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三人の精霊とバルティカ戦線の書
帰還命令
しおりを挟む雷雲に包まれた漆黒の闇に包まれたバルティカの空は、まるでこの世の終わりのようだったーー。
エドナ山脈が火を噴き、死の灰が舞い上がる。
その元凶の中心には、邪悪な魔力を帯びた塊がゆっくりと姿を現した。
『アポカリプス・・・人類の終わり』を表す名を持つ邪竜神。
鋭い爪、牙を持ち漆黒の翼を持ち、血のように紅い瞳が不気味に光っている。
全身から放たれる魔力は近づく弱者を一瞬でこの世から消し去る程だ。他の神竜とは違い、体長約三メートル程と小柄だが存在感、他を圧倒する。
ゆっくりとまるで、この世に産まれてきた事を噛みしめるように一歩、一歩足を踏み出す。
その道筋には草一本生えぬ荒れ地へと変えていったーー。
☆ ☆ ☆
「・・・この魔力ヤバいよ。悪魔族の幹部クラスの巨大で邪悪な魔力だよ」
「ああ、とてつもない魔力だ。ローゼンクロイツの奴、遊びの度を超えてやがる」
茶色い髪をした精霊ミリアが、キツネ目をしたヴィル・クランツェの懐から顔を出した。
巨大な魔力の正気に晒されてしまうと、力の弱い精霊や妖精などは一瞬で消え去られてしまうのだ。その為、ミリアはヴィル・クランツェの懐に身を隠しヴィルの聖なる鎧の加護に守られているのだ。
「こんな魔力の生き物が、こちらの世界にいるなんてあり得ないわ」
ヴィルが細いキツネ目を更に細くし、空を見上げながら、
「・・・かつてこの世は、精霊と悪魔の二種類の種族が支配していたと言われている。神は共存出来ぬ悪魔をデーモンズゲートに封印し次に人間と竜を創った。人間と精霊は共存し魔法が生まれた。しかし、竜は下等生物と人間を見下し共存を拒否した。世界は自分たち竜族の物だと・・・」
「竜は最初からこの世界に存在していたのね。伝説の生物だと思っていたわ」
「ーー勇騎士サーガ率いる【angel of eyes】当時、世界最強パーティーと呼ばれていた。竜は自分たちの手下、魔族を創り上げ勢力を拡大させていた。人類は最後の希望としてサーガ率いる【angel of eyes】に竜魔族討伐を託した。そして、この魔力の元凶である邪竜アポカリプスを見事封じ、竜魔族をエドナ山脈に封印したと言われている」
「・・・封じ。倒せなかったのね」
「ああ。ーー正確には倒せなかったんじゃなく、倒さなかったんだ」
「何で?人類の敵じゃなかったの?」
「私も正確にはわからないが、色んな説がありどれが本当か分からない」
「そーよね、今から百年以上前の話だもんね。本人しかわからないし、当時生きていた人もいないもんね」
その言葉にヴィルの口元が緩む。
「ふふふ、そうだな。本人に聞いてみるのも良いかもな」
ミリアは首を傾げながら、ヴィルを見上げた。
「サーガが実在したのは百年以上前の話でしょ?もー生きていないんじゃない?」
「どーかな。それは確かめてみないと分からないよ。それにサーガは、邪竜アポカリプス討伐以来、姿を消して誰も見た事がないらしい。ーー死亡したとは誰も言っていない」
「サーガは生きている・・・」
「あくまで私が噂から推測しただけだけどな」
ヴィルは再び、ゆっくりと歩き出しながら、
「今は、魔法も発達し色んな事が可能になった。時や空間に逆らう事、異界の者の召喚、その他まだ見た事もない魔法や秘術がこの世界には溢れている。何百年と生き続けることも不可能ではないのだよ」
その言葉に目を丸くして懐からヴィルの顔を見上げるミリア。そして、少し難しい顔をしながら納得する。ーー確かに、ミリア自身も思い当たる節がある。悪魔の烙印をクリスチャン・ローゼンクロイツに消してもらった事があったからだ。一度烙印が押された精霊は悪魔にされ二度と精霊には戻れないと言われていたのに、その烙印を消すことが可能だった。
ミリアは一人「うん、うん」と納得して頷いていた。そんなミリアを見て、
「魔法は、日々進化している。この世は魔法文明だ。魔女が居なくなった今、人間と精霊が手を取り合ってこそ初めて本物の魔法が使える。魔法の発達やこの後の未来を切り開くには精霊のチカラは絶対に必要だ」
その言葉に胸をきゅんとなるミリア。顔を真っ赤にして懐にすっぽりと顔を隠すと、
「・・・うん、私ヴィルの為にがんばる」
「期待しているぞ」
ヴィルは狐目を更に細くし、笑っているのか怒っているのか?不敵な笑みを浮かべた。
ーー丁度その時、ヴィルを大きな影が包み込む。
「・・・グリフィン」
見上げるヴィル。これが後にヴィルとアーサーを結びつける出会いとなるとはこの時は知る由もなかった。
ミリアが「はっ!」となり懐から飛び出すーー、
「この感じ・・・あの三人?ルナ・・・」
「どーしたミリア?早く戻れ、魔力の正気に殺されてしまうぞ」
「違うの・・・この感じ、ルナの・・・どこから?」
キョロキョロと辺りを見回すミリア。ーー上空に目をやる。過ぎ去るグリフィンの影に気付く。
「ヴィル、あれを追いかけて!!ねえ、今すぐ!急いでーー!」
「どーしたんだ?」
「居たの!ルナを・・・ルナの居場所を知ってる人達が、だから早く追いかけて!」
ヴィルはため息を吐きながら、小さくなるグリフィンの影を見つめながら少し悩んだが、
「ミリア今から追いかけても、追いつけない。ましてや、目的地も分からない」
ミリアは目に一杯の涙を溜め込み、今にも溢れ出しそうな顔でヴィルを見つめる。
「ーーやっと見つけたの。もう少しでルナに会えるの。もーこれを逃したら二度とルナに会えないかもしれないの」
一筋の雫がミリアの頬を流れるーー。
その瞬間、ヴィルの脳裏に走馬灯のようにある光景が流れる。
『お兄ちゃん・・・』
「ヴィル、ヴィル?」
「パトリシア・・・」
思わずヴィルの口から出た名前。
「え?前もその名前を私に言ってたよね?」
「そ、そうだったか・・・」
ミリアから視線を外し明らかに何かを隠しているヴィル。
「ヴィル・・・パトリシアって誰なの?」
キツネ目を細くし眉間にシワを寄せるヴィル。その細い瞳はミリアには悲しく映った。
「・・・それは」
ヴィルが言いかけた時、腕に付けていた小型水晶が光輝いたーー。
「ヴィル様、申しあげます」
水晶には一人の兵士が映っていた。
「どーした?緊急か?」
「はい。至急帝国にお戻り下さい」
「帝国に?何か問題があったのか?」
「はい。帝国は今重大な危機に見舞われています。国王もヴィル様の帰還を待っております」
その瞬間にヴィルの周りに緊張が走るーーミリアも自分のワガママが通らなくなると一瞬で悟った。空気が重く冷たくなるのが分かった。
「ーー分かった。すぐ帰還する。帝国騎士団を集めておいてくれ」
水晶の光が消え、通信が終わるとーー、
「ミリアすまない。君の友達を捜すのは後回しになりそうだ。しかし、近いうちに必ず会えると保証しよう」
「えっ?」
その言葉に目を丸くするミリア。
「あのグリフィンの持ち主とは、何か縁を感じるんでね」
不敵な笑みを浮かべながらヴィルはバルティカを背にし、呪文を唱える。
「エスケープ」
ヴィルとミリアの姿は一瞬でバルティカの大地から消え去った。
帝国での危機をバルティカ戦線に参加している者達は誰も知る由もなかったーー。
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