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最終話:本当に善い女性(レディ)
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彼女は善い女性(レディ)だ。
僕が浮気三昧だったある日のこと。
ある晩遅く、浮気相手の子とホテルから出て来ると、左から歩いてくる女性がいたのだが、それがすぐに彼女だと分かった。
まずい、しかし、隠れようにも隠れる場所は無い。
ホテルの中へ引き返す手もあったが、何がしかの視界をさえぎる障害物的な物は何も無く、すでに彼女に見られていると僕は思い込んでいた。
覚悟を決めたのだが、何故か僕の方には一べつもくれず、前を向いたまま、歩き去って行ったのだった。
待てよ、この辺りはその種のホテルがひしめき合っているため、男女のことを考えてだろうか、有難いことに照明はさほど無く、薄暗いので、もしかして僕に気付かなかったのかも知れない。
だが、その甘えは瞬く間についえた。
その後、恐る恐る彼女と会った時だった。
「……この前は挨拶もしなくて、ごめんなさい。それとも、あなたに似ていた人だったのかしら、〇〇ホテルの前を通ったらね……」
つまり、僕の姿を見たと言うのだ……しかもその場に別の女性がいたような気がするとのことで、僕の心臓は飛び出そうになったが、全くもってハッキリしないので、僕はまさにグレーゾーンの域に押し込められた。
僕は観念して、本当のことを言ってくれと詰め寄ると、彼女はため息をして、次に苦笑いした。
「しょうがないわねぇ……浮気は知ってたわよ……そりゃあ、内心は怒り心頭だったけど、表に出しても仕方ないと思って、この辺りには色んなホテルがあるんだなぁと気持ちを切り替えたら、落ち着いてね……あなたを責めるのが馬鹿馬鹿しくなって、あなたを無視して、素通りしたわ。でも、いまうまくいってるからいいんじゃない?」
彼女は本当、善い女性だ。
そして、僕が万引きを繰り返していた時の話。
ある時、コスプレ服を売っている店で、宣伝用に飾ってあった、かなり過激なコスチュームを身に着けている女性の写真に刺激を受け、店員が他の客の相手をしている間に服が入っている袋をチョロまかしてしまった。
黒いサングラスをかけ、顔には大きなマスクを着けていたし、服は紺色の背広とズボン、やはり紺色のネクタイ、白のワイシャツというように多くの人が着ている格好をしていたため、防犯カメラに映っていたとしても、バレない自信はあった。
ただ、サングラスに背広姿は大丈夫かと思ったが、店が店だけに、こんな客もいるだろうと自分に言い聞かせた。
そして、黒いビジネスバッグに袋を押し込むと、店をそそくさと退散したが、外へ出ると、また彼女らしき人物が左から歩いて来た。
彼女はいわゆるノーマルな性的嗜好の人物だったので、こんな服、しかも万引きした物だと分かれば、まずいと思い、店の前に投げ捨て、右へと逃れた。
前述した僕のいでたちからして、分からないだろうという安心感もあったが、察しがいい彼女に対する不安もあった。
やはり僕の考えは的中した。
何と彼女がベッドにやって来た時の服装が万引き仕掛けた物と同じだったからだ。
彼女は言った。
「全くしょうがないわね。私、あなたがコスプレに興味があったの知ってたし、しかもあなたがこっそり読んでる雑誌から思うに、かなりマニアックな物が好きだと分かってたわ。しかも、あなたの悪い手ぐせも承知していた。どのタイミングでやめさせようかと思っていたら、あなたがコスプレショップから出て来て、袋を置いて、私とは逆方向に去ったので、何かピンと来たのよ。そうしたら、店員が足早に出て来て、誰か店から出て来ませんでしたか?って聞くから、正直に答えて、3倍のお金を払って、黙って貰ったわよ。防犯カメラも消してくれるって言ってたわ。ね、この服でしょ?……でも、さすがに恥ずかしいわよ、これ……」
彼女はズラズラと一気に話し終えた後、一気に顔を真っ赤にして、ベッドに飛び込んで来た。
僕は至福の時を過ごしたが、いやはや、本当に善い女性だ。
さて、僕はまた悪い癖を起こし、浮気をしたが、やはり彼女に申し訳ないと反省し、別れようと切り出すと、相手の女は拒否したので、口論になり、カッとして、思い切り殴ると、倒れた拍子に頭をテーブルの角に思い切りぶつけ、息をしなくなった。
ドラマにあるみたいに、テーブルの角に頭が強く当たると死んじゃうんだとよぎったが、次の瞬間、我に帰り、女のアパートから飛び出すと、左手から彼女らしき姿が……うわっと思ったが、女のアパートの部屋は2階にあり、部屋から出ると右手に下へ降りる階段があるので、急いで右へ走り、駆け降りた。
その後、彼女は現れなかった……その理由は、彼女が逮捕されたからだ。
アパートに現れたのは、やはり彼女で、彼女は健気にも僕が犯した罪を自分のものとして出頭し、警察に捕まったのだ。
きっと、僕の指紋なども全て女の部屋から抹消した上で、自首したのだろう。
僕は動揺したが、考えは決まっていた。
彼女の裁判が始まり、僕は証人として呼ばれた。
国選の弁護士に聞くと、彼女は自分が犯人だから裁判を開く必要が無いと言い張ったが、彼氏のためにも情状酌量を求めるからと提案すると、首を縦に振ったという。
僕が証言台に立つと、彼女はこちらをじっと見つめつつニコニコと笑っていたが、実は僕がやりましたと答えようとすると、急に苦しみ出した。
何と舌を噛み切って、自殺を図ったのだ。
まさかの事態に法廷内は喧騒に包まれたが、僕の耳には何も入って来なかった。
きっと彼女は僕が真実を話そうとするのを察したため、妨害し、自身の罪とすることを全うしようとして、自害したのだ。
そして、フッと彼女の姿が浮かんだ。
やはりニッコリ笑って、こう言った。
「しょうがないわねぇ……でも有難う、本当のことを言ってくれようとしてくれて……あなたって善い男性(ジェントルマン)ね」
僕はそれを聞いて、君こそ本当に善い女性じゃないかと言って、勢いよく舌を噛み切った。
僕は地獄にいて、不思議にも生き残った彼女が気になっていた。
その後の警察の入念な調べで、彼女がいくら主張しても覆せない証拠が出て来て、僕が殺したことが確定し、容疑者死亡のまま、結審した。
そして彼女はいつも寂しそうな表情を浮かべているが、僕の遺影にご飯とお茶を供えてくれる時は嬉しそうだ。
だが、手を合わせると、必ず彼女の頬を長々と涙が伝う……僕も同時に涙すると、彼女は遺影にキスをすることが日課となっていた。
僕は真っ暗なこの場所からでも構わない、どこまでも善い女性である彼女が死ぬまで、いや死んでも、見守っていくことを心から誓っていたのだった。
それを知ってか知らずか、彼女は今日も僕の遺影に向けて、顔をグショグショにしながら、満面の笑みを見せてくれていた。
間違いない、彼女は本当に善い女性だ。
僕が浮気三昧だったある日のこと。
ある晩遅く、浮気相手の子とホテルから出て来ると、左から歩いてくる女性がいたのだが、それがすぐに彼女だと分かった。
まずい、しかし、隠れようにも隠れる場所は無い。
ホテルの中へ引き返す手もあったが、何がしかの視界をさえぎる障害物的な物は何も無く、すでに彼女に見られていると僕は思い込んでいた。
覚悟を決めたのだが、何故か僕の方には一べつもくれず、前を向いたまま、歩き去って行ったのだった。
待てよ、この辺りはその種のホテルがひしめき合っているため、男女のことを考えてだろうか、有難いことに照明はさほど無く、薄暗いので、もしかして僕に気付かなかったのかも知れない。
だが、その甘えは瞬く間についえた。
その後、恐る恐る彼女と会った時だった。
「……この前は挨拶もしなくて、ごめんなさい。それとも、あなたに似ていた人だったのかしら、〇〇ホテルの前を通ったらね……」
つまり、僕の姿を見たと言うのだ……しかもその場に別の女性がいたような気がするとのことで、僕の心臓は飛び出そうになったが、全くもってハッキリしないので、僕はまさにグレーゾーンの域に押し込められた。
僕は観念して、本当のことを言ってくれと詰め寄ると、彼女はため息をして、次に苦笑いした。
「しょうがないわねぇ……浮気は知ってたわよ……そりゃあ、内心は怒り心頭だったけど、表に出しても仕方ないと思って、この辺りには色んなホテルがあるんだなぁと気持ちを切り替えたら、落ち着いてね……あなたを責めるのが馬鹿馬鹿しくなって、あなたを無視して、素通りしたわ。でも、いまうまくいってるからいいんじゃない?」
彼女は本当、善い女性だ。
そして、僕が万引きを繰り返していた時の話。
ある時、コスプレ服を売っている店で、宣伝用に飾ってあった、かなり過激なコスチュームを身に着けている女性の写真に刺激を受け、店員が他の客の相手をしている間に服が入っている袋をチョロまかしてしまった。
黒いサングラスをかけ、顔には大きなマスクを着けていたし、服は紺色の背広とズボン、やはり紺色のネクタイ、白のワイシャツというように多くの人が着ている格好をしていたため、防犯カメラに映っていたとしても、バレない自信はあった。
ただ、サングラスに背広姿は大丈夫かと思ったが、店が店だけに、こんな客もいるだろうと自分に言い聞かせた。
そして、黒いビジネスバッグに袋を押し込むと、店をそそくさと退散したが、外へ出ると、また彼女らしき人物が左から歩いて来た。
彼女はいわゆるノーマルな性的嗜好の人物だったので、こんな服、しかも万引きした物だと分かれば、まずいと思い、店の前に投げ捨て、右へと逃れた。
前述した僕のいでたちからして、分からないだろうという安心感もあったが、察しがいい彼女に対する不安もあった。
やはり僕の考えは的中した。
何と彼女がベッドにやって来た時の服装が万引き仕掛けた物と同じだったからだ。
彼女は言った。
「全くしょうがないわね。私、あなたがコスプレに興味があったの知ってたし、しかもあなたがこっそり読んでる雑誌から思うに、かなりマニアックな物が好きだと分かってたわ。しかも、あなたの悪い手ぐせも承知していた。どのタイミングでやめさせようかと思っていたら、あなたがコスプレショップから出て来て、袋を置いて、私とは逆方向に去ったので、何かピンと来たのよ。そうしたら、店員が足早に出て来て、誰か店から出て来ませんでしたか?って聞くから、正直に答えて、3倍のお金を払って、黙って貰ったわよ。防犯カメラも消してくれるって言ってたわ。ね、この服でしょ?……でも、さすがに恥ずかしいわよ、これ……」
彼女はズラズラと一気に話し終えた後、一気に顔を真っ赤にして、ベッドに飛び込んで来た。
僕は至福の時を過ごしたが、いやはや、本当に善い女性だ。
さて、僕はまた悪い癖を起こし、浮気をしたが、やはり彼女に申し訳ないと反省し、別れようと切り出すと、相手の女は拒否したので、口論になり、カッとして、思い切り殴ると、倒れた拍子に頭をテーブルの角に思い切りぶつけ、息をしなくなった。
ドラマにあるみたいに、テーブルの角に頭が強く当たると死んじゃうんだとよぎったが、次の瞬間、我に帰り、女のアパートから飛び出すと、左手から彼女らしき姿が……うわっと思ったが、女のアパートの部屋は2階にあり、部屋から出ると右手に下へ降りる階段があるので、急いで右へ走り、駆け降りた。
その後、彼女は現れなかった……その理由は、彼女が逮捕されたからだ。
アパートに現れたのは、やはり彼女で、彼女は健気にも僕が犯した罪を自分のものとして出頭し、警察に捕まったのだ。
きっと、僕の指紋なども全て女の部屋から抹消した上で、自首したのだろう。
僕は動揺したが、考えは決まっていた。
彼女の裁判が始まり、僕は証人として呼ばれた。
国選の弁護士に聞くと、彼女は自分が犯人だから裁判を開く必要が無いと言い張ったが、彼氏のためにも情状酌量を求めるからと提案すると、首を縦に振ったという。
僕が証言台に立つと、彼女はこちらをじっと見つめつつニコニコと笑っていたが、実は僕がやりましたと答えようとすると、急に苦しみ出した。
何と舌を噛み切って、自殺を図ったのだ。
まさかの事態に法廷内は喧騒に包まれたが、僕の耳には何も入って来なかった。
きっと彼女は僕が真実を話そうとするのを察したため、妨害し、自身の罪とすることを全うしようとして、自害したのだ。
そして、フッと彼女の姿が浮かんだ。
やはりニッコリ笑って、こう言った。
「しょうがないわねぇ……でも有難う、本当のことを言ってくれようとしてくれて……あなたって善い男性(ジェントルマン)ね」
僕はそれを聞いて、君こそ本当に善い女性じゃないかと言って、勢いよく舌を噛み切った。
僕は地獄にいて、不思議にも生き残った彼女が気になっていた。
その後の警察の入念な調べで、彼女がいくら主張しても覆せない証拠が出て来て、僕が殺したことが確定し、容疑者死亡のまま、結審した。
そして彼女はいつも寂しそうな表情を浮かべているが、僕の遺影にご飯とお茶を供えてくれる時は嬉しそうだ。
だが、手を合わせると、必ず彼女の頬を長々と涙が伝う……僕も同時に涙すると、彼女は遺影にキスをすることが日課となっていた。
僕は真っ暗なこの場所からでも構わない、どこまでも善い女性である彼女が死ぬまで、いや死んでも、見守っていくことを心から誓っていたのだった。
それを知ってか知らずか、彼女は今日も僕の遺影に向けて、顔をグショグショにしながら、満面の笑みを見せてくれていた。
間違いない、彼女は本当に善い女性だ。
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