ショートショートホラーミステリー小説集

生きた屍(しかばね)

私は崖の上に立っている。

妻や子供が死んだ。

もう生きていても仕方ない。

私は遺書を遺し、飛び降りようとしたが、フト後ろを振り向くと、そこには亡き妻と子供がいた。

私は腰を抜かしそうになったが、死んだはずの妻が喋り始めた。

「あなた、どうして、死に急ぐの…私、あなたには生きていて欲しいの。私の分まで、お願い」

すると、子供が続いた。

「パパ、私からもお願い。死なないで…私、パパには元気でいて欲しいの…」

私は2人の前にひざまずき、頭を下げた。

「済まない、許してくれ…」

私は再び飛び降りようとしたが、物凄い力で抑え付けられた。

私を動けなくして、妻と子供は狂気の顔で私を見ていた。

妻は遺書をビリビリに破き、海に捨てた。

そして、ゆっくりと言った。

「あなた、他に女が出来て、私たちを殺したことくらい、お見通しよ…あなたには私たちの世界には絶対に来て欲しくない。だから、あなたには生きたまま苦しんで貰うわ」

そう言うと、妻と子供は私の目の玉を片目ずつ指で潰し、苦悶とともに視界を失った私に妻はつぶやくように言った。

「あなたはあの女も何もかも見えない…せいぜい心の中で私とこの子の姿を焼き付けておけばいいわ…ウフフ、じゃあ、今度はどのように苦しめようかしら」



「キャーッ！」

私は愛人のマンションの玄関前に鎮座していた。

きっと彼女は、両手両足を失った私の姿を見ているに違いないと断定出来たのだが、いかんせん視力はゼロだ。

舌も引き抜かれ、耳ももぎとられ、鼻もペシャンコにされたが、私はまだ生きていた。

今頃、妻子は私のいない楽園を謳歌しているだろう。



愛人は私を見捨てなかった。

変わり果てた姿の私だったが、病院に連れて行って貰い、何とか生きながらえることが出来た。

彼女の優しさは私をより苦しませたが、死ぬことは不可能だった。

そして私は、妻子に対する罪悪感と愛人への憐憫の情の間で複雑に揺れ動きながら、人生をある意味謳歌していくのだろう。