3 / 4
3話
しおりを挟む
「貴方が魔法使い様ですか?」
「そういう君は王の愛し子かのお」
王宮を下り町の大通りを真っ直ぐ進むと住民に人気のパン屋さんがあり、その角を曲がった薄暗い裏道に、その怪しい古本屋はありました。
棚から溢れた本たちがうずたかく積み上げられているその先に座るのは、年老いたひょろりとしたおじいさんです。
埃が舞い日の光の差し込まないその店は、一国の王に愛され誰もが見惚れる輝きを持つラフェルには不釣り合いなように思えました。
けれどラフェルはそういったことを全く気にすることなく、ずんずんとおじいさんの近くに進み、その足元に跪きました。
「お前さんがこんなところに来ていると知ったら王が心配するじゃろ」
「少し散歩に出かけると言ってまいりました」
「ふむ、そうまでしてこの老いぼれになんの用じゃ」
「貴方様の魔法を、そのお力をお借りしたいのです」
おじいさんはラフェルに顔をあげるように言うと、その顔をじっと見つめました。
「えらくやつれとるのう。なにぞ心配事か」
「ええ、この胸に巣食いだした悪魔がろくに睡眠も食事もとらせてくれないのです」
「ほお、悪魔とな」
おじいさんがそう言って、パチンと指を鳴らすと彼の横に突然椅子が現れました。目を見張るラフェルに向かって、おじいさん_いえ、魔法使いはその椅子に座るよう促しました。
おそるおそる魔法の椅子に腰をおろしたラフェルに魔法使いは話の先を促します。
「…つい最近、夢を見たのです。愛しい王が死ぬ、夢を。
それから、自分を置いて彼がいなくなってしまう想像が頭から離れません。そうすると食事も喉を通らぬのです、もうずっと。苦しくてたまらぬのです」
「…それだけ王を愛しているということではないのかの?」
「ええ…きっと」
「ではわしに何を望む」
「貴方は大変高位の魔法使いだと調べさせていただきました。そんな方ならばできるのではないかと。…自分の命を王に差し上げたいのです」
魔法使いは無言で長いひげをさすります。
「命を投げ捨てたいわけではないのです。彼と共に生きていければどんなに幸せかと思います。ですが、この心はもう耐えきれないのです。王がいなくなってしまうと、ただそれだけが怖くて恐ろしくて苦しくて…耐えられない」
「愛する者と共にあろうとしている者たちは皆その恐怖と戦っておるよ」
「それは分かっています。自分が弱いことも。
しかしこれがたくさん悩んだ自分なりの結論なのです。彼にこの残りの命をあげられたらどれほどいいかと。それが一番の幸福なのです、自分の幸福なのです。
たとえ自己中心的であろうとも」
長い沈黙の時が流れました。
魔法使いは目を瞑り、ラフェルは下を向いたままお互い微動だにしません。
しばらくして、それを破ったのは魔法使いの方でした。
「わしはお前さんをよう知らんしの。他人の考えや幸福に口だせるほど偉いと思いあがってもおらん。だからお前さんがそう言って正式にわしに依頼するというのならそれを叶えよう」
「…!できるのですか!」
「死せた人間を蘇らせることは不可能だが、生きた人間をどうこうすることはお前さんたちが思っているよりはるかに簡単じゃ」
「では自分の残りの命を王へ…!どうか!対価はなにをしてでも払いますので」
「金の類はいらぬよ。だがお前さん自身がこの魔法に対して軽くない犠牲を払う必要はある」
「覚悟のうえです」
「ふむ…。では今言おう。
この術を使ってしまえばお前さんの存在は、欠片も残らず消え失せる。わしの記憶からも誰の記憶からも…もちろん王の心からもな」
魔法使いは片眼を開けてそっとラフェルの様子を伺います。
ラフェルは__
「願ってもないことでございます…!
忘れられてしまうのは確かに寂しいですが…これで王を悲しませずに済みます!」
誰もが見ほれるほどの美しさで、満面の笑みを浮かべました。
「そういう君は王の愛し子かのお」
王宮を下り町の大通りを真っ直ぐ進むと住民に人気のパン屋さんがあり、その角を曲がった薄暗い裏道に、その怪しい古本屋はありました。
棚から溢れた本たちがうずたかく積み上げられているその先に座るのは、年老いたひょろりとしたおじいさんです。
埃が舞い日の光の差し込まないその店は、一国の王に愛され誰もが見惚れる輝きを持つラフェルには不釣り合いなように思えました。
けれどラフェルはそういったことを全く気にすることなく、ずんずんとおじいさんの近くに進み、その足元に跪きました。
「お前さんがこんなところに来ていると知ったら王が心配するじゃろ」
「少し散歩に出かけると言ってまいりました」
「ふむ、そうまでしてこの老いぼれになんの用じゃ」
「貴方様の魔法を、そのお力をお借りしたいのです」
おじいさんはラフェルに顔をあげるように言うと、その顔をじっと見つめました。
「えらくやつれとるのう。なにぞ心配事か」
「ええ、この胸に巣食いだした悪魔がろくに睡眠も食事もとらせてくれないのです」
「ほお、悪魔とな」
おじいさんがそう言って、パチンと指を鳴らすと彼の横に突然椅子が現れました。目を見張るラフェルに向かって、おじいさん_いえ、魔法使いはその椅子に座るよう促しました。
おそるおそる魔法の椅子に腰をおろしたラフェルに魔法使いは話の先を促します。
「…つい最近、夢を見たのです。愛しい王が死ぬ、夢を。
それから、自分を置いて彼がいなくなってしまう想像が頭から離れません。そうすると食事も喉を通らぬのです、もうずっと。苦しくてたまらぬのです」
「…それだけ王を愛しているということではないのかの?」
「ええ…きっと」
「ではわしに何を望む」
「貴方は大変高位の魔法使いだと調べさせていただきました。そんな方ならばできるのではないかと。…自分の命を王に差し上げたいのです」
魔法使いは無言で長いひげをさすります。
「命を投げ捨てたいわけではないのです。彼と共に生きていければどんなに幸せかと思います。ですが、この心はもう耐えきれないのです。王がいなくなってしまうと、ただそれだけが怖くて恐ろしくて苦しくて…耐えられない」
「愛する者と共にあろうとしている者たちは皆その恐怖と戦っておるよ」
「それは分かっています。自分が弱いことも。
しかしこれがたくさん悩んだ自分なりの結論なのです。彼にこの残りの命をあげられたらどれほどいいかと。それが一番の幸福なのです、自分の幸福なのです。
たとえ自己中心的であろうとも」
長い沈黙の時が流れました。
魔法使いは目を瞑り、ラフェルは下を向いたままお互い微動だにしません。
しばらくして、それを破ったのは魔法使いの方でした。
「わしはお前さんをよう知らんしの。他人の考えや幸福に口だせるほど偉いと思いあがってもおらん。だからお前さんがそう言って正式にわしに依頼するというのならそれを叶えよう」
「…!できるのですか!」
「死せた人間を蘇らせることは不可能だが、生きた人間をどうこうすることはお前さんたちが思っているよりはるかに簡単じゃ」
「では自分の残りの命を王へ…!どうか!対価はなにをしてでも払いますので」
「金の類はいらぬよ。だがお前さん自身がこの魔法に対して軽くない犠牲を払う必要はある」
「覚悟のうえです」
「ふむ…。では今言おう。
この術を使ってしまえばお前さんの存在は、欠片も残らず消え失せる。わしの記憶からも誰の記憶からも…もちろん王の心からもな」
魔法使いは片眼を開けてそっとラフェルの様子を伺います。
ラフェルは__
「願ってもないことでございます…!
忘れられてしまうのは確かに寂しいですが…これで王を悲しませずに済みます!」
誰もが見ほれるほどの美しさで、満面の笑みを浮かべました。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

ざまぁみろと、心の底から言えたならよかった
Gypsophila
恋愛
お粗末な婚約破棄が失敗に終わったその後の話。
嫌いになるには情が深すぎた、ただそれだけ。
※ざまぁ!!よりも案外こういうのがずんと鉛のようにダメージ食らうよね…と思いながら執筆しました。
※小説家になろう様にも同内容の掲載があります。
ここよりずっとたかいところ
月澄狸
ファンタジー
みんなから忘れ去られた大観覧車の元にやって来た少女。そこは夢か幻か……
※あんまり伏線回収しません。
※タグに「異世界」を入れましたが、異世界もの的な異世界ではありません。
※この作品は、小説家になろう・カクヨム・アルファポリス・ノベリズムで投稿しています。
※この作品のこぼれ話・脱線話・セルフ考察をアルファポリスとノベリズムのエッセイで投稿しました。
アルファポリス
https://www.alphapolis.co.jp/novel/206695515/864462759/episode/3993103
ノベリズム
https://novelism.jp/novel/3EIkRACeQLGUhSLhjfgxIA/article/WS0b9bnAQ96OMFZHaGZalw/
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開

誰の代わりに愛されているのか知った私は優しい嘘に溺れていく
矢野りと
恋愛
彼がかつて愛した人は私の知っている人だった。
髪色、瞳の色、そして後ろ姿は私にとても似ている。
いいえ違う…、似ているのは彼女ではなく私だ。望まれて嫁いだから愛されているのかと思っていたけれども、それは間違いだと知ってしまった。
『私はただの身代わりだったのね…』
彼は変わらない。
いつも優しい言葉を紡いでくれる。
でも真実を知ってしまった私にはそれが嘘だと分かっているから…。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる