永遠の縁

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第一章

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 満席になるまで待って出発した小さなバスは、枯草が風に揺れる荒野をしばらく走り、小さなゲートと建物がある場所でようやく止まった。人々がぞろぞろと降りるのに続いて、ヒスイとベスカもバスを降りる。人の流れに従ってイミグレーションへと進んだ。ベスカのすぐ横を歩くヒスイに、丸い顔の女性が話しかける。

「どこまで行くの? もしアンシャンまでなら、国境を超えてから一緒にタクシーに……」

 そう誘われて戸惑うヒスイの肩をベスカが強く抱き寄せ、代わりに返事をした。

「反対方向だ、悪いな」

 短く答え、ヒスイの腕を引いて出国カウンターの列に並ぶ。ヒスイを先に押し出し、話しかけてきた女性とヒスイの間にベスカが入った。

「でも途中まではたぶん一緒じゃない?」

 諦めずそう言う女性に、ベスカは黙ってかぶりを振り、それ以上答えなかった。諦めた女性は自分の後ろにいる親子に同じ質問をする。彼女の意識が他へ向いたのを確認したベスカが、ほっと肩から力を抜くのを見て、ヒスイもにわかに緊張してきた。

 少しずつ列が進み、小さな窓口があるカウンターでヒスイは前の人がしていたように、もらったばかりのパスポートを係員に差し出した。不愛想な係員がペラペラと形ばかりパスポートをめくり、ヒスイの顔もろくに確かめずポンとスタンプを押す。通路を進んで端に避けて待つと、すぐにベスカもパスポートにスタンプをもらいイミグレーションを通過してきた。無言で見合わせた目がきらりと光る。何も言わなくても、お互いにホッとして高揚しているのがわかった。偽造パスポートで、出国成功だ。

「まだ、入国がある。気を抜くな」

 ヒスイの耳元に囁きかけると、肩を抱くようにして隣国の入国イミグレーションへとベスカが促した。小さく頷いたヒスイはベスカにエスコートされるままに、人々の流れに従って砂利道を歩く。時刻はすでに夕暮れに近く、太陽がゆっくりと西へと傾いていくのが見えた。見渡す限りの荒野だが、遠くには山が見える。高い塀に囲まれた娼館に、気づけば十四年もいた。身請けされない限り、そこから出られることはないと思っていた。それが、思いがけないかたちで叶っている。

 遠くから吹き付ける風がヒスイの頬を撫で、髪を隠すスカーフを揺らした。まさか、国境を超えるなんてイベントが自分の人生で起こるなんて。緩衝地帯で足を止めて景色に見入ると、ベスカも隣で立ち止まる。急かすわけでもなく、二人でしばらく平野や山や空を眺めた。

 娼館で毎日客を取っていた日々が、過去のものとして通り過ぎたボーダーの向こうに残され、新しい人生がこの先にあるのかと思うと不思議だった。ワンピースの長い裾が風にはためく。長さは娼館で毎日羽織っていたシルクのガウンと同じなのに、この安物の質素なワンピースのほうが、ずっといいと思った。

 そう思ったとき、はっとした。

 あの娼館から、自由になりたかったのだ。

 閉じ込めて見ないようにしてきた自分の本音に、初めて目を向けられた。

 やがて後ろから賑やかな集団が近づいてくるのを合図に、ベスカがヒスイの背中を抱いて促す。ヒスイはまたベスカと並んで、初めて足を踏み入れる湖の国へと向かった。
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