ルフトの世界

lili_kiki_twints

文字の大きさ
上 下
1 / 1

ー西暦3000年の物語ーヴィルコンメンが開かれるときは

しおりを挟む
 運命に翻弄されるってまさにここにいる人達のことを指すわね。自分では未来の行く末など決して分からず、誰からも助言は得られない。
運命は時に幸せを繋ぎ合わせることもあるけれど、それは微々たるものかもしれない。多くは自分の思い描くものとは大いにかけ離れているかもしれないもの。そう、私は今の現状に誰かしらの決定権があったようには思えない。これは世界中をも巻き込んだ、未だかつてない大惨事なのだから。なぜ私たちがここまで運命に翻弄されたかなんて今は考えない。ただ今の現状を受け止めて、維持するしかないのだから。これ以上の犠牲者を出す前にー
 「レーチェル、一緒に見に行かない?そろそろ最後のレーベルが開かれるときよね。」
 物思いにふけってる私に声をかけてきた彼女の名前はネット。私と同じタイミングで《ゲシェンク》したこともあって、とても親しみを感じているの。その上、彼女の物怖じしないその性格がなんとも頼もしくって。私にとってまさにお姉様のような存在。
 私とネットは会話を弾ませながら、別棟の上階に位置する特別室へと足を運んだ。道中、鼻をこれでもかというほど高くあげながら歩いて行くカルト先生に遭遇したものだから、思わず避けて通ってしまったわ!彼女のなんとも長いお説教にはついていけないもの。そんな先生を前にやれ最後の仲間はどんな人かなどと喧騒している生徒がちらほら。私はついネットと顔を見合わせてしまった。
 「皆さん静粛になさい!至極残念で極まりないですよ!」
 カルト先生のこれでもかというほどのお叱りのお言葉が、部屋中に響き渡ったのだから。さぁ、今日は一体どんな1日になるのかしら。

 けたたましいブザーの音が耳を貫いた。この音を聞くとなんて胸が高鳴るのかしら。その反面今回が最後の《ゲシェンク》であるため、ここに来ることの出来なかった多くの命に心の中で祈りを捧げる。選ばれるのはほんの一部。幸いなことに私はこうして選ばれたのではあるけれど、それこそ運命の悪戯。自分たちが選らべたわけでは決してないもの。時々この先どうなるか不安になることがある。しかし決して前の世界で一生を終えようとは思わない。そこには全く光が見えてこないのだもの。自分たちの運命はそこで終わってしまう。それは頑として言えるわ。
 光を放ちながらそこに置かれてるレーベルは全部で53個。大きさは人1人が寝そべるのには丁度いい大きさ。そのうちの1つがどのレーベルよりも早く孵った。ここの人達はみんな“孵る”って言うの。レーベルと言われるカプセル状の形が卵にでも似ていることからそう言われるみたい。
 レーベルが上下に開かれると、中からは20歳くらいと思われる青年が這い出てきた。その長身の体躯でどうにか立ち上がろうとしているのだけれども、うまくいかないみたい。どうにも足元がおぼつかない。でもそれは仕方ないこと。私も今隣にいるネットにからかわれたことがあるくらいですもの。生まれたての小鹿みたいですってね!

           ***

 俺は急に目が覚めた。
 何だ?どうなってる?一体ここはどこなんだ?脳内では疑問という名の波が渦となって駆け巡っていた。どうやら俺は箱のようなところに入っているようだった。まさか、監禁されたのか?いや、自ら入ったような気もする。駄目だ。酸欠で思考回路が途絶えてきたーー酸欠?何かが違うような。何かこう重要なことが抜けている気がしてならない。だがしかし、今は何一つとして深く考えることができなかった。ここから早く脱出しないと!けどどうやって?
 そこで俺の手が何かに触れた。首だけ動かしてみるとー狭い箱の中で寝そべってる俺はそうすることしかできないー赤いボタンのようなものが、俺の体のすぐ横にあった。そのボタンは危険信号でも知らせるかのように勢いよく点滅しいていたが、俺は躊躇することなくボタンを押した。
 するとこれでもかと言わんばかりのサイレンの音が耳を貫き、俺は思わず悪態をついた。
 何かが軋む音がした。一瞬俺の体からかと思った。それほど今の俺の体は違う誰かの体のように重い。いや全身の血管が鼓動を打っているかのような違和感だ。違和感なんて生温い表現なのは自分でも分かってるが、やはり思考の方が追いつかない。
 逃げる暇もなくーそもそも俺には身動きひとつろくにとれなかったのだがー大きな音を立てて光が全身に注いできた。光ってこんなにも眩しくて身にしみたっけ?
 俺はどうにか体を捻って光のある方に身を投げ出した。全身に痛みが走っていたのを無視し、どうにか立ち上がろうとした。たが俺の体は言うことを聞かない。俺は何度もその場に膝を崩してしまった。なんて無様なんだろう。そもそも一つ一つの動作が何年も何十年も前、いや、大袈裟でもなんでもなく何百年も前にしたような気がしてならない。
 俺はとうとう座り込んでしまった。ふと何者かの視線を感じ、反射的に見上げた。そこには年配の男性が立っていた。その隣には中年の女性も。それだけではない。子供から大人まで幅広い世代の人々が俺を見ていた。総勢50名ほどだ。もうろうとする意識の中で最後に思ったこと。それは、俺ってちゃんと生きている!だった。そして俺は暗闇の中へと再度誘われた。

          ***
 ネットが、おもむろに私に言ってきた。「孵ったのは、42人だけね。」
 でも、私は聞こえないふりをしたの。だってこの後、彼らがどうなるか分かっていたから…

          ***
 俺は飛び起きた!意識を失ってから、そう時間は経っていないはずだ。以前、目覚めた時には数年...いや、もしかしたら数十年という長い年月が流れた感じがした。しかし、今は長くても数時間といったところだろう。
 今度はしっかりとしたベットに横になっていた。周りにもベットが何台が置かれているのを見ると、ここはどうやら救護室のようだ。
 周りを見渡すと扉付きの棚があり、中には数え切れないほどの薬品が陳列されていた。その内の1つに『ルフト』と記入されている瓶が、数多く収納されていることに気付いた。俺の寝ているベッドから腕さえ伸ばせば簡単に届くと思われる距離に、その棚はあった。
 だったら、腕を伸ばして拝見するのが礼儀ってものさ!
 俺は痛む体をなんとかさらに起こし、腕を伸ばして棚の扉に手をかけた。どうやら扉には鍵がかかっていないようだ。
 俺は『ルフト』と書かれた瓶を1つ手に取った。何だろう?透明な…あめ玉?
 「今は何も、思い出せないよね!」
 突如話しかけられた俺は、相当驚いた。どこから声がする?声のした方をみると、20 歳にも満たない、どこかあどけない少女が近くのベッドに座っていた。
 ブロンドでショートボブのその子は、茶目っ気たっぷりの瞳で俺を見つめながら言った。
 「でもね、徐々に想起されるみたいだよ。今は脳が順応していないだけ。」
 脳が順応していないだけ…ならすぐに思い出せるってわけか。
 「君も、最後に《ゲシェンク》した子なのか?」
 俺はややかすれ気味の声でー長い間声を出していなかったせいで、しっかり声が出せたことに少々驚いてしまったー尋ねてみたが、その子はきょとんとした顔で、文字通り首を傾げていた。
 ブロンドの子の方が、俺よりも忘れているじゃないか?だから、俺は丁寧にこう聞いたんだ。
 「説明した方がいいよな?」
 ブロンドの子が、今度は縦に首を傾けてうなづいた。俺も全てを思い出したわけではないけどよ、教えてあげようじゃないか。
 「《ゲシェンク》って言うのは、レーベルって呼ばれているカプセルに乗って保存された人々が、およそ1000年後の未来に送り込まれることー」
 おや、待てよ?
「だったら今って、1000年後の未来⁉︎」って、俺は今気づいたとばかりに叫んだんだ!説明しときながら俺自身が驚くなんて、思わず声を出して笑ってしまった。すると、ブロンドの子も楽しそうにクスクス笑っていた。なんだか少し、緊張がほぐれたみたいだ。だから、俺はちょっとばかり遅れてしまった自己紹介をすることにした。
 「俺の名前はヴァール。よろしくな!」
 「私はキュールっていうの。こちらこそよろしくね!」とブロンドの子ーキュールは律儀に頭を下げた。頭の左側に留めている髪留めなのか、キラリと虹色に光るものが見えた。
 それから俺たちはー周りのベッドには数人横たわっていたから、小声だったけどー自分たちの出身地や境遇についてなど、色々と語り合った。
 どうやら、キュールは15才のー俺よりも2つ年下だースイス出身で商人の娘らしい。なんの商人かは聞かなかったけど、半日前にレーベルの中で目覚めた時には、軽くパニック状態に陥ってしまったということだった。まぁ、俺も同じなんだけど!
 ちなみに俺は、ドイツ出身で伯爵の末裔ということだけ話しておいた。話し過ぎは今後の行動に、悪影響を及ぼすかもしれないしな。
 
 考えながら話していただけあって、俺としたことが気がつかなかったんだ。30 代後半と思しき細身の男性が、俺のベットの近くに立っていたことに。
 「ご無事で何よりですよ。御令息様、御令嬢様。」
 その細身の男性は、目を細めて微笑みながら、さらに歩いて近づいてきた。だから、俺は少し身体を硬らせてしまった。それに気がついたキュールが俺に向かって言った。
 「大丈夫だよ、ヴァール。彼はドクターだから。」
 そんな彼女の一言になだめられ、俺はベッドに座り直し、男性が身に付けている名札に目を向けた。そこには“Dr.アールット”と記載があった。Dr.アールットが口を開いた。
 「そちらのお嬢様とは少しばかり前にお話ししたのですよ。かなり戸惑っておられていたもので、もう少しお休み頂くようにと。」
 俺は無言で頷いた。するとDr.アールットが続けた。
 「そうそう、あと1時間もしないうちにヴィルコンメンが開催されますので、どうぞ足をお運び下さい。」
 キュールは尋ねた。
 「“ヴィルコンメン”って?」
 天井のどこかから差し込んできた光が、静かに揺らいでいた。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

転生調理令嬢は諦めることを知らない

eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。 それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。 子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。 最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。 八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。 それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。 また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。 オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。 同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。 それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。 弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。  主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。  追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。  2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。

自分が作ったSSSランクパーティから追放されたおっさんは、自分の幸せを求めて彷徨い歩く。〜十数年酷使した体は最強になっていたようです〜

ねっとり
ファンタジー
世界一強いと言われているSSSランクの冒険者パーティ。 その一員であるケイド。 スーパーサブとしてずっと同行していたが、パーティメンバーからはただのパシリとして使われていた。 戦闘は役立たず。荷物持ちにしかならないお荷物だと。 それでも彼はこのパーティでやって来ていた。 彼がスカウトしたメンバーと一緒に冒険をしたかったからだ。 ある日仲間のミスをケイドのせいにされ、そのままパーティを追い出される。 途方にくれ、なんの目的も持たずにふらふらする日々。 だが、彼自身が気付いていない能力があった。 ずっと荷物持ちやパシリをして来たケイドは、筋力も敏捷も凄まじく成長していた。 その事実をとあるきっかけで知り、喜んだ。 自分は戦闘もできる。 もう荷物持ちだけではないのだと。 見捨てられたパーティがどうなろうと知ったこっちゃない。 むしろもう自分を卑下する必要もない。 我慢しなくていいのだ。 ケイドは自分の幸せを探すために旅へと出る。 ※小説家になろう様でも連載中

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...