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練習が休みの日に和食さんの歓迎会をすることにした。
部長になって知ったのだが、セパタクロー部に割り当てられている部費はかなり多い。部員のシューズを始め、道具類を買うのに躊躇することはないほどだ。それどころか歓迎会を部費で開くことも余裕だ。マイナースポーツといえども、コンスタントに全国でベスト4に入っているのが大きいようだ。あたしたち以外の部で結果を出しているところはないから、学校側としてはあたしたちの応援に力が入るのだろう。
歓迎会の会場は例年通り、学校近くの住宅街の一角にあるカフェだ。道すがらあたしの前を歩く和食さんは千屋さんにしきりに話しかけている。千屋さんの実力は素人目にも分かるのか、和食さんはすっかり千屋さんの虜になっている。こんなに素直に慕われたことが今までない千屋さんは若干戸惑っているようで、受け答えがたどたどしい。
歓迎会には曜さんも誘ったが、
「練習が休みの日は休ませて。若者は若者だけで楽しんできな」
と言って遠慮し、千屋さんが少し安堵したような表情を浮かべていた。
「今年の新入部員はこのままだと一人ですかね」
あたしの横にいる北原さんがぼそっと呟いた。
「そうかも……」
新入部員が和食さん一人だけだと、あたしたちが引退したあと部員が二人になりチームとして成立しなくなってしまう。目下そのことがあたしを悩ませている。
「ギャラリーに声をかけたり、和食さんの友達もあてにしてたりするんだけど、だめそう」
練習を見に来るギャラリーは日に日に増えていて、あたしたちはすっかり見世物状態になってしまっている。ある種の緊張感があるから、それはそれでいいのだが。
「もうちょっと勧誘は続けるけどね。練習に支障が出ない範囲でだから、あまり期待はできないけど」
「とすると、先輩たちが引退したらたぶん二人ですね。いろいろ不安だけど、まあ来年に期待しましょう」
「まだそうとは決まってないけど……。北原さんにも不安とかあるんだね」
あたしの言葉に北原さんが心外だ、とでも言わんばかりに顔を歪めた。
「そりゃあ、ありますよ。二人が引退した後のことをたまに考えちゃうんです。順当にいったら私が部長になるし、そんなチームで勝てるのかとか、そもそも部は存続するのかとか、曜さんはコーチを続けるのか、とか」
あたしには千屋さんというすごい選手が同級生にいて精神的支柱になっているし、北原さんのようにやる気のある後輩がいる。北原さんの置かれている状況に比べ、あたしは恵まれている。
あたしがなんて声をかけようか悩んでいるうちに歓迎会の会場に到着した。
店内は去年と変わらずお客さんはあたし達以外にいないし、たった一人の店員さんはいらっしゃいませの一言もなく、無愛想だ。
席に座ったあたしたちの元に件の店員さんが無言でお冷やとメニューを置いていった。和食さんは面食らうかと思ったが、どこ吹く風でメニューに手を伸ばした。千屋さんにずかずか話しかけたりするし、肝が据わっているのかもしれない。
「部費で賄えるからお金は気にせず食べてね」
あたしがそう言うと和食さんは顔を輝かせ、嬉しそうにメニューをめくった。
全員が注文を終えると、弛緩した空気が流れた。店員さんは相変わらず一言も口をきかなかった。
この場は部長のあたしがなにか話を振らないといけない気がするが、どうすればいいか分からない。毎年どんな話をしていのか、よく覚えていない。
そんなあたしの戸惑いを吹き飛ばすように和食さんが、
「集合写真撮ってもいいですか?」
と全員に聞いた。
「SNSにでも上げるの?」
北原さんがそう聞くと、和食さんは笑顔ではい、と頷いた。
和食さんの指導によりあたしたちは顔を寄せ合い、和食さんが自分のスマホの背面をこちらに向けて写真を何枚か撮った。シャッター音が鳴り響く中、無愛想な店員さんがテーブルにケーキや飲み物を運んできたが、こちらには一切干渉してこなかった。
集合写真を撮り終えた和食さんは今度はテーブルのケーキを撮り始めた。忙しい人だ。
「みなさんはSNSとかやってないんですか?」
和食さんの質問にあたしは首を横に振り、北原さんと千屋さんは、
「一応やっている」
と答えた。
「千屋さんSNSやってるの?」
「一年生のとき友達にアカウント作れって言われたから一応。見るだけ、だけど」
千屋さんはそういうのに興味がないものとばかり思っていたから意外だ。といより、友達の言うことは素直に聞いていたのか。
「私はそれなりにやってますよ」
北原さんがケーキを食べながら、スマホ画面をあたしたちに見せてくれた。そこには北原さんの自撮り写真が何枚か写っている。
「髪を切るたびに上げてます。あとはお気に入りの美容師のアカウントを見たりとか」
三人がお互いのアカウントを教え合う様子をあたしはケーキを食べながら眺めた。世間では一般的なやりとりなのだろうか。仮にそうなのだとしたら千屋さんにも普通な一面があるわけだ。
「和食さんは今までなにか運動やってた?」
アカウント交換が一通り終わりみんなでケーキを食べ始めたころにあたしは聞いた。
「なにもやっていません。中学は帰宅部でした」
「なんでまたセパタクロー部に」
「そうですねえ、やっぱり三人がかっこいいからですかね。憧れている人は多いんですよ」
あたしたちはアイドルか、と内心でツッコミを入れあたしは苦笑いをした。
和食さんが入部してだいたい一週間くらいが経っていた。新入生には毎年課されるリフティング五〇回をクリアする様子はまだ見られない。本人曰く二桁続けばいい方らしい。
なかなか先が思いやられる。
部長になって知ったのだが、セパタクロー部に割り当てられている部費はかなり多い。部員のシューズを始め、道具類を買うのに躊躇することはないほどだ。それどころか歓迎会を部費で開くことも余裕だ。マイナースポーツといえども、コンスタントに全国でベスト4に入っているのが大きいようだ。あたしたち以外の部で結果を出しているところはないから、学校側としてはあたしたちの応援に力が入るのだろう。
歓迎会の会場は例年通り、学校近くの住宅街の一角にあるカフェだ。道すがらあたしの前を歩く和食さんは千屋さんにしきりに話しかけている。千屋さんの実力は素人目にも分かるのか、和食さんはすっかり千屋さんの虜になっている。こんなに素直に慕われたことが今までない千屋さんは若干戸惑っているようで、受け答えがたどたどしい。
歓迎会には曜さんも誘ったが、
「練習が休みの日は休ませて。若者は若者だけで楽しんできな」
と言って遠慮し、千屋さんが少し安堵したような表情を浮かべていた。
「今年の新入部員はこのままだと一人ですかね」
あたしの横にいる北原さんがぼそっと呟いた。
「そうかも……」
新入部員が和食さん一人だけだと、あたしたちが引退したあと部員が二人になりチームとして成立しなくなってしまう。目下そのことがあたしを悩ませている。
「ギャラリーに声をかけたり、和食さんの友達もあてにしてたりするんだけど、だめそう」
練習を見に来るギャラリーは日に日に増えていて、あたしたちはすっかり見世物状態になってしまっている。ある種の緊張感があるから、それはそれでいいのだが。
「もうちょっと勧誘は続けるけどね。練習に支障が出ない範囲でだから、あまり期待はできないけど」
「とすると、先輩たちが引退したらたぶん二人ですね。いろいろ不安だけど、まあ来年に期待しましょう」
「まだそうとは決まってないけど……。北原さんにも不安とかあるんだね」
あたしの言葉に北原さんが心外だ、とでも言わんばかりに顔を歪めた。
「そりゃあ、ありますよ。二人が引退した後のことをたまに考えちゃうんです。順当にいったら私が部長になるし、そんなチームで勝てるのかとか、そもそも部は存続するのかとか、曜さんはコーチを続けるのか、とか」
あたしには千屋さんというすごい選手が同級生にいて精神的支柱になっているし、北原さんのようにやる気のある後輩がいる。北原さんの置かれている状況に比べ、あたしは恵まれている。
あたしがなんて声をかけようか悩んでいるうちに歓迎会の会場に到着した。
店内は去年と変わらずお客さんはあたし達以外にいないし、たった一人の店員さんはいらっしゃいませの一言もなく、無愛想だ。
席に座ったあたしたちの元に件の店員さんが無言でお冷やとメニューを置いていった。和食さんは面食らうかと思ったが、どこ吹く風でメニューに手を伸ばした。千屋さんにずかずか話しかけたりするし、肝が据わっているのかもしれない。
「部費で賄えるからお金は気にせず食べてね」
あたしがそう言うと和食さんは顔を輝かせ、嬉しそうにメニューをめくった。
全員が注文を終えると、弛緩した空気が流れた。店員さんは相変わらず一言も口をきかなかった。
この場は部長のあたしがなにか話を振らないといけない気がするが、どうすればいいか分からない。毎年どんな話をしていのか、よく覚えていない。
そんなあたしの戸惑いを吹き飛ばすように和食さんが、
「集合写真撮ってもいいですか?」
と全員に聞いた。
「SNSにでも上げるの?」
北原さんがそう聞くと、和食さんは笑顔ではい、と頷いた。
和食さんの指導によりあたしたちは顔を寄せ合い、和食さんが自分のスマホの背面をこちらに向けて写真を何枚か撮った。シャッター音が鳴り響く中、無愛想な店員さんがテーブルにケーキや飲み物を運んできたが、こちらには一切干渉してこなかった。
集合写真を撮り終えた和食さんは今度はテーブルのケーキを撮り始めた。忙しい人だ。
「みなさんはSNSとかやってないんですか?」
和食さんの質問にあたしは首を横に振り、北原さんと千屋さんは、
「一応やっている」
と答えた。
「千屋さんSNSやってるの?」
「一年生のとき友達にアカウント作れって言われたから一応。見るだけ、だけど」
千屋さんはそういうのに興味がないものとばかり思っていたから意外だ。といより、友達の言うことは素直に聞いていたのか。
「私はそれなりにやってますよ」
北原さんがケーキを食べながら、スマホ画面をあたしたちに見せてくれた。そこには北原さんの自撮り写真が何枚か写っている。
「髪を切るたびに上げてます。あとはお気に入りの美容師のアカウントを見たりとか」
三人がお互いのアカウントを教え合う様子をあたしはケーキを食べながら眺めた。世間では一般的なやりとりなのだろうか。仮にそうなのだとしたら千屋さんにも普通な一面があるわけだ。
「和食さんは今までなにか運動やってた?」
アカウント交換が一通り終わりみんなでケーキを食べ始めたころにあたしは聞いた。
「なにもやっていません。中学は帰宅部でした」
「なんでまたセパタクロー部に」
「そうですねえ、やっぱり三人がかっこいいからですかね。憧れている人は多いんですよ」
あたしたちはアイドルか、と内心でツッコミを入れあたしは苦笑いをした。
和食さんが入部してだいたい一週間くらいが経っていた。新入生には毎年課されるリフティング五〇回をクリアする様子はまだ見られない。本人曰く二桁続けばいい方らしい。
なかなか先が思いやられる。
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