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ある国に賢王と称えられる王がいました。
王が治める国はいつでも平和で豊かで、その全てを統べる彼はそれはそれは慕われておりました。
その姿を直接、民が目にすることは滅多にありませんでしたが、誰もが見惚れる美丈夫であるともっぱらの噂でした。
事実、国には王に恋焦がれる若者が男女問わず溢れておりました。
しかし、その王がいつからこの国の頂点にたっているのか、それを知る人は誰ひとりとしていなかったのです。古びた屋敷に住む老婆も、子供たちから慕われる長老の爺さんも、王宮の図書館に眠る古い書物さえも知りません。
皆はそれに首を傾げはすれど不気味がることはありませんでした。この王なら不思議ではないような、そんなことすら皆に思わせてしまうような絶大な魅力と力をもった王だったのです。
さて、そんな王がお忍びで国内を偵察していた時のこと。
彼はその優れた洞察力でひとつの怪しい馬車に目をとめました。
王と2人の兵士が馬車を操っていた男たちに声を掛けると、彼らは顔を真っ青にして隙をついて逃げ出したのです。男たちを兵士に命じて追わせると王は置き去りにされた馬車に手をかけました。
「これは……」
ボロボロの馬車の中から出てきたのは、ぼろ布のような服を身にまとい自分を守るかのようにうずくまった子供でした。
この子は名をラフェルといい、貧しい家で生まれ育ったのですがその美しい容貌に目をつけられて怪しい男たちに売買目的で連れ去られたようです。
「…家族は?」
ようやく名を教えてくれたものの警戒心をあらわにするラフェルに、王は出来る限り優しく聞こえるように尋ねました。
「………いない」
「そうか」
「うわっ!」
掠れた声で短く発されたラフェルの返答を聞いた王は、ラフェルをひょい、と抱えあげました。
驚いたラフェルは思わず王の首にしがみつきます。
王はそれに嬉しそうに微笑んでこう言いました。
「それなら私と暮らさないか。君がいいならばこのまま私の家に共に帰り不自由ない暮らしを約束しよう。もちろん、いやだというなら君の家まで送り届ける」
ラフェルは貧しいがために自分を抱っこする人物がこの国の王であることを知りませんでした。
しかし、手をそっと握ってくれるこの温もりは信用できる気がしました。
「どうする?」という優しげな声にラフェルはこくりと頷きました。
それから数年が経ちました。
出逢った頃は十分な栄養がとれていなかったので到底そうは見えませんでしたが、ラフェルはその時17になったばかりでした。そして数年たった今、無事にこの国で成人とされる歳になることができました。
ラフェルは生まれ持った美しさを少しも失うことなく、それどころか輝きを何倍にも増して成長していました。持ち前の天真爛漫な性格が平和な王宮での暮らしに慣れていくうちにどんどん表に出てきたことも相まって、王宮中の人から愛されていました。
そんなラフェルに王が抱く気持ちが、庇護すべき子供に対するものから愛しく恋焦がれる相手に対するものへと変わっていくのは不思議なことではなかったのかもしれません。
そして、惜しみない愛を注ぎ続けてくれる王にラフェルが抱いた恋心も。
そうしてごく自然ななりゆきで、彼らの関係に恋人という名がつくことになったのです。
王が治める国はいつでも平和で豊かで、その全てを統べる彼はそれはそれは慕われておりました。
その姿を直接、民が目にすることは滅多にありませんでしたが、誰もが見惚れる美丈夫であるともっぱらの噂でした。
事実、国には王に恋焦がれる若者が男女問わず溢れておりました。
しかし、その王がいつからこの国の頂点にたっているのか、それを知る人は誰ひとりとしていなかったのです。古びた屋敷に住む老婆も、子供たちから慕われる長老の爺さんも、王宮の図書館に眠る古い書物さえも知りません。
皆はそれに首を傾げはすれど不気味がることはありませんでした。この王なら不思議ではないような、そんなことすら皆に思わせてしまうような絶大な魅力と力をもった王だったのです。
さて、そんな王がお忍びで国内を偵察していた時のこと。
彼はその優れた洞察力でひとつの怪しい馬車に目をとめました。
王と2人の兵士が馬車を操っていた男たちに声を掛けると、彼らは顔を真っ青にして隙をついて逃げ出したのです。男たちを兵士に命じて追わせると王は置き去りにされた馬車に手をかけました。
「これは……」
ボロボロの馬車の中から出てきたのは、ぼろ布のような服を身にまとい自分を守るかのようにうずくまった子供でした。
この子は名をラフェルといい、貧しい家で生まれ育ったのですがその美しい容貌に目をつけられて怪しい男たちに売買目的で連れ去られたようです。
「…家族は?」
ようやく名を教えてくれたものの警戒心をあらわにするラフェルに、王は出来る限り優しく聞こえるように尋ねました。
「………いない」
「そうか」
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掠れた声で短く発されたラフェルの返答を聞いた王は、ラフェルをひょい、と抱えあげました。
驚いたラフェルは思わず王の首にしがみつきます。
王はそれに嬉しそうに微笑んでこう言いました。
「それなら私と暮らさないか。君がいいならばこのまま私の家に共に帰り不自由ない暮らしを約束しよう。もちろん、いやだというなら君の家まで送り届ける」
ラフェルは貧しいがために自分を抱っこする人物がこの国の王であることを知りませんでした。
しかし、手をそっと握ってくれるこの温もりは信用できる気がしました。
「どうする?」という優しげな声にラフェルはこくりと頷きました。
それから数年が経ちました。
出逢った頃は十分な栄養がとれていなかったので到底そうは見えませんでしたが、ラフェルはその時17になったばかりでした。そして数年たった今、無事にこの国で成人とされる歳になることができました。
ラフェルは生まれ持った美しさを少しも失うことなく、それどころか輝きを何倍にも増して成長していました。持ち前の天真爛漫な性格が平和な王宮での暮らしに慣れていくうちにどんどん表に出てきたことも相まって、王宮中の人から愛されていました。
そんなラフェルに王が抱く気持ちが、庇護すべき子供に対するものから愛しく恋焦がれる相手に対するものへと変わっていくのは不思議なことではなかったのかもしれません。
そして、惜しみない愛を注ぎ続けてくれる王にラフェルが抱いた恋心も。
そうしてごく自然ななりゆきで、彼らの関係に恋人という名がつくことになったのです。
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