て見ぬふりは出来ないだろ」

 日本人特有なのかもしれないが、やはり何もしないで放っておくことなんて出来ない。

「それに自分自身で見てみないことには本当のことも分からなかったりするしな」

 これはやはり今まで仕事をしてきたことから得た経験だと思う。仕事をしていく上でもなんでも人任せだったり、資料を見ただけでは分からなかったりするものだ。自分の足で動き、自分の目で確認すると違うものが見えてきたりする。それはやはり大事なことだと思う。

「…………」

「なんだよ」

「お前は……」

「?」

 ライルがなにかを言いたそうにしたが、それを口にすることはなく飲み込んだ。

「いや、いい。宿に戻ろう」

「あ、あぁ」

 結局その後はほとんど話すこともなく、ライルはなにか考え込んでいるのか、無言のままで宿へと戻った。



 翌日、再び馬に乗り瘴気の森へと出発した。瘴気の森はダウバから少し離れた場所にある。大きな森、そこには魔物や魔獣が瘴気のせいで狂暴化していると聞いた。

「なにか異変を感じたらすぐに言え。分かったな?」

「分かった」

 重苦しい気配を感じながらライルは馬の歩を進める。慎重にゆっくりと確かめるように。
 瘴気の根源は森の最奥にあるということだった。そこへたどり着くまでに狂暴化した魔物が襲い来る。

 初めて見るその姿に思わず息を飲んだ。ライルは俺がいるせいで剣を使うことが出来ない。魔法を放ち攻撃を繰り返した。
 恐ろしい姿の魔物たちに恐怖しかなかったが、ライルは俺を抱き寄せ耳元で「大丈夫だ」と呟いた。

 魔導騎士団最強と言われるだけあって、ライルは強かった。魔法戦闘など見たことがない俺でも、ライルの強さは圧倒的なのだということは理解出来た。
 どの魔物を倒すにしてもほぼ瞬殺なのだ。しかし、やはり魔法の連発だと魔力が減っていくらしい。途中で回復薬とやらを補給しつつ進んで行った。

 俺も足手纏いにはなりたくない。覚えたばかりの障壁結界で魔物の攻撃を防いだ。見事にそれが成功すると嬉しくなるもので、小さく「やった」と呟いたのをライルに聞かれていたらしい。
 クスッと笑ったその顔は今まで見たことがないくらい優しいものだった。

「助かった」

 俺の耳に口を寄せ、そう呟いたライルの美声がぞわりと身体を刺激した。
 な、なんか無駄にエロい!! 年下に振り回されるな!! 冷静になれ!! 必死に平静を装う。こんなこと考えている場合か!! 自分自身に突っ込みをいれる。


 そうやって進むうちに次第に木々が枯れていることに気付いた。

「大丈夫か?」

「あ、あぁ」

 森の奥に進むにつれ、目に見えて木々が枯れている。根源に近いようだ。明らかに今までと空気が違う気がする重苦しく纏わりつくような気配。

「ここまでだ、これ以上は危険だ」

「もうちょっと!! もうちょっとだけ!! なにかを感じるんだ!」

 そう訴えるとライルは溜め息を吐きながらも先へと進んでくれた。

 枯れた木々が急になくなり、そこだけが平原のようになっていた。そしてその中心からは目に見えて濃い瘴気が溢れ出ている。辺り一面が黒い靄に覆いつくされていた。

「ショーゴ!! これ以上はダメだ!!」

 その光景を目にした瞬間、目の前が真っ黒になった。あ、ヤバい……。


 初めて名前で呼ばれたな……。

 ライルの叫び声は俺の耳に届いたかと思うと俺は意識を手放した。
 最後に目に入ったものは、真っ黒な瘴気が渦巻く中、その中心にはとても美しい薄紅色の宝石のようなもの。まさしくそれが瘴気を放っていたのだった。

「ショーゴ!! ショーゴ!!」

ライルの呼ぶ声が遠くに聞こえた。
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