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8話
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「適切な距離ってなんだろな…」
ルークスは昼の日差しうららかな中庭で哲学的な問いに直面していた。
彼の右手には黒々とした丸っこい魔物が乗っかっていて、ルークスの動きに合わせて体ごと首を傾げている。この中庭によくいる、ルークスが『黒丸』と名付けた弱い魔物だ。
ルークスはその体をもちもちとつつきながら、目をつぶってう~んと唸る。
結局昨夜はあのままルアに寝かしつけられてしまって、朝から挽回を図ったのだが。
「おはようございます、ルークスさ…え?」
「ん?どうしたルア」
「どうって…自分で起きだしているあまりかお着替えまで済んでいるなんて」
ルアがあまりに怪訝そうな顔をするもので照れくさくなったルークスは、人差し指で頬を掻きながら少し得意げに答えた。
「ん、えっと…僕ももう高等部に入るんだしルアの手を煩わせないようにしなきゃ...って、おい!」
ルアは無言でルークスのシャツを乱暴な手つきでむきはじめた。
あっという間に上半身を露わにされたルークスは真っ赤な顔でベッドまで逃げ戻りシーツにくるまる。
それに満足気な顔をしたルアに抗議の声をあげるが何処吹く風で、膨れた頬でシーツの中に籠城するルークスをあやすように囁いた。
「貴方のために割く時間が、かける手間が、煩わしいわけないじゃないですか」
俺に全てを投げ出してくれていいんですよ、と主を誘惑せんとするルアに、ルークスはため息をついてシーツから顔だけを出した。
「そうだけどそうじゃなくて...僕も自立しなきゃなって話だよ」
「なぜ」
「なぜって...。20とか30とかいい歳になってもルアに頼りきりじゃ格好がつかないだろ?」
「ルークスの部屋に入るのは俺だけで、そういう姿を見るのも俺だけなのに何の問題が?」
あんまりな言葉にルークスはぽかんと口を開けて、思わず心にも無い事を口走る。
「いや...僕だって商家の次男なんだから、さすがに30くらいになれば誰かとけっこ、」
「は?」
包み込むように身体に添えられていた腕に力がこもり、締め付けられたルークスは「うぐっ」と呻いて、何がルアの怒りの琴線に触れたのかと目を白黒させる。
「あぁ...申し訳ありません。ルークスが他の誰かの元へ行くのを想像して思わず...」
あれか、娘を嫁に出したくない父親の気持ちというやつだろうか。
「そ、そうか。馬鹿だな、僕はまだ17なんだからまだ先の話だよ」
「........................そうですね」
ルークスはルアがそんなにも自分に親愛の情を抱いてくれていたのかと思うとむずがゆい気持ちがした。
「馬鹿な俺の生きがいを奪わないでやってはくれませんか。どうか起こす役目と身支度は俺に」
「しょ、しょうがないなぁ」
そんな感じで絆されて、結局シャツのボタン1つに至るまでルアの手によって整えられることになるのだった。
「やっぱ日常生活の自立こそ依存回避の第1歩だと思ったんだけどなぁ」
兄の失踪を阻止して軟禁を防ぐことが第一だが、心中に繋がりそうな依存の芽は摘んでおくに越したことはない。どこからルアを巻き込んでしまうのか分からないのだ。
まずは身の回りの事を自分でするようになれば自然と『適切な距離』が取れると思ったのだが、そう簡単には行かないらしい。
「難しいねぇ」
手の上の黒丸に話しかけるものの、彼(?)はもう話に飽きてしまったのか、身体をぼよんぼよんと上下に揺らしている。
ルークスは黒丸をそっとバラの茂みの根元におろした。どこからか同じ背格好の黒丸の仲間たちがやってくる。
「あ、そうだ。お前たち、怪しい魔物の噂聞かなかったか?人攫いとかさ」
黒丸たちはしばらく沈黙したあとフルフルと体を揺らした。
「そうか。ありがとな」
茂みの奥に消えていく影を見送って、ルークスはゆっくりと膝を伸ばした。
ルークスは昼の日差しうららかな中庭で哲学的な問いに直面していた。
彼の右手には黒々とした丸っこい魔物が乗っかっていて、ルークスの動きに合わせて体ごと首を傾げている。この中庭によくいる、ルークスが『黒丸』と名付けた弱い魔物だ。
ルークスはその体をもちもちとつつきながら、目をつぶってう~んと唸る。
結局昨夜はあのままルアに寝かしつけられてしまって、朝から挽回を図ったのだが。
「おはようございます、ルークスさ…え?」
「ん?どうしたルア」
「どうって…自分で起きだしているあまりかお着替えまで済んでいるなんて」
ルアがあまりに怪訝そうな顔をするもので照れくさくなったルークスは、人差し指で頬を掻きながら少し得意げに答えた。
「ん、えっと…僕ももう高等部に入るんだしルアの手を煩わせないようにしなきゃ...って、おい!」
ルアは無言でルークスのシャツを乱暴な手つきでむきはじめた。
あっという間に上半身を露わにされたルークスは真っ赤な顔でベッドまで逃げ戻りシーツにくるまる。
それに満足気な顔をしたルアに抗議の声をあげるが何処吹く風で、膨れた頬でシーツの中に籠城するルークスをあやすように囁いた。
「貴方のために割く時間が、かける手間が、煩わしいわけないじゃないですか」
俺に全てを投げ出してくれていいんですよ、と主を誘惑せんとするルアに、ルークスはため息をついてシーツから顔だけを出した。
「そうだけどそうじゃなくて...僕も自立しなきゃなって話だよ」
「なぜ」
「なぜって...。20とか30とかいい歳になってもルアに頼りきりじゃ格好がつかないだろ?」
「ルークスの部屋に入るのは俺だけで、そういう姿を見るのも俺だけなのに何の問題が?」
あんまりな言葉にルークスはぽかんと口を開けて、思わず心にも無い事を口走る。
「いや...僕だって商家の次男なんだから、さすがに30くらいになれば誰かとけっこ、」
「は?」
包み込むように身体に添えられていた腕に力がこもり、締め付けられたルークスは「うぐっ」と呻いて、何がルアの怒りの琴線に触れたのかと目を白黒させる。
「あぁ...申し訳ありません。ルークスが他の誰かの元へ行くのを想像して思わず...」
あれか、娘を嫁に出したくない父親の気持ちというやつだろうか。
「そ、そうか。馬鹿だな、僕はまだ17なんだからまだ先の話だよ」
「........................そうですね」
ルークスはルアがそんなにも自分に親愛の情を抱いてくれていたのかと思うとむずがゆい気持ちがした。
「馬鹿な俺の生きがいを奪わないでやってはくれませんか。どうか起こす役目と身支度は俺に」
「しょ、しょうがないなぁ」
そんな感じで絆されて、結局シャツのボタン1つに至るまでルアの手によって整えられることになるのだった。
「やっぱ日常生活の自立こそ依存回避の第1歩だと思ったんだけどなぁ」
兄の失踪を阻止して軟禁を防ぐことが第一だが、心中に繋がりそうな依存の芽は摘んでおくに越したことはない。どこからルアを巻き込んでしまうのか分からないのだ。
まずは身の回りの事を自分でするようになれば自然と『適切な距離』が取れると思ったのだが、そう簡単には行かないらしい。
「難しいねぇ」
手の上の黒丸に話しかけるものの、彼(?)はもう話に飽きてしまったのか、身体をぼよんぼよんと上下に揺らしている。
ルークスは黒丸をそっとバラの茂みの根元におろした。どこからか同じ背格好の黒丸の仲間たちがやってくる。
「あ、そうだ。お前たち、怪しい魔物の噂聞かなかったか?人攫いとかさ」
黒丸たちはしばらく沈黙したあとフルフルと体を揺らした。
「そうか。ありがとな」
茂みの奥に消えていく影を見送って、ルークスはゆっくりと膝を伸ばした。
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