ショートショートホラーミステリー小説集

キタさん

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コンプライアンス違反

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「ねぇ、コンプライアンスって、どう思う?」

咲子が高校のクラスメイトで、親友の千鶴に質問した。

「あぁ、テレビやSNSで不適切なものを流しちゃ駄目ってやつよね?」

咲子は頷いて、ささやくように言った。

「千鶴は美人だから、気を付けたほうがいいと思う」

千鶴は不思議そうな顔をした。

咲子は馬鹿馬鹿しい話なんだけど、と前置きして、続けた。

「夜、綺麗な人が歩いていたら、いきなり、仮面を被った人が現れて、コンプライアンス違反だ!って怒鳴って、カッターで顔を傷付けられたんだって…あくまでも噂だけどね。ほら、都市伝説みたいな感じかな」

千鶴は、うわーっと言って、目を丸くした。

「何、それ、怖いね…でも、それを言うなら、咲子は可愛いから、気を付けなくちゃね」

咲子は笑いながら、言った。

「何言ってるの。千鶴は信じるの、コンプライアンス仮面…デマよ、デマ。大丈夫よ。有り得ないから」

千鶴は少し暗い顔をした。

「そうかなぁ…もしかしたら、本当かも…何だか不気味よね。ねぇ、今夜、塾の帰り、一緒に帰ること出来ない?」

「そっか、千鶴は徒歩だっけ。じゃあ、今夜は私、自転車じゃなくて、歩いて行くよ」

「有難う!助かるわ」

咲子は千鶴に質問した。

「ねぇ、やっぱり、まだ自転車、怖い?」

千鶴は下を向いて、軽く頷くと、咲子は謝った。

「ごめんごめん、もう忘れよう」

数週間前、千鶴は自転車で帰宅していると、いきなり飛び出して来た子供とぶつかって、転倒し、額に怪我を負った。

ほとんど分からなかったが、よく見ると、少し傷が残っているのが見て取れた。

咲子は嫌なことを思い出させたと後悔していると、千鶴は察したのか、ニコニコ笑い、声を掛けた。

「有難ね、心配してくれて…でも、まだ自転車は駄目なんだ…だから、お願い、一緒に帰ってね」

咲子は力強く頷いた。

そして、塾が終わり、咲子と千鶴は帰路に着いた。

すると、突然、千鶴が咲子の手を引っ張った。

「この道、私がぶつかった所を通るから、回り道していい?」

咲子は、千鶴の気持ちを考えて、少し遠回りだが、ルートを変えることにした。

やがて、街路灯が無い道に差し掛かり、近くには民家も無く、雑木林が続いていたが、咲子の心配をよそに、少し顔をこわばらせていた千鶴は勇気を振り絞ってか、何も言わずに歩いていたので、咲子も同道した。

すると、急に千鶴が立ち止まったので、咲子は驚いた。

「どうしたの?何かあった?」

千鶴は恐怖におののきながら、雑木林を指差した。

「見なかった?今、何か、変な影みたいな物が動いたのを…」

咲子は少し驚いたが、度胸が座っていたため、怖さは感じなかった。

「何も見えなかったわよ。もし何なら、私、見て来ようか?どっちにしても、この道を通らないと、余計に遠回りになっちゃうし…ちょっと待ってて」

そう言って、スマホのライトを頼りに雑木林に足を踏み入れた咲子だったが、特に異常なさそうだったので、出て来ると、千鶴の姿が消えていた。

さすがに驚いた咲子は、千鶴の名前を呼んだが、返答は無い。

と、その直後、前方の暗闇から誰かが歩いて来るのが見えた。

「千鶴?千鶴なの?…一体、誰?」

咲子がスマホを向けると、ライトの先には仮面を被り、ジャンパーを着た何者かが立っていた。

その謎の人物は、驚いている咲子に向かって、怒鳴ることは無かったが、小さな声で不気味な言葉を発した。

「コンプライアンス違反だ!」

咲子は身の危険を感じ、雑木林の方向に走り出すと、仮面の人物も追って来たので、林に入り込んだが、すぐに見つかり、道路に引きずり出されてしまった。

さすがの咲子も悲鳴を上げそうになったが、仮面の人物は咲子の口を手で押さえ、声を出させないようにした。

その瞬間、咲子は感じた…この手の良い匂い、もしや…。

咲子は思い切って、相手の足に蹴りを入れると、見事に命中し、倒してしまい、仰向けに横たわった人物の仮面を取った。

そこには涙を浮かべた千鶴の姿があった。

咲子は息を切らしながら、ゆっくりと言った。

「やっぱり、あなただったのね。手の匂いから分かったわ。何故、こんなことをしたの?」

千鶴は起き上がり、額を撫でた。

「都市伝説の話を聞いて、あなたの顔を傷付けようと思ったの。可愛いあなたにも私と同じ思いをさせて、私の気持ちを心底分かって貰いたかった…ごめんね」

咲子はしばらく黙っていたが、うつむいている千鶴の手を取った。

「そうだったの…でもね、千鶴、実はね…」

そう言って、咲子は鞄からカッターを取り出した。さらに仮面を…。

千鶴は恐怖に駆られた。

「美人のあなたこそ、私にとって、コンプライアンス違反なのよ…」

千鶴は慌てて雑木林に逃げ込んだが、咲子はウフフと笑った。

「もう逃げられないわよ…」

そして、ゆっくりと林の中に姿を消した。


(*Prologueに投稿したものです)



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