田中角栄氏に倣おう!

キタさん

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何の日?

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「甘ったれるな!」

超子は怒った。

生徒にでも実子にでも無い…夫にでも。

鏡に向かって、自分自身に対してである。

丸い椅子に座り、両手を膝の上に乗せ、鏡台をじっと見ている超子は泣いていた。

髪の毛はポニーテールでは無く、ボサボサで、とかしてはいないし、パジャマを着ていた。

悔しいけど、人を恨んではいけない…そんな深い慟哭がクシャクシャの長髪から見て取れた。


超子が久々に夫と喧嘩したのは1時間前。

今日は日曜で、パジャマ姿で調理を始めようとしていた超子を見て、夫がなじったのだ。

「…なぁ、だらしないと思わないか?いつも教壇に立つ時、君は今のような格好で生徒と接しないだろう?自宅でも気を付けるべきじゃないのか?」

超子は夫の言葉にハッとした。

夫はきちんとポロシャツに着替え、スラックスを履いていたが、超子は花模様のシックなパジャマ…しかし、日曜なら良いだろうと思い、反論しようとすると、夫はピシャリと制した。

「…日曜だから良いというのは当てはまらないよ。君は先日の授業で、生徒に連休に入っても、朝、起きて、きちんと着替えれば、気持ちも切り替わり、何かしたくなるはずと言ったそうじゃないか?それから、夜は仕方ないけど、もし昼間、何か急な用事で出掛けるかも知れなくなったら面倒だから、外に行ける格好をしているべきよね、災害が起こるかも知れないしねと僕に言ったよね。いいかい、僕は国会の職員、君は教師という公務員でもある訳だから、国民に対して襟を正すべきじゃないのか?」

さすがに大袈裟な物言いだなと思った超子の頭の中を覗き見ているような夫はボリボリと自身の頭を掻いた。

「…ちょっと大袈裟過ぎたね、ごめん。でもさ、緊張感を持つことも必要だよ。さてさて、緊張感といえば、君は今日が何の日か気を付けていたかい?」

超子は明らかにストレスが溜まっているように見えたが、何とか堪えて、首を傾げた。

「…今日が何の日かなんて、知らないわよ…日曜日ってことを言いたいのかしら…」

少し嫌味たらしく言うと、夫は笑った。

「…そうか、やっぱり忘れていたか。確かに最近の君はいつにも増して公私ともに忙しくしていたから仕方ないけど、ちょっと残念だな…」

夫の言葉が煮え切らないように思えてならない超子の気持ちは煮え繰り返っていた。

超子は怒るとハンカチやら何かしらを両手で握りしめ、目がすわり、プルプルと震え出すので、夫は怒りの兆候を示していた超子の様子を見て、察した。

「…悪かったよ。ただ僕は君には覚えておいて欲しかったんだよ。つまりね…」

「…じゃっかしい!本当、まどろっこしいのよ、あなた!もう朝ご飯、作らないから、コンビニでも行って、何か買ってくれば…エッと、ハイ、これ!」

一気にまくしたてた超子であったが、財布から千円札を取り出して夫に渡すことは忘れなかった。

震える両手で妻から千円札を目の前に突き出された夫はどうして良いか分からなかったが、ズイズイと前に進み出る超子の姿にたじろぎ、恐る恐る受け取ると、じゃあ、と言って、外に出て行った。

運良く子供たちはまだ起きて来なかったので、少し頭を冷やそうと寝室に行くと、超子のベッドは毛布がベッドの脇に落ちていたが、隣の夫のは綺麗に畳まれていたため、余計に腹が立ち、毛布をグシャグシャと手で掻き回した。

やがて落ち着くと、鏡台の前に座り、自分自身を見つめながら、「甘ったれんな!私!」と何度も怒鳴ったのである。


…あれだけ、何かあっても人のせいにしてはいけないと生徒にも自分の子供にも言っているくせに、と超子は次第にヘナヘナと崩れ落ち、鏡台に突っ伏した。

やがて、ママー、ご飯は?との子供たちの声に顔を上げ、ハンカチで涙を拭くと、ハーイ、今、行くねと言って、急いでラフなワンピースに着替え始めたのだった。

パパは?と聞く子供たちに、散歩に行ったみたいよと嘘で返した超子であったが、やがて、ただいまとの言葉を発して帰って来た夫にビクッとした。

…ごめんなさいと思いながら、ついつい苛立ちも込み上げつつ、夫を見ると、片手にビニール袋が見える。

そうか、コンビニでおにぎりでも買って来たのかと頭を巡らしている超子に向かって夫は言った。

「…ほら、今日は君との結婚記念日だろ。だから、皆んなで食べようとデザートを買って来たんだ。このシュークリーム、大きくないか?そうそう、連休明けたらさ、デパートのケーキ屋でホールケーキ、買って来るからね」

エッ、ママとパパ、今日、結婚したの?と長女が言うと、ケーキ、楽しみ!と長男が口を挟む。

夫は笑いながら超子を見て、軽く手を振った。

きっと、こういうことだったんだよと教えたつもりだったのだろうが、超子はそうだったのかと思い、人知れず顔を赤くした。


「…ごめんね。でも、人が悪いわ。あなたが言ってくれたように、最近、私、忙しかったのよ。だから、忘れちゃってた…でも、有難う。でも、ちょっと悔しかったな」

「…でもばかりだね…それに悔しいと言われても、僕はきちんと記念日は覚えていたんだからね。あ、ごめん、また言い過ぎた…」

「…ううん、違うの。悔しいのは私自身に対してよ。あなたに人が悪いわなんて言ったけど、あなたは悪くないわ。だって、あなただって仕事が忙しいのは同じことだしね…あ、そうだ。今日は子供たちに留守番して貰って、映画でも観に行こうか?」

超子は笑顔で頷いた夫の肩に自身の横顔を乗せながら、やはり笑ったのだった。


「どんな境遇におかれて辛い思いをしても、天も地も人も恨まない」との田中氏の言葉を基に、視点をずらして、身近な出来事を思い浮かべながら、書かせて頂きました。
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