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3話
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「貴方が魔法使い様ですか?」
「そういう君は王の愛し子かのお」
王宮を下り町の大通りを真っ直ぐ進むと住民に人気のパン屋さんがあり、その角を曲がった薄暗い裏道に、その怪しい古本屋はありました。
棚から溢れた本たちがうずたかく積み上げられているその先に座るのは、年老いたひょろりとしたおじいさんです。
埃が舞い日の光の差し込まないその店は、一国の王に愛され誰もが見惚れる輝きを持つラフェルには不釣り合いなように思えました。
けれどラフェルはそういったことを全く気にすることなく、ずんずんとおじいさんの近くに進み、その足元に跪きました。
「お前さんがこんなところに来ていると知ったら王が心配するじゃろ」
「少し散歩に出かけると言ってまいりました」
「ふむ、そうまでしてこの老いぼれになんの用じゃ」
「貴方様の魔法を、そのお力をお借りしたいのです」
おじいさんはラフェルに顔をあげるように言うと、その顔をじっと見つめました。
「えらくやつれとるのう。なにぞ心配事か」
「ええ、この胸に巣食いだした悪魔がろくに睡眠も食事もとらせてくれないのです」
「ほお、悪魔とな」
おじいさんがそう言って、パチンと指を鳴らすと彼の横に突然椅子が現れました。目を見張るラフェルに向かって、おじいさん_いえ、魔法使いはその椅子に座るよう促しました。
おそるおそる魔法の椅子に腰をおろしたラフェルに魔法使いは話の先を促します。
「…つい最近、夢を見たのです。愛しい王が死ぬ、夢を。
それから、自分を置いて彼がいなくなってしまう想像が頭から離れません。そうすると食事も喉を通らぬのです、もうずっと。苦しくてたまらぬのです」
「…それだけ王を愛しているということではないのかの?」
「ええ…きっと」
「ではわしに何を望む」
「貴方は大変高位の魔法使いだと調べさせていただきました。そんな方ならばできるのではないかと。…自分の命を王に差し上げたいのです」
魔法使いは無言で長いひげをさすります。
「命を投げ捨てたいわけではないのです。彼と共に生きていければどんなに幸せかと思います。ですが、この心はもう耐えきれないのです。王がいなくなってしまうと、ただそれだけが怖くて恐ろしくて苦しくて…耐えられない」
「愛する者と共にあろうとしている者たちは皆その恐怖と戦っておるよ」
「それは分かっています。自分が弱いことも。
しかしこれがたくさん悩んだ自分なりの結論なのです。彼にこの残りの命をあげられたらどれほどいいかと。それが一番の幸福なのです、自分の幸福なのです。
たとえ自己中心的であろうとも」
長い沈黙の時が流れました。
魔法使いは目を瞑り、ラフェルは下を向いたままお互い微動だにしません。
しばらくして、それを破ったのは魔法使いの方でした。
「わしはお前さんをよう知らんしの。他人の考えや幸福に口だせるほど偉いと思いあがってもおらん。だからお前さんがそう言って正式にわしに依頼するというのならそれを叶えよう」
「…!できるのですか!」
「死せた人間を蘇らせることは不可能だが、生きた人間をどうこうすることはお前さんたちが思っているよりはるかに簡単じゃ」
「では自分の残りの命を王へ…!どうか!対価はなにをしてでも払いますので」
「金の類はいらぬよ。だがお前さん自身がこの魔法に対して軽くない犠牲を払う必要はある」
「覚悟のうえです」
「ふむ…。では今言おう。
この術を使ってしまえばお前さんの存在は、欠片も残らず消え失せる。わしの記憶からも誰の記憶からも…もちろん王の心からもな」
魔法使いは片眼を開けてそっとラフェルの様子を伺います。
ラフェルは__
「願ってもないことでございます…!
忘れられてしまうのは確かに寂しいですが…これで王を悲しませずに済みます!」
誰もが見ほれるほどの美しさで、満面の笑みを浮かべました。
「そういう君は王の愛し子かのお」
王宮を下り町の大通りを真っ直ぐ進むと住民に人気のパン屋さんがあり、その角を曲がった薄暗い裏道に、その怪しい古本屋はありました。
棚から溢れた本たちがうずたかく積み上げられているその先に座るのは、年老いたひょろりとしたおじいさんです。
埃が舞い日の光の差し込まないその店は、一国の王に愛され誰もが見惚れる輝きを持つラフェルには不釣り合いなように思えました。
けれどラフェルはそういったことを全く気にすることなく、ずんずんとおじいさんの近くに進み、その足元に跪きました。
「お前さんがこんなところに来ていると知ったら王が心配するじゃろ」
「少し散歩に出かけると言ってまいりました」
「ふむ、そうまでしてこの老いぼれになんの用じゃ」
「貴方様の魔法を、そのお力をお借りしたいのです」
おじいさんはラフェルに顔をあげるように言うと、その顔をじっと見つめました。
「えらくやつれとるのう。なにぞ心配事か」
「ええ、この胸に巣食いだした悪魔がろくに睡眠も食事もとらせてくれないのです」
「ほお、悪魔とな」
おじいさんがそう言って、パチンと指を鳴らすと彼の横に突然椅子が現れました。目を見張るラフェルに向かって、おじいさん_いえ、魔法使いはその椅子に座るよう促しました。
おそるおそる魔法の椅子に腰をおろしたラフェルに魔法使いは話の先を促します。
「…つい最近、夢を見たのです。愛しい王が死ぬ、夢を。
それから、自分を置いて彼がいなくなってしまう想像が頭から離れません。そうすると食事も喉を通らぬのです、もうずっと。苦しくてたまらぬのです」
「…それだけ王を愛しているということではないのかの?」
「ええ…きっと」
「ではわしに何を望む」
「貴方は大変高位の魔法使いだと調べさせていただきました。そんな方ならばできるのではないかと。…自分の命を王に差し上げたいのです」
魔法使いは無言で長いひげをさすります。
「命を投げ捨てたいわけではないのです。彼と共に生きていければどんなに幸せかと思います。ですが、この心はもう耐えきれないのです。王がいなくなってしまうと、ただそれだけが怖くて恐ろしくて苦しくて…耐えられない」
「愛する者と共にあろうとしている者たちは皆その恐怖と戦っておるよ」
「それは分かっています。自分が弱いことも。
しかしこれがたくさん悩んだ自分なりの結論なのです。彼にこの残りの命をあげられたらどれほどいいかと。それが一番の幸福なのです、自分の幸福なのです。
たとえ自己中心的であろうとも」
長い沈黙の時が流れました。
魔法使いは目を瞑り、ラフェルは下を向いたままお互い微動だにしません。
しばらくして、それを破ったのは魔法使いの方でした。
「わしはお前さんをよう知らんしの。他人の考えや幸福に口だせるほど偉いと思いあがってもおらん。だからお前さんがそう言って正式にわしに依頼するというのならそれを叶えよう」
「…!できるのですか!」
「死せた人間を蘇らせることは不可能だが、生きた人間をどうこうすることはお前さんたちが思っているよりはるかに簡単じゃ」
「では自分の残りの命を王へ…!どうか!対価はなにをしてでも払いますので」
「金の類はいらぬよ。だがお前さん自身がこの魔法に対して軽くない犠牲を払う必要はある」
「覚悟のうえです」
「ふむ…。では今言おう。
この術を使ってしまえばお前さんの存在は、欠片も残らず消え失せる。わしの記憶からも誰の記憶からも…もちろん王の心からもな」
魔法使いは片眼を開けてそっとラフェルの様子を伺います。
ラフェルは__
「願ってもないことでございます…!
忘れられてしまうのは確かに寂しいですが…これで王を悲しませずに済みます!」
誰もが見ほれるほどの美しさで、満面の笑みを浮かべました。
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