14 / 19
クール君の困惑
しおりを挟む
悦子の同級生にクール君というあだ名を持つ男子がいた。
イケメンであるだけで無く、何事が起こっても顔色一つ変えないとのことから来ている異名だった。
例えば、走っていたクール君が怖い先輩とぶつかった時などは、普通の学生なら先輩の凄味のある怒り顔に対して、ただただ謝ることだけしか思い付かないところだが、クール君は眉一つ動かさず、先輩の鋭い目を食い入るように見入ったかと思うと、深々と頭を下げ、さらに全く物怖じもせず、土下座までするのだから、先輩も困惑してしまい、気を付けろよと言葉を残して去って行くより他に無かったのだった。
ただ、そんなクール君は自身が間違ったことをしていない時は容赦無かったようだ。
実際に見た者はいないが、ある時、先輩からカツアゲをされそうになった時など、まるで格闘アニメの主人公さながらに、顔色一つ変えず、先輩をボコボコにしたというのだから、理不尽な行為には目には目をで臨んでいるらしかった。
そんなクール君、やはりモテたのだが、学校一綺麗なお嬢様女子、学校一可愛い清楚な女子がアタックしても、無表情なまま、頭を下げ、断ったというのだから、周りの男子高生らはクール君に羨みの眼差しを突き刺していたのだった。
悦子はクール君と親しく話すことは無かったが、意外な方面から接近に至る事態となった。
クール君は表情のみならず、動作も落ち着き払い、地震や火事に襲われても微動だにしないように思われたが、財布をどこかに落としてしまった時はさすがに焦ったのか、顔色は変わらなかったものの、放課後、学校中をくまなく歩き回って調べた。
すると、いつの間にやら、クール君の下駄箱に財布は鎮座しており、どうやら何も盗まれた形跡は無く、一緒に探した仲間はホッとしたが、クール君は財布が見つかっても、無表情ながら、何かピリピリした雰囲気を醸し出していた。
「…ちょっとストップ。クール君は何故、緊張したのか、を、あなたは知りたいのよね?」
悦子にクール君の様子をずっと話し続けていたのは、悦子の同級生で、クール君の幼馴染みでもあり、やはりクール君に恋慕の情を抱いている茜であった。
ポニーテール姿で童顔の茜は少し恥じらいの表情を見せたが、屈託の無い、愛嬌のある笑顔は同性の悦子をも引き寄せるものがあった。
茜はニコニコ笑いながら、頷いた。
「…そうなの。彼ったら、家の鍵を失くしても全然動じなかったのに、財布の場合は動じなさそうに見せて、かなり動揺しているのが見て取れたわ」
悦子は右手の甲をショートヘアの前髪にあて、少し上げると、つやつやとした額が露わになったが、これは深く物事を考える時にごくたまに見せる所作だった。
悦子も笑みを見せながら、茜に言った。
「…さすが、幼馴染み、よく分かってるわね。でも、何に対して動揺していたかまでは分からなかったって訳ね」
茜は軽く頷き、宙を見ながら、口を尖らせた。
「…そうなのよ。彼、小さい頃は喜怒哀楽の激しい人だったけど、いじめに遭ってから、無表情になったわ…そうしたら、周りの人間はその変貌ぶりに驚き、彼はいじめから解放されたの…だけど、彼からは人間味が失われたわ。聞くところによると、家でも顔色を変えない生活を送ってるらしいわ…あーあ、昔はあんなんじゃなかったのになぁ…」
悦子は幼馴染みに恋焦がれる乙女の気持ちを汲みつつも、ストレートに質問した。
「…でも、あなたはやっぱり彼が好きなんでしょ?だから、彼の異変が気になるのよね?…この際、告白しちゃったらどう?」
茜は顔を赤らめると、何度も首を横に振った。
「…駄目駄目!…学校一綺麗な子や可愛い子に全く見向きもしなかったのよ…私なんか、無理無理!…まぁ、知的な悦子なら、大丈夫かも知れないけど…」
悦子はハハハと笑って、茜を見つめた。
「…無表情なクール君には表情豊かなあなたが適任よ…ま、調べてみるけど、何か分かるかしらね…」
茜は勿体ぶったような態度が不思議に思えたが、悦子に託すことにした。
翌日、茜が下校しようと下駄箱から靴を出そうとすると、靴の中に折り畳んだメモ用紙が入っていたので、そっと広げ、読むと、次のように書かれていた。
「財布を拾って貰ったお礼をしたいから、〇〇公園に来て」
財布を拾った?…クール君が落とした財布は下駄箱に入っていたそうだから、親切な誰かが黙って入れておいたのだろうと思ったが、彼は私が財布を拾ったものだと勘違いしているらしい…さて、どうしたものか?
と、茜が考えたその直後、背後から声が聞こえた。
「…あら、クール君の財布はあなたが拾ってあげたんだ…黙っているなんて、水臭いわね」
そこには悪戯っぽく笑う悦子の姿があり、茜はすぐに否定しようとしたが、悦子は分かってるわよと小さく言って、アドバイスするように伝えた。
「…きっと、クール君はあなたが拾ってくれたものだと勘違いしているようだけど、この際、あなたが拾ったことにしちゃえば?…嘘はつきたくないかも知れないけど、色々と分かるかもよ」
茜は口をアングリと開けたまま、しばらく黙っていたが、ここは女子高生探偵と呼ばれる悦子の指示に従ってみようと決めたのだった。
茜が公園に行くと、ベンチに座る彼、クール君がいた。
クール君は茜が近付いて来ることを察知すると、やはり冷静に振る舞いながらも、何か落ち着かない空気を出していた。
茜は黙っているクール君にゆっくりと話し掛けた。
「…お礼なんていらないけど、あなたに呼ばれるなんて久々ね…」
クール君は下を向いていた顔を起こすと、少し困惑した顔をしたが、やがてため息をついた。
「…ん、お礼?…そうだね、僕は君に感謝しなければならないね…財布を拾ってくれてどうも有難う…実は、僕は、僕の財布を拾ったことに関して僕に話したいことがあるそうだから、公園で待っていて欲しいと、ある人から君に頼まれたと言われてね。それで、公園に来たんだけど…き、君は財布の中を見たんだろう?」
茜は何が何だか分からなくなり、黙っていると、クール君はポケットから財布を取り出して、恥ずかしそうに中を見せた。
そこには…。
「…悦子ったら、ひどいわ!私、顔が真っ赤になったわよ!…彼が落とした財布をあなたが拾って、彼の物だと分かったから、そっと彼の下駄箱に入れておいたことを私がやったことにしただけで無く、私が彼の財布の中を見たとでっち上げて…つまり、彼の財布の中に、私の写真が入っていることをあなたは知ってた訳ね!…あー、じゃあ、私を公園に呼び出したのは、あなたの仕業ね!…私と彼をくっつけようとしたんでしょ!…そっか、それで、彼にもいい加減なことを言って、公園に来させたのね!…もー、そりゃあ、あなたのおかげで、彼も私のことを好きだと分かったんだから、感謝はしてるけど、本当、人が悪いわ!」
茜に涙ながらに叱られた悦子だったが、その後、改めて茜に感謝され、大好物のミルフィーユを奢って貰い、とてもご機嫌な悦子であった。
イケメンであるだけで無く、何事が起こっても顔色一つ変えないとのことから来ている異名だった。
例えば、走っていたクール君が怖い先輩とぶつかった時などは、普通の学生なら先輩の凄味のある怒り顔に対して、ただただ謝ることだけしか思い付かないところだが、クール君は眉一つ動かさず、先輩の鋭い目を食い入るように見入ったかと思うと、深々と頭を下げ、さらに全く物怖じもせず、土下座までするのだから、先輩も困惑してしまい、気を付けろよと言葉を残して去って行くより他に無かったのだった。
ただ、そんなクール君は自身が間違ったことをしていない時は容赦無かったようだ。
実際に見た者はいないが、ある時、先輩からカツアゲをされそうになった時など、まるで格闘アニメの主人公さながらに、顔色一つ変えず、先輩をボコボコにしたというのだから、理不尽な行為には目には目をで臨んでいるらしかった。
そんなクール君、やはりモテたのだが、学校一綺麗なお嬢様女子、学校一可愛い清楚な女子がアタックしても、無表情なまま、頭を下げ、断ったというのだから、周りの男子高生らはクール君に羨みの眼差しを突き刺していたのだった。
悦子はクール君と親しく話すことは無かったが、意外な方面から接近に至る事態となった。
クール君は表情のみならず、動作も落ち着き払い、地震や火事に襲われても微動だにしないように思われたが、財布をどこかに落としてしまった時はさすがに焦ったのか、顔色は変わらなかったものの、放課後、学校中をくまなく歩き回って調べた。
すると、いつの間にやら、クール君の下駄箱に財布は鎮座しており、どうやら何も盗まれた形跡は無く、一緒に探した仲間はホッとしたが、クール君は財布が見つかっても、無表情ながら、何かピリピリした雰囲気を醸し出していた。
「…ちょっとストップ。クール君は何故、緊張したのか、を、あなたは知りたいのよね?」
悦子にクール君の様子をずっと話し続けていたのは、悦子の同級生で、クール君の幼馴染みでもあり、やはりクール君に恋慕の情を抱いている茜であった。
ポニーテール姿で童顔の茜は少し恥じらいの表情を見せたが、屈託の無い、愛嬌のある笑顔は同性の悦子をも引き寄せるものがあった。
茜はニコニコ笑いながら、頷いた。
「…そうなの。彼ったら、家の鍵を失くしても全然動じなかったのに、財布の場合は動じなさそうに見せて、かなり動揺しているのが見て取れたわ」
悦子は右手の甲をショートヘアの前髪にあて、少し上げると、つやつやとした額が露わになったが、これは深く物事を考える時にごくたまに見せる所作だった。
悦子も笑みを見せながら、茜に言った。
「…さすが、幼馴染み、よく分かってるわね。でも、何に対して動揺していたかまでは分からなかったって訳ね」
茜は軽く頷き、宙を見ながら、口を尖らせた。
「…そうなのよ。彼、小さい頃は喜怒哀楽の激しい人だったけど、いじめに遭ってから、無表情になったわ…そうしたら、周りの人間はその変貌ぶりに驚き、彼はいじめから解放されたの…だけど、彼からは人間味が失われたわ。聞くところによると、家でも顔色を変えない生活を送ってるらしいわ…あーあ、昔はあんなんじゃなかったのになぁ…」
悦子は幼馴染みに恋焦がれる乙女の気持ちを汲みつつも、ストレートに質問した。
「…でも、あなたはやっぱり彼が好きなんでしょ?だから、彼の異変が気になるのよね?…この際、告白しちゃったらどう?」
茜は顔を赤らめると、何度も首を横に振った。
「…駄目駄目!…学校一綺麗な子や可愛い子に全く見向きもしなかったのよ…私なんか、無理無理!…まぁ、知的な悦子なら、大丈夫かも知れないけど…」
悦子はハハハと笑って、茜を見つめた。
「…無表情なクール君には表情豊かなあなたが適任よ…ま、調べてみるけど、何か分かるかしらね…」
茜は勿体ぶったような態度が不思議に思えたが、悦子に託すことにした。
翌日、茜が下校しようと下駄箱から靴を出そうとすると、靴の中に折り畳んだメモ用紙が入っていたので、そっと広げ、読むと、次のように書かれていた。
「財布を拾って貰ったお礼をしたいから、〇〇公園に来て」
財布を拾った?…クール君が落とした財布は下駄箱に入っていたそうだから、親切な誰かが黙って入れておいたのだろうと思ったが、彼は私が財布を拾ったものだと勘違いしているらしい…さて、どうしたものか?
と、茜が考えたその直後、背後から声が聞こえた。
「…あら、クール君の財布はあなたが拾ってあげたんだ…黙っているなんて、水臭いわね」
そこには悪戯っぽく笑う悦子の姿があり、茜はすぐに否定しようとしたが、悦子は分かってるわよと小さく言って、アドバイスするように伝えた。
「…きっと、クール君はあなたが拾ってくれたものだと勘違いしているようだけど、この際、あなたが拾ったことにしちゃえば?…嘘はつきたくないかも知れないけど、色々と分かるかもよ」
茜は口をアングリと開けたまま、しばらく黙っていたが、ここは女子高生探偵と呼ばれる悦子の指示に従ってみようと決めたのだった。
茜が公園に行くと、ベンチに座る彼、クール君がいた。
クール君は茜が近付いて来ることを察知すると、やはり冷静に振る舞いながらも、何か落ち着かない空気を出していた。
茜は黙っているクール君にゆっくりと話し掛けた。
「…お礼なんていらないけど、あなたに呼ばれるなんて久々ね…」
クール君は下を向いていた顔を起こすと、少し困惑した顔をしたが、やがてため息をついた。
「…ん、お礼?…そうだね、僕は君に感謝しなければならないね…財布を拾ってくれてどうも有難う…実は、僕は、僕の財布を拾ったことに関して僕に話したいことがあるそうだから、公園で待っていて欲しいと、ある人から君に頼まれたと言われてね。それで、公園に来たんだけど…き、君は財布の中を見たんだろう?」
茜は何が何だか分からなくなり、黙っていると、クール君はポケットから財布を取り出して、恥ずかしそうに中を見せた。
そこには…。
「…悦子ったら、ひどいわ!私、顔が真っ赤になったわよ!…彼が落とした財布をあなたが拾って、彼の物だと分かったから、そっと彼の下駄箱に入れておいたことを私がやったことにしただけで無く、私が彼の財布の中を見たとでっち上げて…つまり、彼の財布の中に、私の写真が入っていることをあなたは知ってた訳ね!…あー、じゃあ、私を公園に呼び出したのは、あなたの仕業ね!…私と彼をくっつけようとしたんでしょ!…そっか、それで、彼にもいい加減なことを言って、公園に来させたのね!…もー、そりゃあ、あなたのおかげで、彼も私のことを好きだと分かったんだから、感謝はしてるけど、本当、人が悪いわ!」
茜に涙ながらに叱られた悦子だったが、その後、改めて茜に感謝され、大好物のミルフィーユを奢って貰い、とてもご機嫌な悦子であった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
推理の果てに咲く恋
葉羽
ミステリー
高校2年生の神藤葉羽が、日々の退屈な学校生活の中で唯一の楽しみである推理小説に没頭する様子を描く。ある日、彼の鋭い観察眼が、学校内で起こった些細な出来事に異変を感じ取る。
リモート刑事 笹本翔
雨垂 一滴
ミステリー
『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。
主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。
それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。
物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。
翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?
翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!
神暴き
黒幕横丁
ミステリー
――この祭りは、全員死ぬまで終われない。
神託を受けた”狩り手”が一日毎に一人の生贄を神に捧げる奇祭『神暴き』。そんな狂気の祭りへと招かれた弐沙(つぐさ)と怜。閉じ込められた廃村の中で、彼らはこの奇祭の真の姿を目撃することとなる……。
パラダイス・ロスト
真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。
※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる