【完結まで毎日更新】籐球ミットラパープ

四国ユキ

文字の大きさ
上 下
29 / 49

18-2

しおりを挟む
 北原さんは肩で息をし、ぜえぜえ言いながらグラウンドに倒れ込んだ。あたしたちは北原さんを囲み、心配そうに顔を覗き込んだ。顔は真っ赤で、しばらくはしゃべる余裕もなさそうだ。
 しばらく重苦しい沈黙が支配していたが、北原さんがゆっくりと口を開いた。
「なにが、恨まないでね、ですか」
 北原さんは右腕で両目を隠すように覆った。
「負ける気がない人の台詞じゃないですか。最初から勝つと分かっていた人の台詞ですよ」
 勝負はあたしが圧勝した。あたしは北原さんより一〇〇メートルのハンデがあったが、北原さんが半周以上を残しているころにあたしはゴールした。つまり合計で二〇〇メートル、周回差をつけての勝利だ。
「小さいときからセパタクロー一筋ってわけじゃないですけど、それなりにやってきてるのに一年ちょっとしかやってない阿河先輩と差はないし、運動能力にいたっては圧倒的じゃないですか。阿河先輩がすごすぎて嫌になりますよ」
 北原さんの口調にあたしを批判するような響きはなかった。むしろ自分自身への不甲斐なさが強くにじんでいるようにあたしは感じた。そうであってほしい、というあたしの願いかもしれなかったが。
 しばらくしてから北原さんはゆっくりと立ち上がり、
「今日は頭を冷やします」
と言ってこの場を立ち去ってしまった。あたしは北原さんがどんな顔をしていたのか見ることができなかった。宮成先輩も心配そうに無言で付き添い行ってしまい、この場にはあたしと明賀先輩と千屋さんが残った。
「明賀先輩はあたしが勝つって分かってたんですよね」
 この勝負にまだ納得できていないあたしは明賀先輩を睨めつけた。当の明賀先輩は臆することなく飄々としている。
「ここ一年近く毎日あたしが体力をつけるためにトレーニングしているのを知ってますよね。北原さんには中学の部活引退からブランクがあるのを知ってますよね。あたしに有利な勝負だって分かってましたよね」
「そうね。ここまで圧勝するとは思ってなかったけど」
「じゃあどうして、こんなことを……」
 結局この勝負自体に意味はあったのだろうか。あたしが北原さんに力の差を見せつけ、北原さんがいたずらに傷ついただけだったのではないか、そんなことばかり考えてしまう。
「阿河さんのためよ」
「あたし、ですか?」
「そう。いい? これが勝つ、ということなの。相手にどんな事情があろうと、相手がどれだけ勝利へ執着していようと私たちには関係のない話なの。たとえ相手がどれだけ必死だったとしてもそれを蹴散らしていかないと日本一にはなれない。そのことを理解してほしかった。阿河さんにはどうも、そこら辺の意識が薄いように感じていたの。去年の大会でも21対0で勝った一回戦の相手を気にしていたでしょ。勝負がなんたるかを知っていればそんなことにはならないはずよ」
 物事に勝つこと、どんな相手であれあたしには関係のないこと、分かっているつもりだった。やっぱりどこかで恐れていたのかもしれない。
「北原さんが気になる?」
 明賀先輩の言葉に一瞬たじろいだが、すぐに首を横に振った。
「いえ。この勝負はあたしと北原さんの問題でしたが、負けたのは北原さんで、これからどうするかあたしには関わりようがありません」
「それでいいわ。勝負の世界である以上、負けることのほうが圧倒的に多いはず。負けたとき傷つくのは自分自身で、そこからどうするかも自分自身の問題。私たちには見守ることしかできないの」
 まだ言いたいことはいろいろあったはずだが、それを上手く言葉にできなかった。こういうとき自分の頭の悪さに嫌気が差す。なんとなく後味の悪い結末と一緒にあたしはそれを飲み込んだ。

 自動販売機からペットボトルを取り出し、蓋を開けてすぐに閉めた。炭酸飲料は時たま吹き出すのがいただけない。今回は吹き出す雰囲気を感じすぐに閉めたから被害はゼロだ。
 再度蓋を開けて口をつけると、あたしを呼び出した北原さんがようやくやって来た。
「すみません、少し遅くなりました」
 今は昼休みが始まったばかりで、校内の自販機コーナーにはあたしたち以外にはだれもいない。
「大丈夫だけど。で、話って?」
 昼休み前の授業中に北原さんからメールがあり呼び出された。ちゃんと授業を受けなよと思いつつ承諾のメールを返した。
「えっと、その……」
 北原さんは話しにくいのか、うつむき両手をもじもじとさせている。
「なに? 愛の告白?」
 あたしの茶々にも北原さんは反応せず、言ったあたしが恥ずかしくなってしまった。
 ようやく話す覚悟を決めたのか、北原さんは顔を上げあたしを見た。
「今までいろいろと突っかかってしまって、すみませんでした……」
「そんなこと?」
 あたしがいささか拍子抜けしていると、北原さんが不満そうに口を尖らせた。
「なんですか、それ。昨日明賀先輩に今までのことたしなめられて私なりに気にしてたんですよ」
 死体にむち打つようなまねをよくもまあできるものだ、と少し呆れてしまった。
「明賀先輩が言うには、阿河先輩は過去に勝負事で嫌な目にあったんじゃないかって。言われてみると今まで私と勝負を避けてたのも納得できるといいますか。私は自分のことしか見えてなくて、それで……」
 あたしは北原さんの話を遮るために持っていた冷えたペットボトルを北原さんの頬に当てた。
「冷たっ」
 北原さんが短く悲鳴を上げ、目を丸くした。
「とりあえず落ち着いて。なにがいい?」
 あたしがいくつかあるうちの自販機を指さすと、北原さんは遠慮がちにあたしが持っている飲み物と同じものを指定した。小銭を入れてそれを買い、北原さんに渡した。このお金は昨日お姉ちゃんと買い物に行ったときのおつりだ。お姉ちゃんのわがままではなく、あたしが落ち込んでいるのをなんとなく察したのだと思う。
「あたしと北原さんが勝負してあたしが勝った。この話はそれでお終い」
 あたしが北原さんにかけるべき言葉は慰めや励ましじゃない。それはあたしたちには不要だ。
「勝負ならいつでも受けてあげる」
 北原さんが安心した顔を見せたがすぐにまた表情を曇らせた。
「えっと、あと……」
「まだなにかあるの?」
「あの、これからもよろしくお願いします」
 北原さんの言葉は尻すぼまりとなり最後のほうは上手く聞き取れなかったが、言いたいことは察した。
「なに? あたしがあれくらいで北原さんのこと嫌いになるとでも思ったの? あたしを見くびらないで」
 あたしは手に持っているペットボトルの底を北原さんの頬にグイグイと押しつけると、北原さんはようやく安心したように笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

浦島子(うらしまこ)

wawabubu
青春
大阪の淀川べりで、女の人が暴漢に襲われそうになっていることを助けたことから、いい関係に。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

M性に目覚めた若かりしころの思い出

kazu106
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、それをはじめて自覚した中学時代の体験になります。歳を重ねた者の、人生の回顧録のひとつとして、読んでいただけましたら幸いです。 一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。

処理中です...