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三人の精霊と悪魔教団の書・序

意外な訪問者

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 ホーエンハイムの騒動から数週間過ぎたーー
元の平穏な日々が続いている。

 この退屈のようで何もない時間がこれほど掛け替えのない大切なモノだとは思いもしなかった。

 あの戦いで思い知らされたことや気付かされたことなど沢山あった。

 何よりも自分自身の心の弱さが一番思い知らされた。 

 もっと精神的に強くならなければと心から思った。

 気付かされたことと言えば、もう一人の自分の存在。あのパンドラという名の自分と入れ替わったのか? 記憶が全くない。

どうやってホーエンハイムの危機を乗り切ったのか・・・。


「アーサー様、どうかしましたかあ」

 ボーッとして考え事をしているアーサーを覗き込むリサ。

「少し考えて事をね」

  アーサーは、ため息吐きはにかんだ。

「エルザとシルフィーがミーナの所に行こうって言ってるよ」

「うん。行こっか」

 玄関のドアの前で待っていたエルザとシルフィーと一緒にアーサーとリサは喫茶店へと家を出て行った。


★  ★  ★

「やっほお、ミーナあ」

「やっほお、リサあ」

  銀色の鈴の音を響かせて当たり前のように店に入ってくる精霊たちとアーサー。

「みーなあー」

「エルザあ」

 ミーナに飛びつくエルザ、そのふわふわの頭を優しく撫でてあげるミーナ。まるで子猫でも扱うような感じだ。

 最後にアーサーとシルフィーが「おはようございます」と大人の挨拶で締める。

 いつもの店の奥の窓際の席に座って窓を眺める。喫茶店の隣に家を建てたのでほとんど家から見ている景色と変わらないのだが、喫茶店から見ると不思議と違った風に見えて新鮮に感じる。

「はい、どうぞ」

 ミーナがいつものコーヒーを運んでくれた。
 
 相変わらずの香ばしい香りとほろ酔いキレのある味だ。

 目の前のテーブルでは、いつも通りのガールズトークが始まっていた。

 テーブルの上に三人の精霊たちがちょこんと座ってミーナが椅子に腰掛け三人を見つめるようにしながら楽しくおしゃべりをしている。

 コーヒーをすすりながらふと窓の外に目をやると遠くの方から何やらキラキラと眩しく光るものが近づいて来るのが見える。

 その輝く光は、無数に小さく光っていて順不同に光る。

 街の人々は、皆一同に一礼をして道を開ける。

  アーサーは、嫌な胸騒ぎでコーヒーカップを持つ手が震え出した。

「ーーーーっ」

  胸騒ぎは的中することになるーー 軽快なハイヒールの音を街中に響かせ、高価なアクセサリーを輝かせながら一人の女性が喫茶店に近づいて来る。明らかに街の雰囲気とは合っていない何処かのお城の舞踏会にでも参加するのかというような高貴なドレスを身にまとっている。

 そしてーー 渇いた銀色の鈴の音が喫茶店の店内に響き渡った。

「いらっしゃ・・・これは、これはようこそおいで下さいましたミランダ様」

 ウエイトレスのミーナは、深々と頭を下げ厨房の中にいる兄に手招きして呼びつける。

 慌てて出て来た兄も深々と頭を下げる。

「良いのよ。いつも弟がお世話になっているそうでひいきにして頂いて御礼を言うわ」

 アーサーは、固まり動けないでいる。

 三人の精霊たちもその訪れた人物の雰囲気を感じとりアーサーは背後に隠れる。

 ミランダは、子供がおもちゃでも見つけたかのように笑みを浮かべて、ハイヒールの音が店内に響き近づいて来る。

「見いーつけた。アーサーちゃん、お久しぶりね。元気にしてたあ」

  アーサーの顎のラインに沿って指を撫で回しながら目を目細めるミランダ。

「ーーお久しぶりです・・・お姉様」

  視線をやや下にして目を合わさず答える。

「最近、何かとあなたの噂が耳に入るのよねえ。 精霊と契約したんだってね? 魔法が使えなかったのがそんなに悔しかった」

 太々しい態度をとり椅子に腰掛け両足をクロスさせテーブルの上に足をのせる。

「ーー精霊とは契約してます。魔法は別に・・・」

 ミランダの表情は、少しずつ険しくなっていく。ニヤけていた口元も引き締まり目つきも鋭くなっていく。

「正直迷惑ーー あまり目立つことしないでくれる? ペンドラゴン家の人間が世に名前を晒すことが危ういっていう認識が欠け過ぎているわ。だからこういうこと手紙も届くのよ」

  胸の谷間から一枚の手紙を取り出すとトランプのカードを飛ばすようにアーサーに投げつける。

「この手紙は・・・」

 ミランダは、席から立ち上がるとテーブルにバァンと力強く手を付きアーサーに顔を近づける。

「魔法結社 アルファからのあなた宛の招待状よ。 ペンドラゴン家は、魔法協会における中立の立場よ。あなた間違ってもアルファに肩入れしないでよね」

「ーーーー」

  無言で頷くアーサー、ミランダのあまりの迫力に声を出せないでいる。

「ウチの家系が何故こんな田舎の小さな国に居るのか? 目立つ活動をしないのか? 私やフレディが外交という名の魔法協会に顔を出すのか? あなた考えた事ある?」

 外交は、晩餐会や収益の為ではないと今初めて知ったアーサーだった。魔法協会に顔を出していたとは初めて聞いた。

「その顔は、何も知らないみたいね。 無理もないわ、あなたはずっと自分の部屋に閉じ籠って周りからも家族からも逃げ隠れていたんだものね。家系や血筋の事なんて知ろうとも思わないわよね」

 アーサーは、何も言えずただ黙って置物ように動かず耳を傾けるだけだった。

「たまたま精霊と契約して魔法が使えるようになったからって良い気になって、あなたベラベラ家の事やお父様のこと喋ったら承知しないわよ!!」

 キスでもしてしまいそうな位顔を近づけて怒鳴りつけるミランダ。
 
 すると、見ていられず三人の精霊たちが飛び出してアーサーを守ろうとミランダの前に両手を広げ立ち塞がる。

 それを見て顔を緩めるミランダ。

「そお、あなた達がアーサーの精霊たちなのね。可愛い子たちねえ、もう大丈夫よあなた達のご主人を怒鳴ったりしないわ」

ミランダは、立ち上がりドレスを整えるとアーサー達に背を向ける。

「アーサー口説いようだけどもう一度言うわよ。目立つ活動は控えることと、ペンドラゴン家の事は何一つ喋らない事。これだけは守りなさいよ」

 ミランダは、そう言い残しレジにお金をポンと置いてハイヒールを高々に鳴らしながら去って行ったーー。

 アーサーは、口に出来なかったが喋ろうにも、ペンドラゴン家の事も父親の事も魔法協会の事も何一つ知らないのだ。 

「アーサー様ぁ」

 心配そうにリサがアーサーを見上げる。

「大丈夫だよ。またみんなに助けられちゃったね。ありがとう」

 三人の精霊たちは、嬉しそうに照れていた。

 アーサーは、先ほど貰った手紙を差出人を改めて確認する。


ーー 魔法結社 アルファ  メイザース ーー
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