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クール君の困惑

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悦子の同級生にクール君というあだ名を持つ男子がいた。

イケメンであるだけで無く、何事が起こっても顔色一つ変えないとのことから来ている異名だった。

例えば、走っていたクール君が怖い先輩とぶつかった時などは、普通の学生なら先輩の凄味のある怒り顔に対して、ただただ謝ることだけしか思い付かないところだが、クール君は眉一つ動かさず、先輩の鋭い目を食い入るように見入ったかと思うと、深々と頭を下げ、さらに全く物怖じもせず、土下座までするのだから、先輩も困惑してしまい、気を付けろよと言葉を残して去って行くより他に無かったのだった。

ただ、そんなクール君は自身が間違ったことをしていない時は容赦無かったようだ。

実際に見た者はいないが、ある時、先輩からカツアゲをされそうになった時など、まるで格闘アニメの主人公さながらに、顔色一つ変えず、先輩をボコボコにしたというのだから、理不尽な行為には目には目をで臨んでいるらしかった。

そんなクール君、やはりモテたのだが、学校一綺麗なお嬢様女子、学校一可愛い清楚な女子がアタックしても、無表情なまま、頭を下げ、断ったというのだから、周りの男子高生らはクール君に羨みの眼差しを突き刺していたのだった。

悦子はクール君と親しく話すことは無かったが、意外な方面から接近に至る事態となった。

クール君は表情のみならず、動作も落ち着き払い、地震や火事に襲われても微動だにしないように思われたが、財布をどこかに落としてしまった時はさすがに焦ったのか、顔色は変わらなかったものの、放課後、学校中をくまなく歩き回って調べた。

すると、いつの間にやら、クール君の下駄箱に財布は鎮座しており、どうやら何も盗まれた形跡は無く、一緒に探した仲間はホッとしたが、クール君は財布が見つかっても、無表情ながら、何かピリピリした雰囲気を醸し出していた。


「…ちょっとストップ。クール君は何故、緊張したのか、を、あなたは知りたいのよね?」

悦子にクール君の様子をずっと話し続けていたのは、悦子の同級生で、クール君の幼馴染みでもあり、やはりクール君に恋慕の情を抱いている茜であった。

ポニーテール姿で童顔の茜は少し恥じらいの表情を見せたが、屈託の無い、愛嬌のある笑顔は同性の悦子をも引き寄せるものがあった。

茜はニコニコ笑いながら、頷いた。

「…そうなの。彼ったら、家の鍵を失くしても全然動じなかったのに、財布の場合は動じなさそうに見せて、かなり動揺しているのが見て取れたわ」

悦子は右手の甲をショートヘアの前髪にあて、少し上げると、つやつやとした額が露わになったが、これは深く物事を考える時にごくたまに見せる所作だった。

悦子も笑みを見せながら、茜に言った。

「…さすが、幼馴染み、よく分かってるわね。でも、何に対して動揺していたかまでは分からなかったって訳ね」

茜は軽く頷き、宙を見ながら、口を尖らせた。

「…そうなのよ。彼、小さい頃は喜怒哀楽の激しい人だったけど、いじめに遭ってから、無表情になったわ…そうしたら、周りの人間はその変貌ぶりに驚き、彼はいじめから解放されたの…だけど、彼からは人間味が失われたわ。聞くところによると、家でも顔色を変えない生活を送ってるらしいわ…あーあ、昔はあんなんじゃなかったのになぁ…」

悦子は幼馴染みに恋焦がれる乙女の気持ちを汲みつつも、ストレートに質問した。

「…でも、あなたはやっぱり彼が好きなんでしょ?だから、彼の異変が気になるのよね?…この際、告白しちゃったらどう?」

茜は顔を赤らめると、何度も首を横に振った。

「…駄目駄目!…学校一綺麗な子や可愛い子に全く見向きもしなかったのよ…私なんか、無理無理!…まぁ、知的な悦子なら、大丈夫かも知れないけど…」

悦子はハハハと笑って、茜を見つめた。

「…無表情なクール君には表情豊かなあなたが適任よ…ま、調べてみるけど、何か分かるかしらね…」

茜は勿体ぶったような態度が不思議に思えたが、悦子に託すことにした。


翌日、茜が下校しようと下駄箱から靴を出そうとすると、靴の中に折り畳んだメモ用紙が入っていたので、そっと広げ、読むと、次のように書かれていた。

「財布を拾って貰ったお礼をしたいから、〇〇公園に来て」

財布を拾った?…クール君が落とした財布は下駄箱に入っていたそうだから、親切な誰かが黙って入れておいたのだろうと思ったが、彼は私が財布を拾ったものだと勘違いしているらしい…さて、どうしたものか?

と、茜が考えたその直後、背後から声が聞こえた。

「…あら、クール君の財布はあなたが拾ってあげたんだ…黙っているなんて、水臭いわね」

そこには悪戯っぽく笑う悦子の姿があり、茜はすぐに否定しようとしたが、悦子は分かってるわよと小さく言って、アドバイスするように伝えた。

「…きっと、クール君はあなたが拾ってくれたものだと勘違いしているようだけど、この際、あなたが拾ったことにしちゃえば?…嘘はつきたくないかも知れないけど、色々と分かるかもよ」

茜は口をアングリと開けたまま、しばらく黙っていたが、ここは女子高生探偵と呼ばれる悦子の指示に従ってみようと決めたのだった。


茜が公園に行くと、ベンチに座る彼、クール君がいた。

クール君は茜が近付いて来ることを察知すると、やはり冷静に振る舞いながらも、何か落ち着かない空気を出していた。

茜は黙っているクール君にゆっくりと話し掛けた。

「…お礼なんていらないけど、あなたに呼ばれるなんて久々ね…」

クール君は下を向いていた顔を起こすと、少し困惑した顔をしたが、やがてため息をついた。

「…ん、お礼?…そうだね、僕は君に感謝しなければならないね…財布を拾ってくれてどうも有難う…実は、僕は、僕の財布を拾ったことに関して僕に話したいことがあるそうだから、公園で待っていて欲しいと、ある人から君に頼まれたと言われてね。それで、公園に来たんだけど…き、君は財布の中を見たんだろう?」

茜は何が何だか分からなくなり、黙っていると、クール君はポケットから財布を取り出して、恥ずかしそうに中を見せた。

そこには…。


「…悦子ったら、ひどいわ!私、顔が真っ赤になったわよ!…彼が落とした財布をあなたが拾って、彼の物だと分かったから、そっと彼の下駄箱に入れておいたことを私がやったことにしただけで無く、私が彼の財布の中を見たとでっち上げて…つまり、彼の財布の中に、私の写真が入っていることをあなたは知ってた訳ね!…あー、じゃあ、私を公園に呼び出したのは、あなたの仕業ね!…私と彼をくっつけようとしたんでしょ!…そっか、それで、彼にもいい加減なことを言って、公園に来させたのね!…もー、そりゃあ、あなたのおかげで、彼も私のことを好きだと分かったんだから、感謝はしてるけど、本当、人が悪いわ!」

茜に涙ながらに叱られた悦子だったが、その後、改めて茜に感謝され、大好物のミルフィーユを奢って貰い、とてもご機嫌な悦子であった。










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