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エース2
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「良子は、ジャンプトスなんていつの間に使えるようになったの」
「つい最近。ようやく形になってきた」
私がトスを上げ、真希がそれを鋭くコート右端に打ち込んだ。正セッターである良子ほどではないが、それなりにトスは上げられる。特に真希とは長い付き合いだからどういうトスが好きなのかよく知っている。
「ちゃんとしたシューズじゃないんだし、今日はこれくらいにしたら」
すでに活動終了時間から三十分は経っていた。学校指定の滑りやすい体育館履きで怪我でもされたらたまらない、そう思い忠告した。
「自分のイメージと実際の動きが少し違ってさ。後一本だけ」
私は仕方ないなあ、という表情を浮かべながらトスを上げた。内心は楽しくて楽しくて、仕方がないのだが。
真希はそれを綺麗に決め、今日のところは終わりとなった。手早く片付けを終え、校舎の玄関を出ようとしたところで、見回りの女性教師に見つかった。
「ちょっと、もう下校時間とっくに過ぎてるよ」
真希は呼び止めた教師を一瞥すると、逃げよう、と一言だけ言って走りだした。
「え、ちょっと」
私は突然のことに一瞬動けなかったが、教師に会釈だけして、真希を追いかけて走りだした。私たちは通学用に使っている自転車に飛び乗り、そのまま校門を飛び出した。
「いやあ、危なかったね」
真希が楽しそうに笑う。
「私たちがだれだか知らないだろうし、怒られることはないよね」
「いや、真希デカいからバレると思うよ」
真希の身長は一七五センチあり、女子生徒の中で一番大きく目立つ。
「そういえばそうかも」
真希は目を丸くして驚き、私たちはしばらく無言で見つめあった。やがてどちらからともなく笑い出した。
「一緒に怒られてね」
「私はしらを切るよ」
「え、酷い」
春になり日も長くなり、西日本に位置するこの県まだまだ明るい。涼しい風が火照った体を冷やし心地よい。
「良子はジャンプトス、何で練習してたの」
練習で有耶無耶になってしまったことを真希が改めて聞いてきた。
私は少し躊躇ってから答えた。
「いつか真希が戻ってくると信じてね。一年生のときからずっと」
「そっか、随分待たせちゃったね」
いつの間にか私の家の近くまで来ていた。小学生の頃よく家を行き来していたときを思い出す。
「じゃあ私こっちだから」
「奈緒、ちょっと待って」
真希は自転車から降り、スタンドを立てるのがもどかしいのか、民家の塀に立てかけた。そのまま私の元に駆け寄り、耳元に顔を近づけてくる。
私は真希の行動に驚き、その場で固まってしまった。真希の匂いが、耳にかかる浅い呼吸が私の神経を過敏にしていく。
「今日はありがとう。奈緒の想いをぶつけてくれて嬉しかった。また一緒に頑張ろうね」
私は突然の言葉に驚き、真希の顔を見ようとしたが、すぐに顔を逸らされ、背を向けられてしまった。耳が真っ赤になっていることだけは分かった。
「は、恥ずかしいから見ないで。じゃあまた明日ね」
真希は自転車に飛び乗り、一度も私のことを振り向かずそのまま走り去ってしまった。
私はその場に立ち尽くしていた。真希の囁いた言葉と息が耳元に余韻として残り、心臓が激しく脈打っている。一度深呼吸して、心拍数が正常になってから再び自転車を漕ぎだした。
次の日の放課後、昨日と同様に全員が車座になっている。ただ昨日とは違い、真希は足首まで覆う正規のシューズを履き、足首を保護するためのサポーターをつけている。服装も学校指定のジャージではなく、長く伸ばしている髪を後ろに束ねている。真希も良子と同じように髪が長い。どうも真希にはこだわりがあるらしい。
「昨日の練習を見て、何となく実力が分かった。それでポジションを考えたんだけど、意見があったら言ってね」
真希は少し間を開けてから続けた。
「前衛のレフト、私。所謂エースってやつだね。で、後衛のライト私と対角は奈緒。意味は分かるね」
真希はそう言うと、私をじっと見つめた。
「もちろん、真希が後衛のとき、前で点を取る、裏エース」
「うん。頼んだよ」
「任せて」
テレビで見るような世界大会や実業団では真希のポジションは攻撃に特化したオポジットと呼ばれる。しかし中学、高校ではあまり一般的ではない。前衛後衛でそれぞれレフト、センター、ライトと割り振っていきポジションを決めることが多い。真希はこのチームのエースだから、なるべく点を取るために前衛のレフトからスタート。真希が後衛に下がったときには私が点を取る。
「前衛のライト、良子。セッターね。後衛のセンター春日さん。クイック打てる?」
「任せてください!」
私が前衛のときは春日さんと二人で点を稼ぐということになる。真希は一人でばんばん点を取っていくだろうから自然とこういうポジションになる。
「後は二人だけど……、とりあえず前衛センター北村さん、後衛レフト双海さん。二人とも同じくらいの体格だから様子を見てポジションを入れ替えたりしていこう。二人も春日さんと同じようにクイックに入って」
「あの、私セッターだったんで、クイックとか打ったことないんですけど」
「私も、クイックとかやったことないです」
北村さんと双海さんが同時に口を挟んだ。
「大丈夫、教える。トスは良子が上手くやってくれるよ」
二人はよろしくお願いします、と呟き、一応納得したようだ。
「ローテーションの関係で前衛に一年生が二人重なるときがあるけど」
私は六人のポジションを思い浮かべながらシミュレーションをする。北村さんと双海さん、春日さんと双海さんのパターンがある。春日さんと北村さんは互いにセンターだから同時に前衛になることはない。
「クイックへの入りやすさと実力を考えると双海さんが常にクイックを打つようになるかな」
北村さんと双海さんが前衛の場合、双海さんがレフトに位置する。ライト側にいる北村さんよりクイックに入りやすい。双海さんと春日さんが前衛の場合、春日さんはおそらくどこからでもどんなトスでも打てるから双海さんがクイックを打つということになる。
「さて、インハイの開催時期だけど、例年六月中旬に県代表を決める。まずはそこを勝ち抜くよ」
「はい!」
春日さんが目に闘志を宿しながら答えた。
「いろいろ教えるから、それまでに全員必要な力を身につけて。そして最後は」
ここで真希は少し間を開け、力強く宣言した。
「エースである私がチームを勝たせる」
「つい最近。ようやく形になってきた」
私がトスを上げ、真希がそれを鋭くコート右端に打ち込んだ。正セッターである良子ほどではないが、それなりにトスは上げられる。特に真希とは長い付き合いだからどういうトスが好きなのかよく知っている。
「ちゃんとしたシューズじゃないんだし、今日はこれくらいにしたら」
すでに活動終了時間から三十分は経っていた。学校指定の滑りやすい体育館履きで怪我でもされたらたまらない、そう思い忠告した。
「自分のイメージと実際の動きが少し違ってさ。後一本だけ」
私は仕方ないなあ、という表情を浮かべながらトスを上げた。内心は楽しくて楽しくて、仕方がないのだが。
真希はそれを綺麗に決め、今日のところは終わりとなった。手早く片付けを終え、校舎の玄関を出ようとしたところで、見回りの女性教師に見つかった。
「ちょっと、もう下校時間とっくに過ぎてるよ」
真希は呼び止めた教師を一瞥すると、逃げよう、と一言だけ言って走りだした。
「え、ちょっと」
私は突然のことに一瞬動けなかったが、教師に会釈だけして、真希を追いかけて走りだした。私たちは通学用に使っている自転車に飛び乗り、そのまま校門を飛び出した。
「いやあ、危なかったね」
真希が楽しそうに笑う。
「私たちがだれだか知らないだろうし、怒られることはないよね」
「いや、真希デカいからバレると思うよ」
真希の身長は一七五センチあり、女子生徒の中で一番大きく目立つ。
「そういえばそうかも」
真希は目を丸くして驚き、私たちはしばらく無言で見つめあった。やがてどちらからともなく笑い出した。
「一緒に怒られてね」
「私はしらを切るよ」
「え、酷い」
春になり日も長くなり、西日本に位置するこの県まだまだ明るい。涼しい風が火照った体を冷やし心地よい。
「良子はジャンプトス、何で練習してたの」
練習で有耶無耶になってしまったことを真希が改めて聞いてきた。
私は少し躊躇ってから答えた。
「いつか真希が戻ってくると信じてね。一年生のときからずっと」
「そっか、随分待たせちゃったね」
いつの間にか私の家の近くまで来ていた。小学生の頃よく家を行き来していたときを思い出す。
「じゃあ私こっちだから」
「奈緒、ちょっと待って」
真希は自転車から降り、スタンドを立てるのがもどかしいのか、民家の塀に立てかけた。そのまま私の元に駆け寄り、耳元に顔を近づけてくる。
私は真希の行動に驚き、その場で固まってしまった。真希の匂いが、耳にかかる浅い呼吸が私の神経を過敏にしていく。
「今日はありがとう。奈緒の想いをぶつけてくれて嬉しかった。また一緒に頑張ろうね」
私は突然の言葉に驚き、真希の顔を見ようとしたが、すぐに顔を逸らされ、背を向けられてしまった。耳が真っ赤になっていることだけは分かった。
「は、恥ずかしいから見ないで。じゃあまた明日ね」
真希は自転車に飛び乗り、一度も私のことを振り向かずそのまま走り去ってしまった。
私はその場に立ち尽くしていた。真希の囁いた言葉と息が耳元に余韻として残り、心臓が激しく脈打っている。一度深呼吸して、心拍数が正常になってから再び自転車を漕ぎだした。
次の日の放課後、昨日と同様に全員が車座になっている。ただ昨日とは違い、真希は足首まで覆う正規のシューズを履き、足首を保護するためのサポーターをつけている。服装も学校指定のジャージではなく、長く伸ばしている髪を後ろに束ねている。真希も良子と同じように髪が長い。どうも真希にはこだわりがあるらしい。
「昨日の練習を見て、何となく実力が分かった。それでポジションを考えたんだけど、意見があったら言ってね」
真希は少し間を開けてから続けた。
「前衛のレフト、私。所謂エースってやつだね。で、後衛のライト私と対角は奈緒。意味は分かるね」
真希はそう言うと、私をじっと見つめた。
「もちろん、真希が後衛のとき、前で点を取る、裏エース」
「うん。頼んだよ」
「任せて」
テレビで見るような世界大会や実業団では真希のポジションは攻撃に特化したオポジットと呼ばれる。しかし中学、高校ではあまり一般的ではない。前衛後衛でそれぞれレフト、センター、ライトと割り振っていきポジションを決めることが多い。真希はこのチームのエースだから、なるべく点を取るために前衛のレフトからスタート。真希が後衛に下がったときには私が点を取る。
「前衛のライト、良子。セッターね。後衛のセンター春日さん。クイック打てる?」
「任せてください!」
私が前衛のときは春日さんと二人で点を稼ぐということになる。真希は一人でばんばん点を取っていくだろうから自然とこういうポジションになる。
「後は二人だけど……、とりあえず前衛センター北村さん、後衛レフト双海さん。二人とも同じくらいの体格だから様子を見てポジションを入れ替えたりしていこう。二人も春日さんと同じようにクイックに入って」
「あの、私セッターだったんで、クイックとか打ったことないんですけど」
「私も、クイックとかやったことないです」
北村さんと双海さんが同時に口を挟んだ。
「大丈夫、教える。トスは良子が上手くやってくれるよ」
二人はよろしくお願いします、と呟き、一応納得したようだ。
「ローテーションの関係で前衛に一年生が二人重なるときがあるけど」
私は六人のポジションを思い浮かべながらシミュレーションをする。北村さんと双海さん、春日さんと双海さんのパターンがある。春日さんと北村さんは互いにセンターだから同時に前衛になることはない。
「クイックへの入りやすさと実力を考えると双海さんが常にクイックを打つようになるかな」
北村さんと双海さんが前衛の場合、双海さんがレフトに位置する。ライト側にいる北村さんよりクイックに入りやすい。双海さんと春日さんが前衛の場合、春日さんはおそらくどこからでもどんなトスでも打てるから双海さんがクイックを打つということになる。
「さて、インハイの開催時期だけど、例年六月中旬に県代表を決める。まずはそこを勝ち抜くよ」
「はい!」
春日さんが目に闘志を宿しながら答えた。
「いろいろ教えるから、それまでに全員必要な力を身につけて。そして最後は」
ここで真希は少し間を開け、力強く宣言した。
「エースである私がチームを勝たせる」
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