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32話
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まるで何かに押し潰されるように、身体がズシッと重くなる。
まともに立っていられず、ルークスはその場に崩れ落ちた。
『ウマイ! ウマイ!モット!モット!』
「ッくそが・・・!」
ルークスの生気をごっそり吸い取った大猫は興奮したように目を見開いて、さらにルークスへ手を伸ばす。
こういう人間の力の及ばない攻撃はどうしても防ぐことが出来ない。どんどん気が奪われて力が入らなくなる。
それでもルークスは怒りのままに、拳を地面に叩きつけて身体を起こした。
初めて出来た友なのだ。
優しさをくれた人なのだ。
彼を弄び、害したことが許せない。
右足を力強く踏み出す。
爪が刺さるほど握りしめた拳を、肩ごと引いた。
崩れそうになる身体の重さを全てかけるようにして、強く拳を振り出した。
「ッ!!!」
「ニギャアァ!!」
大猫の腹に深くルークスの拳がくい込む。
潰れた悲鳴をあげて大猫が暴れ出す。
「・・・ッタ!」
赤い飛沫が芝生に舞った。
長く鋭い爪に切り裂かれた手の甲を庇うルークスを置いて、大猫はしっぽを巻いて飛んで行った。
「あーくそ!逃がした!
・・・あーもう、ちから、入らな・・・」
ルークスの意識はそこで途絶えた。
ルークスが目を覚ました時、そこは自室のベッドの上だった。
見慣れた天井は暗く影がかかり、もう外は暗い時間だということを悟る。
始業前に裏庭で倒れてからこの時間まで意識を失っていたのだろうか。
試しに寝具の中で軽く腕を持ち上げてみると、少し重たい感覚は残っているものの問題なく動かせた。体力は大分回復しているようだ。
目を覚ましたのだったら起き上がって誰かに知らせるべきか、そもそも今は一体何時なのか・・・
そんなことを考えながら何気なく首を回したルークスは、ビクッと身動ぎをして石のように固まった。
(っ、びっくりした・・・ルアか)
枕元でベッドに突っ伏すようにして寝息を立てていたのは他でもないルアだった。
意識のないルークスに付きっきりになっていて、ここで寝落ちてしまったのだろうか。
多大なる申し訳なさを感じつつも、ルークスは頭を起こしてついまじまじとルアの寝顔を眺めてしまう。
従者と主という関係上当たり前かもしれないが、ルアがルークスの前で寝ることは無い。
『前』はぐずったルークスに付き合って同じベッドで寝起きしたりもしていたが、いつだってルークスより後に寝て先に起きていた。
だからルアの寝顔を見る機会なんてとんとなかったのだ。
(はは、ルアも寝るんだな。生きてるんだから当たり前か)
穏やかな寝顔にちょっかいを出したがる右手を抑えつつ、ルアは静かに息だけで笑う。
(・・・そうか。生きてるんだよな。ルアも、僕も)
ルークスは当然のようで見落としていたそれにふと気づいた。
近くにあってあと少し手が届かなかったものに、ようやく手が届いた感覚。
(そっか、そっかあ)
生きてるんだ、僕達は。
この世界を実際に生きてるんだ。
あまりに当たり前で、でもルークスがどこか忘れていた事。
時が戻るという稀有な体験をしてしまったことで、どこか自分だけが世界を俯瞰し操れる立場にいるような気になっていた。
ただ1つの未来を知っているからというだけで。
しかし今この瞬間、ルークスもルアも誰も彼も、止まらない時の流れの中で必死にあがくひとりでしかないのだ。
ルークスがする選択ひとつでこの世界の未来は無数に分岐する。
(導くだとか叶えるだとか勘違いも甚だしい)
ルークスはギュッと左手を握る。手の甲の傷がじくじくと痛んだ。
誰もが皆、常に未来を作っている。
1秒先の未来を作り、またその先をと。
この世界は小説や劇の中では無い。
生きているのだ、生きていかねばならないのだ。
不確かで可能性に満ちた未来に怯えながら。
『間違い』などない。
(二度と戻れない時を、感情を殺して自分を偽って過ごしてどうする)
ルークスが時を遡った理由は分からない。
でも本来たった一度きりのものなのだ。
この世界に筋書きは無い。
それならば、漠然とした形のない『幸せ』を待つよりも、自分で『幸せ』をつかみに行った方がいいに決まってる。
顔も知らないハッピーエンドに任せてなんていられない!
(ルアの幸せを一緒に捕まえるんだ!)
ありもしない『間違い』に怯えて縮こまっていた愛しさが溢れる。喜びが溢れる。
すぅすぅと寝息を立てる彼が愛しい。生きていてくれて嬉しい。
好きだと言ってくれて嬉しい。嬉しい!!
ルークスは微かに上下する白髪にそっと手を伸ばした。
愛しさを喜びを感謝を全て込めるように優しくその頭を撫でる。
「愛してる、ルア」
まともに立っていられず、ルークスはその場に崩れ落ちた。
『ウマイ! ウマイ!モット!モット!』
「ッくそが・・・!」
ルークスの生気をごっそり吸い取った大猫は興奮したように目を見開いて、さらにルークスへ手を伸ばす。
こういう人間の力の及ばない攻撃はどうしても防ぐことが出来ない。どんどん気が奪われて力が入らなくなる。
それでもルークスは怒りのままに、拳を地面に叩きつけて身体を起こした。
初めて出来た友なのだ。
優しさをくれた人なのだ。
彼を弄び、害したことが許せない。
右足を力強く踏み出す。
爪が刺さるほど握りしめた拳を、肩ごと引いた。
崩れそうになる身体の重さを全てかけるようにして、強く拳を振り出した。
「ッ!!!」
「ニギャアァ!!」
大猫の腹に深くルークスの拳がくい込む。
潰れた悲鳴をあげて大猫が暴れ出す。
「・・・ッタ!」
赤い飛沫が芝生に舞った。
長く鋭い爪に切り裂かれた手の甲を庇うルークスを置いて、大猫はしっぽを巻いて飛んで行った。
「あーくそ!逃がした!
・・・あーもう、ちから、入らな・・・」
ルークスの意識はそこで途絶えた。
ルークスが目を覚ました時、そこは自室のベッドの上だった。
見慣れた天井は暗く影がかかり、もう外は暗い時間だということを悟る。
始業前に裏庭で倒れてからこの時間まで意識を失っていたのだろうか。
試しに寝具の中で軽く腕を持ち上げてみると、少し重たい感覚は残っているものの問題なく動かせた。体力は大分回復しているようだ。
目を覚ましたのだったら起き上がって誰かに知らせるべきか、そもそも今は一体何時なのか・・・
そんなことを考えながら何気なく首を回したルークスは、ビクッと身動ぎをして石のように固まった。
(っ、びっくりした・・・ルアか)
枕元でベッドに突っ伏すようにして寝息を立てていたのは他でもないルアだった。
意識のないルークスに付きっきりになっていて、ここで寝落ちてしまったのだろうか。
多大なる申し訳なさを感じつつも、ルークスは頭を起こしてついまじまじとルアの寝顔を眺めてしまう。
従者と主という関係上当たり前かもしれないが、ルアがルークスの前で寝ることは無い。
『前』はぐずったルークスに付き合って同じベッドで寝起きしたりもしていたが、いつだってルークスより後に寝て先に起きていた。
だからルアの寝顔を見る機会なんてとんとなかったのだ。
(はは、ルアも寝るんだな。生きてるんだから当たり前か)
穏やかな寝顔にちょっかいを出したがる右手を抑えつつ、ルアは静かに息だけで笑う。
(・・・そうか。生きてるんだよな。ルアも、僕も)
ルークスは当然のようで見落としていたそれにふと気づいた。
近くにあってあと少し手が届かなかったものに、ようやく手が届いた感覚。
(そっか、そっかあ)
生きてるんだ、僕達は。
この世界を実際に生きてるんだ。
あまりに当たり前で、でもルークスがどこか忘れていた事。
時が戻るという稀有な体験をしてしまったことで、どこか自分だけが世界を俯瞰し操れる立場にいるような気になっていた。
ただ1つの未来を知っているからというだけで。
しかし今この瞬間、ルークスもルアも誰も彼も、止まらない時の流れの中で必死にあがくひとりでしかないのだ。
ルークスがする選択ひとつでこの世界の未来は無数に分岐する。
(導くだとか叶えるだとか勘違いも甚だしい)
ルークスはギュッと左手を握る。手の甲の傷がじくじくと痛んだ。
誰もが皆、常に未来を作っている。
1秒先の未来を作り、またその先をと。
この世界は小説や劇の中では無い。
生きているのだ、生きていかねばならないのだ。
不確かで可能性に満ちた未来に怯えながら。
『間違い』などない。
(二度と戻れない時を、感情を殺して自分を偽って過ごしてどうする)
ルークスが時を遡った理由は分からない。
でも本来たった一度きりのものなのだ。
この世界に筋書きは無い。
それならば、漠然とした形のない『幸せ』を待つよりも、自分で『幸せ』をつかみに行った方がいいに決まってる。
顔も知らないハッピーエンドに任せてなんていられない!
(ルアの幸せを一緒に捕まえるんだ!)
ありもしない『間違い』に怯えて縮こまっていた愛しさが溢れる。喜びが溢れる。
すぅすぅと寝息を立てる彼が愛しい。生きていてくれて嬉しい。
好きだと言ってくれて嬉しい。嬉しい!!
ルークスは微かに上下する白髪にそっと手を伸ばした。
愛しさを喜びを感謝を全て込めるように優しくその頭を撫でる。
「愛してる、ルア」
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